探し人 その1

 モーリィは微笑みながら冷や汗をかいていた。

 原因は目の前の若い男である。

 貴族のご子息らしいが、モーリィが強く出ないのをいいことに、髪や肩を触り褒めながら言い寄ってくるのだ。

 男の時は性別を言えば大抵の相手は驚き引いてくれた。

 それでも迫ってくる男色家には男の子らしく遠慮なく握り拳だ!!

 しかし、今現在は女の体でその手は使えない。


 それについて相談したターニャから受けたアドバイスは。


『年頃の女は握り拳なんてしていけないよ、はしたないからね? え、そういうときは蹴りにしときなさい。そう踏むのよ……そして、そのまま捻じ切る! いいわね?』


 モーリィのお尻がキュッとなった。


 騎士団長からは、一応えらいさんの息子あほだから、そこはかとなく・・・・・・・丁重に接してくれと言われている。

 ようするに握り拳以外の暴力行為ならば及んでもいいということなのだが、砦街の評判を落とすような真似はできればしたくはない。


 ……砦街の評判とか今更なのだろうか?


 それに冷や汗の本当の原因は男ではない。

 真の原因は男の背後に腕組みして無表情で立つ騎士ルドルフ。

 そして更に、その後ろに広がる黒々とした闇の森が恐ろしく不気味であった。


 ◇


 砦の騎士たちの役目は闇の森からの魔獣の討伐、あるいは撃退である。


 もちろん砦の騎士が、周辺全ての魔獣を討伐しているわけではない。

 闇の森から生存競争に破れて追いだされた凶暴な肉食の魔獣、もしくは森の外で繁殖し近隣に被害を及ぼしそうな群れが相手である。

 作中では家猫ほど真面に働いてなさそうな彼らだが、実際には常人では太刀打ちできない魔獣たちと、日夜激しい戦いをくりかえしているのだ。


 そう……砦の騎士は、決して知能が足りてないだけの哀れな連中ではない。


 本当に足りていないのは事実であるが戦闘力の高さと勇敢さだけは、王国内どころか、周辺諸国でも知能の残念さと共に有名であった。

 そんな頭が可哀想な彼らの役目は魔獣の討伐だが、突発で入る別の仕事もあったりする。


 それは闇の森に入った者の捜索任務。


 本来ならば危険な闇の森に入ることは自己責任で、その結果どうなっても文句は言えない。

 だが闇の森に侵入した人間が、たまたま権力者と関わり合いのある者の場合はそんな単純な話ではなくなる。

 阿呆な自殺志願者なんて放置したいが、そうはいかないらしい。

 なにしろ砦の脳筋ばかどもにも阿呆あほ呼ばわりされるのだ。

 闇の森に入る行為がどれほど愚かしいか、小さな子供でも理解できるというものだ、この馬鹿。


 そして今回も毎度のごとく砦の騎士たちに闇の森捜索の話がきていた。


 探し人はとある有力大臣の末息子。


 その手のやんちゃは、剣や魔術の教育を優先的に受けられる貴族の子息……特に家を継ぐ可能性の低い穀潰しの三男以降の者に多い。

 世間知らずの彼らは少し褒められると勘違いをし、一旗あげようと冒険者ごろつきなどになろうとするのだ。

 別にそれはそれでいい。

 冒険者になって夢を見るのも、若いうちは悪くはないだろう。

 中には貴族の出で、冒険者として成功した者も少ないがいるのだから。

 ただ、何故に闇の森などを冒険の場所に選ぼうとするのか?

 何故わざわざ、人間相手の剣術や魔術が、微塵も役にも立たない場所に行こうとするのか? 


 砦街の対人最強と名高い女騎士ごりらたちだって、闇の森には絶対行かないぞ?


 それほどに力を持て余しているのなら是非とも砦街に来てくれ。

 そこで思う存分に力を振るって欲しい。

 ここで迷うような臆病者は家でママにでも甘えているといい。

 安定……それもまた生き方の一つだろう。

 しかし、我々にはそんな腰抜けなど必要ない!

 我々が欲するはいかなる困難にも打ち勝つ、苦難に負けぬ心をもつ真の男、真の騎士のみ!

 来たれ友よ、王国最強の砦の騎士は勇敢なる君を歓迎するっ!! 


  ――――


「そんな勧誘文句でたらめはどうよ? 入ってくる脳筋ばかがいるんじゃないか?」


 軽口を叩き、集団の前を進むのは斥候役を務めるトーマス。

 そんな言葉に騙される田舎者はまずいないだろうと、少し後ろを歩くルドルフは呆れた顔になる。

 その彼の横にいるライトは、気まずそうに顔をソッと逸らした。


 闇の森の中、軽鎧の上に緑色の外套と背嚢という野戦装備で身を固める砦の騎士たち。

 彼らは鬱蒼とした樹林が生え茂る森を歩いていた。

 濃い緑の匂いに、鳥か虫か分からぬ生き物の鳴き声が止むことなく響き渡る。

 背の高い木々が密集するように生えているため、太陽の光を遮り、昼なのに辺りは酷く薄暗い。

 僅かでも安全な道から外れれば死ぬだけでは済まない、生き地獄を手軽に味わえたりする魔境だが、今のところは危険な魔獣らしき気配も兆候もない。


 彼らのいる場所は闇の森の中層部あたりだが、砦の騎士たちの様子はピクニックに行くような実にのどやかなものである。

 最初は極度に緊張していたライトも、森への侵入を何度か繰り返すうちにだいぶ慣れたらしく、今では落ち着いた様子で歩いていた。

 とはいえ、油断できる場所でないことは確かだ。

 隠密すらできない者では余程の幸運持ちではない限り、魔獣の胃袋の中にご案内される場所なのだから。


 彼らはこの捜索のために、第一~第四騎士隊から編成された砦の騎士の特殊班だ。

 通常の任務であれば隊ごとでことにあたるのだが、今回は闇の森イレギュラーでの活動である。

 砦の騎士の中でも、闇の森の獣を欺ける高い隠密技能を持った十四名が選ばれ捜索を行うこととなった。


 普通ならば急造な班などまともに機能しないものだが、闇の森での仕事となると大体同じ面子になるので、チームワーク云々は今更の話である。

 いつもと違うのはその編成の中に新米のライトがいることくらい。

 彼は故郷で規格外な村の老人方に色々と鍛えられたらしく、闇の森でも十分通じる野外生存サバイバル技能を有していた。


 この手の有能な人材は激務の部署に配属されるもの、頑張れ生きろ。


 騎士ルドルフは闇の森での活動経験が豊富だったので、捜索班長として現場指揮をすることになった。

 年は二十台半ばの彼だが、捜索班の面子の中では一番の古参である。

 他にも多くの人員が捜索班の支援のため、森のすぐ外で野営地を作り待機している。


 その中には治療士として聖女モーリィと護衛の女騎士たちもきていた。


 余談ではあるが、モーリィが騎士団長と交渉し、食材を持ちこんで調理してくれた野外料理は本当に美味しく、外での任務期間中は不味い携帯食しか食べれない騎士たちには大変に好評だった。

 いつもはあまり感情を表にださないルドルフでさえも、ほくほく顔で美味しそうに平らげていたのだ。


『こいつはまじでうめぇな。おれの嫁にくるかいモーリィ?』

 

 ほざいていた野郎トーマスは、このすぐ後に兄馬鹿ルドルフによって締められた。


 さて話を戻して闇の森の捜索だが、実に広大な場所である。

 体力馬鹿の砦の騎士とはいえ、全部を探すのはまず不可能だ。

 そのため捜索する地点は事前に決められている。

 闇の森でも木々が入り組んで半ば迷宮化している場所や、広いが大型魔獣の通り道になっている場所は危険すぎて入ることはできない。

 砦の騎士のような体力お化けでもなければ、常人の者が探索できる場所などは最初から限られている。

 これら以外のルートから森に侵入した場合、生存の確率は低く、探すだけ無駄であった。

 それらを踏まえた上で、森の外から何度も侵入を繰り返し、何ヶ所かを回り、探し人の痕跡を発見できなくても捜索は打ち切りとなる。


 そして今いるのが最後の捜索場所。


 彼らの任務は、このままいけば探し人の痕跡も遺品も発見できずの、一週間ほどの森のお散歩で終わるはずだった。

 全員無事だし、野営地で待っている聖女さまに頼まれた薬草おみやげも十分確保したし、捜索の終わりとしてはまあ良い結末だろう。

 騎士たち全員がそう思っていた。


 だが不幸なことに、騎士たちは探し人の痕跡を発見してしまった。


 野営をしたと思われる場所には、呆れたことに焚き火の跡があった。

 闇の森で火を恐れる獣はおらず、逆に引き寄せる結果にしかならない。

 自殺願望があるとしか思えない行為だが、闇の森にきている時点でお察しである。


 しかし捜索班の騎士たちにとって更に不幸で、探し人にとっては幸運なことに、その場所で魔獣に襲われたような形跡はなかった。


「どうするんだルドルフ班長どの?」


 素人仕事にしか思えない酷い野営片付けの跡に、トーマスは顔をしかめながらルドルフに尋ねる。

 ルドルフは思案する。

 正直、探し人が生きているとは到底思えないし、生きていても・・・・・・面倒である……だが、答えは決まっている。


 探し人を見つけるまで、捜索の続行であった。


 ルドルフ以下の十四名は悲しいことに宮仕えの騎士である。

 女には聞かせられない悪態をつくトーマスのケツを軽く叩くと、ルドルフは捜索の再開を全員に伝えたのだ。



 それから途切れ途切れの痕跡を辿り、しばらく進んだ先で騎士たちは探し人の仲間と思える者たちの一部分と遺品を発見する。

 騎士たちはその周りを、魔獣に食われ散らかされた彼らの痕跡を調べることにした。

 彼らが魔獣と遭遇し、追いかけられて逃げたのは分かる。


 だが途中から足跡が一人分足りない?


 そのとき、低い崖の下を調べていた騎士が声をあげた。


「みつけたぞっ! ちきしょう、生きて・・・いやがった!!」


 探し人発見の報に、ライト以外の騎士たちは全員が同時に思った。


 ――死んでろよくそったれっ!! 


 生き残りの発見に拳を握りしめ、喜びの声をだしかけた純粋なライト。

 しかし周りの先輩方の苦虫を噛み潰したような表情に、寸でのところで口を閉じ、うえにあげた拳を静かに下した。

 彼はひどい田舎者ではあるが、空気の読める有能な男なのだ。


 闇の森の捜索についてはいくつかの結末がある。


 それを上から良い順に並べると、遺体が見つかった場合。

 遺体はなく遺品が見つかった場合。

 どちらも見つからなかった場合……であった。

 この順番にそれぞれ意味はあるが、ここでは省略する。


 一番最悪なのは、探し人が生き残っていた場合。


 何故なら、闇の森の探し人の殆どは貴族出身の世間知らずで、人間相手の戦闘術は学んでいても、野外で使える技能を持ち合わせている者は皆無に等しいからだ。

 それどころか、それらの有能な技能を、野蛮人の下賤な技と蔑む者すらいるらしい。


 砦の野蛮人きしとしては、野蛮人さるであることは十二分に自覚しているので別に何とも思わないけど。


 闇の森で必須とされる隠密技能などはまず習得していない。

 そんな者を闇の森から連れ帰るのは命がけの至難の業で、下手したら捜索班の全員を危険にさらすことになるのは想像するに容易い。

 それ故に探し人の生存、これは一番最悪な状況なのであった。



 そんな厄介者の探し人は崖下の浅い窪みの中で、体に土を被った状態で発見された。

 恐らく逃げる際に崖から転落して窪みに落ち、その後に斜面の土が崩れて体をおおい隠したのだろう。

 偶然にしては出来すぎだがあり得ない話ではない。


 探し人の彼は二十も年を重ねていなさそうな青年だった。

 貴族によくいる金色の髪に線の細そうな顔立ちに体つき。

 冒険者などという荒事には不向きな人種に思えた。


 背後に回ったライトが気付けを行うと青年は直ぐに目を覚ました。

 ボンヤリと辺りを見渡していたが、しばらくすると青年は意識が完全に覚醒したのか怯えだした。

 魔獣に襲撃された命の危機。

 そして命からがら逃げのびて、目を覚ましたら、むさいごっつい脳筋たちに無言で囲まれ見下ろされている。

 この状況で平然とできる者がいたら、余程の大物か大馬鹿だろう。

 青年は阿呆ではあるものの大物でも大馬鹿でもないようだ。


「き……き、君たちはいったい何者だ?」

「お姫さまを救いにきた正義の騎士さまだよ。お坊ちゃん」


 怯える青年の質問にトーマスは肩を竦め茶化すように答えた。

 青年は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに言葉の意味を理解すると喜びの表情を見せた。


「僕たちを助けに来てくれたのか!?」

「まっ、不本意ながらな」

「あ……すまないが僕の仲間はどうなった? みんな無事なのかい!?」


 騎士たちは青年の問い掛けに顔を見合わすと、腰に下げた防腐処理の術式が編み込まれている袋から、回収した青年の仲間の一部分を取りだして見せた。

 具体的に言うなら、魔獣に食われ残った手首や足首などの部位。

 ライトもトーマスに目線で促されて、しぶしぶと死体袋の中から生首を取りだし肩越しに青年に見せてあげた。

 青年は悲鳴も上げずに気絶した。


 ――ひでぇなこの人たち……ライトは心の中で思った。


 そんな心の汚れていない騎士ライトが、青年を肩に担いで運ぶことになった。

 碌に持久走もしたことのないようなナヨナヨした体格の青年では脳筋についてこれそうになく、運搬したほうがまだマシだったから。

 唯一の良い情報は、青年の纏っている外套に気配消しと思われる術式が編み込まれていたことだ。

 彼が生き残びることのできた理由の一つだと思われるが、何処まで通用するかは、この時点では定かではない。

 何故なら闇の森で生きる魔獣は、外の魔獣に比べても気配に対しては非常に敏感で、生半可な隠密ではすぐに見破られるからだ。


 貴族の青年を見捨てる……置き去りにして殺すという選択もあった。


 それは闇の森の捜索において暗黙の了解と化している行為で、決して褒められたことではないが、騎士団長も口にはしないもののやることを承認している。

 これから先、国の役に立つかもわからない貴族の穀潰し一人と、現時点において国に高い貢献をしている砦の騎士一人の命。

 どちらのほうが王国にとってより価値があり、重いかは明白だからだ。


 しかし現場責任者のルドルフは青年をライトに運ぶのを命じた。


 他の騎士ならいざという時は容赦なく青年を見捨てるだろう。

 だが新米のライトは最後まで見捨てずに運ぶに違いない。

 それを踏まえた上で運ばせていたのだ。

 もちろん、ライトが危機に陥ればルドルフ自身が助けにはいるつもりだ。

 彼はそのように義に厚く真面目で責任感の強い男なのだから。

 そんな彼に、幼馴染のトーマスはため息をついた。


 こういうところが頑固で面倒で不器用なんだよ……と、苦笑しながらルドルフの肩を叩く。


「取り敢えずルドルフ、早く帰ってお姫さまモーリィの飯でも食うとしようぜ」

「言っておくがトーマス。貴様にはモーリィいもうとの料理は食わせないぞ?」

「ルドルフさんよ! 真顔で冗談に聞こえないこと言うのは止めてくれない!?」


 ルドルフには過去のある事件から、例え極限の状況だと分かっていても目の前の命を見捨てることができないのだ。

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