第85話 いつも見守ってくれてありがとう

 あの旅行から帰ってきて一週間が経った休日。

 ついに雪ちゃんからの呼び出しを受けた。


 私たちのこれからを変えるための大切な一日になるだろう。

 もし失敗するようなことになれば、またあの人生を送る羽目になるに違いない。

 それは絶対に阻止しないとね。


 雪ちゃんは私が守る!

 そんな強い思いを胸に雪ちゃんとの待ち合わせ場所にむかう。


 しかし早くも想定していなかった事態が起こる。

 待ち合わせ後に移動した先が雪ちゃんの家ではなかったのだ。

 代わりにむかったのは、私が知らない大きな神社だった。


 私がよく行く河原の近くにあったのだが、今まで全く気付かなかった。

 もしかしたら、ここも普段は隠されているのかもしれない。

 だとしたら結構重要な場所ということだろう。


「雪ちゃん、いったいここに何があるの?」

「う~ん……、なんか嫌な予感がするんだよね」


 本人もよくわかってないのか。

 でも本来は夢魔に襲われる日に、そういう予感を感じ取れているのはすごい。

 これも魔白家の能力ということだろうか。


 さて、それよりも移動先が雪ちゃんの家からこの神社に変わった理由はなんだろう。

 普通に考えて、襲われる場所がこっちになったと考えるべきだよね。

 なんとなく辺りの空気が張り詰めている感じがする。

 その時、誰かが神社に入ってくる足音が聞こえた。


 来たのか?


 私は武器を用意しつつ、それを隠しながら警戒をする。

 そしてついに姿を現したのは、なんと芳乃ちゃんだった。


「芳乃ちゃん?」

「苺さん、危ない!」

「へ?」


 雪ちゃんは私を押し倒して地面に伏せさせる。

 私が立っていたところを通り過ぎたのは、黒い霧でできた槍のようなものだった。

 あんなの当たってたらもしかして死ぬんじゃ……。


「芳乃さんは誰かに操られているのかもしれません」


 雪ちゃんの言葉を聞いて芳乃ちゃんの様子をうかがうと、確かに目に光がないように見える。

 もしかして夢魔の女王は他の夢魔を操ったりできるのか?

 しかし困ったな、まさか芳乃ちゃんを銃で吹っ飛ばすわけにもいかないし……。


「苺さん、何とかして芳乃さんの動きを止めましょう。この場所でならある程度魔法が使えます」

「そうなんですか?」


 なんでだか知らないけど、こういう隠された神社にはそういう力があるのだろうか。

 でも魔法が使えたとしても、私にはほとんど戦闘経験がないんだよね。

 今まではとにかく敵を吹き飛ばしてただけだし。


「とりあえず氷漬けにします」

「待って待って、それ大丈夫なの!?」


 いきなり氷魔法を唱えようとする雪ちゃんを、後ろから抱きついて引き留める。

 その時、ポケットの中に急に何かが入ってる感触がした。

 私、何も入れてないはずだけど……。


 取り出してみると、それはラブエナジーMAXだった。


「な、なんでこんなものがここに」

「ひっ」


 私がそれを目の前にかざしていると、それを見た芳乃ちゃんが妙な反応を示した。

 もしかしてこれに怯えているのか?


「とうっ」

「ひっ」


 私が投げるふりをしただけで、芳乃ちゃんは腕で自分をかばうような体勢になった。


 間違いない。

 これが弱点なんだね。


 私はエナジードリンクの缶を思いっきり振って、芳乃ちゃんの方をむけながらプルタブを開けた。

 他の人は決してマネをしてはいけない行為だ。


「ぎゃああああああ」


 私はラブエナジーを振りまきながら芳乃ちゃんを追いかけまわし、隙あらばぶっかけていった。

 なぜか中身が減らないのは、何かの魔法がかかっているのかもしれない。


「とどめ!」

「いやああああああ」


 ラブエナジーで縦一閃。

 私の決めポーズとともに、べちゃべちゃの芳乃ちゃんが地面に倒れた。


「これで一件落着ですね」

「嘘だよね苺さん、操られてたんだから絶対黒幕とかいるよね!?」

「一旦安全なところに避難しましょう。芳乃ちゃんから話が聞けるかもしれないですし」


 私としては黒幕とかはいったん置いておきたい。

 この事件を乗り切れば、それだけで状況が変わってくれる可能性があるからだ。

 黒幕を倒す必要があるのなら改めて動けばいい。


 それに芳乃ちゃんが目を覚ませば、何か情報をもらえるかもしれないし。

 私はべちょべちょの芳乃ちゃんを魔法でさっときれいにして抱き起す。


「苺さんの魔法って多彩ですよね、すごいです」

「自分ではよくわかってないんですけどね」


 思いついてやってみたけど、結構できないものなのか、さっきの魔法。

 ユーノさんとかも使ってそうだけど。


「それより雪ちゃん、ここの結界は張れますか?」

「あ、はい、それはできます」

「お願いしますね」


 私たちは神社を出ると、結界を張って退散する。


「とりあえず私の家まで行きましょうか」

「は、はい」


 私は芳乃ちゃんをおんぶし、雪ちゃんに支えてもらいながら自宅を目指した。

 



 普段の倍くらい時間をかけながら、ようやく自分の部屋まで戻ってくることができた。

 芳乃ちゃんをベッドに寝かせてから、私たちも一息つく。


「私の家に行った方が近かったですね」


 雪ちゃんが少し申し訳なさそうにしながら言う。


「いいんですよ、それにいつかは雪ちゃんを家に呼びたいなって思ってましたし」


 ちょっと下心ありだけどね……。

 でも今雪ちゃんの家に行ってしまうと、改めて襲われる危険がある。

 本来はそっちで起こるはずだった襲撃だったのだから。


 これで終わってくれるといいんだけど、そもそも前の雪ちゃんが対応できない相手が芳乃ちゃんなはずがないよね。

 ということはこれで終わりではないか。


 もしかすると問題を先送りしただけになってしまったかもしれないな。

 ちらっと雪ちゃんの様子を見ると、なんだかそわそわと落ち着きがない。


「どうしたの雪ちゃん」

「えっと、その、苺さんが普段生活してる場所だと思うと緊張しちゃって」


 雪ちゃんは照れたような笑顔を見せ、私はその表情に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「な、なにか飲み物持ってくるね」


 誤魔化すようにその場から離れようとすると、なぜか雪ちゃんも立ち上がってついてくる。

 そして部屋を出たところで、くいっと引っ張られて密着状態になった。


「雪ちゃん?」

「いつも見守ってくれてありがとう」


 そう言って、雪ちゃんの唇が私の頬にそっと触れる。

 一気に体が固まり、顔は沸騰したように熱くなった。


 ほっぺにキス。

 夢の世界では何度かあったけど、それでも今までで一番ドキドキする。


「えへへ」


 雪ちゃんははにかむような笑顔で部屋へと戻っていった。

 ……呼吸が苦しい。

 ほっぺにキスされたくらいでこれとは。


 私、この先恋愛とかできるのかな……。

 しばらく放心状態で突っ立っていると、ポケットのスマホに通知が入る。

 いったいなんだろうと思い確認すると、見たことのない画面にスタンプが押されていた。


 これは夢の世界でやってたスタンプラリーのようなものか?

 もしかしてさっきの雪ちゃんのキスでひとつということ?


 これが今、私のやらなけらばならない事なの?

 こんなのわかるわけないでしょ!


 スタンプの空きはあと4つある。

 あと4人分必要なのか。

 よくわからないけど、いろいろ確かめないといけないな。

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