1月8日

 あったま痛い。

 変わるタイミング悪すぎ。

 何でいきなり雨降ってんの。しかも豪雨。

 もう帰り着くまでにずぶ濡れのびしょびしょだよ。

 本当に勘弁してほしい。

 いいけど!

 別に良いけど!!

 もうこのまま長風呂に突入してやるけどさ!


 じっとりと重くなったコートを洗濯かごに脱ぎ捨て、ぴったりと張り付いたスキニーデニムを引っぺがす。

 案の定下着までびっしょりで、もう僅かに身動きするのも気持ちが悪い。

 今すぐ湯船にダイブしたい気分。

 ウチの湯船、めちゃくちゃ小さいんだけどな!

 着ていたものを全てかごに押し込み、バスルームに入り勢いよく蛇口を捻ると、シャワーヘッドからぶわっと冷水が飛び出す。

 外気で冷やされていた水は、あっと言う間に熱湯に変わり、バスルームの床を温めていく。

 温度を調節。頭からお湯をかぶる。

 雨でぐっしょりと濡れ冷えきっていた髪の毛が温水の流れと共にほぐれ、さらさらと垂れ下がっていく。

「生き返る……頭痛も和らいだ気がする……痛いけど」

 雨の日は決まって頭痛。

 先日の風邪を治し、夜まで元気に働いていたと思ったらこの仕打ちだ。

 何で私の時ばっかり。神様は私に何か恨みでもあるのか。

 知らないうちに神の恨みを買っていたのか。

 んなもんあるかい。

 いもしない偶像の所為にするのは楽だが、生憎私は無神論者なのでこんな時ばかり都合よく神とやらに責任転嫁する訳にはいかない。

 頭痛は晴れていた昼と大雨の夜の気温差の所為だろうし、私がこんな気分に陥ってしまうのは私自身の心と身体の問題だ。

 誰かの、何かの所為なんかじゃない。


「はぁぁ」

 生き返ったのは良いけれど、湯船に浸かっちゃったらいつ上がるか分かんないなぁ。晩御飯にと思って買い揃えたカレーの材料はもういっそ朝から調理するとして、問題は水槽の掃除か。

 あんにゃろ、掃除の時ばっかり私にやらせるんだから。飼いたいって超駄々こねたのは自分のくせに。

 て言うか私なんだが。

 自分のケツは自分で拭くってね。

 やります。やりますよ。嫌々でも。

 可愛いあの子達の為だ。

 汚れ役(物理)だって買っちゃいますよ。


 なんて。

 湯船に肘をつき、ぼーっと天井を眺めながら可愛い三匹のことを脳裏に浮かべる。

 亀、肺魚、肺魚。

 素敵な組み合わせだ。

 亀とはもう16年の付き合いだし、肺魚二匹とももう2年が経つ。

 我が家に迎えた時には7センチ程度だった二匹は今では30センチを越えたし、亀に至っては16年の月日の間で私の手の平よりも立派なサイズに成長した。

 一人暮らしのアパートには大きすぎるサイズの水槽が今では三つも鎮座しいる。三つめは3日の休みの日に買ったばかりだけれど。

 小さい頃から生き物が、とりわけ風変わりな生き物が好きな私はこれまでにも色んな生き物を飼ってきたけれど、大人になった今では一般的なアメリカミシシッピアカミミガメ、通称ミドリガメと、古代魚と呼ばれる肺魚のプロトプテルス・ドロイ二匹を水槽で飼うという、風変わりな割りには地味な飼い方に落ち着いている。

 三匹に共通しているのは、寿命が長いということだ。

 亀は人と同じくらい長生きするし、肺魚も20年程度の寿命を有している。

 熱帯魚は一般的には観賞用と思われているが、私にとってはペットであり、家族のようなものに近い。

 ちゃんと名前だって付けている。

 それくらいにはちゃんと愛情を注いでいるし、愛着があるし、世話を焼くし、不調に気付けば心配もする。

 ちゃんと家族なのだ。

 独り身の私だけれど、ペットを愛でていつまでも結婚出来ない類いの人間と、気付けば同じ状態になってしまっている訳だ。そう望んで飼い始めた訳ではなかったのだけれど。


 まあ、とにかくそんな訳で今日は買ってきた新しい水槽の設置と一つの水槽でルームシェアしていた(間仕切りはしている)肺魚のお引っ越しをしなければならないのだった。

 この際カレーは片手間に煮込んで完成まで時間をかけるとして、水槽の設置が優先になるな。

 組み立てるものもあるし、水質や温度調節も必要になる。

 肺魚はとても頑丈な部類の魚なので(古代魚と呼ばれるほど昔から存在する種なのでかなり劣悪な環境にも堪えることができる)水質には特に気遣わないのだけれど、温度は熱帯魚にとってまさしく死活問題なので気が抜けない。

 既に完成している水槽が一つあるのだから、植物の株分けのように水を半分使ったり水槽用のヒーターを使うことで(必需品)比較的早く設置はできるが、一人でやると意外と骨が折れる作業であることには変わりない。

 ましてや愛情を注ぐ大切な家族のお引っ越しだ。なるだけいい環境で生活を送ってほしいと思うのが親心、愛情、友情というものである。

 今日の午前中は間違いなく肺魚のお引っ越しに費やすことになるだろう。間違いない。


「あ……眠くなってきたかも……」

 水槽ならぬ浴槽に浸かっていた私は恒例の眠気(血圧の低下)に襲われ、意識が薄れてきた。

 良くない、とは言え三連休の初日。時間をかけてゆっくりお風呂で失神していても良いじゃないか(悪い)

 とりあえず疲れを取る意味でも(逆に疲れの原因)今はゆっくり湯船に浸かって、微睡むとしよう。

 今日のあれこれは、起きてからまた考えるとしよう。

 幸いなことに、いつの間にか頭痛は引いてくれたし。


 長湯があまり好きじゃない私には悪いけれど、今は私の好きなことをさせてもらおうと思う。

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