第80話 こういうのんびりした時間もいいものだ
週末の土曜日。
最近順調に事が運んでいたと思っていたけど、詠ちゃんの話を聞いてからはなんだかもやもやとしていた。
結局のところ、何をすればいいのかがわからないんだ。
雪ちゃんを助けるにしても、いつまで守ればいいんだろう。
夢魔の女王を倒してしまえばそれでいいんだろうか。
あとは私と雫さんがあの会社に入るのを回避するべきなのかも答えを出せていない。
詠ちゃんの目指すものは理解できるけど、実現できるものなのかは全くわからない。
魔法を使わずにシステムを作ろうとしてるってことは、本気で全員を夢の世界で暮らせるようにするつもりなんだろう。
夢物語のようだけど、ユーノさんの魔法世界もあるし、なんだかできてしまいそうな気もするんだよね。
最終的にデジタルなだけで、作るのには魔法が使えるわけだし。
お手伝いしたいところだけど、あんな人生になるのわかっててあの会社入るのもなぁ。
はぁ、この思考何度目だ……。
今週ずっと同じことを考え続けている気がする。
ちょっと気分転換のぶらぶらしてこようかな。
支度をしてから家を出て、適当に街をぶらつく。
でも面白いものなんかなかなかないものだしなぁ。
河原でぼーっとしてようかな。
そういう時間がいいアイデアを生んだりするらしいから、もしかしたら答えをひらめいたりするかもしれない。
ということでさっそく移動開始だ。
ちょっと遠いけど、妄想でもしてればすぐだろう。
よし今日の題材は雫さんとのラブラブデイズだ。
……。
……。
うひょ~! たまりませんなぁ!
おっと、いつの間にか川が見えてきたではないですか。
妄想は最強ですなぁ。
私は橋を渡り、そこから階段を降りて川沿いの道へ。
いや~、あいかわらずカップルだらけですなぁ。
ああでも、今日は子ども連れの家族も多いか。
私もいつかこういうことする日がくるのかな。
私は女の子しか好きになれないし、結婚とかしないんだろうけど。
でも普通の家族っていうのはちょっと憧れてたりするんだよね。
私の家は特殊だし、家族なんて記憶にはほぼない。
雫さんが私にとっては家族みたいなものだ。
そうだ、雫さんと結婚すればいいんじゃないかな?
ああでも、桃ちゃんもいるしなぁ、実に悩ましい。
え? いっそ姉妹丼?
そんなわけにはいかないっスよ~。
「あれ? 苺さんじゃないですか?」
「ふぁい!?」
ニヤニヤしながらとんでもない妄想していたものだから、急に声をかけられて心臓が止まるかと思ったよ。
声をかけてきたのは、マイエンジェル雪ちゃんだった。
……そろそろ落ち着こうか私。
「雪ちゃん、こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「えへへ、実は苺さんのスマホから位置情報を入手して会いに来たんだよ」
「嘘でしょ……」
「嘘です」
嘘なんかい!
雪ちゃんの力ならできそうで思わず信じてしまったよ。
まあいい、かわいいから許す。
「そういえば雪ちゃん、今日はひとりなの?」
「はい、ただのお散歩です」
「いつも芳乃ちゃんとかがついてるのかと思ってた」
「え~、私そんな大層な存在じゃないよ~」
いや、十分大層な存在だと思うけど……。
お金持ちで、夢魔と戦えるような人間で、こんなにかわいくて。
「雪ちゃん、結婚してください!」
「嫌です」
「ぎゃ~!」
いきおいで告白して振られてしまった~。
もうダメだ~。
「ちゃんと本気で告白してくれないと、いいお返事はできないよ~」
「うう、ちゃんと本気だったのに……」
仕方ない、少しずつ私の本気を伝えていこう。
「苺さんはよくここに来るの?」
「そうですね、特に予定がない時はとりあえずここに来たりするかな」
「そっか~、ここなら私の家からも近くていいね」
雪ちゃんの家ってこの近くなのか。
この前行きそびれたからどのあたりにあるのかまだ知らないんだよね。
「あ、そうだ、まだ誰も誘ってないんだけどね、今度旅行するけど一緒に行く?」
雪ちゃんが突然旅行の提案をしてくる。
この前入学祝い旅行したばかりでは?
そういえばあの旅行もそうだけど、こんな時期に旅行なんてしてたかな?
もしかして前は桃ちゃんあたりとふたりで行ったとか?
いや、別にひとりで行くことだってあるか。
まあ、芳乃ちゃんたちは一緒に行くことになるんだろうけど。
それにしても雪ちゃんに関しては変化が多いな。
夢魔の件で関係が深くなったのもあるし、まだ声が失われていないことも大きいんだろう。
ここで行かなかったら誘われなかったのと同じことになるかもしれない。
しかも偶然とはいえ、真っ先に私に声がかかったのは正直嬉しい。
これは断る理由はないな。
でも予定のある日だったら困るか。
……いや、現時点で予定などない。
あったとしても雪ちゃんとの旅行が優先だ。
「私も一緒に行きたい!」
「やった、じゃあ決まりだね」
「みんなの予定が合うといいんですけど」
突然の話だからみんなの都合がつくかわからない。
特に雫さんは3年生だからいろいろ忙しいだろうし。
「じゃあ、ふたりで行っちゃう? それなら邪魔されなくてすむし」
「じゃ、邪魔されなくてすむとは?」
なんだなんだ、もしかして私たちの関係が進展しちゃったりするのか~!
期待に胸を膨らませていたが、雪ちゃんが考えていたのは全然別のことだった。
「ほら、桃ちゃんも雫さんも夢魔のこと知らないから、ふたりで話すいい機会かなって」
「ああ……、そうだね!」
期待はずれで胸がしぼむわぁ……。
しぼむほどないわぁ……。
「それじゃあ、日とか決まったら連絡するってことで、今日はこのままデートしましょ~」
「で、デート!」
おおう、テンション上がってきた~!
さっきから上げたり下げたり、揺さぶってくるね~。
この小悪魔ちゃんめ。
「えっと、じゃあどこ行く?」
「とりあえず、まずはここでのんびりした~い」
このカップルだらけの場所にふたりでいたら、まるで私たちもカップルみたいじゃないですか?
まあ女の子同士だし、友達か姉妹くらいにしか思われないか。
「じゃあ、その辺に座ろうか」
「うん」
この辺りはベンチとかないので、そこらの地べたに座ることになる。
私はさっと上着を脱いで、シート代わりに地面に敷いた。
「さあどうぞ、お姫様」
「ええ!? なんか悪いよ~」
さすがに気が引けるのか、なかなか服の上に座ってくれない。
でも私だって、雪ちゃんを地べたに座らせるわけにはいかないのさ。
「気にしないで、私のパーカーも雪ちゃんのお尻に踏まれたら喜ぶよ」
「え……」
いや、そこで引かないでほしいな。
半分は冗談だからさ。
別に雪ちゃんのお尻で踏まれた服を手に入れたいとか、そんなやましい気持ちはこれっぽっちしかない。
「じゃあ、失礼します」
「どうぞどうぞ」
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
雪ちゃんが疑いの目をむけてくるが全然気にしない。
むしろその表情がかわいくて好きだ。
「いい天気だね~」
雪ちゃんがそう言いながら両腕を空にむかって伸ばす。
「そうだね、ここは天気がいいとすごくきれいだもんね」
川が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
水の色も草の色も空の色も、見ていて元気になれるくらいにきれいな色だ。
これがここに人が集まる理由のひとつなのかな?
私としては天気のいい日は海を見たかったりするのだが、なかなかそんな遠出も大変なので、代わりにここに来るのだ。
家でボーっと過ごすのもいいけど、ここでお昼寝するのも気持ちいいんだよね。
ちょっと無防備すぎる気もするけど。
「ふああ……」
私の隣で雪ちゃんがかわいらしくあくびをする。
あれ、なんか新鮮だ。
「苺さん、膝貸してくださ~い」
「え?」
私の答えを待たずに、雪ちゃんは私の膝の上に自分の頭を乗せた。
おお、おお、雪ちゃんに膝枕をすることになろうとは。
今度私もしてもらおうかな……。
「どうですか、私の膝枕は」
「すや~」
寝っちゃった!?
この後のデートはどうなるの~!
……まあいっか。
こういうのんびりした時間もいいものだ。
大人になったらなかなか時間を無駄に使えないからなぁ。
無駄な時間を過ごせることが、幸せだってことだと思うんだよね。
雪ちゃんのさらさらの髪の毛をなでる。
かわいいなぁ。
いつかすべてを解決して、いつまでもこんな時間を過ごせるといいね。
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