第19話 真実なんてそこにはひとつも無い
突如会話に参加してきたフラムを、男は睨みつけた。
敵対している彼女に、なぜわざわざ話を聞かせなければならないのか。
しかし意外なことにイーラは彼女の肩を持つ。
「いいんじゃない、別に。あんただって教会に行った連中にハブられてて落ち込んでたじゃない」
フラムは思わず彼女の方を見たが、一瞬だけ視線が合うと、すぐに「ふん」と鼻を鳴らして逸らされる。
どうやら、フラムがどうこうと言うより、デインに対する反抗心が彼女を動かしているらしい。
「確かにそれはそうだが……」
男はフラムの顔を見て考え込むと、舌打ちをしてから話し始めた。
「……フィルってのは、教会の関係者に脅しをかけて殺された男の名前だ」
「デインのやつ、教会にまで手を伸ばそうとしてたんだ」
「失敗して、今は信者になっちゃったけどね。ダサいったらありゃしない」
イーラは吐き捨てるように言った。
よほど彼の筋の通っていない行動が気に食わないようだ。
「そのフィルなんだが、ちらっと聞いた話では、とても人間とは思えない姿で死んでいたらしい」
「化物みたいになってた、ってさっき言ってたよね」
「ああ、手足や頭がいくつも増えて、体が膨張して――噂では、大量の目ン玉が体の中に入ってきて、それでおかしくなっちまうって話だ。にわかには信じられなかったが、同じ状態の死体が見つかったってことは、どうやら事実だったみたいだな」
「大量の目玉に、増える手足……」
顔が渦巻いていた、研究所の化物とはまた別の異形だ。
だが、教会の関係者を脅した人間がその姿になったということは、同じ研究の延長線上にある可能性は十分にある。
10年も経っているのだ、形が変わっていても不自然ではない。
「まさか連中、王都で研究を続けてるの……?」
「あんた何か知ってんの?」
思わず呟いた言葉に、イーラがすぐさま反応する。
「何かって言うか、十中八九教会の仕業だろうと思ってただけ。察しはついてるんじゃない」
ただそれに関して、フラムは確信に至るだけの材料を持っているだけのこと。
研究所のことを知っていようが知っていまいが、それが教会に関連する何者かの仕業だということは予想できる。
「しかし、フィルの時は表沙汰にならなかったんだよな」
「そっか、そんな異様な死体が見つかったら私の耳にも届くはずだし。じゃあ何で、今回は大騒ぎになってんの?」
フラムが尋ねると、男は首を横に振った。
「そこまでは俺にもわかんねぇ。数が多かったし、人通りも多い場所だったから隠しきれなかったんだろうよ」
「だったらどうしてそんな場所でやらかしたのか、って話になるよね」
研究を隠したい教会にしては、やり口が雑だ。
何らかの実験だったにしても、もっと慎重にやるはず。
「ねえ、そこまで連れて行ってもらってもいい?」
実物を見なければ始まらない。
男は乗り気では無かったが、首を縦に振ってフラムを案内した。
なぜかイーラまで付いてきて、ギルドは無人になったが――どうせデインたちは不在なので構わないという判断なのだろうか。
相変わらず適当である。
◇◇◇
現場はいわゆる貧民街のど真ん中だった。
そこは野次馬で溢れており、事件現場を見ることのできる位置に移動するのも一苦労だ。
3人で人の群れをかき分け進むと、近づく度に生臭い匂いが鼻を突く。
「うぇ、くっさぁ……これスラムの臭いだけじゃないわよね」
イーラは手で口元と鼻を覆い、人目をはばからず顔をしかめた。
元よりこのあたりの衛生状況が良くないという理由もあるが、それだけではなさそうだ。
人混みの最前線に到達すると、臭いはさらに強烈になり――加えて、視界に想像を絶する光景が飛び込んできた。
「げっ……何あれ」
「あれ、本当に人間だったの……?」
「って話だが、実際に見ても信じらんねえな」
肉塊から腕や足や首が生えた悪趣味なオブジェが数個、道に散らばっていた。
しかも、それらはまるで生きているように蠢いている。
果たしてそれは本当に死体なのだろうか。
通報を受けやってきた衛兵も、さすがに困った様子で頭を抱えていた。
3人がしばし唖然とその光景を眺めていると、後からやってきた兵士が、どこからか持ってきた大きな布を肉塊にかける。
現場の判断なのだろう。
間違いなく、英断である。
一般市民の目に晒すには、あまりにショッキングすぎる光景だ。
「う……ぷっ……」
イーラのように、口を手で塞いでえづいている者も少なくなかった。
「ここで吐かないでね」
とは言え、そこで彼女を気遣うフラムではない。
「……あんた、なんで平気な顔してんのよ」
「これでも冒険者だから」
「それ、理由になってんの? ううぅ……」
そろそろ彼女の限界も近いようだ。
フラムは隣に居た男に目配せすると、また人混みをかき分けて、その場から離れていった。
そして、すれ違う人もまばらになった所で足を止める。
3人の表情は、その原因は異なるものの一様に暗い。
明かりもなく、空の光も差し込まない薄暗い道だからか、余計にそう見える。
「俺、わかんねえわ。フィルがあんな化物みたいな姿にされちまったっていうのに、デインさんは教会側についた。このまま今のあの人に従って本当に大丈夫なのか?」
おそらくデインは、西区における自分の権力を強めるために、ひたすら勢力を拡大させてきた。
冒険者だけに留まらず、ギルドとも癒着しているし、彼らと繋がりを持つ商売人も少なくはない。
誰もが進歩を続ける彼に期待を向け、だからこそ悪行を重ねても見逃してきた。
その恩恵を自分だけが享受せず、上手い塩梅で分配してきたという点においては、彼は知性的な支配者だったのだろう。
だが、いつまでも続く方法ではない。
今回のように、自分よりもさらに強い力に飲み込まれてしまえば、一気に求心力は落ちていく。
成長が止まり、人々の期待を裏切ると、あとは崩れるだけ。
頭のいいデインが、それを理解していないわけがない。
「自分たちもフィルや今の化物と同じ姿にされるかもしれない――そりゃ確かに怖いだろうさ。あんな物を見せつけられて、従っちまう気持ちもよく分かる。確かに教会に喧嘩を売るのは、分の悪い賭けなんだろう。でも、そんな無理筋を通してきたからこそ、今の俺らがあるんだろ!? ここで懐柔されちまったら、夢も何もかも全部終わりじゃねえか!」
「だから終わったんでしょ。デインは自分の命が惜しくなった、だから保身に走った。他の奴らも一緒。どんなに夢とか未来を語ってても、結局は自分の命が一番大事なのよ」
イーラは冷めた口調で言った。
誰だって普通はそうだ。
けれど、普通じゃないからこそ、彼らはデインについていったのだろう。
思わず憧れてしまうような豪胆さこそが、最大の魅力だった。
デインのやり口はフラムには認めがたいものだが、“うまくやってきた”、それだけは認めざるをえない。
「迷ってるなら、しばらくは西区を出歩かない方がいいと思う。例の目玉ってやつが、どこから出てくるかわかんないんだから」
「そう、だな……ほとぼりが冷めるまで待った方がいいのかもしれねぇ」
「私もしばらくはデインと距離を取ろうかしら。うっかり藪蛇つついて、あんな醜い化物にはなりたくないもの」
賢明な判断である。
いけすかない連中だが、デインと距離を取ろうとする人間に危害を加えるほどフラムは無法者ではない。
もっとも――次、また汚い手で自分や周囲の人々を貶めるのなら、剣を抜くことも厭わないが。
その後、フラムはギルドへ戻る彼らと別れ、自分の家へと帰っていった。
◇◇◇
フラムが玄関を開け、「ただいまー」と大きめの声で言うと、3人分の『おかえり』が帰ってきた。
ミルキットとインクは居間に、エターナは2階の自室に居るらしい。
いつもだったらミルキットが小走りで迎えてくれるはずなのだが――少し寂しい思いをしながら居間を覗き込むと、それを見てフラムは納得した。
彼女の膝の上にはインクが座っていて、立つことができなかったのだ。
「おかえりなさいませ、ご主人様。申し訳ありません、お迎えできなくて」
フラムの顔を見ると、ミルキットは申し訳なさそうに言った。
「いいよいいよ。ところでそれ、何やってんの?」
フラムはテーブルの上に散らばった、木製のパーツを指差した。
2人の目の前には同じく木製の枠があり、その中にいくつかのパーツがはめ込まれている。
「パズルー!」
インクが無邪気に答える。
なるほど、確かにパズルなら盲目である彼女でも遊ぶことができるだろう。
しかし、見覚えのない品である。
「この家にあったものをエターナさんが出してきてくれたんです。これならインクさんも楽しめるからって」
「へえ、エターナさんよく見つけてきたね」
フラムは向かいの席に座りながら言った。
2階の物置に、以前の住人が使っていた道具が置いてあるのは知っていた。
しかし埃だらけな上に古いものばかりだったので、まだ手を付けていないのだ。
どうやら先客だったエターナは、すでに物色を始めていたらしい。
「そっちは?」
フラムはさらに、パズルの傍らに置かれた金属製のおもちゃを指差す。
こちらも、エターナが見つけてきたものなのだろう。
「知恵の輪だそうです。少し前まで遊んでいたのですが、さすがに長時間やっていると飽きてしまって」
「ミルキットすごいんだよ。あたし全然できなかったのに、渡すと簡単に取れちゃうの!」
「へえ、そんなに手先器用なんだ」
「い、いえ、こういうのは方法を知っていれば解けるものですから。以前、触ったことがあったんです」
謙遜しているが、彼女の手先が器用なのは事実だ。
包丁の扱いだって見事なものだし、普段の料理の盛り付けも店のものかと見紛うほどである。
それにフラムが教えている読み書きだって、飲み込みが非常に早い。
見た目も完璧で、中身も完璧、そして才能に溢れている――こんな子が今まで虐げられていたなんて、とフラムは内心憤る。
まあ怒った所で、怒りをぶつける相手が居ないので無駄に心を消耗するだけなのだが。
すぐに落ち着いた彼女は、部屋の中を見回した。
「そういや、セーラはまだ来てないんだね」
ちっこくて騒がしい修道女が居ないと、家の中はかなり静かである。
「夕飯前には来られるんじゃないでしょうか」
「情報交換のために来るわけであって、夕食を食べるためじゃなかったはずなんだけどなー」
「あはは……でも私は嬉しいです、と言うと怒られてしまいそうですね」
「作る量が増えて大変じゃない?」
「いえ、私は食べてくださる方が喜ぶ顔を見るのが好きなので。多ければ多いほど楽しく感じます」
いいお嫁さんの見本みたいな答えだ。
包帯の下では、さぞ可愛らしい笑みを浮かべていることだろう。
檻から連れてきてよかった、とフラムは心の底から思う。
「ねえフラム。もし、私が逃げ出してきた場所が西区の教会だったとしたら、すぐに帰んなきゃいけないの?」
2人の会話を聞いていたインクは、うつむき加減にそう言った。
家出をしてきたぐらいなのだ、帰りたくない理由があるはず。
「マザーって人も、お友達も、みんな心配してるんじゃない?」
それでも、彼女を帰さないわけにはいかない。
フラムは出来る限り優しい口調でインクに語りかけた。
「……友達、なのかな」
彼女は言葉を濁す。
「違うの?」
「あたしは使い物にならないって、いつも馬鹿にされてたから。マザーだけは優しかったけど、でもやっぱりあたしの事、役立たずだと思ってたみたいで……」
フラムは彼女の言葉を聞いて、大きくため息をついた。
どこにでも、そういう事を言う人間はいるものだ。
役立たず役立たずと、そんなことは言われずとも、本人が一番わかっているというのに。
「まあ、私も散々役立たずとは言われてきたから、逃げたくなる気持ちはわからないでもないけど」
「フラムもそうなんだ」
「私の場合は逃げる前に追い出されちゃったけどね」
苦笑いして、フラムは言った。
そして頬の奴隷の印に、指先で触れる。
「ご主人様……」
「ミルキット、そんな顔をしないの。今は“おそろい”って言ってくれた誰かのおかげで、悪くないと思えるようになってきたから」
事実、この印が無ければ、2人が出会うことも無かった。
フラムは自分の力の真価を知ることが無いまま、卑屈に旅を続けていただろう。
そしてミルキットは、あの檻の中でグールに食われ死んでいたはずだ。
奈落の底のような場所ではあったが、出会えたからこそ、2人はまた笑えるようなった――かといって、ジーンを許すつもりは無いが。
「いいなー、フラムにはミルキットがいて」
「うん、実際、彼女との出会いが無ければ抜け出せなかったと思う」
「……あたしもこのまま一緒に居られたら、抜け出せるのかな」
インクはぽつりと、小さな声で呟いた。
気持ちは痛いほど理解できる。
だが見捨てられたフラムと、自分の意思で逃げ出したインクは、立場が決定的に異なるのである。
探してくれる人が居る。
その幸せに、彼女は気づいていないのだ。
まずは一度、ちゃんと保護者と話させなければならない。
「……まあ、インクがどうしてもって言うなら、別にうちに住んでも構わないけど」
「ほんとに!?」
テーブルに身を乗り出して、フラムに満面の笑みを向けるインク。
「ただし、保護者の人にちゃんと言ってからね。別に虐待を受けてたとか、監禁されてたわけじゃないんでしょ? 自分で逃げ出せてるわけだし」
「わかんない。でも、無理やり押し込められてたわけじゃない、かな。今まで一度も……外に出たことは無かったけど」
「い、一度も?」
思わず聞き返すと、インクはすぐに首を縦に振った。
いくら盲目とは言え、子供を施設から全く外に出さないことなどありえるのだろうか。
「孤児院、なんだよね」
「それもわかんない」
「一緒に居た子供は、何人?」
「4人だけ。あとはマザーしか居なかったよ」
5人の子供だけが居る施設――それは、果たして本当に孤児院なのだろうか。
王都ほどの規模の町ならば、孤児も結構な人数が集まってくる。
実際、西区の孤児院には数十人の子供たちが暮らしていたはずだ。
「ねえ、インク。あなたはなんで、そこから逃げてきたの?」
「……」
フラムの問いかけに、インクは黙り込んだ。
家出の原因というのは、なかなかにデリケートな話題だ。
だから初日はあえて聞かずに居たが……どうも雲行きが怪しくなってきた。
聞くことで、彼女の心を傷つけてしまう可能性はあるが、事実確認の方が優先度が上だ。
「虐待も無くて、閉じ込められてたわけでもない、居心地が悪かったの?」
インクは無言のまま、首を横に振る。
「じゃあ、馬鹿にしてくる友達が嫌だったから?」
また首を振る。
「だったら、どうして?」
「それは……」
インクは、悩んでいる様子だった。
まるで他人に真実を告げることを、禁じられているかのように。
しかし――フラムへの信頼感が勝ったのだろう。
しばらくの沈黙の後、彼女は小さな声で言った。
「あたしだけ、友達とか、家族とか、そういうのよりもっと深い場所で仲間はずれだったから。きっと、あたしはそこに居ちゃいけない人間なんだと思って、逃げてきたの」
それは、役立たずと言われた話とは別の問題のようで。
“もっと深い場所で”という言葉の意味がわからず、フラムは思わず聞き返した。
「ごめん、よく意味がわからなかったんだけど、深い場所で仲間はずれってどういうことなの?」
「言葉は通じるし、普通に遊んだりできるんだけど……何て言えばいいのかな、あたしとは、違う生き物だった……とか?」
疑問符を付けて言われても、フラムにもわからない。
しかし彼女の脳裏には、なぜか――先ほど見てきたばかりの、異形と化した人間の姿が浮かんでいた。
インクが施設から逃げ出して来たのが、フラムと出会う前日なのだとしたら、フィルの死体が発見されたタイミングと、彼女の脱走時期は合致する。
眼球――縫合された瞳――共通する事項も確かにある。
だが彼女は、この家に泊まっている間、一度も外に出ていないのだ。
フィルはともかく、今日見つかった分についての犯行は不可能である。
それに、ステータスも正常そのものだ。
インク自身が犯人と言うよりは、インクの施設……孤児院ではなく、おそらく教会の研究施設に関連する人間がやったと考える方が自然なのかもしれない。
脱走した彼女を、何らかの、例えば大量の眼球を使役するような能力を使って探している――
だがしかし、機密が表沙汰になるリスクを犯してまで、彼女を探す必要性はあるのだろうか。
見たところ、インクは特に力を持っていない。
属性だって普通そのもの。
それは彼女自身が言った通り、周囲の子供や、マザーも“役立たずだ”と指摘することで認めていたはず。
いや、それを言い出せば、なぜ特に能力も無い彼女が、能力を持つ子供たちと共に同じ施設で暮らしていたのか、という疑問も浮かび上がる。
失敗作の面倒を見るほど優しい連中では無いことを、フラムはあの地下施設で知っている。
教会なら容赦なく、“廃棄”するはずだ。
なら成功作なのだろうか?
それならステータスに何かしらの異変が生じるはずではないだろうか。
あの時見た、オーガのように。
体のどこかに螺旋があるわけでもなければ、ステータスも普通そのもの、彼女が嘘をついているようにも思えない。
つまり――インクは悪人ではない。
そう思いたかった。
今のところは、そう判断するしかなかった。
だとすれば、フラムにできることは、可能な限りインクの存在を外に漏らさず、隠し続けることぐらいか。
しかしすでに、セーラは西区の教会に問い合わせているはず。
その内容次第では、インクがここに保護されていることはすでに連中の耳に届いている可能性がある。
だとすると、セーラは――
フラムはおもむろに椅子から立ち上がった。
「ご主人様、どうかしましたか?」
「中央区の教会に行ってくる。まだ夕食まで時間あるよね?」
「はい、今から作るので。もしかして、セーラさんの所に行くんでしょうか」
「うん、念のためね」
居間を出て外に向かおうとするフラムだったが、
「待って!」
その直前、インクが彼女を大きな声で呼び止める。
「その反応からして、フラムは何か知ってるんだよね。あたしの居た場所のことを」
「外でちょっとした事件が起きてて、もしかしたら関係してるかもしれないと思ってる」
「事件……」
その詳細まではさすがに語れない。
インクはそれに心当たりがあるのか、口をきゅっと結んで苦しげな表情をした。
「あたしを探してるのかな、マザーや、みんなが……」
「かもね。一緒に住んでた子供たちってさ、何か、不思議な力みたいなの持ってなかった?」
インクは、首を縦に振り肯定した。
「マザーは、外の人に絶対に話しちゃいけないって言ってたけど……」
「大丈夫、何かあっても私たちが守るから」
「……ん。あたしは目が見えないからよくわからなかったけど、みんな、あたしには“声”が聞こえなくて、“力”が扱えないから役立たずだって言ってた」
「声と、力……」
力はなんとなくわかる。
おそらく、コアを埋め込まれた結果、あのオーガのような回転の力が使えるようになったに違いない。
だが――
「声って、何のこと?」
そちらはフラムにもよくわからなかった。
インクは、これもまた他人に話してはならないと言われているのか、少し間を置いてから言った。
「……オリジン様とお話ができる、って」
「それって……!」
明確に、彼女の口からオリジンという言葉が出てくるのはこれが初めてだ。
確定した、やはり教会絡みで間違いない。
「あたしはできなかった。みんなしてたのに、あたしだけが。でも、フラムもミルキットもセーラもエターナも、みんなできないみたいだから……ずっとあたしがおかしいんだって思ってたけど、本当は違うのかな?」
「違うよ、普通は話せないの。みんなインクと一緒」
「そっか……そっか、あたし普通だったんだ……」
インクは胸をなでおろし、ほっとしている。
その様子を見て、フラムとミルキットは目を合わせて微笑んだ。
自分を取り巻く全てが異常ならば、正常こそが異常となる――閉鎖空間で生きることを強要されてきた彼女は、ずっと自分こそが異常なのだと、そう思い込んできたんだろう。
だから逃げ出した、一般人の中に、化物は紛れ込んではいけないのだと考えて。
しかし、実際は逆である。
化物の群れに放り込まれた一般人こそが、インクだったのだ。
彼女を疑う必要はない、守り続ければいい。
目的がはっきりしたことで晴れやかな気分になったフラムは、駆け足で家を出た。
傾きつつある陽を背に受け、セーラが居るはずの、中央区の教会へ向かって。
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