第54話 え、お触り禁止ですか?

 しばらく休憩をとった私たちは、さっそく3つ目のスタンプを回収しに洞窟へむかった。


 足を滑らさないように、ミュウちゃんの手をつなぎながらゆっくりと進む。

 現実の私は、この先の温泉で裸をさらしながら浮いてるんだよね……。

 いくら時間が止まっているとしても恥ずかしい話である。


 さてそろそろ温泉が見えてくるころかな。

 そのくらい進んだところで、なんとなく誰かの気配を感じた。

 あれ、もしかして温泉に先客がいるのかな?


 ついつい私たちだけのものだと思ってたけど、別にここはユキちゃんの家のものじゃないもんね。


 はっ!

 もしやどなたか入浴中ではないですか?

 そうだとしたら早く行かないと。


 ここの温泉は飲用と入浴用があることを伝えてあげるんだ。

 ……ふふ、私もずいぶん落ち着いたものだね。


 少し前までなら「ふたつの果実が~」とか言って走っていただろう。

 いつまでも暴走してるわけにはいかないのさ。

 雪ちゃんに釣り合う大人になるためにはね。


 さあいよいよ温泉が見えてくるぞ。

 かかってくるがいい、すっぽんぽんよ!


「あら? イチゴさんじゃないですか」

「ユーノさんの入浴タイムブヒイイイイ!!」


 美しすぎる女神様の登場で、一気に大人イチゴはどこかへ行ってしまった。

 ついでに私の手があれよ~という間にユーノさんにむかって飛んでいく。


「はっ!」

「ぎゃっ」


 私の手は果実に届く寸前で鮮やかにつかまり、私の体は軽やかに宙を舞った。

 衣服を身にまとったままお湯につかってしまう。

 この温泉は入浴するものじゃないんだけど……。


「うふふ、いちごさん、服が透けてますよ?」

「ひゃっ!?」


 うう、これがユーノさんの本気の力か。

 完全敗北です。


「お姉ちゃん大丈夫~?」

「大丈夫~」


 ミュウちゃんが心配して手を差し伸べてくれる。

 でも、これにつかまったらミュウちゃんもお湯の中だ。


 手だけ握って、体は自分の力で起こす。

 うう、服が重い。


「えいっ」


 突然ユキちゃんが指をパチンと鳴らした。

 すると、私の服が一瞬で元に戻って軽くなる。


「あら」


 ユーノさんも少し驚くユキちゃんの魔法。

 こんなことできたんだ。


「ありがとうユキちゃん」

「いえ~、イチゴさんのためですから」

「照れます~」


 私たちの間にラブラブ甘々な空気が流れる。

 頬をほんの少し朱色に染めながら照れ笑いをするユキちゃんに、私の心臓が暴れ出す。


 これは恋だ、恋をしてるんだ~!

 ああ苦しい、苦しい~!

 なぜだ、いつだ、私はいつの間にユキちゃんに恋をしたんだ。


「……こほん」

「はっ」


 私が恋に悶えてくねくねしていると、いつの間にかユーノさんがユキちゃんの背後に立っていた。


 しかもばっちり衣服を身にまとっていらっしゃる。

 魔法か、畜生!

 そしてユーノさんは私たちをジト目で見ている。


「わわ~……」


 視線に耐えられなかったのか、ユキちゃんが私の後ろまで退避してきた。

 なぜかそのユキちゃんの足にミュウちゃんが抱きついている。


「あの……、ユーノさんはなぜこちらに?」


 空の神社から落ちた時いなくなってしまったのに、こんなところで再会するなんて。

 記憶はあるのかな?

 ミュウちゃんみたいに、あれはなかったことになってるだろうか。


「私がここにいたらいけませんか?」


 そう言いながら赤くなっている顔をそらし、視線だけをチラチラと送ってくる。

 あれ?

 なんかユーノさんの好感度まで上がってない?


 どうなってるんでしょうか。

 まさかのハーレムモードです?


「いえ、ユーノさんと会えたのはすっごく嬉しいですよ? ただびっくりしただけです」

「そうですか、よかった……」


 ユーノさんがほっとしたように、ふにゃっとした笑顔を見せた。

 ドッキュゥン!!

 その笑顔に私のハートは撃ち抜かれてしまった。


 なにかおかしい。

 もしやこの世界は私を潰したいのか。

 正気を保ってる間に大事な用件だけは済ませておかないと。


「あの、ユーノさん、ここが3つ目のスタンプの場所だと思うんですけど何か知りませんか?」


 私が聞くと、ユーノさんも普段の笑顔に戻り、質問に答えてくれた。


「ふふふ、実はですね、私が3つ目のスタンプの担当なんですよ」

「え、本当ですか?」

「はい」


 先のふたつはユーノさんが選んだ人が持ってて、最後は自分自身が管理してたのか。

 まるでラスボスだ。


「やっぱりもらうためには何かしないといけませんか?」

「もちろん、ただではあげませんよ」

「ですよね~」


 そんな気はしてたけど。

 最初はそんな話じゃなかったはずなんだけどな~。

 確かお参りしたらもらえるスタンプラリーだと聞いてたよ?


「それで何をすればいいの~?」


 私に代わってミュウちゃんが質問している。


「そうですね……」


 あれ、もしかして今考えてる?

 というか、本当は何もしなくてももらえるんだよね。

 ヨシノちゃんは嘘だったし、ミュウちゃんはちゃんとお参りだけでくれたし。


 さあ、私に何をさせるつもりなの?

 何をさせられても心までは自由にできないんだからね。


「じゃあ私と一緒に温泉に入りましょう」

「ぜひお願いします!!」


 なんと魅力的なミッションなんでしょう!

 最高かよ!


「あ、でもさっき一緒に入ろうとしたら投げ飛ばされた気が……」


 私の頭に宙を舞った光景がよみがえり、ちょっとブルっとしてしまった。


「それは触ろうとしたからですよ」

「え、お触り禁止ですか?」

「ですです」


 残念だなぁ。

 せっかく一緒に入るなら、お肌とお肌の触れ合いがしたいですよね。

 それが裸の付き合いってもんですよ。


「私、見られるのは大丈夫なんですけど、触られるのはちょっと……」

「嫌いなんですか?」


「そうじゃないんですけど、いろいろ敏感なもので……」

「び、敏感!?」


 ユーノさんの発言と恥ずかしそうにする表情に、私の中のドS魂が沸騰する。

 うおおおお!!


「えいっ」

「ひゃああああ!?」


 理性が吹っ飛ぶ寸前で、ユキちゃんが後ろから私の首筋に冷たい手を当ててきた。

 そのおかげで私は間違いを犯すこともなく、平常心を取り戻す。

 もう何回目かわからないが、危ないところだった。


「ありがとうユキちゃん、助かっ……」


 後ろを振り返り、お礼を言うその途中で、私の手がつかまる。

 そしてそのままその手はユキちゃんの胸へと導かれていった。


「へ?」


 いや、別に私がラッキースケベしたわけじゃないですよ?

 ユキちゃんが自ら私の手を胸に当てたんです。


「えっと……、ユキちゃん?」


 うれしくはあるけど、戸惑いが隠せない。

 そのせいで、せっかく胸に手が当たっているのに揉むことができなかった。


「あのねイチゴさん、私は……触ってもいいよ」

「ええ!?」


 いやいやいや、おかしいおかしい!


「ちょっとごめんなさい、深呼吸」


 私はそう言って、いったんユキちゃんの手を振りほどいてその場を離れる。

 何が起きてるんだ?

 みんなどうしちゃったの?


 とりあえず深呼吸しよう。

 すーはーすーはー。


 その時、くいくいっとローブが引っ張られる。

 これをするのはミュウちゃんしかいない。


「どうしたの、ミュウちゃん」

「ねえお姉ちゃん、あのふたり、なんかおかしくない?」

「うん……」


 どうやらミュウちゃんもこの状況を不自然に感じているようだ。

 よかった、私だけじゃなかった。


「お姉ちゃん、ちょっと抱っこして~」

「え? うん、いいけど」


 どうしたんだろう、この状況が不安なのかな?

 私がミュウちゃんを抱き上げると、彼女は腕を私の首に回してくる。

 そして私の右頬にちゅっとキスをしてきた。


「ひゃっ」


 うわああああ!

 ミュウちゃんもおかしくなってる~!


 泣きそうになりながら、私は天を仰ぐ。

 そこでようやくまわりの異常に気付いた。


 ちょうど天井がないところから空が見え、お昼のはずなのに真っ暗だったのだ。

 そして月がピンク色に輝き、その光がこの洞窟の中に降り注いでいる。

 もしかしてこれは……。


「ふたりとも私についてきて!」

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