第62話 隠家






「ガディオさーん、お待ちしてましたよぉ……」


 ガディオが中央区にあるとある公園に到着すると、ウェルシーが手を振りながら駆け寄ってきた。

 彼女はかなり疲れている様子で、目の下にはくまができており、走り方もへろへろである。


「無茶をさせてしまったようだな」

「ええ、そりゃあもう……無茶も無茶ですよぉ……でもこれ、ちゃーんと見つけてきましたから」


 そう言って彼女が取り出したのは、新聞であった。

 だが紙の状態から見てもかなり古く、しかもウェルシーが作ったものですらない。


「残っていたのか」

「王都に残ってる社員総出で、色んな新聞のバックナンバーが保管してある倉庫に缶詰ですよ。もちろん徹夜でーす」

「礼を言うぞ、ウェルシー」

「お返しは三倍でお願いします……」


 特に金銭のやり取りの話はしていないが、ガディオは戦いが終わったらそれなりの報酬を渡すつもりでいた。

 軽口もほどほどに、新聞を開いて記事に目を通す。


『王都住宅街にて大規模火災、死傷者多数』


 そう記事の見出しにはそう書かれており、本文には出火原因や延焼から消火に至るまでの流れが記されている。

 しかし彼の視線は、最後に羅列された死者の名簿に向かっていた。


「スザンナ・スミシー……これか」

「ええ、どうやらこの人がマザー――もといマイク・スミシーの母親みたいですね」


 それこそが、あの男の本名であった。

 王城前広場で張り出された手配書には、きっちりと名前が記されていたのだ。


「火事の発生は二十年前、スザンナ・スミシーは当時三十歳です」

「フラムの話によると、マザーは二十代後半の男性だったはずだ」

「年齢はぴったり合致しますよね。しっかし、マイクって案外地味な名前じゃないです? それがコンプレックスで“マザー”なんて仰々しい名前を名乗ってたりするんですかねー?」

「単に母親に対して複雑な感情を抱いているだけだろう。この記事からは家庭環境をうかがい知ることは出来ないが、自身が母親になることや、“子供”に固執してるあたり――」

「かなり歪んだ家族観を持ってそーな感じはします」


 ウェルシーがそう言った直後、地面が激しく揺れた。

 バランスを崩し、「おっとと」と転げそうになる彼女の肩に、ガディオが手を置き支える。


「すいません、ありがとうございます」

「いや、こちらこそ危険な場所に呼び出してしまって済まないな」


 そう言う彼の視線は、東区の方に向いていた。

 そこでは、町のど真ん中に透明の氷の塊が突き刺さっている。


「あれ、エターナさん……ですかねー?」

「だろうな、かなり派手にやっているようだ」


 ウェルシーがその様子を観察していると、そそり立つ氷の山を、肌色の何かが登っている。

 その数は数えきれないほど大量で、やがて全体を包み込んでしまった。

 目を凝らして、それが何なのか確認しようとしたところで――


「あまり見ないほうがいい」


 ガディオが静止する。


「どうしてです?」

「この先、赤子をまともに見られなくなるぞ」

「……へ? あー……もしかして、あれって……」


 氷の表面で蠢く、虫のような生物の正体。

 それをガディオは、ひと目見た瞬間に理解していたらしい。

 察したウェルシーは、二度と東区の方を見ようとはしなかった。


「そ、それで本題ですけど……なんで私にマザーの母親、というかマイクの母親の情報なんて調べさせたんです?」


“理由は後で話す”と聞かされたきりで、彼女はまだその真意を知らなかった。


「奴らが死に場所を探しているのなら、最期にまた母親を求めるのではないかと思ってな」

「でも家は火事で焼けちゃってますよー?」

「住宅街があった場所は、今は倉庫街か」

「そこに隠れてるってことですか、でも倉庫街は広いですし、しらみつぶしに探してたら日が暮れちゃいそうです」

「何も全てを探す必要はない、誰かに見つかる可能性の低い場所を当たればいいだけだ」

「倉庫街って言うと、普段は人の出入りが激しいところですし、そんな都合よく……」


 言いかけたウェルシーは、しかし“そんな都合のいい”場所があることを思い出す。

 教会との繋がりもあるそこならば、マザーが逃げ込む先として選んだとしてもおかしくはない。


「そっか、フランソワーズ商会ならっ!」


 それはサティルス・フランソワーズが社長を務めていた・・会社の名だ。

 彼女はフラムに殺され、ネクロマンシーによって蘇らせられるも、シェオルでのどさくさに紛れて再び死んだ。

 その後、社長が消え、さらには教会との違法薬物のやり取りが明らかになり、一時的に営業停止になったが――今もまだ閉店したままである。

 無論、その商品を保管していた倉庫にも、人の出入りはほとんど無い。


「そうとわかれば、さっそく行きましょう」

「ウェルシーは来ない方がいい」

「戦いはともかく、探すのには役に立つと思いますよー?」


 来る気満々なウェルシー。

 確かに事がマザーの探索だけなら役に立っただろう。

 しかしガディオには、それと同等の優先順位で片付けなければならない問題があった。


「そうじゃない、仮に倉庫街がマザーの隠れ家だとすれば、残りのチルドレンが俺を放ってはおかないだろう」

「ああ、ネクト……でしたっけ。じゃあ仕方ありませんね、私も死にたくはありませんからー」


 ウェルシーは不満げだったが、命あっての物種である。

 記者としての好奇心は、彼女に背中を向け、単身倉庫街へ向かうガディオを尾行しろと囁いているが、そいつは紛れもなく悪魔だ。

 東区では巨大な氷がいくつも地面に突き刺さり、西区の方でも激しい戦闘音が聞こえてくる。

 巻き込まれれば、戦闘能力を持たないウェルシーでは、どうすることもできず命を落とすだろう。

 そんな戦場に突っ込むなど、ただの“無謀”ではないか。

 それでもなお好奇心は喚いたが、首を振って振り払い、彼女は仲間の待つ会社へと戻っていった。




 ◇◇◇




 ガディオとて、半信半疑ではあったのだ。

 いずれネクトは誰かの前に現れる。

 例の赤子とライナス、エターナの二人が戦闘し、フラムがスロウを狙って襲撃するルークと戦っているということは、消去法で自分の元に来るのだろう。

 だから本当は、ウェルシーと合流する前か、会話中にでも襲いかかってくると思っていた。

 でなければ、仮にこの倉庫街で襲いかかってきたとしたら、それは“答え合わせ”のようなものだからだ。

 もちろん、単純にガディオの予想が外れていて、ここにはマザーもおらず、ネクトの襲撃自体が無い可能性もあるが――


「……ここか」


 彼は大きな建物を見上げた。

 入り口の傍らに設置された立て札には、フランソワーズ商会の名が刻まれていた。

 さらに、目の前にある倉庫の扉には、『1』と書かれている。

 それと全く同型のものが三つ立ち並んでおり、それぞれ扉には『2』『3』と記されていた。

 さすが王都屈指の商店、倉庫一つとっても規模が違う。

 しかも、避難の有無に関係なく、今はこの中に誰もいない廃墟状態というのだからさらに驚きだ。

 ガディオが子供だったなら、格好の隠れんぼスポットとしてはしゃいだことだろう。


「このあたりでは事件も起きていない、露骨だな」


 被害者の出ていない地点自体は王都にいくつもあり、それだけを頼りにマザーを探すのは困難だ。

 しかし、こうも隠れるのにうってつけの場所で、なおかつ普段は働く人々で溢れている場所が無傷となると、いよいよ怪しくなってくる。

 当然、中央にある最も大きな扉には鍵がかかっているため、ガディオは隅にある事務所につながる小さな扉の前に移動した。

 そちらにも鍵はかかっていたが、黒い篭手で軽く・・叩けばすぐに開く。

 そして、中へ足を踏み入れようとすると――背後に、強い殺気を感じ取った。

 彼は即座に背中の大剣を抜き、振り向きざまに薙ぎ払う。

 フォンッ!

 当たりはせず、空を切る音だけが響いたが、直前で“転移”する少年の姿をガディオは確かに目撃していた。

 その青い髪の少年――ネクトは、今度は事務所内に移動すると、椅子に腰掛けて“パチパチパチ”と拍手する。


「おおあたりー」


 茶化すように彼は言った。


「おめでとうガディオ・ラスカット、ここがよくわかったねえ」


 果たしてネクトの言葉をどう受け取るべきなのか。

 人を小馬鹿にするような彼の態度に、ガディオは結論を出しかねていた。

 ただのミスリードなのか、はたまた本当にここにマザーがいるのか。

 どちらにしろ、まずは――この少年を倒してから、ということになるのだろうが。

 無言で睨みつけ、剣先を向けるガディオ。

 するとネクトは「うわあ、怖いなあ」とわざとらしく言って立ち上がった。


「たまには人を信じてみてもいいんじゃないかな、本当にマザーはこの先にいるのにさ。まあ、何番倉庫かまでは教えられないけど」

「それを俺に伝えてどうなる。四日間マザーを生かすための時間稼ぎをしていたんじゃないのか?」

「あ、やっぱ知ってたんだそれ。なら言うけど、答えはイエス。ただし僕は“どうでもいい”とも思ってる」


 どうせみんな死ぬ。

 ミュートがそうだったように、ルークもおそらくそうなるように、自分も、間違いなく。

 ネクトだって、ガディオがコア一つで勝てる相手だとは思っていない。


「コアを二つ使えば僕は死ぬ。勝とうが負けようがどうせ死ぬ。マザーも同じだ、キマイラに狙われて生き続けられるとは思っていない。仮に君たちが敗北したとしても、あいつらによってたかって襲われて、どのみちおしまいさ」

「しかし、貴様らが隠している“何か”が誕生してしまえば、キマイラにも対抗できるのではないか?」

「どうだろうね、“第四世代”に関しては僕もよくわからないんだ。ただのマザーの願望を叶えるための手段である可能性も考えられる。要するに、あの人は死の間際に、夢を叶えようとしている」


 ネクトはどこか虚ろな眼差しで語る。

 その後、産み落とされた何かがキマイラに敗北したって構わない。

 結果が欲しかった。

 自分が生きてきた、人生を賭して求めてきた、それを“産むことができた”という実績が。

 それさえ胸に抱ければ、死すらも悲愴ではない。


「けど僕らは、その結末を見届けることはないだろう。だからどうでもいい。好きにしたらいい。あとは――こっちはこっちで、自分なりの望みを叶えるだけだから、ってね」


 瞳に光が宿った。

 表情にいつもの不敵で生意気な笑顔が宿ると、右手を前に伸ばし、手のひらを広げる。

 ようやく始めるつもりらしい。

 ガディオは改めて柄を強く握り、中段で構える。


接続しろコネクションッ!」


 そして“力”の発動を宣言すると同時に、ネクトの拳が握られる。

 ガディオの視界かれ彼の姿が消える。

 さらには、事務所の六方を囲む壁が中央に集まり・・・・・・、一瞬にして部屋がひしゃげた。

 しかしガディオはそれに気を取られることなく、振り向き大剣で地面を叩く。

 するとプラーナの嵐が巻き起こり、前方数十メートルの地面を扇形にえぐった。


「ちっ!」


 うまく背後を取ったつもりだったネクトは、舌打ちをする。

 そして迫る瓦礫と気の刃を前に、両腕で体をかばいながら再び“接続”した。

 範囲外への転移を行い、さらに数十枚の石畳が剥がれ、ガディオに殺到する。

 彼は軽く片腕で大剣を振るった。

 石畳は粉々に砕け、命中する前に消滅する。


「デタラメだなあ、相変わらず」


 ネクトはそれを見て、呆れるように言った。

 そしてポケットに手を突っ込み、ガディオに語りかける。


「覚えてる? 西区でやりあったときさ、僕、あんたに頬を思いっきりぶん殴られたんだよね」

「ああ、忘れてはいない」


 懐にさえ潜り込めばうまく攻撃できないはず、あれはそんな思い込みが招いた悲劇であった。


「そっかよかった。あれさあ、僕の人生の中でもかなり上位に食い込むぐらい屈辱的な出来事なんだ」

「災難だったな」


 ガディオは他人事のように言い放つ。


「おかげさまでね。でも、あれがあったからこそ、人生の最後にやっておきたい願いが生まれた」

「ふっ、それがお前の望みか、存外に単純なんだな」

「年相応と言ってくれよ」


 ネクトは肩をすくめる。

 そして年齢に見合わない、達観した表情で言った。


「それに男なんて、いくつになってもそんなものじゃないか」


 初めてガディオはネクトに共感した。

 確かにそんなものだ。

 悔しさや屈辱を正面から叩き潰すために、力を求める。

 敵わないと理解していても、立ち向かい続ける。


「ならば早く本気を見せてみろ、今のお前では俺に勝てないことは理解しているんだろう?」


 挑発するガディオ。


「酷いこと言うんだね、でも悔しいけど事実だ。ああ、そうだね、時間稼ぎなんてもうどうでもいいんだし……やっちゃおう、やって終わりにしよう」


 ネクトはコアを取り出す。

 そしてそれを胸に当て、体内に取り込んだ。

 異物が侵入してくる気持ち悪さに、彼は顔をしかめる。


「あーあ……これで、おしまいかぁ」


 ぼそりとそう零すと、「うっ」と胸を抑えた。

 さらに苦しそうに呻き、体をよじり、その場でふらふらとよろめきだす。


「がっ、あがっ、がああああぁぁぁああああああッ!」


 咆哮する。

 果たしてその叫びは、ネクトの苦しみか、それともオリジンが生誕を歓喜しているのか。

 周囲には嵐が渦巻く。

 全身の皮が剥がれ、内側から赤い筋が剥き出しになっていく。

 人間という殻を捨てて新たな生命体として再誕するネクト。

 その光景を前に、ガディオは彼個人に対する感情とは別に、オリジンに対する憎しみを強めていた。


 どこまでも醜い。

 人に力を与えるフリをして、貶めている。


 これはガディオにとっての前哨戦だ。

 キマイラがチルドレン以上の力を持つと言うのなら、目の前に立つ相手を乗り越えなければ、復讐は叶わない。

 何としても、叩きのめさなければならない。


「オ……オオォォォオオオオオ!」


 完全に変質したネクトは、ミュートやルークと同じような声を発する。

 それを初めて聞くと、ガディオは心底不愉快そうに顔をしかめた。

 まずは、相手がどう出るのかを伺う。

 ネクトにはすでに目と呼ばれる器官はなく、全身が――顔すらも赤い筋に覆われていたが、そいつは突っ立ったまま、ガディオの足元を凝視しているようだった。


「オ、ォ」


 小刻みに二回鳴くネクト。

 すると、ガディオが立っていた地面が消失・・した。

 足元に、突如なんの前触れもなく、三十メートルほどの深さの穴が出現する。


「これが……ッ!」


 見開かれるガディオの瞳。

 落下していく彼の視界には、再び穴を埋めるように、上空より落下してくる切り抜かれた・・・・・・地面・・が映っていた。





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