第4話
「しかし、奇妙な事もあるもんだね。ヒソヤマがバイトで撮影担当をしていたなんてさ」
『中に入る前に最後の準備があるので、少し待っていて下さい』
とモロキュウに言われた二人は、作業道具の入った工具箱を足元に置き、いかにも連絡中であるという振る舞いでヒソヤマ家の前に立っていた。雑談交じりだろうと、その結界の効力が及ぶ範囲内にいる限りは、作業中に誰も気付かずに通り過ぎていったのと同じ効果が得られるらしい。そこでジェイクが話しかけて来たのだ。
「まあ、変なバイトの話とか聞きますもんね。僕も派遣のバイトで同じ場所になった人達から聞いた事ありますもん。
『何処そこの職場で死人が出たので、何処かの派遣会社はもうそこと仕事はしないそうだ』
とか。
事故じゃなくて、派遣先の会社の人間が、何か大きな荷物の移送中にバイトの子の運んでる荷物を蹴ったとかで、その子がその下敷きになったそうです」
「そういうのは僕もたまに聞くね。殺されちゃあ文句も言えないし、現場の人間しか見ていない訳でしょう? いくらか他のバイトに包めばマシな方で、脅されて終わりだと思うよ。
はぁ……危なくておちおちバイトも出来ないね」
「ヒソヤマのその撮影も、そういうバイトだったんじゃないですか?」
「たまにある急場しのぎの時のバイトだったんじゃないかって事?」
「ええ。僕もでしたが、きちんと勤めていてもバイトをしなきゃならない時がある人なんて珍しくありませんし」
「耳に痛い話だね」
ジェイクが苦笑する。
「『バンドをしているととにかくお金がかかる』
って聞きますから」
「うん。カートで運べるものばかりじゃないし、音が響く趣味だから、練習スペースのある人ならまだいいけど、なかなか大変だろうねぇ」
「どういうツテかまでは分かりませんけれど、モロキュウさんも仕事で頼んだでしょうから、かなりきちんとした仕事だったかも」
モロキュウは白髪が多いが顔立ちは若く見える。実年齢は分からないが、穏やかな物腰。
酒屋を営むジェイクの方のツテではあったが、最初に顔合わせをした時にスーツ姿で現れた彼はどう考えても会社員などの雰囲気はなく、何というか地方の名物変人の様な印象を抱いた。事情通で忠告はしてくれるが素性は不明な、そんな佇まい。
もしくは
『その筋の人間ではないか』
と思い、敷居はかなり緊張した。ジェイクが即効性のある物理的解決を選んだのかと思ったのだ。その後に
『呪詛師です』
と自己紹介をされてまた敷居は驚く事になった訳だが。
「ふむ。今勤めている会社に入る前の期間は確かに空白のままだしなぁ……短期だろうし、ギャラが良ければやるかもね。
知人でどうしても断れなかったとか、そういう場合もあるだろうし」
「そこが少し、妙な縁の様なものを感じて、薄気味悪くなりまして」
「まぁ、それも今日で最後だし。お互いに人生お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
死ぬ前の挨拶などした事がない。
それにこれからターゲットを手にかけるのだ。複雑な心境になり、敷居は黙り込んだ。
憧れの教師が何処かの女と不倫をしていた。
弦美(つるみ)にはそれがショックでならなかった。
『いくら世界中の倫理が崩壊気味だからって、そりゃないだろう』
という気分と、自分のお子様さ加減を嘲笑された気分が入り混じって気持ちが悪い。クラスのすれてる女子なら一笑に伏すであろう事は想像に難くなかった。
苦い顔で情報を教えてくれたのはトモという、新しいクラスで友達になってくれた女子の一人だった。頼んだのは自分だ。
彼女は幼馴染と聞かされているミキとミナという、どちらも特徴的でもてそうだけれど、浮いた話は全く耳にしない二人と大体一緒にいる。
トモは家がかなりの金持ちだそうだが、日頃はそんな事は微塵もちらつかせない。ただ、クラスメイトの一部と過去にミナの件で確執があったとかで、そちらが彼女を恐れている節があった。トモの父親が
『歩く国家権力』
と囁かれる立場の人間で、つまり尋常ではない情報収集能力があり、夜の盛り場などで馬鹿をやっている連中が、自分達の後ろめたい事などをあらぬ方面に暴露される事を恐れての緊張感らしかった。
そんなトモ達の側に付けたのは本当にたまたま。兄であるヒガの事で転校して来た弦美は、自分がまず訳ありの転校である事をクラスメートらがネットなどで知っているのを察知し、大人しくしていたのだが、その弱みを突こうとしたクラスメートの一部から放課後にトイレに呼び出された。
「あんな事やらかした兄貴がいるとかマジでないわ」
想像力の欠片もなさそうな、自分を囲む一団の中の女子が、腕を組みながら言った。確かヨネミとかいう名前の女子。
教室に幾つかいるグループの一人で、別の女子のグループより弱いのか、そちらにはごまをすっている。そんな女だった。
それよりも、女子トイレなのに男子も複数が平気な顔をして立っているのがまず恐ろしかった。
『自分が正しいと思っている人間は、何処にでも平気で突入を仕掛けて来るのだ』
と、そんな所で思い知らされた。
外には見張り役と思しき男子と女子が見えた。カップルを装いつつの見張りであるらしい。
軽く十対一。どんな事をやらされるのか、弦美は考えたくもなかった。何しろここはトイレで、相手は人でなしだ。
「どうするよ、この女」
威勢の良さを見せ付ける為か、下卑た声を出す男子。シマノとかいう男子だ。
「クソアマだけどよ、割と悪くねえ身体だと思ったんだよなぁ」
シマノのそれを聞いて、咄嗟に両腕で豊かに育った胸をかばう弦美。無遠慮に視線を投げかけて来る別の男子の発言が冗談である事を祈る。
弦美だってそれまでは普通に女子高生をしていたので、思いもかけない場所で
『何処そこの学校の誰それがヤられたってさ』
と、楽しげに囁き合う女子のそれを耳にした事がないでもなかった。それをこれから味わわされるのかもしれないというおぞましさに鳥肌が立つ。
自分で考えても目眩がしそうだった家族の事で呼び出して、この人数で囲む相手だ。大勢でいる時のえげつなさを、今いる他のメンツになめられまいと弦美に実行する可能性は限りなく高い。
何故か、自分がこの学校に来て憧れの教師として見初めた男を思って一人で自慰をした事はあったが、それを揶揄されている様な錯覚に囚われる。
『この先ずっと、これを思い出して、そのせいで好きな人が出来てもエッチ出来ないかも知れないな』
と思った。
「まずは脱がすか。ネットで流しちゃったりして?」
「いいねぇ」
「お前、抑えろよ」
ヨネミが携帯を構える。シマノが自分の腕を捻り上げようとし、平然とした顔で弦美の左胸を触った。吐きそうなほどの嫌悪感のせいで冷たい感触が弦美の脳天に突き刺さる。ブラ越しなのに加減を知らないそいつのせいで痛みが走った。
「やめ……」
「声出したら腹踏み潰すぞ、コラ」
今度は日頃目立たないタイプだと思っていた別の男子(名前は知らない)が、何処か怯えた声で耳元で言うのが逆に恐ろしかった。シマノが彼に言う。
「お前も触れよ。ほら、幾らでも揉んでいいおっぱいだぞ」
その男子は手を持って行かれるままに弦美の右胸に触れ、鼻息を荒くし始めた。
多分この男子は脅されている。それをしないと今度は自分が潰されるのだ。
「パンツから世界発信して差し上げますかね」
ヨネミの動画撮影モードになった携帯を持つ手が、含み笑いを浮かべる他の面々の中心で弦美のスカートの下にそろそろと延びて行く。
やめて、と言おうとした所で、誰かの声がかかった。
「ヨネミ、後、他の奴らも、スクールカースト最下層決定」
ぎょっとした顔で入り口を振り返るヨネミとシマノら。そこには運動部の先輩らに現場を押さえられた先ほどの男女と、彼らを連れて来たと思われるポニーテールを揺らしつつうんざりした顔でカメラを構えるミキ、そしてトモがいた。
呼びかけたのはミキだった。
「お前ら、一寸来い」
顔馴染みなのか、ヨネミを除く男子と女子が先輩らに同行を求められ、口では色々言いながらも廊下を歩いて行った。
後に残ったミキとトモが駆け寄って来る。肩に置かれたトモの手を反射的に跳ね除けてしまうが、彼女は何も言わない。
ミキがカメラを指差して言う。
「バッチリ証拠を残してやったから、もう大丈夫だよ」
怖気で身体を震わせながら両腕で自分を抱き、弦美は訊ねた。
「……何が狙い?」
わざとらしくため息をつきながら、ミキは弦美に視線を向けたまま吐露する。
「何だかヒソヤマちゃんからは、あたしらもあれと同類と思われてるみたいなんですが、トモさん」
「タイミング的にそう思われても仕方ないわね。全然そんなつもりはないのだけれど」
弦美は膝が笑ってしまう。幾つかの推測は出来るがまだ判断しかねる。
座り込みそうになる彼女の両脇にトモとミキがそれぞれ腕を差し入れてくれた。自分よりやや小柄ながらも、意外な力の強さを見せるミキが言う。
「ここで座り込むのは大変にばばっちいからよそ行こう、よそ」
「職員室の近くと、私が今日は鍵当番で誰もいない音楽室、どっちがいい?
人気のない所なら色々ぶっちゃけられると思うので、後者をオススメするけれど」
トモの意見に従い、彼女らは音楽室へ向かった。
「あまりこの学校って遅くまで残ってるべきじゃないんだけれどね……」
そう言いながら、トモは音楽室の奥にある音楽準備室の電気をつけた。パイプ椅子を勧められた弦美としてはまだ落ち着かない。先ほどの映像がまだ、親しくも何ともないクラスメートの手にあるのだ。
今日は本当についていない。転校して来てから大人しくしていたはずなのに、何故こんな目に遭うのだろう。
視界がにじむ。トモは携帯に受信があった様子で内容を確認、ミキは
「このデータ、トモのお父さん経由で警察に渡すけど、ヒソヤマさんにも渡すから」
と何か言っているが、今は何も考えたくない。
そこに新たに現れた女子がいた。
「買って来たよ、ホットの飲み物」
「おおぅ、ミナ、待ちかねたよ」
ミキが友達にというよりは手下にかける様な雰囲気でその子に声をかける。ウェーブのかかった黒髪を左に流して三つ編みにしている彼女は、そうだ、この二人からミナって呼ばれていた。
だが、それだけだ。さっきの今である。全くいいビジョンが見えて来ない。
一体、三人で自分をどうするつもりなのだろう?
「内鍵かけて来た?」
「うん。ヒソヤマさんはホットココアでいい?」
トモの問いに答えると、ミナが訊ねて来る。力なく頷く弦美に
「熱いから気をつけて」
と、ミニサイズのペットボトルを手渡しながら声をかけて、穏やかに微笑む彼女。ミキやトモにも手渡している彼女からは害意みたいなものは見えない。
少しだけ信じても良さそうな気がした。
輪を描く様にパイプ椅子を向け合い、腰掛けると、先にふたを開けてミルクティーを一口飲み、トモが言う。
「先に断言するわ。少なくともここで私達はあいつらと違って、ヒソヤマさんをどうこうしようってつもりはない。
ただ、唐突で申し訳ないけれど、色々聞いておきたいの」
「あの、何……?」
「失礼ながら、お兄さんの事はクラスのほとんどが知ってる。貴方が、学校に来ると担任の先生から伝えられた日、ネットを見てる連中が真っ先にクラスに触れ回ったの」
弦美は泣きたくなった。転校前の学校での最後の辺りに受けたあれこれが蘇って来たのだ。
「なので、こういう状況になる事はそれとなく分かってた」
「何で止めてくれなかったのよ」
弦美のその質問は予測されていた様で、ミナは申し訳なさそうにまなじりを下げ、ミキも神妙な顔になる。少し息を吐き、トモは弦美を見返すと、告げた。
「それは最初のグループを見せしめにする為って言う方が正直よね」
「どういう事?」
「うちのクラスに限った事じゃないんだけれど、男女それぞれが幾つかのグループに分かれてる。普通の友達同士っていうのが表向きだけど、何をやってるか分かったものじゃない連中もいるの。それの一番たちの悪い奴らか、一番下っ端のグループが動くのを待ってた」
「何の為に?」
軽く挙手し、ミナが口を開いた。
「私が以前、ある男子から嫌がらせをされていて、酷く参ってしまった事があったの。その男子からトモちゃんとミキちゃんが守ってくれたんだけれど、それ以来、クラスで私達と他の人達の関係がギクシャクしてるの」
「つまり、ヒソヤマさんの今日のあれに近い事が過去にもミナに起こった訳。そちらの騒ぎは収まったんだけれど、面の皮の厚い連中が平気な顔をして登校しているという現状なのよ」
「じゃあ……じゃあ、それに私は巻き込まれた訳?」
冗談じゃなかった。
普通の学校生活を送っていたら兄のヒガが警察に捕まり、家にはいたずら電話や脅迫と取れる電話が鳴り響き、やたらと遠い県の郊外で、ぞっとする様な重傷を負わされたヒガが発見されて病院へ送られ、それから学校で自分へのいじめが始まった。
弟の蘭も同じ様にいじめられたばかりか、こちらも病院へ送られ、警察から再度の呼び出し。それによれば蘭は体育倉庫で中年の体育教師に兄の事で脅され、肛門を犯されたのだという。
傷は酷く、かなり縫う羽目になった。教師の方はクビにはなったが、学校が内々に処理した事で遠くへ引っ越しただけで済まされてしまった。
蘭はそれまでの蘭ではなくなり、今日まで兄にだけ暴力を振るっている。
そんな家だけでも手一杯なのに、学校でまでこんな面倒に巻き込まれるなんて。
「何よ、それ……」
ミキが言った。
「本当にごめん。さっきはもう少し早めに乗り込むつもりだったんだけどさ、昇降口にも奴らの仲間がいてさ、先輩らを怒らせちゃって、ちょっと揉めてたんだ。
けど、さっきの事であいつら全員完全にマークされたから、これまでみたいにのほほんと過ごせないよ」
「どういう先輩よ?」
「あたしバレー部なんだけど、そっちの運動部系の先輩ら同士が仲良しで、みんなに声をかけて来たんだ」
「変な先輩とかじゃないんだ?」
「うん、もうバリバリの体育会系ですよ。みんな自分の部が好きでさ。
だから校名を汚すタイプの奴らを芋づる式にさっきのあれでマーク出来たって事なんだ……だから嫌がらせとかそういうのはなくなると思う。嫌な目に遭わせちゃって、本当にごめん」
どうも想像していたのとは全く違う、きちんとした人脈の様子だった。
「今日ヒソヤマちゃんに嫌がらせをした奴らだってこの学校の生徒だから、一度マークされれば後はどんどん名前が知れ渡っちゃうんだよね。先輩ら同士の人脈もあるから、奴らがこの後どうなるかは、これまでの行いによるって訳。
このデータもあるから普通に警察沙汰です」
再びカメラを指差すミキ。
「……信じても、いいの?」
「うん。後はあたしらと一緒にいればいいよ。同じクラスだしさ」
「でも、私、ネットで名前が公開されてるんだよ……?」
「そこは私の父の方から手が打てると思う」
トモが言った。
「何をしてる人?」
「警察の上の方の人って言えばいいかしら。単純に警察官でいいか。
とにかく警察の偉い人」
弦美は声が出なかった。一番相談したかったのに、かつての地元ではとりあってくれなかった組織の、その身内の人間に、こんな状況で接触出来るとは。
「他人の身元を特定可能なデータを不特定多数が閲覧出来る所にアップしちゃうのって、相当まずいのよ。
ヒソヤマさんのお兄さんの事はあっても、ヒソヤマさん一家に関してはまた別件。お兄さんだけが追及されるべきであって、貴方やご家族が同類と思われる様に印象操作させるのも駄目。
だから、今後変なのが来ても、私達と過ごしている限りは、私の家の方の警護の人の目に嫌でも付く訳。今日のデータは父経由で調べさせるわ。
メールがそちらから来たんだけど、ヨネミの携帯も取り上げてる所らしいし」
さっき携帯をチェックしていたのはその事であった様だ。
「うちの学校はオカルト方面で時々事件が起こるから、学校側も自分らだけで片付けようとはしないのよね」
「何、それ……七不思議みたいなの?」
「そう。どうも毎回酷い状態で死人が出るらしいの。
それでたまに警察とセットでマスコミが来るのね」
「結構な騒ぎになるよね。モザイクがかかってても知ってる人には分かっちゃうだろうし」
ミナが嘆く。
「そちらの騒ぎと相殺されて、ヒソヤマさんの事はそんなにヒートアップしないと思うの。いずれにしてもヨネミらはアウトね。
父さんに進言しておいたので、あいつらは今回の事に関係ない所でも徹底的に調べられる。ざまあないわ」
よほど酷い連中だったという事なのか、さっぱりした様にトモが言う。その穏やかな笑みが怖い。
「そうなんだ……」
「父がそういう役職で一応VIP扱いみたいなので、私の方でも校内にもそれとなく護衛がいるの。だから、この機会にお友達にならない?」
それはとても魅力的な提案だった。
そういう経緯で彼女をかばったのがトモだった訳だ。ミキやミナとも自然に親しくなった。
弦美の元の人間性が伝わったのか、普通に接して来る者も増えた。多くはミキの部活の方での知人で、ヒガの一件に関しては大体の面々がスルーしてくれている。
受験を控えているのでミキもバレー部を、ミナは美術部、トモは合唱部をそろそろ引退するらしく、時々所属していた部での思い出を呟いたりもする。
その輪の中にいると随分と遠くなった普通の学生生活の頃に戻れた気がした。
憧れの教師に関する受け入れ難い事実を知らされたのは、そんな中での事だった。
トモが父親経由で調査してくれた内容を、弦美は黙って聞く。相手は人妻らしい。数年越しの付き合いらしく、二人が直に接触したのは昨年。
弦美は嫌な胸騒ぎを覚えた。ヒガの一件で家族関係がおかしくなり始め、引越しが決定した時期と重なったからだ。
そうでないといいな、と思った。
憧れの男性が不倫をしていたという事実はもう覆せないし、そもそも恋した相手には家庭がある。トモ達にしか打ち明けていない、切なさしかもたらさない恋だったが、だからこそ、そっと胸の内にしまっておきたいとも思っていた。
だからこそ、トモが次に告げた事実が、弦美を狂わせた。
「不倫相手の名前はヒソヤマらら子。そちらも随分と生活面で参っていたみたい。
これが調べて分かった事の全て。そこからは私からは、言いたくない」
弦美は混乱した。
母がパートに出ているのは分かっている。出会おうと思えば出会える。
ネットで先に出会って、引っ越して来たこちらで互いに家族の隙を見て直接顔を合わせ、燃え上がったのかもしれない。
ヒガの事件による生活苦で少しやつれていたが、幼い頃から慕って来た母だった。蘭の素行が乱れた今でも、身内びいきなのを差し引いても、美しい母だと感じていた。
『大人になったらお母さんみたいになりたい。美人だし』
と、小さい頃にはよくそう言って、母や兄達の笑顔を誘っていたものだ。
それは薄れる事なく、その事実を知るまで清らかな対象として弦美の胸の内にあった。
どうにかしなくちゃ。
兄貴の事もあるし、蘭も落ち着いて来たとはいえ、新しい学校でも兄の事でおちょくられ、暴力沙汰を良く起こしているみたいだし。
その内、きっとまた取り返しの付かない事になる。兄貴の事を放っておいたら一家で引っ越す事になった様に。
今度こそどうにかしなければ、家にも学校にも、居場所がなくなってしまう。
問題の兄貴とお母さんをどうにかしなくちゃ。
トモから聞いた学校の言い伝えが上手く使えないだろうか。
毎回死人が出ているのなら、今回何かに巻き込まれて死人が出ても、別におかしくはないだろう。一時的に世間が騒ぎ立て、うちの周辺もまた慌しくなるだろうけれど、お父さんが言ってた様に、もううちにはお金なんかないんだ。うつ病になったお父さんの貯金と、パートでお母さんが稼いで来る分しか、お金がないんだ。
どうにかしなくちゃ。
何も知らずに敷居らが張っていた結界を通過して弦美が帰宅し、やけに薄暗い居間に顔を出すと、そこには三人の男達がいた。
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