第7話 猫 まっしぐら



「うぉぉぉぉぉっ! とりゃっ!」

「おっとー」

「そこだっ!」

「まだまだー」

「せいやっ!」

 俺は楓の操る猫じゃらしめがけ、全力で飛び上がった。

「甘いっ!」

 楓がそれに反応して手首をひるがえすと、俺の右手はターゲットをかすって空を切った。くっそ……少し足りなかったか! 俺は逃げていくターゲットを目で追いながら、そのまま体をひるがえして着地した。

 トトン。

「うぎゃっ! ……がっ!」

 俺は腰に激痛が走って叫び、勢い余って床を転がるとうつ伏せになった。イテテテテ……二度はきつい……。

「小鉄! 大丈夫!? ごめんね……やりすぎちゃった」

 楓は猫じゃらしを放り投げると、そう言って俺を優しく抱き上げ、膝の上に乗せた。

「いや、楓は悪くない。気にするな」

 俺は楓の膝の上で両手で抱かれたまま、楓を見上げた。暖かい……。

「あはは。小鉄はちゃんとお返事してくれるんだね。面白い」

 楓は俺を見て笑った。

「それって、面白いのか?」

 喜んでくれているのであれば、それでいいが。

「……小鉄はうちに来て、幸せなのかな……?」

「当たり前だろ」

「そうやって何度もお返事してくれると、なんだかホントにお話できてるみたいだね」

 楓は笑った。


 そう、俺と楓は会話することが出来ない。俺は楓の言葉を理解して返しているのだが、楓は俺の言葉を理解できず、会話としては成立しない。


「よぉーし、じゃぁ……」

 楓はそう言うと俺を床に置いて立ち上がり、隣の部屋へトタトタと走っていった。

 おっ……! アレか!? アレが来るのか!?

 俺は待ちきれず、香箱座りのままで左右の手を床にニギニギと交互に繰り返し握りながら、両足を地団駄じだんだを踏む様に動かしながら腰を振り、隣の部屋を見つめたまま、楓の帰りを待った。


「小鉄……なんだかそうやってると、本当に猫みたいですね」

 アリシアは宙に浮いたまま、俺達の様子を見ていた。

「いや、みたいなんじゃなくて、猫だろ」

 俺はアリシアを見た。

「んまぁ、そうなんですけど……中の人は人間じゃないですか」

「いや、中の人って……着ぐるみみたいに言うな」

「いえ、着ぐるみみたいな物じゃないですか」

 まぁ、中身は猫として生まれたそのままじゃない。そういう意味では確かに着ぐるみと言えなくはない。むしろ言い得て妙だ。

「まぁ……そうなるのか?」

「いえ、そのものですよ」

「あまり嬉しくないぞ……」

「そうですか? 『かわいい猫キャラになる』とか、少女の夢そのもののような気がしますけど」

 うーん……。俺は首をかしげた。

「じゃ、お前はなってみたいのか?」

「いえ、猫の一生をまっとうしろ。とか言われたら嫌ですけど……三時間だけなってみるか? と言われたら、間違いなくYesですね」

 いや、俺は前者なんだが……。


「誰か、そこにいるの……?」

 振り返ると楓が部屋に入ってきたところで立っていた。右手に開封したチョールを持ち、左手にはスマホを持たまま、俺の目線の先、アリシアのいる場所を見て首をかしげていた。

「あ、来たっ! チョールぅぅぅっ!」

 俺は楓の右手のチョールを見るや否や、楓に駆け寄り、楓の足をポンポンと踏み台にして駆け上ると楓の右手のチョールに手を伸ばした。

「おっと! そうはいくかー」

 楓は俺の行動に反応し、素早く右手を動かして俺の攻撃を避けた。

「くっそ……」

「そんなに何度もうまくいくとは思わないでねー。私だって学習するんだから」

 楓は右手のチョールを俺から遠ざけたまま、振り返って俺を見た。 

「おぬし……やるようになったな……」

 俺はそのまま体制を低く構えた。

「ほーら、落ち着いて。ちゃんとあげるからね。はい、じゃあ始めるよー」

 楓はそう言うと振り返り、俺の前にしゃがむと、左手のスマホを俺に向けた。

「はい、お手」

 楓はチョールを左手の小指と薬指に挟み込み、右手を俺に差し出した。

「はい」

 俺は楓の右手に右手を乗せた。

「おかわり」

「はい」

「はい、くねくねー」

「くねくねー」

 「くねくね」とは俺と楓の編み出した新しい「頂戴ポーズ」。両手を顔の前で合わせて立ち上がり、そのまま体をくねくねと左右によじらせて両手を上下に振る「新型頂戴ポーズ」だ。

「全く、恥も外聞もない……」

 アリシアは呆れたように俺を見た。

「うるさいぞ外野!」

 俺はくねくねしながらアリシアを見た。

「やっぱり……そこに誰かいるの?」

 楓は俺の目線を追ってアリシアの方を見た。

「スキありっ!」

 俺は後ろ足で立ち上がったまま、両手で楓の左手のチョールを掴むと、楓の手から抜き取った。

「あっ! こら!」

 楓は素早くそれに反応し、バッと右手でチョールを掴むと、俺と引っ張り合いになった。

「早く、早くくれ!」

「まだ良しって言ってないでしょ!?」

「くっ……」

 このままでは力負けする……。

「おぉぉぉりゃっ!」

 俺はそのままカツオの一本釣りよろしく、全体重をかけて後ろにエビ反ると、楓の手からチョールを奪い取って、後ろに倒れた。丁度、チョールのバックドロップのような状態だ。

「あっ! 危ない!」

 ドタン。

「痛って! ぇぇ、ぇぇぇぇぇ……っ」

 腰に激痛が走り、俺は両手を上に上げたままチョールを落として固まった。

「ほーら、無理しちゃダメだよ……それは小鉄がズルした天罰だよ……」

 ぐぬぬ……ルシアめ……。

「いえ、ルシア様は全く関係ないですね。って言うか、そんな事言ったら本当に天罰が落ちますよ?」

「うるさいぞ外野!」

 俺の頭の中まで読むな。

「本当に……いるんだね……」

 俺が痛みに堪え、仰向けで動けないまま頭だけを動かし、アリシアを見てそう叫ぶと、楓はアリシアを見てそう言った。元気よく叫んではみたものの、全身を駆け巡る痛みで、暫くそのまま動けなかった……。


「はい、どうぞー」

 楓は左手でスマホを構えたまま、右手で俺にチョールを差し出した。

「やった!」

 俺は立ち上がると両手でチョールを掴み、そのままペロペロと舐めた。

「うまうまうまうま……何度食っても、これはなかなか……」

「小鉄はホントによく喋る子だね。……なんか美味しいって言ってるみたい」

「ん……? アリシア、俺の言葉って、楓にはどう聞こえるんだ?」

「いえ、どう聞こえるも何も、猫ですから。ニャーニャーと聞こえているかと」

「そっか……しかし、本当にうまい……うまうまうま」

「本当に美味しそうだね」

 楓は笑った。

「ああ、美味うまいぞ」

 昔のCMに「猫まっしぐら」というキャッチコピーの猫缶のCMがあったが、こんな味なんだろうか? カレカン……だったか? ちょっと食べてみたい気もする。

「そんなに美味しいんですか?」

 アリシアが不思議そうに聞いた。

「ああ。お前も食うか?」

「……いえ、遠慮します」

「ってか、お前は何も食わないのか?」

「必要ありません。お腹もすかないですし……あっ! 私はかすみを食べているんですよ!」

 何、その仙人設定……? てか今「あっ」って言ったし。


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