第27話 チームアタック
大空で羽ばたく影は、眼下の【エインフェリア】たちがこちらに気づいたことを察していた。
だがここは、索敵も及ばない遥か上空。
情報通りであれば、敵は飛ぶことが出来ず、また効果的な神器も持ち合わせていないハズだ。
影は布袋を広げ、どこからともなく吹いてくる風をその中に溜め込み、圧縮した空気を【エインフェリア】たちに向かって解き放つ。
そう、圧倒的な優位は変わらない。
ならば、このまま攻撃し続けるだけだ。
敵の体力はいずれ尽き、やがて回避すら出来なくなるだろう。
再び風を溜め込み、圧縮した空気を解き放つ――その直前に、黒い石のような塊が目前にまで迫ってきているのが分かった。
慌てて回避するが、発見が遅れたせいで布袋を掠めてしまう。
僅かに空いた穴から、溜め込んだ風が漏れだしていく。
これは……いったい?
遠距離や投擲に特化した神器は無いハズだ。
それとも、情報は間違っていたのか?
――いや、もしそのような神器があったなら、もっとマシな攻撃を仕掛けてくるだろう。
何らかの方法で石を飛ばしただけの、苦し紛れの攻撃に違いない。
布袋から風は漏れていくが、それよりも早く圧縮した空気を解き放てば良いだけの話だ。
威力は落ちるが、数を撃てば問題ない。
再び黒い石が目前まで迫っている。
大きく羽ばたき、それをひらりとかわす。
先程は不意を突かれただけで、警戒していればこんな石など当たりはしない。
残念だが、苦し紛れの攻撃もここまでだ。
この戦況を変える一手など、在りはしない。
――ピチャリ。
不意に、何かが身体に降りかかってきた。
……赤い液体?
まさか、血か?
どこかケガをしたのか?
――いや、違う。
これは……油?
太陽に向かって飛んでいく黒い石から、赤い油が激しく撒き散らされていた。
◇-----------◇
綺花はしなやかな足を後ろに振り上げ、一撃必蹴を誇る健脚で二発目の黒いボールを打ち上げる。
綺麗な脚と美しいフォームに、僕は思わず見とれてしまった。
「ヨシッ! 今度もバッチシ!」
手応えならぬ『足応え』を感じたのか、綺花は蹴った瞬間にガッツポーズを決めていた。
その宣言通り、黒いボールは弾丸のような速度で上昇していき、スナイパーばりの精密さで遠くの目標を芯に捉えている。
威力も精度も、プロサッカー選手顔負けだな。
「さすが! 名前通りの名キッカーだな!」
「だからその呼び名は止めてってば!」
一発目は、牽制と囮。
そして本命の二発目には――。
「……そろそろですね。ロキ・セカンド、オープン! 【フサルク】、GEOFU(ギューフ)!」
葉月がタイミングを見計らって、ルーンの意味通りである『プレゼント』を開け放つ。
ボールの中から飛び出すのは、呪いのビックリ箱。
攻撃が届かないのなら、届かせれば良い。
攻撃が当たらないのなら、当たるようにすれば良い。
葉月が発案した作戦は、ビックリするほどシンプルで、恐ろしいほど強引な方法だった。
「犬飼さん! 後はお願いします!」
「了解! ロンギヌスも裸足で逃げ出す威力を見せつけてやるよ!」
僕は<三呪の剣ティルヴィング>を槍投げの要領で構える。
柄にはヒモがグルグル巻きにされており、その後方には――。
「いいか、大道寺! 手を放したりなんかしたら、葉月に頼んでケツ爆竹の刑に処するからな! 絶対だぞ! フリなんかじゃないからな!?」
ヒモこと<軍神スレイプニル>を必死に引っ張っている大道寺が居る。
本人いわく、この謎のヒモはゴムのようにどこまでも伸びるし、絶対に千切れないのだという。
……けど、大道寺クオリティだから全然信じられない。
それに、もし切れたら僕の【流るる神々】は名前通りに漂流確定だ。
だが、葉月の作戦を成功させるにはこれしかない。
「うるせぇな! 分かってるよ! そっちこそ外したらどうなるか分かってんだろうな!? 口にヒモを咥えさせて、島の端っこから端っこまでの超ロングゴムパッチンをやらせるからな!」
僕は更に大きく振りかぶり、左手で照準を定める。
右肩から右肘へ、右肘から右手首へ、そして右手首から指先に至るまで全力を込め――。
「避けられるもんなら……避けてみろ!!」
呪われた敵に、呪われた剣を投げつけた。
勢いのあまり前のめりになって転び、右肩から先が痺れて動かない。
何らかの攻撃が来ると察知したのか、遥か上空にある黒い点が左へと高速で移動し始める。
こんな遠距離でも効果があるのかと一抹の不安が過ぎったが、まるで空を飛ぶ蛇のように、獲物を追って左へと軌道を修正し始めた。
やがて剣は青空の向こうへと消えていったが、張り詰めたまま伸び続けるヒモが執拗に追跡していることを物語っている。
そして――。
「ぐぐっ……! おい! いつまで引っ張り続けてりゃ……って、おぉ? なんだ、急に軽くなったぞ?」
大道寺の言うとおり、ずっと張り詰めていたヒモが急に緩んだ。
「……見て! アレって犬飼の剣じゃない!?」
空に向かってジッと目をこらすと、ヒモを伝うように戻ってくる僕の剣が見えた。
武器を失わずに済んで、僕はホッと胸をなで下ろす。
「敵は……もしかしてアレか?」
もう一つの黒い影は、剣の後ろを追うように高度を下げ続けている。
間違いない。
僕の剣が当たって、落下しているんだ。
降下速度は上がり続ける一方で、やがて目で追うのも難しい速さになる。
そして……僕らをさんざん苦しめた黒い影は、音もなく北の森林地帯に墜落していった。
「ヨッシャー! ついに叩き落としてやったわ! ヘイヘーイ! ミッフーも犬飼もハイターッチ!」
「……喜ぶのはまだ早いです。まずは急いで生存確認に行きましょう。さすがに無いとは思いますが、また空を飛ばれてしまったら厄介です」
浮かれて綺花とハイタッチをかわしていたが、確かに葉月の言うとおりだ。
僕は戻ってきた剣を回収し、墜落した現場へと駆けつける。
うっそうとしている深い森だから、見つけるのに時間がかかるだろうと思っていた。
だが、さっきのツルと同じように一ヶ所だけポッカリと穴が開いていたので、すぐに場所が分かった。
敵は、墜落時に出来たと思われる穴の中で倒れていた。
あの高さだ。即死だったのだろう。
僕らは勝利を確信し、安堵のため息を――。
「……ちょっと待てよ。おい、コイツって……!?」
予想外の事態に、僕は混乱した。
墜落してきた敵。
それは新種ではなく、かつて綺花を苦戦させた『ホワイト・ソードアーマー』だったのだから。
「そんな、まさか……。コイツは空を飛べないハズだし、武器だって短剣しかなかったハズなんじゃ……?」
見た目は同じだが、実は新種なのか?
それとも、あの時は能力を隠していたっていうのか?
……いや、殺されても爪を隠し続けるなんて理屈に合わない。
「……ねぇねぇ、これって何だと思う?」
綺花の指さす方向を見ると、木の上に皮袋のようなものが引っかかっているのが分かった。
奇妙なのは、その皮袋の周辺だけ草木が揺れるほどの風が巻き起こっており、まるで呼吸するように皮袋が膨らんだりしぼんだりしている。
これが見えない攻撃の発生源だと連想するのに、そう難しくはなかった。
……だがそうなると、この皮袋の正体は……。
「これは……僕らが使っている武器と同じ、【流るる神々】ってことなのか……!?」
僕はふと、ヴァル先生と出会った時の言葉を思い出していた。
この武器は、【エインフェリア】となった者にのみ授ける武器だ、と。
なら……ならどうして、コイツが持っていたんだ……?
僕の疑問をあざ笑うかのように、ふわり、ふわりと沢山の羽が舞い落ちてくる。
それは見たこともないほど鮮やかで、この世の物とは思えないほど美しい羽だ。
その時、僕はようやく気がついた。
この皮袋では、空を飛べないことに。
【流るる神々】を持つ敵が……もう一体居ることに。
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