第37話 約束の日曜 2
1
はぁ、まずいことになった。自分から命令した手前、取り消しなどとは言えないし、そもそも真衣が絶対に認めないだろう。しかし、真衣が僕の知らない間に全てを終わらせてくれるのだろうか……。いや僕の知らない間に詩音とどんなやり取りが行われるかなんてまるで想像がつかない。最悪の場合、今よりももっと悪い状況に置かれる可能性だって否めない。そうなっては目的の達成に大きな影響が出てしまうかもしれない。
「先輩? 聞こえてますか? ……。先輩!」
「あ、あぁ……。すまない。なんだ?」
すっかりぼーっとしてしまっていた……。とりあえず考え事は帰ってからにしよう。口を滑らせてまた妙な事を言ってしまうような事があっては叶わない。
「大丈夫ですか? 具合が悪くなってきたとかじゃないですよね?」
「いや、大丈夫だ。それよりも聞きたいことがあったんだろ?」
「ええ。えと、霊園ってあそこに見える場所であってますか?」
「ん?あぁ。あそこで問題ない」
気が付けば僕達は目的の場所の近辺へと到着していたようで、霊園は目と鼻の先だった。
「それじゃあ一刻も早くご両親に先輩の恋人としてご挨拶しないといけませんね!早く行きましょ!」
「……ハハハ。そうだな」
真衣の一言に思わず乾いた笑いがこぼれる。今は考え込まないために意識しないようにしていたのに無理やり意識を戻される。恐らく真衣は今日一日は何かに付けては僕の恋人であることを強調してくるだろう。
「先輩なにをそんなにもたもたしてるんですか?早くして下さいよぉ!」
「え?早いな……。今行く!」
僕がまた物思いにふけっていると真衣はもう霊園の入口におり、僕とは割と距離が空いていた。
ただの墓参りだというのにこのはしゃぎようだ。取り敢えず今日は真衣の機嫌を損ねないようにした方が良いだろう。今の真衣の機嫌を悪くさせるような事をした先に何が起こるかなんて考えたくもない。
2
取り敢えず真衣と急いで合流し、僕達は共に霊園に入り、両親の墓石の前まで移動した。
「この墓石が先輩のご両親のものですか?」
「あぁ。そうだが?」
「あれ、凄く綺麗ですよ? つい最近掃除したばっかりみたいに……。しばらく来れていなかったんですよね?」
「え? あぁ。そうなんだが……」
真衣の言う通り墓石は綺麗な状態だった。まるで最近掃除されたかのようだ。両祖父母ともに最近は忙しくて来れていないため、僕が掃除を頼まれていた筈なのだが……。
「お爺様、お祖母様方もしくはご親戚の方が既にしてくれたんですかね?」
「いや、そんな話は聞いてないし、寧ろ掃除は僕が頼まれた事の筈なのだが……。おかしいな」
「え?でも、こうして墓石は凄く綺麗ですし、どなたかがお参りに来て掃除してくれたんでしょうね。現に線香に関しては消えてこそいますが最近あげられた事が分かりますし、お花もまだ新鮮さがあります。どなたかがお参りに来られたことは間違いないですよ」
「そうだろうな。まぁとりあえず掃除はしようがないから、線香をあげて、せっかくだし花も追加でお供えしておくか」
真衣の言う通り、誰かが最近お参りに来た事は確かで、それは消えてこそいるが色味のある線香と、なにより綺麗に生けられた花が証明していた。確実に誰かしらが来たのだろう。
「ご両親の為にご奉仕出来ることが減ってしまうのは残念ではありますが、そうですね!せめてお参りだけはさせて頂きます!」
「あ、あぁ。よろしく頼む」
そして僕達は墓参りをそつなく済ませた。真衣の祈祷がやたらと長かった気はしたが、特に気にしないようにした……。
3
墓参り後、僕達は帰路についたのだが……。その前、真衣が祈祷している最中、霊園の見回りをしている管理人の方がいたため、両親の墓に僕ら以外で墓参りに来ていた者を見ていないか聞いてみた所、遠目だったため、よくは分からないが、僕の連れと同じくらい若い女の子が来ていてた気がすると告げられた。それに疑問を抱きながら戻ってみると、真衣は未だに祈祷を続けており、僕が暫く席を外していた事には全く気付いてはいないようだった。
そして現在、霊園を後にし、電車に揺られていた。
「先輩。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「楽しかったって……。僕の墓参りに真衣を無理やり付き合わせただけなんだが?」
正直、全く楽しい要素なんてないし、憤りを覚えらても文句を言えないくらいだ。
「それでもですよ。私は楽しかったですし、今日以上に幸せだと思えた日はありません。あ、もちろん先輩と一緒にいられる時間はいつだって幸せですけどね!」
「そうか……。それなら良いんだが、」
全く良くないな……。僕にとって今日は最悪とまではいかないが、良い一日とは決して言えない。考えなければならない事があまりにも多すぎる。今度こそ確実に美麗にも怒られるだろうし……。今日は早く帰って休みたい。
「ん?先輩はお疲れみたいですね。すごく眠そうですよ? あ、ここは先輩の彼女として私の膝をおかししましょうか? 」
「……。じゃあ借りる。別に乗客もそんなにいないし、大丈夫だろ。目的の駅に着くか、客が増えてきたら起こしてくれ」
「え?ちょ、先輩……。お休みない。安心して下さい。ちゃんと起こしますから」
僕は色々考え込むことに疲れ、疲れから思考を放棄した。そして気が付けば真衣の膝の上で眠りについた。普段なら有り得ないことではあるが、その時の僕は何も考えたくないほどに衰弱しきっており、軽い八つ当たりのつもりでこんな行動に走ったのだろう。正直、起こされて理性が返ってきた時、僕は真衣の前では平静を装ったが、内心では周囲の客の目もあることに気付き、恥ずかしくて仕方なかった。
だが、理性を取り戻した今でもいくら考えても気がかりなのは両親の墓参りに来ていたという真衣と同年代くらいの女の子がいた件だ。もしかしたら花恋が来ていたのか? いやそんな訳がない。花恋はあの場に行くのを嫌がるからな。では誰だ?いくら考えてもまとまらないし、取り敢えずは保留にするしかないだろう。真衣にはこの事を報告すると不機嫌にさせそうだったから言うのはやめた。真衣を不機嫌にさせたくはないからな。まぁ何にしろ美麗と相談しないといけないな。はぁ……。確実に怒られるだろうな……。
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