第12話 信じるべきものは何処に

 





 しばし休憩し、歩ける程度に体力を取り戻したフラムとセーラは、脱出口を探すべく、再度施設の奥へと進んだ。

 廊下は瓦礫でぐちゃぐちゃになってしまっている。

 所々、天井が落ち通れなくなっている場所もあったが、幸い迂回すれば先に進める場所ばかりだ。

 敵はもう居らず、人間の死体を使った罠も、力を失ったのか、ただの顔をえぐられた死体になって床に倒れている。


「こんなに離れた場所まで効果が及んでたんすね」


 前を行くフラムの手を借り、セーラは壁の残骸を乗り越えた。

 彼女の体を引き上げ、転げそうになる所をフラムは受け止める。


「逃げてたら、今頃私たち死んでたかもね」

「かも、じゃなくて間違いなくっす。まったく、あんな迷惑な化物を作ったのは一体……誰、なんすかね」


 オーガを撃破したあと、フラムは肉の断片に混じって落ちていた割れた黒い水晶を発見した。

 それは今、彼女が肩にかけた袋の中に入っている。

 戦いの最中でいつの間にか落としてしまっていたが、無事回収出来て良かった。

 もっとも、中に入っていたミルキットお手製の昼食はぐちゃぐちゃになっていたが。


「ま、犯人探しをするにしても、何はともあれまずは外に出ないことにはね」

「時間、かなり経ってる気がするっすね」

「暗くなってないといいんだけど……」


 外に思いを馳せることができるようになる程度には、気持ちに余裕も出てきた。

 オーガの妨害により引き返す羽目になった地点も無事通り過ぎ、未探索領域に到達する。

 その先にあったのは、巨大な円柱形のガラスケースがいくつも並ぶ部屋や、空の本棚がいくつも並ぶ資料室に、ソファやベッドのある仮眠室。

 なかなか出口は見つからず、次第に気分が落ち込んでいく。

 ただでさえ酷使した体が、気持ちに釣られてずしりと重くなってくる。

 だがそれも、あと少しだ。


「もしかしてあれ、出口じゃないっすか?」


 最奥――いや、本来は入口なのだろう。

 明らかに今までとは雰囲気の違う扉が廊下の先に現れた。

 フラムとセーラは顔を見合わせ、微笑む。

 はやる気持ちが体を前へ前へと導き、自然と早歩きになった。

 そして他に比べるとかなり重厚な作りの扉に手を当て、押し開く。

 その向こうにあったのは、天井に向かって続く階段である。

 終着点にはハッチがあり、鍵を開くと上に持ち上げることができた。


「よっと……!」


 フラムが腕に力を込めると、オレンジ色の陽の光が地下に差し込む。

 思わず2人の頬が綻んだ。

 さらにハッチを持ち上げ、外に出ると――そこは、最初に異形のオーガと遭遇した、草木生い茂る広場であった。

 どうやら研究所の入り口は、雑草にカムフラージュされ隠されていたらしい。

 まだ数時間しか経過していないのだが、まるで数日ぶりに新鮮な空気を吸ったような気分だった。

 フラムは両手を天に向かって伸ばすと、「んー!」と思いっきり体を伸ばす。

 セーラも後追いで、真似をするように同じ仕草をした。


「さあ、これでやっと帰れる……っす……」


 洞窟から出られたような気でいた彼女……だったが。

 岩が崩落し、塞がれた出口を見てがっくりと肩を落とす。


「まずは、あれをどうにかしないといけないんだよね」


 すっかり忘れていたが、デインの手下もここには居たのだ。


「あいつら、戻ったらとっちめてやらないと!」


 そのためには、この大量の巨大な岩を退かす必要がある。


「おねーさんの騎士剣術キャバリエアーツってやつでどうにかならないっすかね」

「やってみてもいいけど、一回でへとへとになって倒れると思うよ? あと、セーラちゃんのメイスの方が岩を砕くなら相性は良いと思う」

「今は無理っす、倒れるっす」

「じゃあ地道にやらないとね」


 作業は大変だろうが、それでももう、化物に追われることが無いというだけで気持ちは楽だった。

 2人は、とぼとぼと崩落地点に近づくと、一番近い場所にある岩に手を伸ばす。

 フラムが「せーのっ」と掛け声をかけると、腕にぐっと力が入り持ち上がった。

 普通に考えて少女2人で運べるサイズの岩ではないのだが、伊達に修道女と冒険者はやっていない。

 ほどほどに離れた場所まで運ぶと、ずしんと地面に落とす。

 フラムは汗の浮かんだ額を手首で拭い、次の運搬に取り掛かるべく2個目に近づいた。

 少し遅れて、セーラも岩の近くに移動し、自分の肩ほどの広さがある岩に、抱きつくように腕を回す。

 そんな時、フラムはふいに、出口とは逆方向の――木々が所狭しと並ぶ、緑の密集地帯に視線を向けた。


 ぶじゅっ、ぶじゅるっ。


 ――そいつと、目が合った。

 いや、目は無いが、そいつは間違いなくフラムを見ていた・・・・

 興奮気味に、肉の渦から血が吐き出される。


「嘘……でしょ……?」


 明後日の方を向いたまま動きを止めるフラムに、首を傾げるセーラ。


「おねーさん、どうしたっす……か……」


 彼女も同じものを見た。

 そして、同じように凍りついた。


「……え?」


 なぜ、という自問に対し、すぐに答えは帰ってきた。

 施設で見た、いくつもの割れたガラスケース。

 1つではない、複数個。

 そして、明らかに地上のものとは動きが異なっていた、地下の四つん這いのオーガ。

 つまるところ、フラムとセーラが撃破したあれ・・は……最初に遭遇したものとは、別の個体・・・・だったのである。


「聞いてないっすよ、そんなの……そんな、何体も居るなんて……!」


 後ずさるも、すぐ後ろにあるのは冷たい石の壁。

 小さな穴は開いたが、脱出路と呼べるほどの広さではない。

 フラムは唇を噛んだ。

 体力さえあれば、騎士剣術キャバリエアーツで倒せたかもしれない。

 しかし、今の彼女にあれを連発するだけの余力は残っていない。

 逃げて、どこか安全な場所で休憩を取ることができるのならあるいは――だがそんな場所、この化物相手に存在するわけがない。

 ……詰み、である。


「ごめん、ミルキット……」


 最大限、抵抗はするつもりだ。

 けれど、どうやらフラムの帰りを待つ彼女の元に戻るという願いは、叶いそうにない。


 フラムが前に腕を伸ばすと、光の粒子が手のひらに集まり、次第に大剣を形作る。

 いつになく汗ばむ手のひらで柄を握りしめ、黒い刃の先端をオーガに向けた。

 セーラも同様に、背中のメイスを構え、敵の接近を待つ。

 オーガはご機嫌に血を吹き出し、地面を濡らし、どこか軽い足取りで2人に近づいた。

 ピクニックでもするように、おやつの時間を心待ちにする子供のように。

 無邪気に、純粋にフラムに対する殺意だけを持って、るんららんと大地を踏みしめる。

 魂喰いのリーチの2倍ほどの距離で、オーガは足をぴたりと止めた。

 獲物を見下ろす。

 対象の消耗度合いを確認、勝利を確信、遊ぶ余裕すらあるかもしれない、と上機嫌なままに――螺旋の拳を、振り上げる。


「どこまでやれるかわかんないけど……」

「勝つつもりでいくっすよ、おねーさん!」


 無理だとわかっていても、気持ちだけは。

 敵の拳が、地面を揺らせばそれが合図。

 その瞬間に戦いの幕は開く――狼煙が打ち鳴らされようとした、その時。

 藪の向こうより、1人の女声がふらりと姿を現した。

 青い肌に赤い髪、そして露出の多い衣装。

 彼女はまるでハープを奏でるように指先で空を撫でると、赤いルージュの唇を「ふふっ」と吊り上げ言った。


「クリムゾンスフィア」


 青緑色の、膨大な量の風の魔力が注がれた球体がふわりと浮遊し、オーガに飛んでいく。

 それは緑の肌に触れた途端、爆ぜるように広がり、3mの巨体を包み込んだ。

 ズシャッ……ズザッ、ザザザザザザッ!

 オーガはもがき、脱出を試みるも、圧倒的な魔力の前には全くの無力である。

 風の刃は容赦なく肉体を切り裂き、バラバラにして、血を巻き上げた。

 そして――紅の球体クリムゾンスフィアの名前通りに、それは彼の血で真紅に染まっていく。


 フラムもセーラも、その光景を立ち尽くして眺めることしかできなかった。

 あれだけ――命を賭して戦った化物が、こんなにあっさり倒されるなんて。

 突如現れたのは、希望か、あるいはそれ以上の絶望なのか。


 風は次第に弱まっていき、オーガだったものが、べちゃりと地面にへばりつく。

 そしてゴトリと、内側で何かが渦を巻く黒色の水晶が、その中央に落ちていた。

 女はそれに近づくと、風の魔法で付着した血を吹き飛ばし、悩ましげにそれを見つめる。


「まさかこんな物を作ってるなんてね、人間って困った生き物だと思わない? ね、フラムちゃん」

「な……な……」

「なーなー言ってどうしたの? 猫さんになっちゃったのぉ?」


 彼女は陽気に、豊満な胸の前で猫のように手を握ってみせた。

 フラムはあんぐりと口を開けて、絶句している。

 セーラは――目の前に現れた魔族を前に、オーガに向ける以上の戦意を見せていた。


「あら、そっちの子は……かっ、かわいいわね、かなりかわいいわ。もしかして、オリジン教のシスター?」

「何が……何がかわいいっすか! 人殺しの化物め! 気持ち悪い、虫酸が走るっすッ!」


 初対面の女の子に憎悪を剥き出しにされ、女性は白けた表情を見せた。


「……またこのパターンなの? 何度目よ、あのマリアって子にもやたら睨まれてたわよね、私」

「当然っす、マリアねーさまも、おらもっ! お前たち魔族に故郷を奪われ、大事な人を殺されたっす! この憎しみ、怒り、絶対に忘れることは無いっす!」


 今にも襲いかかりそうなセーラ。

 そんな彼女に近づいたフラムは、肩に手をおいて、こう諭した。


「落ち着いてセーラちゃん」

「これが落ち着けるっすか! 魔族は、魔族だけは絶対に――!」

「お願いだから、まずは、あの人にスキャンをかけてみて。ね?」


 セーラは「ふー、ふー!」と猫のように息を荒げていたが、フラムの言葉で一旦冷静さを取り戻したようだ。

 スキャンを発動させ、女性の方を見る。




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 ネイガス


 属性:血風


 筋力:3596

 魔力:15997

 体力:2479

 敏捷:3698

 感覚:7854


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 そしてその数値を見た途端に、気持ちは一瞬にして萎えていった。

 小さな手から、ごとんとメイスが落ちる。

 ネイガスはぐっと立てた親指をフラムに向けて、「ナイスフォローっ」と微笑んだ。

 フラムの中には、彼女1人で勇者たちと互角に戦っていた戦慄の記憶しかないので、フランクに接されても反応に困る。


「やっと落ち着いて話せそうね」


 セーラは未だ落ち着きを取り戻したわけではなかったが、会話はどうにか成立しそうだ。


「じゃあ自己紹介から行きましょうか。私の名前はネイガス、属性は風と闇を操る血風、年齢はそこらの人間よりずっと上、知ってるかもしんないけど三魔将ってグループに属してる、見ての通り、魔族よ」

「……」


 沈黙する2人。

 反応が無いことに、ぷくっと頬を膨らますネイガス。


「反応が悪いぞー、私が自己紹介したんだから、セーラちゃんの方も……って、うわあ、睨まれてるわぁ。親の仇だって思い込んでるんだもの、そりゃ無理よねえ」

「なんで自己紹介なんてするんすか。それだけの力があるなら、すぐにおらたちを殺せばいいじゃないっすか!」

「だからぁ、私たち魔族は、人間を殺さないの」


 ネイガスは、それが当然のことであるかのように言った。

 一度は萎んだセーラの怒りが、無神経な言葉に再び燃え上がる。


「ふざけるなっす! 実際殺したじゃないっすか! 奪ったじゃないっすか!?」

「あなたが自分の目でみたものなの?」


 彼女の鋭い指摘に、セーラの勢いが鈍る。


「それは……違うっすけど。でも、でもっ、おらを助けてくれた教会の人たちが教えてくれたっす!」

「じゃあ聞かせて。あなたは、こんな辺鄙な場所で、こぉんな胡散臭い研究をしてる教会を、信じられる?」


 ネイガスは、先ほどオーガの体内から出てきた黒い水晶玉を見せつけながら言った。


「……う」


 言葉に詰まるセーラ。

 一方でフラムは、ネイガスの言葉に怪訝そうな表情を浮かべた。


「どうしてそこで教会の名前が出てくるの?」

「あら、あなたは気づいてなかったのね。まあ、私もまだ直接中を見たわけではないけれど、セーラちゃんの方は気づいてたみたいよ?」


 俯き、唇を噛むセーラ。

 彼女はぽつりぽつりと、施設の中で感じたことを話し始めた。


「最初……扉に、オリジン教のモチーフである、捻れた輪っかが刻まれてるのを見て、嫌な予感がしたっす」


 普段から見ている人間でなければ、気づかない程度のさりげない装飾。

 それだけならまだ偶然かもしれない、セーラの予感はまだ予感止まりの状態だった。

 だが、それはすぐに確信に変わる。


「そして、あの研究員の残したノートを見たとき……天啓、巡る知識、そして叡智……研究員のノートに記されていたあの言葉が、教典に書かれてるものと似てたっすから……ああ、ここはオリジン教の施設なんだなって、気づいてしまったっす……嘘だと、思いたいっすけど」

「教会が、ここで人体実験を……」


 洞窟に行ったきり帰ってこなかった冒険者たちは――化物に殺されただけでなく、被験者として連れさられていたのかもしれない。


「でも、だとしてもどうして魔族がこんな場所に!?」

「ここで研究してた力がね、私たちにとってはちょっとばかし都合が悪いものなのよ。それで最近、偶然にこの研究所跡地の存在を知ったの、だから私はここに調査に来たってわけ」


 魔族にとって都合の悪い力――それを教会が研究していた。

 何らおかしいことはない。

 王国も教会も、どちらも魔族を悪と認定し、打倒するために日々様々な研究を行っているのだから、その一環だったのだろう。

 それでも……フラムには、オーガの扱う“回転“の力がマトモなものだとは思えなかったし、人体実験をする教会には悪いイメージしか持てないが。


「それよりフラムちゃんこそ、どうしてこんな場所に居るのよ。いつの間にか勇者のパーティからも消えてたわよね。しかもその頬の印、奴隷に付けられるやつじゃないの?」

「それは……」


 口ごもるフラム。

 セーラは彼女の方を見ると、不思議そうに言った。


「フラムおねーさんって、やっぱりあの、英雄フラム・アプリコットだったんすか?」


 “やっぱり”と言われるあたり、疑われては居たらしい。


「そういうことに、なるかな。まあ、英雄としての力が無かったから、追い出されて、奴隷として売られて、今はこんなことになってるわけだけど」

「そんなの酷いっす!」

「酷い話ね……」


 2人は同時に声をあげ、セーラは複雑そうな表情を、ネイガスはにっこりと笑顔を浮かべた。


「で、ここに居る理由は?」

「はぁ……依頼で、薬草を取りに来たっす」


 セーラは諦めたようにため息をつくと、そう答えた。


「教会にとって、薬草ってご法度じゃなかったの?」

「それでも、病気で困ってる人が居るっすから。助けるためには、薬も必要だと思うっす」


 その言葉を聞いたネイガスは、胸に手を当てて、興奮気味にフラムに言った。


「フラムちゃん、この子すっごくいい子じゃない……!?」

「……まあ、いい子だけど」


 やたら馴れ馴れしいネイガスのノリに、未だついて行けていないフラム。

 しかし徐々に、彼女は本当に人を殺していないのではないか、そう思えてきた。

 笑顔に裏が感じられないのだ。

 彼女は嘘偽り無く、自分をさらけ出している。

 そう感じられたからこそ、セーラもほんの少しではあるが、心を開いたのだろう。


「そかそか、薬草を取りに来たら化物に襲われて、逃げてるうちに研究所に迷い込んだって所かしら。そしてモンスターに追い詰められた時! そこに颯爽と私が現れたというわけね」

「1体はフラムおねーさんが倒したっすけどね」

「倒したの、あれを!? 驚いたわ、勇者と一緒に居た時は全然戦えそうに無いただの田舎娘だったのに! どうやって倒したの?」

「どうやってと言われても……」


 あの時の記憶は曖昧だ。

 とにかく叫んで、ありったけの力を叩き込んで――


「気合でわーってやったら、中にあった水晶みたいなのが割れて、そしたら動きが止まったの」

「……コアが、割れた? 待って、その割れたコア持ってるかしら!?」


 ネイガスはやけに驚いた様子でフラムに近づいた。


「うん、念のためポケットに入れて持ってきたけど」


 フラムはそれを取り出すと、ネイガスに手渡す。

 彼女はまじまじと、初めて見せる真剣な表情で割れた水晶を観察した。


「完全に機能が停止してる、どういうこと? いや……そっか、まさかそのためにあいつは……」

「どうかしたの?」

「……いや、何でもないわ。ねえフラムちゃん、この割れたコア、もらってもいい?」


 本来は、然るべき場所に持っていき、調べてもらうべきなのだろう。

 だがここが教会の研究機関だとわかった以上、王国に絡む場所に渡せば、コアの存在はもみ消されてしまうはず。

 皮肉なものだ、現在、もっとも信用できる相手が魔族しか居ないとは。


「私が持ってても仕方ないから、勝手に持ってってよ」

「ありがとう、助かるわ。ところで、薬草はまだ取ってないのよね」

「まずは埋もれた脱出口を開かないとと思ってたから」


 するとネイガスはおもむろに手をかざし、穴をふさぐ岩に向かって魔法を放った。


「イロージョン」


 すると黒い風がどこからともなく集まり、対象を包み込んでいく。

 風に触れた岩は劣化し、自らボロボロと崩れていった。

 そしてあっという間に出口が開く。


「もしモンスターが近寄ってくるようなことがあれば、私が相手をするから。あなたたちは早く薬草を見つけてきなさい」

「え、でも……」

「信用はできないでしょうけど、今回は利害が一致した、そういう風に思っておいて」

「……おねーさん、早く終わらせるっす」

「う、うん、わかった」


 セーラはすでに割り切ったのか、ぼーっと突っ立っていたフラムを急かす。

 こうして2人は、ネイガスに護衛されながら、という奇妙な状況の中、目的であるキアラリィと、その他2種類の薬草を採取。

 帰り道まで送迎されるという至れりつくせりの待遇を受けて、無事洞窟からの脱出に成功したのだった。


 別れ際、セーラは手を振って見送るネイガスの方を振り返り、問いかけた。


「魔族は、本当に人間を殺してないっすか?」

「絶対にとは言わないわ。人魔戦争の時、人間が魔族の領土に攻め込んできたけど、あの時はさすがに犠牲者が出たでしょうし。でも――誓って、自らの利益や快楽のために人を殺すことは無いと断言しておきましょう」

「それは、誰に誓ってっすか?」

「んー……難しいわねえ」


 ネイガスは唇に人差し指を当てて考え込む。

 末に、導き出した答えは――


「神なんて信用できないから……セーラちゃん、あなたにでも誓っておくわ」


 そう言って、微笑みかける。

 セーラは彼女の言葉をしばし咀嚼した。

 だが、長年影響を与え続けた魔族への憎悪は、そう簡単には消えない。


「そうっすか」


 結局、そっけない返事をして、和解も妥協も拒絶もせずに、背中を向けた。

 そんなものだろう。

 いや、むしろ対話が出来ただけでも十分な成果である。

 そう納得して、ネイガスも、研究所の調査を行うべく踵を返し、洞窟の中へ戻っていく。


 フラムとセーラは暗い森の中を、カンテラの明かりだけを頼りに進んでいった。

 リーン、リーン、と鈴を鳴らすような昆虫の鳴き声が聞こえる。

 その音は、やけに寂しげに聞こえた。

 しばらくの間、無言のまま進んでいたが、森の半ばほどまで進んだ所で、フラムがおもむろに口を開く。


「なんか、色々ありすぎて、頭がごちゃごちゃしてる」

「おねーさんもっすか……おらもっす。何を信じて良いのか、よくわかんなくなってきたっす」


 悩みに悩み抜いたって、混迷はさらに深まるだけ。

 今はただ、とにかくミルキットに“ただいま”を告げて、死んだようにベッドで眠りたい。

 2人はその一心で、エニチーデへ戻っていった。





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