砦のダンジョン その3
モーリィは眠れぬ夜を過ごしていた。
事情を察した女騎士が、羞恥のあまり脱衣場の隅でしゃがみ込み動けなくなってしまったモーリィを迎えに来てくれた。
聖女にブカブカのズボンを着けさせるとその場で軽々と持ち上げる。
女の子なら誰もが一度は夢見るお姫様抱っこだった。
女騎士はそのまま颯爽と騎士宿舎の外に。
特別宿舎までの短くはない道、すれ違う者達の視線が聖女と女騎士に集まる。
モーリィは今まで味わったことのない
……女騎士に抱っこされたまま歩くなんて、頭がフットーしそうだよう。
聖女はのぼせ上がる一歩手前になりながら自室まで送ってもらった。
その日モーリィは部屋から一歩も出なかった。
しかしながら夜、彼女はその出来事を思い出して恥ずかさの中に嬉しさも感じてしまい、ニマニマと口角が自然と上がり目が冴えて中々寝付けない。
他にも重要な出来事があったような気がしたが、浮かれ過ぎてモーリィはすっかり忘れてしまう。ベッドの中で火照った顔を枕に埋めて足をバタつかせ、嬉し恥ずかし悶えるを繰り返しているうちに眠りについたのだ。
◇◇◇◇◇◇
翌日、各種準備を整え、昼過ぎから地下ダンジョンへの探索が開始された。
参加する女性は既に決定していた。
・第五騎士隊隊長、魔法剣士フラン
・女騎士達から三名……ツヴァイ、フィーア、ドライツェーン
・治癒士、聖女モーリィ
・治癒士、白魔導士ミレー
魔法剣士フラン。彼女はエルフ故の高い魔法能力をもつがクラスは剣士。砦街随一の豊富な経験と知識を持っており、今回の地下ダンジョン探索班のリーダーも彼女が務める。
女騎士のツヴァイとフィーア。二人は高い戦闘力を持った十三人の女騎士の中でも、一位、二位を争うほどの近接技能を習得しており、それ以外にも探索に使えそうな技術をいくつか有していた。
そして普段は隠密警護といった裏方仕事の多い女騎士ドライツェーンも投入している。女騎士達はダンジョン探索に関してかなりの本気を出してきているようだ。
回復役として聖女モーリィ。最初はモーリィが参加することに周りが難色を示した。特にルドルフやライトといった騎士連中からは猛反対がでた。
彼女はこの砦に来るまでは農民として生活しており、武器らしき物といったら鍬と丸太くらいしか持ったことのない根っからの農耕民族だったからだ。
鍬はともかく、丸太は色んな使い方のできる立派な
それを置いても荒事には向いていないのは、昨日のトーマスやミレーとの泥まみれの追いかけっこで一目瞭然であった。
ゴブリンの頭を丸太で「えいっやあっ」と叩こうとして滑って転んで自分の頭を強打し、丸太に挟まれながら気絶する絵が容易く浮かんでしまうのだ。
やはり丸太を武器にするのは無理がある。
ゴブリンさんも、ごぶーと困惑気味だ。
騎士団長も普段なら荒事の場にモーリィを出向かせたりしないだろう、彼女はこの国でも重要な希少クラスの聖女なのだから。しかしモーリィがいないと結界を抜けることができない。ダンジョンの中に同じ仕掛けがある可能性を考慮に入れ探索メンバーに加えたのだ。彼にしては珍しく悩んだ決断であった。
戦力として聖女は、触るだけで怪我を治癒し魔力もほぼ消費しない。
また最近判明したことだが、聖女の治癒には体力や疲労を回復させる効果もあるようだ。持久力を要求されるダンジョン探索において、砦の騎士ほど体力お化けではない女騎士にとって非常に相性のいい人材といえるだろう。
それより問題なのがミレーであった。
砦での治癒役として残す予定だったが「モーリィが行くのなら私も行く!」と騎士団長に参加したいと言いだしたのだ。
騎士団長はミレーを探索メンバーに加えることにした。
実際のところ、探索中に聖女に何かが起きた際の保険として、治癒士のミレーを参加させるかどうか彼も迷っていたからだ。
目標はダンジョンコアの確保か封印だが、そこまで無理をする必要もなく、探索して王宮魔導士を動かせる程度の情報を入手できればいい。
◇◇◇◇◇◇
地下ダンジョンに入り、フランが全員に暗視の魔術を使う。
警戒しながら、大小さまざまな石で組みあげた狭い通路をしばらく歩くと、不思議な光沢で出来た石壁の通路へと切り替わる。
通路は人が横に五人は並べる広さがあり天井も高さがあった。
綺麗に表面を整えられた石壁には継ぎ目が一つもなく、壁自体が薄っすらと発光している。そのため辺りには夕方程度の明るさがあり視界は悪くなかった。
今まで彼女達が経験したことのないような不思議な光景である。
壁を調べながらフランは女騎士達……フィーアと深刻そうな顔で話をしていた。
モーリィとミレーは「わあっすごーい」と興奮して、壁を見ながらペタペタと触るのに夢中で気づかない。二人はすっかり田舎のおのぼりさん状態だ。
発光する不思議な壁だけでも王宮魔導士を呼べそうな情報である。しかしまだダンジョンに入ったばかり、フランの判断で先を進むことになった。
地下ダンジョンを進む隊列は事前に決めていた。
斥候役として女騎士ドライツェーン。
彼女は高い探索技能を持っていて、それ故に今回の抜擢らしい。
褐色短髪の少年のような容姿。女騎士としては小柄で、腰を落とした警戒移動で影のように動き、装備も黒い革製の軽鎧に小剣と複数の投げ短剣を腰につけている。そのため女騎士というより女暗殺者といった雰囲気である。
その後ろに女騎士のツヴァイとフィーアが続く。
ツヴァイは最近、モーリィの専属護衛になりつつある女性で、魔王ちゃん騒動の時や特別宿舎の共同風呂に一緒に入ったのも彼女である。金髪碧眼の長身、貴公子風の
ツヴァイの装備は片手剣に盾、探索用の動きやすさを重視した皮と鉄を組み合わせた騎士鎧一式で、その姿は
モーリィはツヴァイの凛々しい格好よさにしばらく眺めてしまい、ミレーに怒られてしまった。
ツヴァイがこの探索班の盾役として戦闘の要になる。
フィーアは細身の双剣にツヴァイと同じ形状の騎士鎧をまとっているが、視界を確保するため兜は被っていない。彼女は女騎士としては珍しく女性的な風貌なので、同じ鎧でもツヴァイの物とは別物に見える。実はモーリィとは女騎士では一番会話をする仲だ。
正確に言うと彼女以外の女騎士は言葉を全く話さない。
その後に聖女モーリィ、魔法剣士フラン、白魔導士ミレーの順で、聖女を中心に置いて守る隊列である。本当は背後からの襲撃に備えてフィーアが最後尾につく予定だったのだが、ミレーが冒険者をしていた時は後ろを任されることが多く警戒できるから任せてと、自信満々に手を上げたので頼む事になった。
その際、ミレーが嬉しそうにメイスを振り回し始めると、横にいたモーリィの顔色が何故か悪くなり「潰しの……」とぼそぼそ呟き一同は不思議な顔をした。
フランは片刃の細剣、左手には魔術発動補助の宝石がはまった小手に、不思議な素材の軽鎧を着けている。他にもいくつかの魔導具を携帯していて、何というのか全体的に高価そうな装備である。
そしてミレーだが彼女は随分と本格的な姿だった。
鉄製の片手メイスに同じく鉄製の丸盾、頭には鉢がね、太もも辺りまでおおうワンピース形状のチェインメイルにサーコート。その下の衣服には魔獣の皮が補強的に貼り付けられ動きやすさと防御力を両立している。歴戦の戦士みたくて普通に強そう。
全員が装備の下は長袖にズボン、更に装備の上には外套を羽織っており、肌の露出を最低限に抑え、いかにも私達これから冒険してきますといった風情だ。
そんなガンガンいこうぜな彼女達の格好を羨ましそうに眺めながら、モーリィは自らの姿を悲しげに見た。それは何度見ても豪奢で清楚なドレス姿。
モーリィだけが冒険に不釣合いな格好をさせられていたのだ。
背中には大きな背嚢、手には槍訓練用の長い木の棒、そして漆黒の喪服のようなドレスである。モーリィの今の姿を見て何をしにいく格好なのか直ぐに答えられる者は小数だろう。川に洗濯へと行くわけではない。
背嚢には三日分ほどの全員の食料が入っている。
モーリィが背負っている理由は技能的に戦闘に参加できず、一番魔力持ちで背負う筋力があったからだ。もちろん荷物持ちくらい聖女は全然問題はない。
木の棒を渡してくれたのは騎士ルドルフだった。
『魔物が寄って来たらこれで威嚇して距離を取って逃げろ』
極々真面目な顔で言われた。モーリィとしてはどういう反応を返せばいいのか本当に困ってしまった。歩行杖代わりにはなるだろうか。
そして問題の漆黒の喪服ドレス。
これはいくつもの術式を編みこんだ逸品でフランの私物である。
彼女がエルフの故郷を追い出されて……旅立つ際にかっぱらって……譲り受けた品らしい。このドレスは彼女を生んだ際に亡くなった母親の形見であるとか。
その慣れぬ辛い旅の途中に『あら懐かしいドレスね』と声をかけてきた女性は、生まれて初めて出会ったフランの
彼女に旅の仕方や外での生き方を教えてもらい、そしてしばらく一緒に旅をしたのち砦街に行くことを勧められたらしい。
そんなフランの苦労と感動の思い出話をしんみりと聞かされながら渡された。
モーリィは情にもろく感動話にひどく弱かった。
例え冒険に不釣り合いなドレスでも「お借りします」と受け取らざるえなかったのだ。とはいえ女物の衣装ということ以外は編み込まれた術式のお陰で下手な鎧よりも硬く、治療服が所持している装備としては一番ましだったか彼女には十分すぎる防具である。
ドレスの丈は胸元が少しきついが他はぴったり合う、そうモーリィがフランに話すと「若いっていいですね……」と何故かジット目で見られ重圧を感じた。
エルフといえど美しい体型の維持は女性の永遠の課題らしい。
首元までも覆うドレスなので露出はほぼ無い。スカートの下にズボンを履くことはミレーに不承不承ながら許可を頂いている。
モーリィ初めての女物の装いに、ミレーは何故か興奮して頻繁にスカートを捲ろうとしてくる、聖女のドレス姿は彼女の中の何かに火をつけてしまったようだ。
◇◇◇◇◇◇
第一階層は冒険初心者のお相手、ゴブリン先生しか出てこなかった。
ごぶーと出てきた彼らを、女騎士達が片手間というほどの手間もかけず片付けていく。斥候のドライツェーンが一人で全部倒していることもあった。
戦いというよりは一方的なゴブリンさん殺戮祭りである。
数が多い時はフランが、【移動妨害】や【拘束】などの絡め手の魔術を的確に使い後方から支援をする。ミレーは皆に防御系の補助魔術を使い戦闘力の底上げをしていた。
誰も怪我を負わず、モーリィのやっていたことといえば戦闘中はビクビクしながら応援。戦闘の後に全員の肩をトントンと触れて疲れてなさそうな疲労の回復をしてあげるくらいだ。「ありがとう助かるよモーリィ」といった感じで皆微笑んでくれる。
……何だか、微妙にマスコット的な扱いになっている。
モーリィはそんなことを不意に考えてしまい悲しくなった。
魔物と戦えるような人間ではないと十分に理解している。
しかしモーリィとて元、男の子だ。
男子共通の遊びとして幼い頃は冒険者ごっこをよくやった。
何故か、お姫様役が多かったような気がするが、普通の男の子並みに冒険に対しての憧れはあった。今回の地下ダンジョンの探索メンバーに選ばれた時も、幼い頃の冒険者ごっこを思い出して興奮し喜びすら感じたのだ。
しかし現実は、喪服ドレスを着けて、やっている仕事は荷物持ち。皆が戦っている最中は木の棒をぎゅと握り、うろうろきょろきょろ。
もちろん、モーリィにもこうなることは何となく予想は出来ていた。
地下ダンジョンに入る前に、せめて冒険者気分を味わおうと「えいっやあっ」と仮想相手の悪い魔王に木の棒をブンブン振り回していたら、滑って転んで自分の頭をポコンと叩いてしまう。悪い魔王は強敵だった。
頭を押さえて涙目でプルプルと蹲るモーリィに、周辺にいた砦の騎士達は笑うでもなく、何か微笑ましいものを見るような静かで優しい表情をしていた。
まだ笑われた方がましだった。聖女はひどく惨めな気分になった。
そのためモーリィは、みんなが活躍する姿を後ろで寂しそうに応援していたのだ。
実のところモーリィは、荷物持ちや疲労回復の他にも一人一人の状態に気を配って水筒を渡したり飴玉を勧め、時間を測り休憩を入れるようにフランに進言していた。
そのように雑用を率先して行い十分すぎるほど役に立っていたのだが、縁の下の力持ちというものは本人が一番気がついていないものだ。
オカンみたいな聖女モーリィの悩みをよそに、次の階層に降りる為の階段をドライツェーンが発見し、探索はそのまま続行されることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます