第77話 包囲網をぶち壊せ
「準備はいい?」
「はい、いつでもいけます」
穴を通って隣の部屋に移動したミルキットとインクは、物置の出入り口の前で頷きあった。
そしてインクが耳を澄まし、見回りの兵士がいないタイミングを見計らってから――ミルキットがドアを開く。
なるべく音を立てないように気をつけながら、二人は部屋の外に出た。
ミルキットはインクの手を引いて、打ち合わせどおりに右折し、突き当りを左へ曲がる。
真っ直ぐに伸びる木造の廊下。
途中には左右に一つずつ扉があり、真っ直ぐ進んだ先は丁字路になっている。
壁には等間隔で少し古そうなランプが付けられ、またいくつか置かれた小さな棚の上には、花瓶や壺、そしてよくわからない像が置かれている。
ここの司令官の趣味なんだろうか。
壁紙はクリーム色で、見ただけでは軍の施設と思えない、暖かな雰囲気だった。
定時に巡回するとき以外は、基本的に廊下に兵士はいない。
あまりに無防備だ、それだけミルキットたちを舐めているとも言える。
「進みます」
「うん、右の部屋に兵士が何人かいるみたいだから気をつけてね」
その聴力でミルキットをサポートするインク。
二人は足音を殺しながら、ゆっくり前に進む。
『なんで俺らがこんな辺境の任務をやんなきゃいけないんだよ、しかも化物のおもりと、戦闘もできない女の子の見張りとか』
『いいだろ、暇なんだから。金だって悪くないんだし』
『そりゃ当然だ、あんな化物と一緒に生活するんだから』
途中で兵士の愚痴を聞きつつ、丁字路まで到着。
左折し、つきあたりの扉をゆっくりと開いた。
広い空間に出る。
一階から吹き抜けになった、エントランスホールだ。
間取りからしても、おそらく元は大金持ちの屋敷かなにかだったのだろう。
それを改築して、キマイラ生産のための施設として再利用している。
「一階から声が聞こえます……」
「大丈夫、二階の方には誰もいないから」
しかし手すりの方を歩いていれば当然、下から見つかってしまう。
二人は四つん這いになって、壁側を移動した。
目指す場所は、吹き抜けを挟んだ先にある扉だ。
「インクさん、大丈夫ですか?」
小声で、前を進むミルキットが尋ねる。
この体勢では、先ほどのように手を繋いで先導することができない。
インクは目が見えない状態で、自力で移動する必要があった。
「平気、でも……」
「どうかしましたか?」
「誰かが階段、登ってくるかも」
目的地までは、まだ半分ほど距離が残っている。
「あ……来た」
「え、えっと……」
兵士が二人、階段を登ってくる。
その速度はゆっくりだ。
しかし、このままではどう考えても、二人が扉に到着する前に見つかってしまう。
「あの棚の影に隠れますっ」
「二人もいける?」
「わかりませんが、やるしかありません」
二人は急いで棚の近くに移動すると、ミルキットがインクを抱きしめる形で影に身を隠す。
カツ、カツ、カツ――兵士の足音が近づいてくる。
音の主は階段を登り、二階に上がり、
「お願いだから、あっちに行ってください……っ」
遠くに離れるよう願うミルキットの祈りも虚しく、すぐそばまで歩み寄る。
目的はどの扉か――ここまで移動するまでの間にも、いくつか部屋の入口があった。
そこを目指しているのだとすれば、兵士はミルキットたちの横を通っていく。
つまり間違いなく、見つかってしまう。
耳のいいインクには、もう触れる距離まで兵が近づいているように思えた。
ギリギリまで接近して――立ち止まり、ガチャン、とドアが開く音が鳴る。
「入って、いったみたいですね。はあぁ……」
ほっと胸をなでおろすミルキット。
しかし、腕の中のインクは難しい顔をしたままだ。
「どうしたんですか、インクさん」
「さっき兵士が入っていったの、私たちの目指してる扉じゃない?」
「あっ……」
そう、その扉の先には、ケレイナが捕らわれている部屋に続く廊下が伸びている。
ミルキットたちは、そこに行かなければならないのだ。
「いや、でも……大丈夫かも」
「どうしてですか?」
「ドアを開け締めする音が聞こえた、たぶん途中で部屋に入ったんだと思う」
「ということは、今の隙に行けば……!」
二人は影から出ると、再び四つん這いで移動し――扉を開く。
そして滑り込むように、廊下に入った。
「まだ配膳は続いてる、でも急がないと」
昼食の準備が終われば、ケレイナの部屋は閉ざされてしまう。
その前に、二人は強引にでもそこに入り、そして自分たちが逃げたことを彼女に伝えなければならない。
そこから先は、多少力押しになってしまうだろうが――Aランク冒険者の手腕に期待するしかないだろう。
ドアに入って右側はすぐ行き止まり。
立ち上がり、左へ歩く。
そこから真っ直ぐ進んだ、つきあたりの角から、さらに右側に道が続いている。
ミルキットは壁に身を隠し、その先を覗き見た。
一番奥のドアが開いている。
中からは話し声と、食器を運ぶ音が聞こえた。
「あそこがケレイナさんの部屋ですね」
いつもは部屋の前で見張っているらしい二人の兵士は、今は室内。
あとは、ミルキットとインクが走ってあそこにたどり着ければ――
「待ってミルキット」
だが、乗り出そうとした彼女をインクの声が静止する。
「またなにかあったんですか?」
「途中の部屋から、誰か出てきそう」
「途中って……」
「たぶん、さっき入っていった兵士だと思う」
そんな会話をしているうちに、インクの予言通り、廊下の途中にある部屋から男が一人出てきた。
「忘れもの忘れもの、っと」
どうやら一階になにかを置いてきてしまったらしい。
彼は二人のいる方に向かって、のんきに鼻歌を歌いながら歩いてきた。
「……どうしよっか」
「隠れる場所をっ」
ミルキットはあたりを探すが、あるのは棚が一つと、その上に置かれた像ぐらいのものだ。
もちろん、棚は身を隠すことができるサイズではない。
「これは失敗、かな」
諦めかけるインク。
だがミルキットは小走りで棚に近づくと、その像を三十センチほどの像を両手で握りしめた。
そして角から少し下がったところまでインクを引っ張り、自身は像を剣に見立てて構える。
「ミルキット、なにをしようとしてるの?」
見えないインクには、よもやミルキットが兵士を殴ろうとしていることなど、想像もできないだろう。
彼女も無茶だとは理解していた。
だが、兵士は完全に油断している。
剣は腰にぶら下がっているが、兜は付けていないし、敵がいることも想像していない。
この状態で不意をつくことができれば、あるいは――
「失敗したら、ご主人様に会えなくなる……」
それだけは嫌だった。
死んでも嫌だった。
また会って、抱き合って、あのぬくもりを、やわらかさを、そして優しさと愛おしさを全身で感じるまでは、諦めるわけにはいかない。
「ふっふふーん、ふんふーん」
陽気な鼻声が近づいてくる。
そして、角の向こうから兵士が姿を現し、少し進んだところでしゃがむ二人の姿を視認した瞬間、
「あれ、なんでここに――」
「ッ!」
立ち上がり、像を頭に向けて振り下ろす。
ゴスッ、と鈍い音が響くと、当たりどころが悪かったのか一発で兵士の目が虚ろになり――倒れそうになるところを、ミルキットが支えた。
音を立てないためだ。
「それはさすがに無茶だよ……」
「で、でも成功しましたから」
インクも協力して兵士を支え、ゆっくりと床に寝かせる。
「誰も気づいてませんよね」
「うん、今のところは。音に変化はないよ」
強攻策は成功した。
ミルキットの手はぴりぴりとしびれ、さらには他人を傷つけた恐怖に震えていたが、それを渇望が凌駕している。
フラムに会いたい。
ただそれだけで、他人を傷つけることだってできる。
そんな自分が少し恐ろしかったけれど、それ以上に、自分の心をそれだけ“ご主人様”が侵食してくれていることが嬉しかった。
「行きましょう」
「うんっ」
今度こそ、二人は駆け足でケレイナの部屋に向かう。
まず最初に、配膳に来ていた給仕がその存在に気づいたが、まさか脱走者がいるなどとは想像しておらず、「え?」と唖然とするばかりだ。
そこで大声を出していれば、あるいは計画は失敗したのかもしれないが、しかしそれは結果論だ。
ミルキットは部屋に入るなり、
「ケレイナさんっ!」
まず真っ先に、力のこもった声で彼女の名を呼んだ。
それだけで意図は伝わったらしい。
というか、ケレイナもずっと考えていたのだ。
ミルキットとインクさえ救出できれば、
ケレイナは立ち上がると床を蹴り、一瞬で兵士の懐に入り込む。
「ふッ!」
打ち上げられた掌底が男の下顎を捉えた。
「あがっ!?」
衝撃で体が浮き上がり、同時に意識も吹き飛ぶ。
彼が地面に落ちるより早く、ケレイナはもう一人の兵士に接近。
「しまった、だっそ――」
大声で助けを呼ぼうとする彼に、背中をぶつけるような形で体当たりする。
「はあぁっ!」
ミルキットにはただ当たっただけに見えたが、しかし兵士の体は冗談のように吹き飛び、壁に叩きつけられて崩れた。
「ケレイナさんって、こんなに強かったんですね……」
「王都でもトレーニングぐらいはしてたからね」
育児のブランクはあるため全盛期ほどではないにしろ、彼女の体術はまだまだ現役でやっていけるほどだ。
兵士二人を始末すると、ケレイナはハロムに近づいて抱き上げた。
「ママ、ここから出られるの?」
「そ、みんなで王都に帰りましょ。それができるから二人は来たんだよね?」
「はい、外にさえ出れば助けてくれる人がいます」
「オーケイ、じゃあ行こっか!」
怯えて腰を抜かしている給仕の女性は放置して、四人は部屋を出た。
ミルキットとインクが通った廊下を抜けて、エントランスホールへ。
下には兵士がいたが、今度は身を隠すことなく駆け抜ける。
「ハロム、お姉さんたちと一緒に行きなさい」
「えっ?」
「ちょっと先に片付けてくるから」
そう言って、ケレイナは柵を乗り越えて一階に飛び降りた。
タンッ、と小さな音で着地した彼女に、数人の兵士の視線が集中する。
「だっそ――がっ!?」
跳躍し、まずは目が合った兵士の顔に膝蹴りを叩き込む。
次々と剣を抜く兵士たち。
ケレイナは臆せず彼らに立ち向かい、拳と足で次々と敵を倒していく。
「こ、こんなに強いなんて聞いてないぞっ!」
彼らも困惑せずにはいられなかった。
王国は、おそらく彼女を見くびっていたのだろう。
引退して、育児に専念する元冒険者程度にしか考えていなかったのだ。
ケレイナが時間稼ぎをしている隙に、三人は階段を降りて一階に降りる。
「さすが、あのガディオさんの仲間です……」
「見えないけど、音ですごいのはわかる」
「ママはつよいんだから!」
誇らしげなハロムに、ミルキットとインクは表情をほころばせた。
そして全員が一階エントランスに揃うと、ケレイナは戦闘を中断し、出口の扉に向かう。
手で開けるなどというまどろっこしい真似はしない。
ケレイナが勢いに任せて蹴飛ばし開く。
入り込む外の冷たい風、そして一斉に向けられる、外で待機していたキマイラたちの視線。
「ほ、本当に……大丈夫なんだろうね?」
さすがのケレイナも、これには怖気づいた。
しかし、今はネイガスを信じるしかない。
「大丈夫です、外に出ましょうっ!」
ミルキットはそう言い切った。
ケレイナは再びハロムを抱きしめ、そしてミルキットはインクの手を引いて、施設の外へと踏み出す。
それと同時に、キマイラたちは明確な敵意を四人に向け、一斉に襲いかかってきた。
数十体の狼人型が鋭い爪を構えて飛びかかり、遠方からは獅子型と飛竜型が魔法の射出準備を始める。
あれが当たれば、彼女たちは跡形もなく消し飛ぶだろう。
だが、そのとき――
「飛ぶわよ、舌を噛まないように気をつけなさいッ」
青い肌の女性が、上空から高速で降下してくる。
その背中には、小さな金髪の少女もしがみついていた。
彼女は即座に風の繭で全員を包み込み、飛翔させ、その場から離脱する。
「マ、ママぁっ!」
怯えたハロムがケレイナにきゅっとしがみつく。
彼女は娘を抱きしめ頭を撫でたが、本心では不安だった。
「繰り返し聞くけど、本当に大丈夫なの!?」
「うわわわわっ!」
「よくわからないけど、浮遊感がある……」
それぞれのリアクションで戸惑いを見せる中、セーラがミルキットとインクに声をかけた。
「ミルキットおねーさんにインク、お久しぶりっす!」
「うん、ひさりぶりー」
「セーラさん、無事でよかったです、ご主人様もずっと心配していたんですよ」
「
「一応ってなによぅ、私、それなりに頑張ったわよ?」
いつもどおりなセーラのコメントに、唇を尖らせるネイガス。
「あなたがネイガスさんですか、今回は助かりました」
「挨拶はいいんだけど、実はまだ助かってないのよねぇ」
「え?」
凄まじい速度で高度を上げ、施設から離れていく一行。
しかしその背後には、背中の羽で飛び上がったキマイラたちが迫っていた。
「こりゃ壮観だねえ」
「ママ、なんで笑ってるの……?」
「ここまで来ると、人間って笑うしかなくなるもんなのよ」
ケレイナの言葉に、ネイガスは苦笑いを浮かべる。
事実、彼女も笑うしかないぐらい、絶望的な光景だったからだ。
「私、ここから生きて帰ったらセーラちゃんと……」
「下らないこと言ってないで迎撃するっすよ!」
「わかってるわよぉ! トルネード・イリーガルフォーミュラッ!」
突き出した手のひらから放たれる、渦を巻く暴風。
その風は、ただ相手を吹き飛ばすだけではなく、見えない刃となって敵をズタズタに切り裂く……はず、なのだが。
確かにダメージは与えられている、接近しつつあった敵の大半が後退した。
しかし――仕留めきれた数は、ゼロだ。
「フツーはバラバラになるはずなのよねえ」
例えAランクモンスターだったとしても、だ。
つまり彼女らに迫る怪物の群れは、一体一体がそれ以上のステータスを持っているということ。
言うまでもなく、耐久力も半端ではない。
ただし、打つ手がないわけではないのだ。
トルネードは範囲に優れた魔法、威力は
「きゃああっ!」
人狼型キマイラがミルキットに接近する。
つまりネイガスが、もっと範囲を狭めて、殺傷力に特化した魔法を使えば――
「クリムゾンスフィア・イリーガルフォーミュラ!」
放たれたのは風の球体。
それは人狼型キマイラに触れた瞬間、ちょうどすっぽりと全身を包み込むサイズに膨らむ。
そして、ミキサーのように肉体を細切れにしていった。
仕組み自体はトルネードと変わらない。
だが、その威力の違いは歴然だ。
閉じ込められ、真っ先に手足を切断され、為す術もなく絶命するキマイラ。
体内のコアだけは無事だったが、それだけ残ってもなにもできない。
黒い水晶が地表に落下する。
ネイガスは同じ魔法を連発して、次々と近づくキマイラたちを撃破していった。
しかし、人狼型ならともかく、獅子型以上は一撃では厳しい。
さらに彼女は、風の繭を操作し、遠方から射出される獅子型や飛竜型の大規模魔法を回避しなければならなかった。
徐々に、彼女の余裕が無くなっていく。
「くっ、私だってそれなりにできる方だと思ってたんだけどなあ!」
ネイガスができない方なら、この世にできる魔法使いなど存在しないだろう。
そんな彼女が嘆かなければならないほど、キマイラの力は強力なのだ。
それまではどうにか対処できていたネイガスだったが、ついに限界が訪れる。
人狼型のキマイラが魔法の隙間をすり抜けて、ハロムを抱くケレイナに向かった。
「く、来るよっ、ママぁっ!」
「大丈夫、ハロムはあたしが守るから!」
彼女を庇うように抱きしめるケレイナ。
「くうぅ、間に合わないっ」
「なら、おらに任せるっす!」
ネイガスの背中にしがみついていたセーラが、爪を振りかぶる小型キマイラに手のひらを向けた。
「ジャッジメント・イリーガルフォーミュラっす!」
訓練で身につけた、魔族の秘儀――彼女に放てるのはせいぜい一発か二発程度だが、今はそれでも十分だ。
生成された巨大な光の剣。
それはマリアが扱うものを、威力、大きさともに上回っている。
射出された光刃は、人狼型の肉体を貫き、ケレイナの目の前で真っ二つに両断した。
「はぁ……はぁ……どうっすか、これが訓練の成果っすよ!」
「すごい威力です……」
「さっすが私のセーラちゃん!」
調子に乗るネイガスを、至近距離で睨むセーラ。
すると彼女は、「あぁっ、なんだか熱い視線を感じるわ!」とさらにテンションを上げる。
そのおかげかどうかはさておき、調子を上げたネイガスは、次々と近づくキマイラを吹き飛ばした。
その後は危険にさらされることなく逃走し――五分ほど続けたところで突如、敵がぴたりと動きを止める。
「あら……動かなくなった?」
「みたいですね」
「音が消えた……ぴりぴりとした敵意も感じない」
「前々から思ってたっすけど、あいつら、命令されたことしかやらないっすよね」
それはセーラが基地を観察していて気づいたことだった。
キマイラは、世話係らしき兵士が近づくとき以外は、微動だにしないのだ。
その姿は、モンスターというよりは、一種の操り人形のように見えた。
「なるほど、指示がないと動けないってわけね。そして、施設から離れすぎたことで、制御できる範囲を超えてしまったと」
「そこまでしないと、オリジンの意思を消すことができなかったのかもしれません」
それはキマイラの最大の利点であり、そして同時に最大の欠点でもあった。
命令には忠実で、言われるがままに動くが、命令がなければなにもできない。
施設の人間は、ネイガスたちが範囲外に出る前に捕まえるつもりだったのだろうが、彼女の実力がそれを上回った。
「なにはともあれ、これで助かったんだろう?」
「そうっすね、これで王都で自由を奪われてるフラムおねーさんたちを助けられるっす」
「ご主人様は……やはり、そういった状況なんですね」
「でもその言い方だと、命は無事なんじゃないかな」
「サトゥーキはおねーさんたちを利用してるっすから、そこは安心していいみたいっすよ」
そう言い切るセーラだったが、実際のところ、フラムの無事は確認できていない。
他の英雄たちの話は聞けても、なぜか彼女の話題だけは出てこないのだ。
フラムの身になにかあったのではないか――ネイガスはそう危惧していたが、確証がない以上、不要に不安を煽る発言はできない。
「助けるにしても、まずは王都に潜入して、情報集めからよ」
フラムの生死をためにも、それが第一である。
こうして一行は、ネイガスが魔力回復するための休憩を挟みながら、王都へ向かうのだった。
◇◇◇
それから数時間後、大聖堂の廊下にて。
部屋を出てきたサトゥーキのもとに、一人の兵士が駆け寄ってくる。
「どうした?」
「はっ、報告いたします」
兵は青ざめた顔をした顔をしていた。
嫌な予兆を感じ取り、目元がひくつく。
「イリエイスに捕らえていた人質に、逃げられてしまったと」
「……なんだと?」
それは、彼にとって最悪の報告だった。
英雄たちを拘束するための最大の武器が、消えてしまった。
しかし解せない、あのキマイラで囲まれた施設から、どうやって逃げたというのか。
まさか行方知れずのマリア・アフェンジェンスが――考え込むサトゥーキ。
兵士は跪いたまま、続けて発言する。
「報告によりますと、脱走には魔族が協力していたとのことです」
「魔族……? いや待て、まずはこちらに来い」
サトゥーキは珍しく慌てた様子で、兵士を部屋に連れ込んだ。
そしてすぐさま扉を閉める。
そんな会話を――
「聞いちまったぞぉ」
王城の自室でくつろぐライナスは、
「王国には“敵国”ってもんが存在しねえ、そのせいか機密の扱いが比較的雑だ」
独り言を言いながら、クッキーを口に放り込む。
甘く香ばしいそれを味わい、彼は上機嫌に笑みをたたえた。
「確かにこの魔法は使い手が少ないっちゃ少ないが、うかつだよなぁ」
サトゥーキは警戒し、部屋の中に移動したようだが、もう遅い。
聞いてしまったものは二度と忘れはしない。
「しかし魔族か、例のセーラって修道女と一緒に行動してるネイガスか?」
ガディオから、その魔族の話は聞いていた。
以前は敵対していたが、意外と魔族は信用できる相手かもしれない、とも言っていた。
まあ彼の場合、人間側にキマイラという明確な仇がいるからこそ、余計にそう思えるのかもしれないが。
「魔族が王国に侵入してるってことは、キマイラを使って戦争をおっ始めようとしてることもわかってるはずだ」
思考を巡らす。
傍から見ると奇妙に見えるかもしれないが、ライナスの場合、考えごとをするときは言葉に出した方が、うまく頭が回るらしい。
「ここで聞いたキマイラの数が本当なら、魔族に勝ち目はない。だからどうにかして戦力を増強したがる。つまりあいつらは、俺らの手を借りようとしてる。それに、英雄が寝返ったとなりゃ、王国内も混乱するだろうしな」
戦うのはキマイラだ。
士気という概念が存在しない化物には、英雄という存在の有無は関係ないかもしれない。
だが新王スロウと、それを操る教皇サトゥーキという今の体勢は民衆の支持を失い、大打撃を受けるだろう。
「そして俺らにも、乗らない理由はない」
ここから出たい。
戦争を止めたい。
キマイラを滅ぼしたい――どの願いを叶えるにしても、王国との敵対が必須である。
魔族に味方する理由があるというよりは、王国と戦う理由がありすぎるのだ。
「今すぐ出るか――? いや、すれ違いになることは避けたいな」
おそらく魔族は、救出のために動くはずだ。
そのとき、誰かにコンタクトを取ろうとするはず。
まずはそれを待つ。
「色々と準備しとかないとな」
今でも十分すぎるほどやってきたつもりだが、念には念を入れて。
逃げるだけではない。
確実に、サトゥーキの野望を潰せるように――“武器”を増やさなくてはならない。
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