「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい
kiki
第一章 神の慈悲を拒むリバーシング・ガール
第1話 平凡を望んだだけだった少女の末路
「お前ごときが魔王に勝てると思うな」
伝説の魔法使いに胸ぐらを掴まれ、睨まれた少女は、明らかに怯えていた。
そんなことは言われずともわかっている。
先程の魔族との戦闘でも全く役に立たなかったし、むしろ守られてばかりで足手まといになっていた。
だが、“役立たず”と一方的に罵られて黙っていられるほど我慢強いわけでもなく。
ほんの少し、ユーモアを織り交ぜて反論したら――このざまである。
場の空気を和ませようと顔に浮かべていた笑みは引きつり、目には涙が浮かぶ。
男はそんな少女を「はっ」と鼻で笑うと、突き飛ばし、その場を去っていった。
「あうっ」と声をあげて尻もちをつく彼女だったが、仲間たちは誰一人として手を差し伸べない。
哀れみの視線を向けて去っていく仲間たち。
彼女は、そのまま膝を抱え、俯き、服に目をこすりつけた。
「私だって、好きでこんな場所に来たわけじゃないのに……」
少女の名はフラム・アプリコット。
創造神オリジンのお告げにより、勇者と共に魔王討伐のための旅に出た英雄のうちの1人……ということになっている。
ちなみにフラム以外の面々は――
先程フラムを突き飛ばした、四属性を操る“天智の賢者”ジーン・インテージ。
千里先の獲物すら射抜く弓の腕を持つ、“神殺しの射手”ライナス・レディアンツ。
慈悲の心と光の力でありとあらゆる傷や病を癒す、“慈愛の聖女”マリア・アフェンジェンス。
巨大な剣を片手で振り回し、Sランクモンスターすら粉砕する、“星砕の豪腕”ガディオ・ラスカット。
圧倒的な魔力で、ありとあらゆる敵を魂ごと凍りつかせる、“永遠の魔女”エターナ・リンバウ。
他の英雄を圧倒する力を持つ、魔王を倒すために生まれてきた、“救世の勇者”キリル・スウィーチカ。
とまあ、かの魔王を討伐するために結成されたパーティなのだから、当然集まる面々も、|ただの田舎娘(・・・・・・)であるフラムですら名前を聞いたことがあるほどの有名人ばかりで。
そんな集いに、“反転”という使い道もわからない能力を持ち、なおかつ“全てのステータスが0”というある意味で前代未聞なステータスを持つただの町娘が参加して、居場所など出来るわけもなく。
だからこそ、フラムは戦闘以外の部分で貢献しようと頑張ってきた。
他の英雄たちよりも身を削って。
誰かをかばって傷を負っても、『治癒するだけ魔力の無駄だ』とフラムの体には生傷が絶えない。
それでも。
誰かの役に立っても、『余計なことをするな』と罵倒されてしまう。
それでも。
誰かが小腹が空いたと言うので軽食を振る舞っても、『どうか食べてください』と頭を下げなければならない。
それでも――
落ち込んだフラムの被害妄想的な面もあったかもしれない。
だが、明らかに彼女は不当に虐げられていて、なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか、何のためにこんなことをしているのか、と自問することも多かった。
今までは“それでも”と自分に繰り返し言い聞かせ、健気に頑張ってきたのだが。
……限界は、いずれそう遠くないうちにやってくる。
「……」
座り込むフラムを、いつの間にか誰かが見下ろしていた。
先に行ったはずなのに、戻ってきてくれたのだろうか。
そんな期待を、冷たい視線が打ち砕く。
金色の髪を耳が隠れる程度にまで伸ばした、小柄なフラムとあまり変わらない体格をしたその少女は――しかしその瞳に、魔族ですら恐れるほどの迫力を宿している。
彼女こそが、勇者であるキリル・スウィーチカであった。
目つきからして期待はできそうにないが、一応、一縷の望みに賭けて、フラムは彼女に声をかける。
「キリルちゃ……」
だがその名前を言い終えるより先に、キリルは背中を向けてフラムの前を去ってしまった。
心臓がきゅっと締め付けられる。
完全に見捨てられた、とそう思った。
旅を始めた頃は、共に田舎出身の同世代とあって、親しくしていたのだが。
フラムの役立たずっぷりが露呈していくにつれ、2人の距離は遠ざかっていった。
そして今では、落ち込んだフラムを無視する有様だ。
本来、何の力も持たない彼女は、旅になど出るつもりは無かった。
それでも神のお告げが彼女を指名してしまった以上は断るわけにもいかず、さらには故郷の人々も『村から英雄が出たぞ!』と大喜びで盛り上がってしまったものだから、完全に逃げ場を無くしてしまったのだ。
あれだけ期待してくれた人たちが、今、こうして役立たずで、仲間にも見捨てられ、1人で落ち込むフラムを見たらどう思うだろう。
「がっかりするだろうなあ、みんな」
親しくしてきた人々が、自分に冷たい視線を向ける姿を想像してしまい、彼女はさらに落ち込んだ。
それでも仲間たちは進んでいく、いつまでも座り込んでいるわけにはいかない。
立ち上がり、お尻についた汚れを手で払い、小走りで彼らを追いかける。
みじめだった。
世界中で、自分がたった一人になってしまったような、そんな気がした。
◇◇◇
大陸の南半分は人間の領地で、北半分が魔族の領地である。
つまり勇者一行は、魔族の領地のさらに北部にある魔王の城を目指して、北上を続けていた。
とは言え、生身での旅だ、持ち運べる物資の量も限られる。
だが勇者一行に、物資の憂慮は必要無い。
それは勇者であるキリルだけが使うことの出来る魔法“リターン”のおかげだった。
いつでも王都へ戻り、そして再びリターンを使うことで魔族の領土に戻ることも可能だ。
もちろん回数の制限や詠唱の制約はあるが、だがこれを繰り返すことで、確実に、着実に、目的地である魔王の城に近づくことができる。
その日、予定していた地点までの進行が完了した勇者一行は、王都へと帰還した。
リターンの転移先は、王城の地下にある通称“転移室”。
薄暗い、人目の付かない場所であり、魔族の領土へと向かう際もこの部屋に集合することになっていた。
「ふぅ……うん、やっぱりこっちの方が空気は美味しいねぇ」
数日ぶりの王都の空気に、魔女エターナは深呼吸してからそう言った。
実際は地下なので、そう澄んだ空気が満ちているわけでもないのだが、敵が居ないという安心感がそう思わせるのかもしれない。
「そうですね、魔族が近くに居るだけで気が休まりませんから」
同意する聖女マリアに、射手ライナスが手をわきわきと動かしながら近づいていった。
「マリアちゃん、つまりは体の節々が凝ってるんじゃないかなぁ、良かった俺がマッサー……」
「遠慮しておきます」
笑顔で拒絶され、がっくりと肩を落とすライナス。
最初の頃は顔を真っ赤にして声を荒げていたものだが、マリアもしたたかになったものである。
しかし、彼はくじけない。
「ですよねー。じゃあ、食事はどう?」
流れるように切り替え、デートに誘うライナスに、マリアは口に手を当ててくすくすと上品に笑った。
「ふふふ、それでしたらご一緒しますよ」
「よっしゃあっ!」
喜びを隠しもせずに、ライナスはガッツポーズをする。
2人はそのまま挨拶もせずに、転移室を出ていった。
賢者ジーンはそんな彼らのやり取りを見て「緊張感が無いな」と愚痴り、露骨にため息をついたが、彼に止める権利は無い。
なにせ、明後日の集合時刻までは、自由行動が許されているのだから。
各々が準備や物資の補充を済ませるために散り散りになっていく。
最後に残ったのは、キリルとフラムだけ。
キリルが目を閉じると、手に握ったままだった宝飾剣が粒子になって消え、手の甲に紋章が浮かび上がった。
そして一瞬だけちらりとフラムの方を見ると、睨みつけるように目を細めて、部屋を出て行く。
2人は甘いものが好きで、以前は王都に戻ってくると、ケーキを食べて歓談したりもしていたのだが。
今は、もはや望むべくもない。
「帰りたいな……お母さん、お父さん、元気にしてるかなぁ……」
思い出すのは、故郷のこと、家族のこと。
ほんの数ヶ月前の出来事なのに懐かしい。
温かい家庭が目に浮かぶ度に、涙が溢れてくる。
フラムはぐしぐしと目をこすり、首を振って感傷を止めると、強く拳を握って「よしっ」と気合を入れて、部屋の出口へと向かった。
泣いている時間は無い、明日の旅立ちに向けて物資の補充をしなければならないのだから。
転移室の出口を出て、廊下に出ると――そこにはフラムの倍ほどの大きさがあるのではないか、と錯覚してしまうほど巨大な、黒い鎧を纏った男が立っていた。
「ガディオさん? それに、エターナさんも!」
鎧の男は、先に出ていったはずの戦士ガディオだった。
よく見ると、その影に隠れてエターナの姿もある。
彼女はひょっこりとフラムの前に姿を表すと、ひらひらと手を振った。
「買い物に行くんだよねぇ、わたしも用事があるから一緒に行こっかなと思って」
「荷物持ちになれとエターナに言われてな、俺も暇では無いのだが」
そう言いながらも、腕を組み、壁に背中を預けるガディオの表情は優しい。
どうやら落ち込んだフラムを見かねて、待っていてくれたらしい。
元よりベテラン冒険者である2人だ、彼女の危うさを見抜いていたのだろう。
「あ……あ、ありがとうございますっ!」
深々と頭を下げるフラム。
単純なもので、悩んでいた諸々はその瞬間に吹き飛んで、全部、救われたような気がしていた。
もっとも、数時間後には、それが全て気のせいだったことを思い知るのだが。
◇◇◇
買い物を終えたフラムは、付き合ってくれたエターナとガディオに別れを告げると、荷物を城に預けて宿に向かった。
そして彼女は部屋に入るなり、鏡を見ながらため息をつく。
荷物は2人に持ってもらったにも関わらず、どっと押し寄せる疲れ。
筋力が0なので重い物を持つことはできないし、体力が0なので少し歩いただけでも疲労を感じてしまうのだ。
フラム自身、そんな自分の体に嫌気が指していた。
ステータスが0であること自体は、今に始まった話じゃない。
彼女が幼い頃から――もっと言えば、生まれた頃からそうだったのだ。
原因はわかっている、“属性”のせいだ。
この世界の人間は、生まれた時にその体に属性を宿す。
火、水、風、土、光、闇。
この六属性のうちから1つが選ばれ、自らの魔力量に応じて自分の持つ属性の魔法を使うことが出来る、というわけだ。
だが、六属性以外の例外も存在する。
例えば天才賢者ジーンの火、水、風、土の四属性を扱うことが出来る“自然”。
例えば勇者キリルの専用魔法を行使できる“勇者”。
これらは“希少属性”と呼ばれ、|基本的(・・・)には六属性よりも優秀と言われていた。
無論、希少属性自体が例外であるように、これにも例外は存在するのだが。
その具体例がフラムの“反転”であった。
筋力、魔力、体力、敏捷、感覚――彼女の全てのステータスが0のまま、一切成長しないのは、おそらくは反転の影響だろう。
成長が全て反転し、増えるはずの値が減少しつづけているのだ。
そして0以下にはならないので、0のままで止まっている。
もちろん魔力も0であるため魔法も使えずに、せっかくの希少属性の恩恵を受けることすらできない。
「村の人たちは、やっぱみんな優しかったんだよね」
誰もフラムを虐げず、大人たちは彼女を他の子供達と平等に扱ってくれた。
同世代の友人も、誰ひとりとして彼女を見下したりすることはなかった。
今になって思えば、そちらの方がずっと異常だったのだろう。
旅に出て、フラムは正常な世界に投げ出された、そして現実を思い知らされた。
いずれぶつかる壁だった、それが今か未来かというだけで……この力を持って生まれた時点で、フラムの人生は詰んでいたのだろう。
自分に宿る力を呪いながら、フラムは部屋のベッドに寝転がり、枕を抱きしめる。
横になり目を閉じると、全身を心地よいまどろみが包み込んだ。
疲れもある、このまま寝てしまおうか、とうつらうつらとしていると――コンコン、と誰かがドアをノックした。
「誰ですかぁ?」
半分寝ている彼女は、気の抜けた声で尋ねる。
「ジーンだ、大事な話がある」
その声を聞いた瞬間、フラムは素早く起き上がると、大慌てでドアに駆け寄った。
一度何も無い場所でこけ、膝を擦りむいたが、痛いのを我慢して鍵を開き、ノブを捻る。
そこには、仏頂面の賢者様が立っていた。
「ど、どうしたんですか、ジーンさん」
「こっちに来い」
逆らうという選択肢はフラムには用意されていない。
彼女は慌てて棚の上に置いていた部屋の鍵を握りしめ、戸締まりをし、ジーンの背中を追いかけた。
宿を出て、通りを歩く彼は、一切後ろを振り向こうとはしない。
フラムが追いかけてこないことなど、最初から想定していないかのように。
信頼と言うよりは、“自分の命令を聞くのは当然のことだ”と見下されているのだろう。
ジーンは通りを曲がると、細い路地に入った。
人気のないその道には、住む場所の無い、目の淀んだ人々が膝を抱えて座り込んだり、地面に布を引いて横になったりしている。
フラム1人なら、絶対に足を踏み入れない場所だろう。
さすがに不安になってきた彼女は、ジーンに問いかける。
「あの、どこに向かってるんですか?」
「……」
もちろん、返事は帰ってこなかった。
諦めたフラムは、無言のまま、ジーンについていく。
やがて曲がりくねった道を通り過ぎると、開けた場所に出た。
相変わらず周囲は薄暗く、王都の中とは思えない空気の悪さだが――他の町の数十個分の広さはあると言われる、王国一の巨大都市の中なのだ、こういう場所があってもおかしくはない。
「ここが、目的地でしょうか」
再びフラムが尋ねると、ジーンは彼女の方を振り向いて、手を伸ばし――頭頂部の髪の毛を鷲掴みにした。
そのまま引きずり、前方に立つ男の方へと連れていく。
「痛いっ、痛いですっ! やめてくださいジーンさんっ!」
少女の悲痛な叫びは虚しく響くだけで、誰の心にも響かない。
「へっへへ、本当にいいんですかい旦那ぁ。そんな上玉をもらっちまって」
そう言って、男は腰を低くし、媚びた表情で手を揉んだ。
「ああ、構わんよ。ただのゴミだ」
ジーンは文字通りゴミを捨てるように、フラムを男の前に放り投げる。
「あぐっ!」
彼女は固い地面に叩きつけられた。
そのままぐったりと冷たい地面に横たわる、引きずられた時に付いた膝の傷が痛々しい。
何が起きているのか、全く理解できない。
フラムが怯えた表情でジーンの方を見上げると、彼はいつになく冷淡な表情で彼女の方を睨みつけていた。
「高貴な血筋でもなければ、相応しい力も無い。正直、一緒に居るだけでも反吐が出そうだった。よく今まで我慢したものだと自分を褒めたいぐらいだよ」
ジーンはそう吐き捨てる。
「ジーン、さん……?」
「ゴミが軽々しく僕の名前を呼ぶなっ!」
「ひっ!?」
ジーンの怒りに呼応するように、石つぶてがフラムめがけて飛翔した。
矢のように放たれたそれは、彼女の左頬をかすめ、薄っすらと赤い線が描かれる。
ちくりとした痛み。
フラムが自らの頬に触れると、血液が彼女の手を濡らす。
指に付いた赤い液体を見て、彼女はさらに「ひぅっ」と怯えた声を漏らした。
「いけませんよ旦那、売り物なんですから」
「すまない、ついかっとしてな。だがちょうどいい、あれを刻むのは傷の場所でいいんじゃないか?」
「まあ、あの程度の傷なら放っておけば消えますでしょうし、あとは旦那の好きにしてくだせえ」
そう言って、男はジーンに用意しておいた鉄の棒を手渡した。
20cmほどの長さの棒の先端には、判子のような塊がくっついている。
ジーンはそこに手を近づけ、「ヒート」と火の魔法を発動させた。
すると棒の先端に付いた鉄塊が|内側から(・・・・)熱を帯び、赤く変色する。
「いいかフラム、今から僕が、君に相応しい立場というものを教えてあげよう」
「それ……は?」
「奴隷の印だ、見たことあるだろ? 王国の奴隷ってのはさ、体の一部、常に見える場所に、その身分を明らかにする印を刻まなくちゃならないんだ。これが、それだ。もっと楽な方法もあるが、体にわからせるという意味も込めて焼印を選んだ。どうだい? 優しいだろう、僕は」
つまり、彼はその赤熱した鉄の塊をフラムの顔に押し付け、奴隷の印を刻もうとしているのだ。
広場に待機していた男は奴隷商人で、すでに用意周到に焼印を終えた後の消毒のための道具まで用意してある。
「い、嫌ですっ……奴隷になんてなりたくありません!」
「拒否権はない」
「そんなのおかしいですっ! なんで、なんで私が奴隷なんかにされなくちゃならないんですかっ!」
「なんで……?」
フラムの言葉にジーンの表情が怒りに歪んだ。
「貴様は――今まで自分がどれほどの迷惑をかけてきたのか、理解していないのかっ!? お前さえ居なければっ、魔王討伐は予定通りに進んでいたんだよ! お前が、お前が居たから、足を引っ張ってばかりだから僕が立てた完璧な予定が崩れてしまった! 平民のくせに! 才能もない雑魚のくせに! それがどれだけの罪か、いい加減にわかれよっ!」
――その言い分は、あまりに理不尽だった。
いや、だがジーンからしてみれば、フラムの存在自体が理不尽なものだったのだろう。
王国内で名を知らぬ者が居ないほどの豪傑ばかりを集めたはずのパーティに、ステータス0の役立たずが混じっているのだから。
「……ほ、他の人は知ってるんですか? 役立たずと言ったって、私だって選ばれた1人なんですから、勝手にこんなことしたら、ただじゃ済まないはずです!」
「知っているさ、もちろんな」
「嘘です……絶対に嘘ですっ! エターナさんはっ、ガディオさんは止めなかったんですか!?」
つい先程まで一緒に買い物をしていた2人が、首を縦に振るとは思えなかった。
だが、ジーンは言い切る。
「ああ、彼らは少し悩んだけど、最終的に承諾してくれた。仕方ない、魔王討伐のためだ。それに、君の存在を一番負担だと思っていたのは、他でもないその2人だろうからね」
それは、確かに事実だ。
エターナとガディオはフラムのことを一番気遣ってくれていた2人だが、その分、負担をかけてしまっていることは、フラム自身常々申し訳ないと思っていた。
信じられない、信じてはいけない、そう思いつつも、追い詰められたフラムの心は揺れる。
「ライナスさんは、マリアさんは!?」
「どうでもいいと言っていた。そんなもんだよ、元から繋がりも薄かったんだろう?」
そこは仕方ない。
ほとんどコミュニケーションを取った覚えがない2人だ、かばう理由も無いだろう。
「じゃ、じゃあ……キリルちゃん、は?」
確かに最近は冷たくあしらわれていたが、少し前までは友人同士だったのだ。
彼女だったら、フラムを奴隷にするなどと、バカげたことは承諾しないはず。
だがジーンは今日一番の笑みを見せると、こう断言した。
「一番最初に賛成してくれたよ、二つ返事だった。あの顔を見なくて済むと思うと清々するってさ」
「あ……あぁ……そんなの……嘘、だよぉ……っ」
信じようとしないフラム。
だが、ジーンにとっては彼女の意思などどうでもいいのだ。
「ま、信じようが信じまいが君の自由だ。どのみち現実は変わらない、君は奴隷として売り飛ばされる。そして僕たち勇者の資金に変わる。良かったじゃないか、僕たちに貢献できて」
「帰してぇ……私を、村に帰してえぇえ……っ!」
味方を失った以上、もはや頼れる物は故郷で待つ自分の家族や友人しか居ない。
ジーンは、フラムが未だに諦めず、何かに縋ろうとするが不愉快だったのだろう、表情を歪めて言った。
「残念だがそれは無理だな、君みたいなゴミを帰したら、村人たちのためにもならないじゃないか」
「お父さん……おかあ、さん……」
「その両親こそ、今頃は我が娘が居ない生活を謳歌してるんじゃないかな。なにせ、全く何の役にも立たないゴミ未満の穀潰しが居なくなってくれたんだしねぇ、英雄の親としての名誉も手に入れられて万々歳だ、ははははっ!」
「ううぅぅぅぅぅうううう……あぁぁああああああっ!」
いくら呻こうとも、叫ぼうとも、ジーンは彼女を逃がさない。
フラムは四つん這いになって彼から離れようとするも、すぐさま地面からせり出した土でできた腕に両手両足を捕まれ、磔の状態で拘束されてしまった。
もがき、逃げようとあがくが、賢者の作り出した魔法を、彼女の脆弱な肉体で破壊できるはずもない。
ジーンは笑いながら、涙を流し狂乱するフラムに近づき、その頬に――ジュウ、と赤い鉄を押し付けた。
「あっ、ぎゃっぁぁあああああああああああああっ!」
フラムの喉から、しゃがれた叫び声が溢れ出した。
瞳から溢れた涙は、鉄に触れ蒸発して消える。
首を振り回し抵抗するも、さらに伸びた土の腕が頭を拘束し、それすら敵わなかった。
「あぁぁぁああっ、あぁぁあああっ! あぁぁあああああ!」
声が掠れても、絶叫は終わらず。
苦しむフラムを見て、ジーンは、
「はははっ、因果応報だ! ざまあみろ! ははははははっ!」
と上機嫌だった。
プライドの高い彼にとって、無能の癖に仲間面をする彼女は、それだけ認められない、認めてはならない存在だったのだ。
「ああぁっ、あ、ああ、あっ、ぎ、ぎぅ、ぎゅ、ぐ……が、あ――」
声が、途絶える。
顔中から汗がダラダラと流れ、全身が痙攣し、失禁したフラムは、そこでようやく意識を手放すことができた。
ジーンは気絶した彼女を見て、次第に熱を失いつつある鉄の塊を顔から剥がす。
ぺりり……と焼けた皮と肉が多少張り付いていたが、そこは力づくで強引に離した。
そして焼印を投げ捨て、奴隷商人の方を向いた。
「随分と楽しそうでしたねえ、ジーンさん」
「まあね、今まで被った苦労を考えると、まだ足りないぐらいだ」
「ですがこれ以上は勘弁して下さいよ、死んじまいますから」
「僕も殺すほど鬼畜じゃないさ。それじゃあ、約束通り金は貰っていくぞ」
「へい、こちらに」
商人は金貨がたっぷり入った麻袋を、軽く揺らし、じゃらじゃらと鳴らしながらジーンに渡した。
袋を受け取ると、その重さに彼は上機嫌に微笑み、広場を去っていく。
その背中を見送ると、商人は用意しておいた道具でフラムの顔の消毒を始めた。
――こうして彼女は、まっとうに人間として生きる権利と、人としての尊厳を失ったのだった。
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