2月2日『kiss』
「お兄ちゃんおはよぉ」
「おう、おはよう」
「お兄ちゃん、ちゃんと寝てた?」
「おう」
「ホントかなー。またアプリゲームしてて寝てないんじゃないのぉー?」
「寝たよ」
「なら良いけどー」
嘘だ。
一晩中、スマホを弄って無為な時間を過ごした。
俺と妹は、妹の稼ぎで生活をしている。
妹だけの稼ぎで生活しているからあまり金銭的な余裕があるとは言えないが、俺が昔働いていた時の貯えがあるから、収支はプラスのまま遣り繰りできている。
妹が浪費をせず、家庭的なタイプで自炊するのも節約するのも好きで、俺たち二人の財布を管理していることも俺が働かなくても生活していける要因だ。
……本当は、俺が貯えたその金は妹が大学に行くための金だったのだが、妹は大学には行かなかった。
「ちゃんとお兄ちゃんの言う通り高校生は全うしたから、ゆかも働くよ。これからは二人で働いて生活していこ? きっとゆかたちの未来は明るいよっ」
そう言って使ってくれなかった。
ではその金の使い道を俺なりに色々考えて、資格を取るなり、俺がもう一度大学に通い収入を上げる、など考えたが、結局それも俺のへまでご破算になった。
その後、ならせめてもうちょっと良い環境で暮らそうと引っ越しを妹に提案したが、「ここが良いよ。一階だし、ユニットバスだし、狭いから」と断られた。
俺は特に狭いことが俺と妹が二人で生活するにあたって一番ネックになると思ったから引っ越しの話をしたのだが、妹は受け入れてくれなかった。
そして今や妹が俺の生活のほぼ全てに関与している状態なので、もう今さら引っ越しの話をしてもするだけ無駄になってしまったのだ。
「お兄ちゃん、朝ごはんパンでも良いー?」
「おう」
「目玉焼き食べるー?」
「お「食べるよね」
「……おう」
「あとはサラダとコンソメスープとー」
俺の三食を、妹は毎日欠かさず作る。
そして朝は必ず一緒に食べることを妹は日課にしていて、俺が拒否しようものなら泣きそうな顔で俺を叱責してくる。
勿論拒否する理由などありはしないから泣かれてしまったことなど無いのだが、一度、「お前は友達と旅行に行ったりとか、そういうのはしないのか?」と尋ねた時、「そんなことしたらお兄ちゃんと朝ごはん食べれないじゃん。朝ごはんを二人で食べるのは私の証なの。内縁の妻としてのねっ」と返された。
いくら妹の稼ぎで生活をしていても、血縁関係にある俺と妹では内縁の妻と認められることはないと思うのだが、妹はそれで満足しているらしい。
まあ、そこまでは別に良かったのだが、問題はその後で、「良いんだぞ。俺は一人でも何とか生活していける」と俺が応えると、「お兄ちゃんを一人になんてできるワケないよ。あ、お兄ちゃんが一人で生活できないって意味じゃないよ? いや、お兄ちゃんはそんな誤解しないだろうけど、一応ね。一人で生活できないのはゆかのほう。私が旅行なんてしてる間に、お兄ちゃんに万が一のことがあったら、その時はゆかが独りで生きていけないよ。ホントに死んじゃうと思うなぁ」
と言われた。
妹は、もし俺が先に死ぬようなことがあれば、俺の後を追うのだろう。
本気でそう思える。
それでは俺が悲しい。
「お兄ちゃん、そろそろ仕事行くねー」
「おう」
「お昼ごはんと晩ごはんは冷蔵庫に入れてるチンしてねー」
「おう」
「じゃー、ゆか行くね」
「おう」
「……お兄ちゃーん?」
「……」
「お兄ちゃーん? あれー? 行ってらっしゃいのチューはぁ?」
「…………」
「してくんないと、ゆか仕事行けなーい」
「なら仕事辞めて良いぜ」
「……意地悪。良いもーん、ゆかからチューするからっ」
「……はぁ」
俺が顔を背けようとすると、がっちりと頭を固定され、キスをされた。
妹は満面の笑みだ。
今日も妹は俺たち二人の人生の為に仕事に出掛ける。
……本当はこんなはずじゃなかった。
それもこれも、俺が下半身不随なんてことになってしまったからだ。
俺がこんなだから、いよいよ妹は俺から離れられなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます