第35話 仕事人のつぶやき

 もともと寺の家系だったこともあるのだろう。両親は新興宗教を設立し、それをきっかけに親戚一同から絶縁された。しかし両親は辞めるどころか資金稼ぎに精を出しはじめ、俺はそんな親も、親の崇拝するカミサマも早々に見限って家を出た。カミサマなんか見たこともない輩を拝んで叶うことなどありはしないし、そいつに金を投じるヤツも、金を巻き上げるヤツも同じ顔に見えた。なにが信心だ。なにがご利益だ。くだらない。

 あのとき、そう思って家を出たはずなのだが。30も過ぎた今、なぜか俺は心霊カウンセラーという仕事をしている。カウンセラーといっても要は霊を祓うだけで、客の話は事情以外ろくに聞かない。元から守護霊だのにすがりつくヤツは嫌いだし、不幸自慢につきあう気もない。だからかなり冷たい対応のはずだし閑古鳥がすぐ鳴くと思ったが、不思議と客足は途絶えない。淡々とあしらわれることを求める輩が集まっているんだろうは、ほかの理由としては、同僚にあるんだろう。

 唯一の同僚、俺の幼なじみだ。細腰で青白く、モデル顔負けの美形。見た目とおり病弱で無口でおとなしいこいつ目当ての客が、1年先までキャンセル待ちがいる。

 依頼が尽きないのはいいが、こいつ自身がよくキャンセルを出す。打たれ弱いこともあるんだろうが、客の強烈な念にあてられて寝込むことも多い。だからそれを俺が引き継いでいる。元から暇なほうだから、ちょうどいいペースになっている。

 お目当に会えないと知るなり依頼キャンセルする客も絶えないが、事情が事情で渋々続行依頼する客もいる。そのたびに残念でならないといった顔を見せられる方は、心の中で悪態をつくくらいだが。

 今回も電話の向こうの不機嫌な女が「じゃあいいです」と一方的に通話を切った。やれやれ。

 本の山の向こうから、申し訳なさそうに顔をのぞかせた。

「いつも、ごめんね…」

「気にすんな、バーカ」

 幼馴染はいつもの苦笑を浮かべて顔を引っ込めた。ストーカー被害に何度も遭っているだけに、怯えた雰囲気は拭えない。

 こいつの場合は、そもそも親が原因なんだと思う。

 家を出たい、と漏らした顔を見て、俺が駆け落ち同然で引っ張り出した。こいつの親は、家出された事実に半狂乱となった。最愛の美しくも病弱な息子を取り上げられたのだ、拉致だ誘拐だと騒ぎ立てた。駆けつけた警察も終いには母親をなだめることになった。母親は俺へ罵詈雑言を浴びせただけでなく、家を出たいと言った息子に対して暴言が止まらなかった。それはこいつを深く傷つけ、しばらく笑顔さえ見せなかった。

 それでも仕事は任せられたし、それがこいつにも良かったらしい。誰からも監視されない自由に過ごせる快適な一室は、やっとリラックスできる空間になったらしい。

 以前から心霊雑学に詳しい幼馴染は、かなり仕事の助けになっている。業界でたらい回しにされてきた一件の呪いを解いたのはこいつのおかげだ。そこに出る足のない子どもの霊が、海外の小国の、すでに絶えた足切りの土着信仰で呼び出された霊だとは、業界の誰も気づかないだろう。

「今度はなんの資格を取るの」

「んあ、これか」

 幼なじみが手もとに視線を落としてきた。何度となく開いている免許取得のマニュアル本だ。

「小型特殊運転免許」

「なに、それ」

「トラクターを運転できる」

 俺は資格を集めるのが趣味だ。

 心霊カウンセラーという仕事の日々も、いいものかもしれない。



 ここで目が覚めた。

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