第91話 妹からの救援要請


 ──


 時は一年前にさかのぼる。


 丁度とし子さんが死んで少し経った頃。

 俺がまだ婚活(結婚に向けた準備)をする前。ストラップをプレゼントされた直後で、第七十五話の後の話だ。



▽恵美 「お兄ちゃん、助けて!」


「……なにっ!?」

 俺は妹の恵美からそんなメッセージを受けて驚いた。普段はそんなことを言う妹ではないのだが、何故かその時はそんなメッセージを送ってきた。故に、恵美の身に一体何が!? と驚き焦ると同時に、俺はスマホを見たまま固まった。


「どうしたの?」

 楓は俺を見た。

「いや、恵美がこんなメッセージを……」

 俺はスマホを見せた。


「え!? ……で、電話したほうが良くない!?」

「やっぱりか!? あ、でも授業中なんじゃ……」

「これは緊急事態だよ! 恵美ちゃんがこんなメッセージ送ってくるわけがない!」

「だ、だよな……よし!」

 俺は恵美に電話をかけた。


『只今おかけになった電話番号は、電源が入っていないか、電波の届かないところに居るため、お繋ぎすることが出来ません……』


「……はぁ!?」

「どうしたの?」

「電源が入っていないって……」

「え……け、警察に連絡した方が良くない!?」

「いや、ちょっと待て! まだそうと決まった訳じゃない!」

「でも、今メッセージを送ってきたのに、電話がかからないって……そういう事じゃないの?」


 そんなやり取りが続き……。


「よし。メッセージに返信して一時間待つ……それで返事が来なかったら、その時は警察も考えよう……」

「わかった……」

 俺が「すぐに電話くれ!」とメッセージに返信し、俺達はそのまま一時間待つことにした……。


 そして一時間立たずに恵美から電話がかかってきた。


『お兄ちゃん! 大変大変! なんとかして!』

 電話を受けると、恵美は開口一番、そう言った。

「ど、どうした!? 何があった!?」


『私、会長にされちゃいそうなの!』


「……は? 会長?」

「会長……?」

 俺がそう言うと、隣で聞いていた楓は首を傾げた。俺と一緒に頭の上にはてなマーク(?)が浮かんでいた。

「一体何の話だ?」

『アニマルサポーターの話だよ!』

「ん……? アニマルサポーターがどうしたって?」

『だから、私がアニマルサポーターの会長にされちゃいそうなの! なんとかして!』

「……はい?」


 その後、訳もわからない話を突き詰めると、恵美の話はこういう内容だった。


 恵美は高校に入り、すぐにアニマルサポーターに参加した。と言っても俺とは別の高校で女子校だ。恵美が一年生の時、恵美の高校にはアニマルサポーターがなかった。そこで恵美は自分の高校にアニマルサポーターを立ち上げた。そしてそのまま俺の母校、全国規模のアニマルサポーター本部に加盟した。つまり、恵美が自分でアニマルサポーターを立ち上げ、そこのリーダーとして活動を行っていたのだ。


 そして三年生になり、二ヶ月が経った六月。


 突如俺の母校にあるアニマルサポーター本部から連絡が入った。「そちらのリーダーさん、櫻井恵美さんは、初代役員、櫻井蒼汰さんの妹さんですか?」という問い合わせだったそうだ。当然のことながら、恵美はそのまま「はい、そうです」と返答したらしい。すると……。


『アニマルサポーターの会長になっていただけませんか?』


 という連絡が来たらしい……。四月になり、本当なら既に会長が決まっていなくてはならないのだが、未だに誰が会長になるのか揉めており、そこで恵美に白羽の矢が立った、と言う訳だ。恵美にしてみれば寝耳に水である……。確かに俺と田辺と藤崎の三人で始めた活動ではあった。だが、恵美自身はそれとは全く関係がない。初代会長、藤崎の家族でもない。むしろ発起人の三人のうちの一人の妹であると、ただそれだけなのだから。


『なんとかして!』

「いや、なんとかって言われても……。なりたくないのか?」

『なりたい訳ないじゃない! 面倒そうだし……。それにお兄ちゃんのせいでしょ!?』

「俺のせい!?」

『だって、お兄ちゃんの妹だからって……それだけの理由で推薦されたんだからね!? お兄ちゃんのせいじゃない!』

「うーん……そうなるのか?」

『そうなるよね!?』

 恵美が俺を捲し立てる。

「じゃ、お前。どうしてその学校でアニマルサポーターを始めたんだ?」

『え……? そんなの、少しでも動物を救いたいからに決まってるじゃない』

「じゃ、それを先導するのは嫌なのか?」

『……嫌じゃないけど……。だって、八万人規模の会の会長だよ!?』

「は、八万!? ……増えている……」

 俺達が卒業して二年。それだけで既に二万人も増えていた。

『そんなに大きな会の会長なんて、私に務まるわけないじゃない!』

「……んまぁ……大変そうではあるよな……」

『大変なのは間違いないって! だから、お兄ちゃんの力で何とかして!』

「いや、俺の力なんてそんなもの」

『だってお兄ちゃん、AS会の会長なんでしょ!?』

「いや、それはそうだが……」

 権力なんて物はない。

『自分で立ち上げた活動なんだから、こんな時くらい妹の役に立ってよ!』

「いや、そう言われても……」

 俺は困っていた。


「なになに、何だって?」

 隣で楓が聞いた。

「あ、ちょっと待て。楓と話をする」


 俺はスマホから耳を離すと、ここまでの経緯を楓に話した。


「なるほどねぇ……。それってさ、藤崎さんに聞いてみたら良いんじゃないかな?」

「あぁ、元会長にか?」

「うん。会長のやるべきこととか、して来たこととか。そういうのをきちんとして説明して納得してもらえたら……自分にも出来るかもって思ってもらえたら、良いんじゃないかな?」

「それって……恵美を説得するって話か?」

「うん。それでもやりたくないってなったら、恵美ちゃんがやらされる理由が正当じゃないって主張してもいいしさ」

「まぁ、そうだな……。もしもし?」

 俺は電話を耳に当てた。

『私を説得するの!? 助けてくれるんじゃないの!?』

「いや、お前に不利な所だけ強調するな。先に藤崎に話を聞いてみないか? それでもやりたくないのなら楓の言う通り、お前が押し付けられる理由のほうが不当だと主張すればいい」

『……わかった。じゃ、藤崎さんに連絡してくれる? 私はいつでもいいからさ』

「おう。じゃ、藤崎に連絡してみる」

『うん。よろしくね』


 俺は電話を切った。

「恵美がアニサポの会長ねぇ……」

 なんだか想像できない。

「でもさ、恵美ちゃんがアニサポの会長さんになったら、面白いことになるね」

「面白いこと?」

 俺は楓を見た。


『アニサポの会長と、AS会の会長が兄妹!』

 楓は人差し指を立ててそう言った。


「いや、それだとなんか家族経営……個人的に支配している会みたいだぞ……」

 しかも会員数はあわせて十三万人。巨大な個人活動にも程がある。

「あぁ、そういう風にも見えるかもね……」

「いや、そういう風にしか見えん……」

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