第3話 シオン人形

 慌てたように現れたシオンは、どんどん重たくなるシオン人形から手が離れずにガニ股でしゃがみ込んでいる私を見て「イッ」という口をして、噛み締めた歯を唇から覗かせた。


「何の騒ぎ」


「シオン人形が、喋るのやめなくて、重たくなって、手から離れなくて、それで」


「それで、そのお人形さんが床にめり込んでるワケね」


 刻一刻と重くなるシオン人形は、シオンの言う通り最早床にめり込んでる。というか既に穴を開けている。シオンを見るなり「僕!僕ダ!」と叫ぶシオン人形を眺めて、シオンははぁ~あ~とため息を吐いて天井を仰いだ。


「こないだ床を張り替えたばっかりなのに!覚えてる?お前が薬を作るの失敗してビーカーと机どころか床まで溶かしたの…忘れたかなぁ、なんせ一週間も前のことだったからなぁ」


 嫌味たっぷりなところ申し訳ないが、今の私には言い返す余裕がない。なんせシオン人形は既に床に穴を開け、私は必死で穴が広がらないように持ち上げようと踏ん張っているのだ。


「重たい!重たいよ、骨が折れちゃう!」


「あぁそうだよね、全くその通り。あの時は骨が折れたよ。それどころか、骨まで溶けかけたよ…あと5センチズレてれば、天井から垂れてきた液体が俺の体を骨ごと溶かしただろうなぁ。よかったじゃない、折れる骨があってさ」


「ごめんてば!それについては謝ったでしょ!っていうか溶けなかったんだから、折れる骨はシオンにだってあるでしょ…あ!?…アイタタタタタタ!」


 バキャンッ!という音と共にシオン人形がまた一段重たくなって、ガニ股であってもどうにか中腰を保っていた私の膝は呆気なく重力に屈した。床に膝をしこたま打ち付け、余りの痛さに悶える。

 シオン人形はもう腕が床にどうにか引っかかっているだけの状態で、脇の下に差し入れた私の手は床と脇に挟まれてズシリと圧迫されている。私はもう言葉を発する余裕もなくて、「ううううう」と自分でもよく分からない音が口の間から漏れ出るだけだ。


「痛そうだねぇ」


 シオンが眉を八の字にしながらのんびりと声を発した。


「うううううう」


「人形に何をしたか知らないけど、とりあえず謝ってみたらどう?」


「ぅううう謝る余裕が…あああ…あるようにっ…見える…!?」


「まぁ気合い入れたらいけるんじゃないかな、今そう言う余裕はある訳だし」


「余裕じゃない…っつの…」


「よ、ゆ、う、じゃ、な、い…あぁ~今ごめんなさいって言えたのにね、馬鹿だなぁ」


「いいから早くっ…ぐぐぐっ…」


「助けろって?俺、弟子を甘やかしてもいいことないと思うんだよねぇ」


 そう言うとシオンは、わざとらしくハッと息を呑んだ。


「しまった!それ以上被害が広がらないように、来てすぐに床を補強してあげたんだった!マルカは思う存分お人形さんと格闘出来ちゃうな…俺って甘やかしすぎかな?」


 道理でこれだけ人形が重たくなっているのに、床の穴が広がらないわけだ!床の張替えが大嫌いなシオンが、余裕をぶっこいて傍観しているのにも合点がいった。


「死、ぬ…死ぬって…!」


「死ぬ前に言うことない?これからは頑張って家事します、とか」


「い、いいからっ…」


「たった一言言えばさ、俺がすぐに助けてあげるのに」


「うぎぎぎぎぎ…っ」


「ほらほら」


「いっ…いいからっ…助けろシオン!」


 その瞬間バキャンッ!と音が弾けて、私が抱えていた重さが消え去った。私の腕から消えたシオン人形はどこに行ったのかと、ジンジン痛む手をさすり慰めながら周りを見渡すと、シオンの手に大人しく収まっていた。

 シオンはすっかり静かになった人形の髪の毛を優しくすいてやっている。重みが消えた反動で尻餅を着いた私を見下ろしながら「一言って、それじゃなかったんだけどな」とポツリと呟いた。


「それでも助けてくれたでしょ」


 私が間抜けな笑い声をもらしながら言うと、シオンも口元を緩めた。


「まぁね」


 こういうふうに、何だかんだ言っても、シオンは私が限界になれば助けてくれるのだ。

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