第82話 君の名を呼ぶ

 





 文字通り激震する王城。

 キリルが閉じ込められていた部屋で、監視の兵士が動揺する中――


「ブレイブッ!」


 それを合図だと理解した彼女は、躊躇なく切り札を使った。


「な……なにをしているキリル・スウィーチカっ! 人質がどうなっても――」

「そんなものはもういない!」


 全員の装備は没収されている。

 しかしそれでも、ただの兵士なら、鎧ごとゴミクズのように吹き飛ばせる程度の力が彼女にはあった。


「くっ、サトゥーキ様に報告しろ!」

「はっ!」


 もう一人の兵士が、こめかみに汗を浮かべながら部屋を出ていこうとする。


「フラム・アプリコットは貴様のせいで死ぬんだ、それを理解しているのか!?」


 強がる兵士に、もはやキリルは答えることすらなかった。

 言葉などいらない。

 彼らに必要なのは、肉体的苦痛だけである。

 ――兵士の視界から、瞬時に彼女の姿が消える。


「がっ!?」


 ドアに手をかけていた兵の四肢が、ほぼ同時に逆方向に曲がった。


「馬鹿な……がぴゅっ!?」


 驚愕する男の背後に周り、軽く掌底。

 ただそれだけで体は吹き飛び、顔面から数メートル離れた壁に叩きつけられた。


「これぐらいじゃ、まだ気が済まない……!」


 ふつふつと湧き上がる憤怒。

 基本的に穏やかなキリルは、自分の中にこれほどまでの熱量を秘めた激情が眠っていることに驚いていた。

 壊したい、打ちのめしたい。

 大事な友達を――フラムを傷つけた、この王国を構成するすべてのものを。


「余裕があれば暴れていいんだよね、そう言われてたから――」


 倒れる兵士を踏みつけ、キリルは部屋から出る。

 騒ぎを聞きつけ、集まってきた六人ほどの兵士の群れと目があった。


「ひっ……」


 彼女から噴き出す殺気にあてられ、全員が尻込みする。

 人間という生物としての本能は、どうやら一瞬で理解したらしい。

 どのような奇跡が起きようと、前方からゆっくりと近づいてくる存在に、自分たちが敵うことはない、と。

 しかし王国軍の兵として、脱走しようとする彼女を見過ごすわけにはいかない。


「お……おおぉぉおおおおおおッ!」


 声で無理やり心を奮い立たせ、突撃。

 キリルはその様子を無表情で見ていたが、ふいに腰を落とすと――ドォッ! と爆ぜたような音を立て、地面を蹴った。

 その衝撃のすさまじさを示すように、床には数メートル規模のクレーターができている。

 そして次の刹那、廊下に一陣の風が吹いた。

 風とともに空を切り、目にも留まらぬ速度で移動した彼女は、何事もなかったかのように兵士たちの背後に着地。

 そのまま振り向くことすらなく、立ち去る。


「こ、こんな……これが、人間……な、の……がっ!?」


 数瞬遅れて、兵士たち六人全員が、ほぼ同時に床に倒れ伏す。

 彼らの纏っていた鉄の鎧は、まるで金属の槌で殴られたかのように変形していた。




 ◇◇◇




「ハイドロプレッシャー」


 エターナが気の抜けた声で魔法を唱えると、彼女の背後から大量の水が押し寄せる。


「ま、待て、待ってくれ……っ!」

「わたしに言われても、水は待ってくれないから」


 発動者である彼女だけはしっかり避けて、前方に立ちはだかる兵士たちに迫る水の壁。


「うわああぁぁぁぁああっ!」


 彼らは為す術もなく流され、エターナの前から姿を消した。

 それでも懲りずに、すぐに別の兵士が下の階層から補充される。


「わらわら湧いて、虫みたい」


 キマイラならともかく、ただの兵士など――彼女たちの敵ではなかった。


「もいっちょ、ハイドロプレッシャー」

「うわああぁぁぁあ!?」


 また先ほどと同じような声が響き、先ほどと同じように兵士が押し流される――




 ◇◇◇




 別の場所では、ガディオが兵士と対峙していた。

 兵たちは体をすっぽりと覆うほどのタワーシールドを構え、隊列を組んで前進している。


「怖気づくなっ、相手は素手だ! いくら英雄と言えど、武器もなしにこの鉄壁の防御を突破できるはずがない!」


 と声を震わせながら言う隊長らしき男が、一番怖気づいているようにも見える。

 ガディオは思わず頬を緩め、「ふっ」と笑った。


「きっ、キサマ、何を笑っている!」

「いや、武器を失った程度で板切れ一枚も突破できないなどと――俺も見くびられたものだと思ってな」


 そう言って、彼はまるで大剣を握っているかのような構えを取った。


気想剣プラーナブレイド


 それは、プラーナで剣そのものを作り出す騎士剣術キャバリエアーツ


「無論、実体の剣より威力は劣るが、お前たちを屠るには十分すぎる」

「はったりだ……何も見えないではないか!」

「ならば、自らの身をもって知れ」


 ガディオは不可視の剣を振るう。

 すると――ゴオォォオオッ! プラーナにより、激しい嵐が巻き起こった。

 立っていられないほどの風圧が兵士たちを襲う。

 ご自慢のタワーシールドはあっさりと吹き飛び、さらには彼ら自身も、落ち葉のように舞い上がり壁に叩きつけられた。


「雑魚相手ではウォーミングアップにもならんな」


 後にはアンリエットたちやキマイラも控えている。

 適度に体を温めておきたいところだが――そんなことを考えながら、ふとガディオは窓の外を見た。

 直後、別のフロアから放たれた矢が空中で炸裂し、まばゆい光を放つ。


「来たか」


 それはライナスからの“装備奪還成功”の合図だ。

 彼も、そして別の場所で暴れていたキリルとエターナも、同時にある場所を目指して走り出した。




 ◇◇◇




「サトゥーキ様、お待ちしておりました」


 遅れること数分、大聖堂よりサトゥーキが城に到着する。

 司令室で彼を迎えたアンリエットは素早く頭を下げた。


「やはりネイガスが動いたようだな、キマイラで抑えているか?」

「それが……」


 軍の対応は完全に後手に回っていた。

 やはり厄介なのはネイガスの存在だ。

 襲撃と同時に脱走することは予測できていたが、しかし彼女を無視して英雄たちに戦力を割けるほどの余裕はない。

 だが何よりの誤算は、キマイラの制御権を握る人物の到着が遅れたことにあった。


「……エキドナの姿が見えないようだが」

「まだ来ていないのです」


 エキドナは城に常駐している、緊急時は彼女がキマイラに指示を与える手はずになっていたはずだ。

 軍が自由に使えるキマイラの数は、せいぜい十体程度。

 うち数体のキマイラとヴェルナーに相手を任せているものの、空を飛び回り、ただ暴れることを目的としたネイガスを止めるのは非常に困難だった。


「あいつは何をしているッ!」

「そう怒らなくとも、ちょうど今、来たところですわぁ」


 よろよろと、寝間着の上から白衣を纏ったエキドナが部屋に入ってくる。

 彼女の頬や手足には、いくつかの擦り傷があった。


「遅いぞエキドナ!」

「いきなりキリルが来て、部屋が壊されたんですのよぉ……」


 殺さなかったのはキリルの甘さか。


「どうやらキマイラの制御に関する情報も握られているようですね」

「人質に逃げられたこともだ」

「おそらく、あのライナスという男でしょう。以前から諜報活動を得意としていたようですから」

「原因追求はあとからでいい、今は奴らの脱出を阻止することだけを考える。アンリエット、状況はどうなっている」

「ネイガスは城外で戦闘中、ヴェルナーと人狼型二体、獅子型一体に相手をさせています。ライナス、エターナ、ガディオ、キリルの四名は装備を奪取し城外へ出たようです」


 サトゥーキは顎に手を当てて考え込む。

 教会騎士団からも人員が割かれている。

 彼を大聖堂から城まで護衛していたヒューグが追跡に参加しているはずだし、それには新たに副団長となったバート・カロンも同行しているはずだ。

 しかし、頭のイカれた騎士団長と、新米副団長に任せるのはいささか不安が多すぎる。


「オティーリエは動けるか?」

「まだ精神的に本調子ではないかと」

「そうか、戦力としては考えない方がいいな」


 確かにオティーリエは舞い上がってはいるが、あの状況の彼女はそれはそれで危険だ。

 アンリエットとしては、あまり戦わせたくなかった。

 サトゥーキも、ヒューグ以上に何をやらかすかわからないオティーリエを使う気にはなれない。


「何を突っ立っているんだエキドナ、キマイラをフル稼働して脱走者たちを捕縛しろ」

「あら、忘れられているのかと思いましたわぁ」


 エキドナは白衣を揺らしながらふらりと部屋を出て、キマイラの制御装置がある部屋に向かった。


「あいつはマイペースが過ぎるな」

「ですが、今の王国には必要な人材です」

「わかっている」


 彼女がいなければキマイラが完成することはなかった。

 制御装置のメンテナンスも、現状では彼女しか行うことができない。

 いずれ運用が簡単なものを作るつもりではいるようだが、魔族との戦争までには間に合わないだろう。

 キマイラは、オリジンの意思を封じるために、極限まで元となったモンスターの意思を剥奪している。

 命令がないと動かないのだ。

 つまり、エキドナの作る制御装置が、すべての要であった。


「なあ、サトゥーキ、アンリエット」


 実はずっと隅っこで座っていたスロウが、控えめに声をあげる。


「どうなさいましたか、国王様」

「フラムさんはどうなってんの?」

「人狼型一体を置いています。英雄たちが城外に出た今、キマイラを突破して彼女を救出できる人間はいないでしょう」

「……それは妙だな。連中はフラム・アプリコットを見捨てたのか?」


 サトゥーキが首を傾げる。

 これまでの彼らの行動を考えれば、真っ先にフラムの救出に向かうはずである。

 アンリエットもそれを警戒してキマイラを配置していたし、それでも戦力が足りなければすぐに増援を向かわせられるようにしていた。

 フラムが人質としては使いにくいのは確かだ。

 王都の人々は彼女が身を挺して自分たちを救ってくれたことを知っている。

 今は怪我で表に出られる状態ではないと公表しているが、もし彼女が人質になっていることを王都の住民が知れば――サトゥーキの求心力は大幅に低下するだろう。

 元々、イリエイスの人質が逃げたときのための予備だったのだ、最終手段として用意していたものではある。

 しかし、だからといって英雄たちが見捨てるものだろうか。

 サトゥーキがフラムを使うことはないと高をくくっているのか。

 はたまた、何か別の策略が動いているのか――


「アンリエット、軍から地下牢に回せる戦力はあるか?」

「今は難しいですね、私自身が行きますか?」

「いや、司令室ががら空きになるのは避けたい。仕方ないな」


 サトゥーキはそう言うと、すぐに部屋から出た。

 エキドナのもとに向かうようだ。

 そんな彼を、駆け寄ってきた兵士が呼び止める。


「サトゥーキ様っ!」

「どうした?」

「それが……現在、王都にこのような紙がばら撒かれているようでして」


 彼の手渡した紙を見て、サトゥーキは「はっ」と鼻で笑った。


「またウェルシー・マンキャシーの新聞か。どうせ大した騒ぎにはならん、放っておけ」

「ですが今回は……その、英雄たちの脱走に関する記事が書かれているようなのです」


 それは、王都に住む人間では知りえないはずの情報だった。


「ちっ、ネイガスめ、まさか彼女にまで手を回しているとはな」


 陽が昇れば、脱走騒動は住民たちにも知れ渡るだろう。

 それまでに、どうにか英雄たちを悪役に仕立てあげるか、あるいは魔族に拉致されたというシナリオを作るつもりだったが――先手を打たれた形である。

 新聞の数は少ないとはいえ、多少なりとも王国の動きに疑問を抱く者も出てくるだろう。


「兵士を何人か回して、ウェルシー・マンキャシーを捕縛しろ。新聞の回収も忘れずにな」

「はっ、了解いたしました!」


 兵は敬礼すると、キビキビとした動きで去っていく。

 その後姿を見送ることもなく、サトゥーキはエキドナがキマイラを制御している部屋に足を踏み入れた。

 彼女は直径一メートルほどの、青色半透明の水晶球と向き合っている。

 水晶の表面には赤い点が明滅しており、どうやらそれがキマイラの現在位置を示しているらしい。

 エキドナは忙しなく指で点に触れ、城外で活動する下僕たちに指示を与えていた。

 その表情は、どこか幸せそうだ。

 我が子を愛でるような気分なのだろう。


「あらサトゥーキ様、ちょうどよかったですわぁ。ちょうど今、報告に行こうと思っていたところでしたのよぉ」

「何があった?」

「それが……アンリエットさんが配置していた地下牢の人狼型の反応が、ロストしたようですのぉ。今度は人狼型を三体送っていますがぁ……」


 それは、考えうる限り最悪の事態だった。

 ネイガス以外の協力者が存在する可能性は想定していたが、キマイラを撃破できるということは――


聖女様・・・だった場合、それで手に負えるかは微妙なところですわぁ」

「マリア・アフェンジェンスか」

「ええ。ですが解せませんわぁ。教皇派である彼女がぁ、どうして英雄たちに協力しますのぉ? 彼らも彼女も、みぃんなオリジンの復活だけを目的に動いていたはずですのにぃ」

「……わからん、だが厄介なことだけは確かだ。地下牢周辺の警戒を怠るな」

「かしこまりましたわぁ」


 そしてエキドナは、再び水晶と向き合った。

 サトゥーキは目を細めると天井を仰ぎ、苛立たしげにカチカチと、中指と親指の爪を鳴らした。




 ◇◇◇




 セーラはメイスのグリップを両手で掴んだまま、荒い呼吸を繰り返し、肩を上下させている。

 そんな彼女の視線の先には、倒れたキマイラの姿があった。

 メイスの柄頭はその血で紅く染まっている。


「はぁ、ふぅ……まさか……法外呪文イリーガルフォーミュラを、使って……も……んっ、起き上がってくる、なんて……さすが、っす」

「大丈夫ですか、セーラさんっ」


 少し離れた場所に避難させられていたミルキットが、セーラに駆け寄った。

 二人の役目は、ネイガスやライナスたちが大暴れしている隙に、フラムの救出に向かうことだった。

 ある程度の妨害は予想されたが、それでも今のセーラならできるはず、とネイガスは彼女を信じて送り出したのだ。

 それで少し調子に乗ってしまったのだろうか。

 いや、今回の場合は、キマイラの丈夫さが常識を超えていたのが原因だろう。

 まさかジャッジメント・イリーガルフォーミュラを真正面から食らって、まだ起き上がってくるとは、セーラには想像できなかった。

 一度は同じ手段で撃破しているだけに、なおさらだ。


「ふー……もう平気っす。さあ、牢獄まではあと少しっすよ!」

「はい、行きましょうっ!」


 セーラは置いていたフラムの装備一式を抱えると、ミルキットとともに走り出す。

 その装備は――ライナスたちが奪還したあと、あらかじめセーラたちが通るルートをめがけて、窓から投げ捨てたものである。

 さすがにわざわざ手渡しする余裕はない。

 落ちていたそれらを拾い集めて、二人はフラムの捕らわれている牢獄へ向かったというわけだ。

 人狼型キマイラが門番のように立っていたということは、目的地はセーラの言う通りすぐそこにあるはず。

 薄暗くじめっとした階段を降り、木製の古めかしい扉を開け――二人はついに、牢獄に足を踏み入れる。

 その一番手前に、フラムの姿はあった。

 上から聞こえてくる騒ぎの音で目を覚ました彼女は、部屋の隅で膝を抱えながら、不安げに天井を見つめていた。


「ご主人様っ!」

「フラムおねーさん!」


 ミルキットとセーラが声をかけると、その視線が二人に向けられる。

 まず、ミルキットが感じたのは、顔つきが違うということだ。

 幾度となく死線をくぐり抜けてきた彼女の姿はそこにはない。

 そんな主を見てミルキットが思い出すのは、出会ったばかりの頃の記憶。

 あのときも、ここと似たような牢獄で、フラムは不安そうな顔をしていた。

 いや――出会ったあとも、たまにそんな表情を見ていたはずだ。

 夜、二人きりになったときふいに見せる、見えない未来を憂う姿。

 たぶんそれが、本来のフラムなんだろう。

 けれど、ミルキットは胸を張って言える。

 “そんなあなたも大好きです”と。


「おねーさん……?」


 フラムはゆっくりと立ち上がると、ふらふらと鉄格子に近づいてくる。

 そして、ミルキットの前で立ち止まった。

 彼女は緊張した面持ちで、心なしか目が虚ろな主を見つめる。


「ご主人、様……」


 上着の裾をきゅっと握って、絞り出すようにフラムを呼ぶ。

 すると彼女が口を開いた。


「……ミルキット」


 記憶を失っているはずの彼女は、しかしはっきりとした発音で、しっかりと聞き取れるほどの音量で、その名を呼んだ。

 信じられない、とセーラの目が見開かれる。

 信じていました、とミルキットの瞳が潤む。


「えっと……ミルキット、なんだよね?」

「はい、そうです。間違いなく、私が、ご主人様のミルキットですっ!」


 フラムは――包帯の下で満面の笑みを浮かべている少女を前に、今まで体験したことがないほどの、心の安らぎを感じていた。

 記憶はまだ戻っていない。

 しかし、少しずつ解けていく封から、真っ先に飛び出してきた存在があった。

 恋をした誰か。

 命を賭けてでも助けたいと思った大事な人。

 それが彼女であることは、その姿を見た瞬間に理解できたし、自然と名前も思い出せていた。

 胸が高鳴っている。

 触れ合いたいと思っている。


(そっか……私が好きになったのって、女の子だったんだ……)


 恋の存在は自覚していた。

 だが、当然相手は男だろうと、勝手に思い込んでいた。

 それが実は同性であったことに、戸惑いはあったが――フラムは驚くほどあっさりと、その事実を受け入れる。

 つまり、そういうことなんだろう。

 葛藤など無意味で、苦悩など必要ない。

 記憶を失う前の自分は、それほどまでに強く、ミルキットという少女のことを想っていた――

 フラムの手が自然と、鉄格子の隙間から外に出る。

 まるでミルキットの温もりを求めるように。

 彼女もそれに応じ、二人は指を絡めあい、しっかりと手を握った。


「まだ、全ては思い出せていないんですね」

「うん、ミルキットが私の大事な人だってことはわかったけど、他は全然」

「おらのことも覚えてないっすか?」

「……ごめん、もう少し時間がかかるかも」


 セーラは少し残念そうに、「仕方ないっすね」と言った。

 戻る兆しが見えただけで十分だ。

 一旦二人には手を離してもらい、セーラは持ってきた装備一式を鉄格子の隙間からフラムに渡す。

 もちろん入らないものもあったが、最悪、魂喰いさえ握ることができれば十分だ。


「これが私の装備? なんか、すごく禍々しいっていうか……でも不思議と親近感があるっていうか」

「特にこの剣は、ご主人様がずっと使ってきたものですから、きっと愛着があるんだと思います」

「というか、やっぱり私、戦ってたんだね」

「はい、辛い戦いが、たくさんありました」

「よくわかんないけど……うん、やっぱり体が覚えてるんだと思う」


 フラムはまず、魂喰いを握った。

 柄と手のひらが、驚くほど馴染んでいる。

 全身に行き渡る冷たくどろりとした、黒い力の存在も感じられる。

 これが“呪いの力”というやつなのだろう。

 本来ならば握っただけで人の命を奪うほど、強烈な呪詛。

 それがフラムにとっては、絶望を切り開く力となる。

 セーラとミルキットを離れさせると、彼女は両手で掴んだ魂喰いを、力いっぱい薙ぎ払った。


「はああぁぁぁっ!」


 ガギンッ!

 頑丈な鉄が、まるで紙のようにあっさりと切断される。

 さらにフラムはもう一閃、切り返して鉄格子を裂くと――カラカラと無数の金属の棒が落ち、石床を叩く。

 彼女はなんとなく、以前にも同じようなことをした気がしていた。

 そして出来た隙間から外に出ると、ミルキットが駆け寄ってくる。


「あのっ、時間が無いことはわかっているんですが……久しぶりなので、その、一瞬だけでいいので――」


 直感で彼女が何を欲しているのか理解したフラムは、両手でその細い体を抱き寄せた。


「あ……」


 あまりに自然すぎて、フラム本人もなぜ自分の体が動いたのか理解できないほどである。

 それほどまでに、体に染み付いているのだ。

 どんだけ日常的に抱きしめてたんだか――と自分自身に呆れるフラム。

 しかし、心の底から幸せそうに自分にしがみつくミルキットを見ていると、そんなことはどうでもよくなっていった。





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