第2話 公園と赤い風船

「ふー」


「おつかれ、サナ」


 ユナが手をたたく。私はふん、と息をはいた。


「なんかずるくない? ユナのほうが明らかに楽じゃん」


「しょうがないじゃないか、ボクはサナみたいにコントロール効かないし、それにふつうに片付けるよりは楽だろう?」


「そうだけどさ」


 確かに、手をかざすだけで片付けが終わるのは楽。一分ぐらいで終わるし。


「もっと力を使えるようになれば、もっと楽になるワン」


 コロちゃんはしっぽをふると、私のベッドに勝手にねころがる。


「そうだといいけど」


 私はペタリとゆかにへたりこんだ。

 力を使うとどっとつかれちゃうんだよね。


「よし、もっと力を使いこなせるように努力して、一流の超能力者になるぞー!」


 やる気マンマンのユナ。


「はぁ。相変わらずユナってばお子ちゃまで単純なんだから」


 私がヤレヤレと首を横に振ると、ユナはムッと口をとがらせた。


「なんだよ、じゃあサナはこの能力が便利だと思わないのか?」


「そりゃあ少しは便利だと思うけど……どうせなら私はテストで良い点数が取れる能力とか、写真写りが良くなる超能力のほうが良かったわ」


 私が言うと、コロちゃんはヤレヤレと呆れたように首を横に振った。


「ぜいたくだワ~ン」


 悪かったわね!


「それより早くお買い物行きましょ」


 私はお気に入りのコートを羽織った。


「あっ、待てよー」


 超能力でチャチャッと部屋をお片付けしちゃった私たちは、いそいそと出かける準備を始めた。


 一人部屋がもらえなかったり、おたがいにくらべられたり、双子ってイヤなこともあるけど、こうやってすぐに二人で買い物に行けるところはいいところ。


 友達をさそうのって時間かかるし、気を使っちゃうし。


 さっそく、お気に入りの服を着て髪をとかす。ふっふっふ、春の新作トレンチコートをおろしちゃう。


「待ってワン! ぼくも行くワン!」


 後を追ってくるコロちゃん。


「コロちゃんはダメ。空にういておしゃべりする犬なんて見つかったら大変なんだから」


 コロちゃんはふん、と鼻を鳴らした。


「しょうがないワンね」


 ポンと音がする。


 見ると、コロちゃんの体はヒモのついた小さい犬のヌイグルミに変化していた。


「へー、便利なんだな」


「流石は犬のオバケね」


「オバケじゃないワ~ン!」


 ぬいぐるみのキーホルダーになりすましたコロちゃんがガタガタとゆれる。まるでポルターガイストだ。


「これをカバンにつけるワン」


「えっ、イヤだ。そんなきたないキーホルダーつけるなんて。ユナが付ければ?」


「ボクもイヤだよ。そんなしょぼいの」


「しつれいな双子だワン」


「じゃあジャンケンね」


 ユナがイヤがるので、しぶしぶジャンケンをする。


「ジャーンケーン……」


 結果はユナがチョキで、私はパー。


「仕方ないなー」


 オシャレ小学生の私にふさわしくないけど、仕方ないからしぶしぶコロちゃんをカバンにつけた。のろわれたらヤだし。


「うう、ダサい」


「カバンがオシャレになったワン」


 私はコロちゃんを指でちょいとはじいた。


「コロちゃんはヌイグルミなんだからしゃべらないの!」


 コロちゃんをだまらせると、ソロソロと階段をおりる。

 お母さんに見つかったら、また「勉強しなさい」ってガミガミ言われるんだから。


「二人とも、片付けは済んだの!? 終わったらお勉強しなさいって言ったでしょ」


 お母さんがどなる。

 ほら来た~!


「あとで!」


 二人でハモりながら家を出た。こういう時だけ、私たちは気が合う。


「こら、待ちなさい!!」


 お母さんがさけんでるけど、知ーらないっと!



 だって、春だし、新学期だし!

 好きなことしたいって、思うじゃない?


 ***



 目的地のあおねこ堂は、家と学校のちょうど真ん中あたりにある本屋さん。


 小一や小二のころは、本や雑誌しか置いてないフツーの本屋だったんだけど、ここ最近は可愛い文具やアクセサリーなんかも置くようになったんだ。


 今ではクラスの女子たちのかくれた人気スポットになってるの。



 えーん、えーん……。


 そんなあおねこ堂に向かおうとしていた私たちなんだけど、公園の横を歩いていると、どこかから子供の泣き声が聞こえてくる。


「何?」


 顔を上げると、公園のすみっこで五、六才の男の子が泣いている。


「ちょっとあんた、なんで泣いてるの」


「きみ、どうしたの?」


 私たちが声をかけると、男の子が顔を上げる。


「風船が、木に引っかかっちゃったんだ」


 泣きじゃくりながら公園の木を見上げる男の子。


 本当だ。


 よく見ると、木の枝に真っ赤な風船が引っかかってる。


「何だそんなことか。ボクに任せろ」


 ユナがするすると木に登る。


 私も小さいころはユナみたいに木に登ってたんだけど、お洋服がよごれるといけないから今回は木の下で応援。


「その調子、あとちょっと!」


「お姉ちゃん、ガンバレー!」


 あっという間に木のてっぺんまでたどり着き、風船に手をのばすユナ。


「くっ、あとちょっと」


 だけど、ユナが風船の引っかかってる辺りに手をのばした瞬間、枝がゆれ、風船はふわりと舞い上がる。


「あっ」


 青い空にふわりと舞い上がる赤い風船。

 男の子の顔に再びナミダがうかぶ。


「だ、大丈夫! あきらめないで!」


 私は男の子をなぐさめた。

 だって、私たちには超能力があるんだもの!


 キョロキョロと辺りを見回す。

 だれも見てないわよね。


「ユナ!」


「ああ」


 二人でうなずきあう。


「外で超能力を使うのはダメワンよ?」


 カバンについてるコロちゃんがこそりと言う。


「大丈夫、だれも見ちゃいないから」


「全く、今回だけワンよ?」


 コロちゃんからOKが出たので、こっそりと超能力を使うことにする。


 男の子も泣きじゃくってて、ろくに前も見えないだろうし、まだ小さいから大丈夫でしょ。


 ユナが手をのばす。

 まゆの間に深いシワができる。だけど――


「どうして?」


 風船は、どんどん空へと登っていく。


 どうしたのユナ、早く超能力を使って……


 コロちゃんが私の耳元でささやく。


「さっき部屋の片付けで力を使いすぎたのかもしれないワン」


「そんな!」


 辛そうに額に汗をうかべながら、ユナはさけんだ。


「風船っ! お願いだからもどってこいっ!」


 すると思いが通じたのか、一度空へ上りかけた風船がこちらへもどって来た。


「あっ、もどって来た!」


 男の子がうれしそうにジャンプする。


「やったわ!」

 

 良かった。


 だけど風船のヒモをユナがつかまえたその時――


 ぐらり。



 ユナがバランスをくずす。そして木の上から真っ逆さまに落っこちた。


「きゃあああああっ!!」


 ユナ――!!


 ユナが地面に落っこちちゃう!


 そう思った瞬間、胸の奥がポカポカと熱くなった。


 光がわき起こる。そして――


 ふわり。


「えっ」


 気がつくと、ユナの体は地面スレスレでピタリと止まっていた。


「――ユナ!」


 急いでかけ寄ると、ユナの体はゴロリと地面に転がった。


 すぐに立ち上がり、ポンポンと土をはらうユナ。


 良かった。一度空中で止まったおかげで勢いが減って、ケガはないみたい。

 

「はい、風船」


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 ユナから風船を受け取ると、男の子はうれしそうに公園の外へと走っていく。


「もう手をはなすんじゃないわよ!」


 手をふって見送る。


「バイバーイ!」


 男の子の姿が見えなくなると、私はヘナヘナとその場に座りこんだ。


 つ……つかれた。


 人間みたいに大きなものを超能力でうかせたのは初めて。


「ありがとうサナ、助かったよ。地面スレスレで一度止まったおかげで、ほとんどケガせずにすんだ」


「本当に、上手く力が使えたから良かったけど、こんなの初めてだったからびっくりしたわ」


「大丈夫だワン。これから二人とも、もっと上手に力を使えるようになっていくワン」


「だといいけど」


 そんな事を話しながら公園を後にする。


 こうして私たちは、無事男の子の風船を取りもどした。だけど――。


「……?」


 急にユナが不思議そうな顔をして辺りをキョロキョロと見わたす。


「どうしたの?」


 私はユナにたずねた。


「いや……気のせいかな」


 ポリポリと頭をかくユナ。


「今、だれかに見られていたような気がしたんだけど」


 ええ?


「気のせいじゃない?」


「だといいけど」


「それより早く行きましょ」


 そんな話をしながら公園を後にする私たち。


 だけど――この時はまだ知らなかったんだ。まさかこのあとあんな事件に巻きこまれるなんて!


 

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