祭の終了、そして始まり

 エミルと砦街少年団の少女達は、その身を震わせていた。


 特別宿舎の共同風呂。


 湯気が漂い、反響音が響く空間で全裸の彼女達が見たものは……。

 それは浴槽の湯船に、四つのまろやかな球体が並んで浮かんでいる光景だった。

 第一発見者であるミレーは、その場で膝をつき、目と閉じると祈るように手を組んだ。

 急激な動きに湯船の湯が跳ねて波打つ。

 彼女の表情は恐ろしいほどに真剣で、長い放浪の末にようやく自らが仕えるべき神を見出した旅人のようだった。

 彼女のそれは、どこまでも真摯な未来への祈りであった。

 まだ幼いはいえエミル達も女である。

 ミレーのその気持ちは痛いほどに理解できた。

 少女達も次々と膝をつき、祈るために手を組んだ。


 神の信者となったエミルの口から言葉がこぼれる。


「お、おっぱい、大っきいです」


「エ、エミルちゃん…………」

「あははは……困りましたね」


 視線の集中砲火を受けたモーリィとフランは、重圧に耐えきれずに豊かな胸を手で覆い隠した。

 腕に挟まれて、ふにゃりと潰れる四つの球体。

 おっぱいって手で持つ・・ことが出来るんだ!

 少女達は感動を覚えた。


「みんな、おっぱい神様よ!? 後々絶対、ご利益あるからしっかりと祈りを捧げるのよ!!」


 最近少しだけ膨らんできた慎ましいミレー。

 この娘の知能は興奮のあまり下がっており、色々と駄目な人になっていた。

 ミレー姉さん、言われるまでもないぜ!

 とばかりに、まだ未来のある小娘達は浴槽の中で神様を取り囲み熱心に祈りを捧げる。


 ……どうか、大きくなりますように。

 ……どうか、太ましくなりませんように。

 ……どうか、慎ましくなりませんように。


「……あんた達、一体何してるんだい?」


 呆れたような声が神の周りで祈りの儀式をしていたミレー達にかけられる。

 彼女達が振り向くと、ターニャとカエデがいた。

 面倒見のいいターニャが、お姫様役で疲労したモーリィに代わり、カエデの面倒を見ていたのだ。

 ターニャは体を洗ってあげたばかりのカエデを、おいしょっと重そうに抱き上げて、湯船の中のモーリィに手渡す。

 そして自分も入ろうとしたところで、少女達の目が褐色肌の胸に集中していることに気づき「おぉぅ」と仰け反った。


 信仰の対象になるかどうかを判別するオッパイ教団の熱い視線だった。


「ミレー姉さん、判定は!?」

「むぅ……神ねっ! ターニャさんはこっちよ!」

「え? な、なに、何なんだい!?」


 オッパイ教団の司祭と化したミレーに腕を引っ張られ、ターニャはモーリィの隣に強制的に座らされた。

 湯船に沈むターニャの体。

 褐色の二つの球体が湯船にプカリと浮かぶ。

 三人の女性の六つの柔らかい球体が並ぶ、左から超特大、特大、大といった重量級である。

 そしてオッパイ教団の祈りの儀式がゴニョゴニョと再開された。

 祈る信者たちを見渡す胸部装甲ターニャ、『なんなのこれ?』と胸部装甲モーリィ胸部重装甲フランに視線で問いかける。

 二人は苦笑いで応えた。


 幼き少女達の未来への祈り……神様、どうか、おっぱいが大きくなりますように。


 モーリィは、その必死すぎる光景から目を逸らす。

 自身の精神の安定をはかるかのように膝の上に乗せているカエデの頭を撫でた。

 魔王ちゃんは聖女の胸に体を預け「うふー」と満足そうな声をだすのであった。


 ◇

 

 同時刻、一般宿舎の共同風呂。


 ライトはイベントが無事終了したことと、特別宿舎で子供達と一緒に食べた夕飯に満足をしていた。

 その際に、お姫様姿で給仕をしていたモーリィに見惚れてしまい、トーマスに指摘され、子供達にからかわれてしまったのは不覚であるが。

 ただ役割とはいえ、騎士団長を始めとしたルドルフやジェームズや黒騎士達といった今回の前夜祭で苦労した者達を差し置いて、自分とトーマスだけが聖女の手料理を食べたことに申し訳ない気持ちもあった。


 ライトは脱衣所で服を脱ぐと風呂場の扉を潜った。


 広い空間、途端に聞こえてくる騒がしい喧噪と熱気。

 元々混む時間帯ではあるが今日はいつも以上に混雑をしていた。

 三十人ほどの小さい客人が砦の騎士達と一緒に入浴していたからだ。

 ライトは湯で軽く体を流し、広い浴槽の空いてる場所に腰を下ろす。

 胸の辺りまで熱い湯につかると、意識せずにため息が漏れた。

 田舎育ちの彼は湯につかるという習慣はなく、砦に来るまでは水浴びで体を清めていた。

 そのため、お湯を潤沢に使う共同風呂にひどく驚いたものだ。


「トーマス、あれやれよ、あれ!」

「打楽器! 打楽器!」

「はっ、クソガキ共が、やってほしけりゃ、トーマスさんって言え!!」


 反響し聞こえてきたのは甲高い声と巻き舌気味の声。

 見れば少年達の頭をくしゃくしゃとかき回しているトーマスの姿があった。

 

「ネクロマンサーだ、やっちゃえ!!」

「おぉー!!」

「おらー!!」


「こ、こら、止めたまえ子供達!? 僕はもう洗脳を解かれて、まともになっているからね!!」


 今度はジェームズの悲鳴が聞こえた。

 助けが必要かと探してみれば、ジェームズの背中に子供達が三人ほど乗っかっていた。

 砦の騎士ほど丈夫ではないジェームズだが、筋力そのものは保有魔力の恩恵でそれほど低いわけでもない。

 それに彼の表情からも問題はなさそうだった。

 ライトは砦の騎士達の合間をぬって騒がしく走り回る少年達を見て微笑んだ。

 色々と予想外のことがありすぎる砦の騎士生活だが、このように平和な光景を作るためと思えば、普段の苦労など大したことがないものに思えた。


「ふぅー……」


 肩を揉み解しながら、再びため息をつく。

 ライトはしばらくぼうっと雫の滴る天井を見上げていたが、自分の傍に立つ気配に気づき視線を向けた。

 少年だった。

 確か、砦街少年団の副団長をしている……。


「どうもライトさん。今日は聖騎士・・・の役、お疲れさまでした」

「ああ、お疲れさま、君は確か……レッド君だったかな?」

「はい。あの……隣に座ってもいいですか?」

「ん? どうぞ、ゆっくり温まってくれ」


 並んで湯につかる。

 騒がしい周囲の声、しかし二人の間では沈黙が続く。

 ライトはくつろぎながら再び天井を見上げた。

 利発そうな少年から、自分に対して何かを聞きたそうな雰囲気は感じていたが、彼が切り出すのを何も言わずに待つことにした。

 なにもなければそれでもいい。

 ライトの父や、師である御老人方はいつも彼に対してそうしていたから。


 やがて、うつむいていたレッドが顔をわずかにあげた。


「ライトさん質問してもいいですか?」

「俺で答えられることなら。いったいなんだろう?」


 うなずくライトに話し出すレッド。


「ライトさんは、どうして騎士になったのですか?」

「どうして、か……」


 ライトは視線だけで横に座る少年を見た。

 首元まで深く湯につかっているレッドからは何の感情も読み取れず、ただ揺れる湯面に視線を落としているだけだった。


「父が騎士だった。そして祖父もだ。我が家は先祖代々騎士として生きてきた。父達の背中を見て育った俺も自然と騎士になっていた……まあ、そんな感じだ」

「家業を継いだ……ということですか?」

「家業? ふーん、確かに言われみればそうかもしれないな」


 ライトは騎士とは生き方だと思っていた。

 だが同時に、砦の騎士として職務を果たし対価を得ている。

 そういう意味ではレッドの言う通り、騎士は金を稼ぐ仕事とも言えるだろう。


「そうですよね、家を継ぐって大事な事ですよね……」


 何かを納得させるかのように呟くレッド。

 その口調に、少年は年のわりに老成しているとライトは感じた。

 

「あの、騎士になって、違う仕事をしてみたいと思った事はないですか?」

「……それはもちろんあるが、それほど深く考えた事はないかな」


 レッドの納得してなさげな雰囲気を察し、ライトは何か上手い言葉がないかと探して頭を振った。

 元々お上品な育ちではない。

 上手い言い回しなどは考えつかない。

 だから少年に対して飾らず、ありのままの気持ちを伝えることにした。

 

「ただ……例え先祖代々騎士じゃなくても、騎士になっていたと思う。俺には騎士としての生き方が性に合ってるし、そして騎士が好きだからだ」

「…………」

「レッド君。君が何に悩んでいるのかは俺には分からない。ただ望みがあるのなら、自ら手を伸ばさない限りは届く事は絶対にないと思うぞ」

「自ら手を伸ばす……」


 そうつぶやき、レッドもライトと同じように天井を見上げた。


 ――おらぁ! これが俺様の人間打楽器だぁぁぁぁ!!

 ――ひゃああ、トーマスすげぇぇ!!

 ――いいぞトーマス! もっとやれぇ!!

 ――ばーか! ばーか! ぎゃははははははっ!!


 唐突に、どっという歓声があがる。

 二人が見るとトーマスが両手を後頭部で組んで腰を左右に振っていた。

 断続的に響き渡る肉を叩く音と大爆笑。

 やんや、やんやと手を叩き喜び煽る騎士ばか達と砦街っ子おばか達。

 トーマスは男のみが出来る荒業、人間打楽器を披露していたのだ。

 大変お下品であるが、異性がいないと知能が下がり猿になって悪乗りするのは男も女も大差はなかった。

 そして砦の騎士さる達にとってはこれが日常茶飯事である。

 下品なバカ騒ぎにライトとレッドも周りに釣られるように大笑いをしてしまう。


「あははは、ライトさん、僕決めました。家に戻ったら伯父さんと将来の事について話してみたいと思います」

「ははっ、そうか、君の望みが叶うといいな」

「はい、ありがとうございました!」


 ライトに礼を言うレッドの表情は、実に晴れ晴れとしたものであった。


 ◇◇


 特別宿舎、夜も更けた時間である。

  

 少女達は一人づつ別れ、女騎士達の部屋で眠ることになった。

 砦街少年団の少年達は騎士の住居である一般宿舎で泊まっている。

 モーリィも泊めることに関しては問題はないが、彼女の部屋には何故か四人も詰めかけていた。


「悪いわね、モーリィ」

「いえいえ、問題ないですよ」


 彼女のベッドを占領し眠りにつく三人に毛布を掛けながらモーリィは答える。

 くーくーと寝息を立てるミレーと、彼女に抱きつきスースーと寝ているエミルとカエデ。

 球体の影さんは枕もとを転がりながら寝ていた?

 女騎士達が予備のベッドを部屋に運んでくれたので二人はそれで眠る予定だ。

 モーリィは椅子に座って、騎士団長に聞いた前夜祭を砦で行う理由を考えていた。

 そしてベッドに腰掛け、髪をクシで梳いていたターニャに話かける。


「ターニャさん、砦街の子供達は、十才で将来のために出来る仕事を探すのですね?」

「そうね。大抵は親の家業を継ぐけど、それ以外の子はやれる仕事を選んで学び、

 独り立ちのために備えなくちゃいけないからね」

「まだ十才なのに、何だか凄いですね」


 砦の騎士は、その特殊性から他の場所から来た者が多いが、それ以外の砦の仕事は砦街出身の者が大半を占めている。

 前夜祭とは子供達に砦とはどんな場所かを体験してもらい、将来の仕事の候補として視野に入れてもらうためでもあった。

 モーリィが最初に聞いた時は、お祭りなのに夢の無い話だと思ったが、よくよく砦街の事情を知ると、なるほどと納得したのである。


「私がその頃は将来の事なんて考えていなくて、いずれ農夫になるものとばかり思っていましたよ」

「ふふ、土地によって、それぞれのやり方があるからね。モーリィも今では砦にとって必要不可欠な聖女様になっているんだから、人生って分からないものだよね」

「うーん、それは買いかぶりだと思いますが、まあ、自分でもこんな風になってしまうとは予想外でした」


 モーリィは自らの体を見下ろす。

 寝間着代わりの大きな上着の上からでも分かるほど、胸は盛り上がり自己主張をしていた。

 誰だって自分の性別が、ある日、突然に変わるとは想像もできないだろう。


「ターニャさんは、その頃はどんな感じでした?」

「わたしかい? もうずいぶんと昔の事だからねぇ……」

「そんな事言って、ターニャさんは今でも若いですよ」

「あはは、見え透いたお世辞でも嬉しいよ。そうだねぇ……あの頃は家の商売を手伝うために勉強をしていたかな」

「ターニャさんの実家って大きいお店でしたよね?」

「規模は大した事ないさ、建屋だけは無意味に大きいけど大半が倉庫みたいなものだからね」


 ターニャは髪を梳く手を止めると、懐かしむように語りだす。


「それで近所にルドルフとトーマスがいて、二人はよく悪さをしていたねぇ」

「トーマスさんはともかく、ルドルフさんが悪さって想像がつかないですね」

「あれでああ見えて、小さい頃は喧嘩っ早くて、やんちゃだったんだよ」

「へぇ……何だか意外です」

「ルドルフは昔から正義感が強くて、それが元で喧嘩になってたんだけどね」


 それならあり得そうだと、想像したモーリィは微笑んだ。


「あと……トーマスは昔からトーマスだったねぇ」

「あの人は昔からトーマスさんだったんですね……」

「はは、まあトーマスだからねぇ」

「そうですね、トーマスさんですからね」


 フォローになってないフォローに二人で笑い合う。

 

「ああ、そういえばもう一人、親しくしていた妹みたいな子がいたんだけど、エリー……」


 楽し気に話していたターニャの言葉が唐突に止まる。

 モーリィが見ると彼女は失言でもしてしまったかのように口を手で押えていた。


「どうしましたターニャさん?」

「何でもないよ……そろそろ遅い時間だし寝ようか?」

「え? ええ、はい」

「明日は朝早く起きて、わんぱく達の食事の準備しなきゃだ」


 ターニャは手早く髪をまとめると、先にベッドに入って横になる。

 取り繕うような不自然な話の切り方だった。

 モーリィは疑問に思ったが尋ねることはしなかった。

 ターニャの表情はどこか苦しそうで、とても聞ける雰囲気ではなかったからだ。

 ランプの火を消すと途端に室内は暗くなる。

 モーリィは手探りでベッドに入るとターニャの隣に体を横たえた。

 目を閉じるとミレー達の穏やかな寝息が聞こえる。

 中々寝付けず時間だけが過ぎるが、不快ではなかった。

 ターニャはモーリィに背を向けていて、呼吸音も静かなことからまだ眠りについていないようだ。

 モーリィがうつらうつらとしていると動く気配がした。

 ぼんやりと宙を見ていると、ターニャにきつく抱きしめられた。


「ターニャさん……どうしました?」

「悪いねモーリィ、今晩はこうさせておくれ」


 モーリィはしばらく迷ったが、彼女の背中に手を回して震える体を優しく抱きしめ返した。


 こうして『砦街少年団の魔王討伐前夜祭』は終わりを迎えたのである。



 ◇◇◇



 翌日、砦街の早朝。


 レッドは街の道を走り、家路を急いでいた。

 砦街はその性質上、外部からの人の流れが盛んである。

 そのため、砦に勤める者は緊急時や、家族の防犯も兼ねて砦付近の住宅を優先的に割り振られていた。

 レッドの伯父は砦に職を持つ住人達を相手に商売するパン屋であった。

 やがて家に着く。

 パンが描かれた壁掛け看板が見える。

 やや古びており絵も掠れていた。


「ちょっ、ちょっと、レッド早いよー」


 後ろから駆け足でついて来たエミルが文句を言う。

 レッドが振り向くと、彼女は膝に手をつき息を切らしていた。


「あ、ごめん、どうしても伯父さんと直ぐに話したい事があったんだ」

「ふぅふぅ……話したい事?」

「うん、将来の仕事についてね」

「ふーん……レッドはパン屋さんになるんじゃないの?」


 レッドは首を横に振った。


「そうかー、よく分からないけど、頭の良いレッドのやることだもん間違いはないよ、私も応援するね!!」

「うん、ありがとうエミル……それじゃ、また後でね」

「うん、またお昼にうちの店に来てね!」


 ぶんぶんと手を振るエミルと別れると、レッドは彼の住居でもあるパン屋の扉を開ける。

 自分の家……と呼べる程度には愛着がわいていた。


 レッドが故郷の凶事で両親を亡くし、遠方の伯父を頼り砦街に来てから一年が過ぎていた。

 辺境の田舎であったレッドの故郷。

 近場にダンジョンが発生し、発見が遅れて魔物が溢れだした結果、村は襲われ村人の殆どが殺された。


【魔女】【白銀】【魔弓】【聖騎士】


 そう呼ばれる四人が駆けつけて、魔物の討伐とダンジョンの封印をしてくれなかったらレッドも今頃は生きてはいなかっただろう。


 その中でも、純白の鎧をまとった騎士がレッドには忘れられない。


 幼い少年が味わった、どうにもならない理不尽な出来事。

 魔物の群を前に、両親を失い心が凍りついた少年は死を受け入れようとしていた。

 そんな時に、村に押し寄せる雲霞のような魔物達を相手に一歩も引かず、自分を守ってくれた騎士の姿が生きる希望を与えてくれた。

 大樹のように揺るぎのないその姿がレッドの心に焼き付き、支えになり、どうしようもなく憧れたのだ。

 

 カウンターを潜ると、パン焼き工房に伯父はいた。

 丁度パンを焼くために窯に火を入れようとしているところであった。

 伯父は結婚をしておらず家族はいない。

 レッドが訪ねて来た時、実の妹である母と義弟の父の死に悲しみ、両親を失ったレッドを抱きしめて慰めてくれた。

 それから一年、実の子と変わらない愛情を注いでもらっているとレッドは感じている。

 家業のパン屋を継ぐのは自分の義務だと思っていた。


「ああ、レッドか。お帰り。前夜祭は楽しめたかね?」

「ただいま伯父さん、色々あったけど面白かったです」

「そうか、それは良かったね」


 伯父は微笑みレッドの頭に手を乗せる。

 彼の手についたわずかな小麦粉が、窓から入る朝日に照らされて宙でキラキラと輝く。


「あの、伯父さん。僕、話したい事があるんです」

「なんだいレッド?」


 伯父は作業の手を止めるとレッドに向き合った。

 レッドは伯父の目を真っすぐ見つめると息を吸い込む。


「僕、将来は砦で騎士になりたいです!!」


「ほう……レッド、砦の騎士は体力勝負だぞ? 目指すのなら体はしっかりと鍛えておきなさい」

「え……き、騎士を目指してもいいんですか?」


 あまりにもあっさりとした伯父の同意に、レッドは目を丸くした。


「レッドがなりたいというのなら私が止める権利はないだろ?」

「で、でも、このお店は?」

「ああ、全く問題はないさ」


 伯父はそんなことと笑った。


「この家の事は心配しなくていい、自分のやりたいことをやりなさい。それにもし、レッドが結婚して家族が増えたら、そのお嫁さんと子供達にでも手伝ってもらうことにするさ。まあ、その頃には私は引退しての面倒でも見ているかもな」


「あ、ありがとうございます! そ、そのお父さん・・・・……」


 伯父はまたレッドの頭に手を乗せると、窯の火をつける作業に戻った。


 ◇◇◇◇


 モーリィの治療部屋での治療が一段落付いた。


 昨日のお祭り騒ぎで負傷して、ベッドで寝ていた最後の騎士を送り出したところである。

 聖女のもつ高い治癒能力。

 治療は完璧だと思うが、気絶して目を覚まさなかった騎士は念のために治療部屋で寝ていてもらったのだ。


 治療部屋に来る前、特別宿舎で朝の食事の準備と子供達の給仕。

 最後の別れの時、何人かの女の子達にお姫様と別れたくないと泣かれたのには参った。

 ……少しだけ貰い泣きしてしまったのは聖女の秘密である。

 そして今はカエデを膝に乗せて抱きながら、普段の日常が戻ってきたと安堵のため息をついていた。


「ふふ、モーリィお疲れさま。昨日は流石に忙しかったね」

「うん、ミレーもお疲れさま。当分はゆっくり過ごしたいよ」


 モーリィの返答に、ミレーはくすくすと笑いながら肩に乗っかっている球体の小型影さんに食事を与えていた。

 餌は謎肉、何の肉かはモーリィは怖くて聞いていない。

 膝の上のカエデは朝ごはんを食べてくちくなったのか、すやすやと眠っていた。

 昨日は大分活躍していたようだし疲れもあるのだろう。

 魔王ちゃんを優しく揺すりながらモーリィは欠伸をする。

 何だかんだと彼女も疲れが残っているようだ。


「でもモーリィ、明後日からはまた忙しくなるわよ?」

「ん? 『砦街の魔王討伐祭』かな……砦の方でも何かやるの?」


 モーリィとミレーは去年と一昨年、怪我人が出た時のために、砦の正門に設置された治療テントで待機していたのだ。


「何言ってるのよ、モーリィはお姫様役・・・・なんだからパレードに参加するのよ?」

「………………え!?」

「砦の正門から街の正門までの大通りを馬車に乗って、ぐるりと回っていくの。凄い豪華なパレードなんだから、馬車に乗って見渡せるモーリィが羨ましいわ」

「馬車って……あの、ミレーさん」

「うん、なに?」


 モーリィはごくりと喉を鳴らす。

 本祭でもお姫様役をするとは聞いていなかった。

 てっきり前夜祭だけのものかとモーリィは思っていたのだ。


「それって、街の人達が大勢やってくるパレードだよね!?」

「当り前じゃない。ああ、それに祭に合わせて近隣からとか、わざわざ遠方から観光に来る人もいっぱいいるみたいよ」


 モーリィの顔が青くなり赤くなり白く変化し、そして眉間にシワを寄せてため息をつく。


「どうしたのモーリィ? 大丈夫?」

「う、うん、ありがとう心配してくれて。何というのか、世の中の理不尽さと、自分の力ではどうにもならない事について噛み締めていたんだ」

「はい?」


 事情を知らないミレーは疑問を浮かべる。

 聖女は魔王ちゃんをあやしながら目を閉じ、眉間のシワを揉み解すのであった。



 ――――



 三日間に渡り砦街で開催された『砦街の魔王討伐祭』は無事に成功を収める。


 その年の勇者役とお姫様役のカップルは恐ろしいほどに見目麗しく、一日目のパレードで噂を聞いた者達が二日目・三日目と押し寄せ大混雑をした。

 類を見ない二人の神秘的な美貌は、近隣諸国だけに飽き足らず、遥か遠方に届くほどであったとか。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


おまけ


その年の『砦街の魔王討伐祭』


お姫様役……モーリィ・モルガン

勇者役……魔王様


以上

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