九月のある日
登校
朝だというのに、照りつける日差しが刺すように痛い。蝉の鳴き声は聞こえなくなったけど、涼しさが遠く感じる九月の半ばだった。
登校して靴箱を開けると、一通の手紙が入っていた。
私は封を開け、中を確認する。
「陽菜? どうしたの?」
一緒に登校してきた友人の冬華が私に声をかける。
「んー、ごめん。先行ってて」
「はいはーい。行ってらっしゃーい」
冬華はそう言って校舎の中へ入って行った。
私は手紙を鞄に仕舞い、校舎裏へ歩を進める。
今に始まったことじゃないからこそ気が進まない。自然と足取りが重くなる。
手紙の中には宛名もなく『今日の朝、校舎裏の松の木の下で待っています』と一文だけ書かれていた。
この学校には『松の木の下の伝説』というものがある。内容は、まあ……お察しだ。
校舎の裏側には臨時教室が並んでいるので、比較的人目につきにくくい。
そこにポツンと松の木が一本だけあるものだから、都合のいい状況に合わせていつしか伝説なんて言われるようになったのだろう。
おかげで私は、正面玄関から片道五分ほどの距離を歩かせられる。本当に迷惑な話だ。
せめて伝説の効果は卒業式に限定してほしかったと常々思う。。
今どきLINEやメールも使わずに手紙なんて方法をとるのは、決まってろくに話したこともない知らない相手。
なんで私なんだろうといつも思う。
思ったところで、考えたところで、私はその感情を理解できない。
校舎裏に差し掛かると、松の木の下にすでに見知らぬ男子が一人立っていた。
「
出会いがしら一言目、なんの飾り毛もないストレートな告白だった。
「えっと、ごめんなさい。私、あなたの事よく知らないから……」
名前も知らないし、顔も記憶にはない相手にはとりあえずこう答えるしかない。
「じゃあ友達! 友達になってください! LINE交換だけでいいですから!」
うーん、困った。結構グイグイくるタイプだった。
LINEの交換は、過去に気安く受けて失敗したことがあるから出来れば回避したい。四六時中鳴る通知音を聞くのはもう御免だ。
そこで私は嘘をつく。白々しいほど真っ赤な嘘を――
「気持ちは嬉しいんだけどね。私、今好きな人いるから出来れば、その……あまり男子と交友広げたくないかなって」
「それってやっぱり
「それ、良く言われるけどそんなんじゃないの。靖人はただの幼馴染」
「じゃあ
「涼くんと翔太くんは普通に友達かな?」
「じゃあ誰なんだよ! 佐倉さんが話す男子ってそんくらいしか思い当たらないし、でも他に告白したやつも好きな人いるって言われてるし、他に心当たりないから本当に誰なんだって皆、気になってるのに! あーもー!」
急に勢いよく喋り出したけど、コレって誰を好きか言わないと終わらない流れなのかな?
ちょっと身の危険も感じるので、私は二歩ほど後ろに引いた。
「ていうか! 佐倉さん! 本当に好きな人いるの?」
いません。なんて今さら言えない。今までもそれで押し通してきている。
「えっとね……同じ中学の人なんだけど、今は県外の高校に行っちゃたの。だから、多分教えても分からないかなって、えへへ」
ちょっとわざとらしかったけど、私は出来るだけはにかむ様に言った。
すると、さっきまで活気づいていた男子の顔から血の気が引いていくような感じがした。
「え? ちょっと待って。俺の名前、鈴木大輔って言うんだけど……知ってるよね?」
「えーっと……ごめんなさい」
「俺も同じ中学で、二年の時クラス一緒だったんだけど……もしかして覚えてない?」
「ええ?!」
過去のクラスメートの顔と名前を覚えていないとは思わなかったので驚きを隠せない。
「う、うーんと…………あはは」
もう笑って誤魔化すしかなかった。
「あんまりだ! まさか! まさか! 顔も! 名前も! 覚えてもらえてなかったなんて! そんなのあんまりだ!」
「うおー!」と叫びながら、鈴木くんは猛スピードで走り去って行った。
「…………うん、さすがに私もあんまりだと思う」
でも、悪いことをしたという罪悪感は湧いてこない。
私は正直、男子が苦手だ。
これまでに私に告白してきた人数は……数えてないけど十五人以上は居たと思う。
その全てを断ってきたが、相手の事が嫌いだったというわけではないし、他に好きな人が居るわけでもない。
そもそも私は、未だに知らない――
特定の相手に向ける『好き』という感情、『恋愛感情』を私は知らない。
さっきもそうだけど、周りから幼馴染の靖人と「付き合ってるの?」とか「仲いいし好きなんじゃないの?」とか聞かれることが多い。
確かに付き合いは長いし、周りの男子の中では一番仲がいいのは分かる。
ただ、恋愛対象かと聞かれると違うような気がする。
『恋愛感情』を知らない私が、違うと言えるのはおかしな話だけど、靖人は友達というか家族に近いものだと思ってるし、聞かれる度に自問自答を繰り返した。靖人との関係にはもう答えが出ている。
かといって、今まで仲良くしていた男子にも特別な感情が湧いてくることはなく、『仲のいい友達』で充分満足していると思う。
やっぱり私は、特定の男子を本気で好きになったことが無い。
それなのに、私はいつもその感情をぶつけられる側だ。
自分の知らない感情を、受け続けるのは割と辛いものがある。
理解したくても出来ないし、その気持ちに応えるための答えを持っていない。
次第に私は、男子から距離を置くようになり、『恋愛感情』を知ることに逃げ腰になってしまったのだと思う。
だから、さっきの男子(既に名前も顔もうろ覚え)は決して例外ではないのだ。おそらく私は、今まで出会った半数以上の男子の顔と名前を覚えていない。
男子に対する苦手意識が、自然と記憶に残らないように感じる。
おかげで今は幼馴染の靖人と、その親友の宇佐美涼くん、今年同じクラスになってこの二人と良く話すようになった
クラスの他の男子とは少しくらいは話すけど、やっぱりもっと仲良くなろうとは思えない。私は下手すると、このまま恋愛感情を知らないまま、お墓に入ることもあるんじゃないかとすら思う。あ、でも結婚して子供は欲しいかな。
「はあ……そろそろ戻ろう」
そう呟いた松の木の下。ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
「え!? もうそんな時間!?」
「うおー!」と叫びたくなる気持ちを抑えつつ、私は校舎へ走り出した。
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