BLOODY MECANICAL

汚い幼女

腐った蛹から生まれる羽虫は、すべからず怪物である。

『ナメクジは人形を舐め回す』

 『秘匿』というモノは例え全容と全貌が漏洩したとしても、明るみに出ても理解に至るとは限らないだろう。

隠しているものが『神秘』ならば尚更だ。

気色の悪いナメクジの様な生物も、脈動する特異な人間の血液も、変質した油臭い機械人形も出処は知り得ても、道理は放置されて遂に探求する者達も匙を投げる。

だが、過負荷すらも彼等には陳腐な事実としか理解出来ず、『人』を超え『人』を失うとしても、ただそれだけならば嬉嬉として秘匿を求めた。

それは求めていた破壊性を秘めており、奇跡というには少しばかり醜く、感動を覚えるものではない。

そして、対になる存在か……はたまた同族なのかは知らぬが、双方が得た怪異的な異質は争いを激化させる要因である。

帝国陣営は遂に相手方の特殊部隊の湧き所を叩く作戦に出た。

例えばそこが母体の一部だとしても、現在に至るまでに機械の神秘を理解出来なくとも、敵兵の数を減らす事に意味はある。

解析は不可能であった、故に転用する事が叶わないならば未知のままで秘匿は葬り去るのが得策だろう。

だが、それは少数ながらも人を超えた連中に対する希望であり、例え人間からすれば冒涜的であろうともその力は、その核は容易く帝国軍に蹂躙させられる訳にはいかない。所詮は兵器は朽ち果てる事無く平和的に再利用され、先の大戦の爪痕を修復する為に人員も減っている抗争であるが、和平という選択肢を未だに選ばないのはかえって残った勇敢なる者達には丁度良いのだろうか。

病棟を仮の姿とした施設には国軍が秘匿としている物体がが居る。

それこそが彼等、国軍所属『機械兵隊』を生み出す文字通りの母胎。

多くの負傷者を抱えて尚、それを隠れ蓑とする施設に対し帝国軍の兵は襲撃を掛けるが、彼等の目的は未だに姿を表さない。


 病棟に収容されていた患者を見逃す『ヴァルキュリア』は自らが築いた死屍累々と化した廊下で立ち尽くす。

確かにあまり多くの歩兵を引き連れて来なかったのは正解であった。

自軍の人的被害を抑えたい理由から一人で行動するのは、彼女にとってもその人数は時として枷となるからだ。

そしてこの数、流石は母胎だと感心するが……何よりも彼女の想定よりも立ち塞がった機械兵は弱かった。

確かにヴァルキュリアの異能力は強く、悪魔的である。

しかしながら、あまりにも骨が無くこれまでの戦場で倒したきた連中に比べーーそうだ、覇気が無い。

とりあえずは一段落か、彼女の周囲に漂う垂れ流す瘴気の様な毒々しい色の物質は一度消え去り、そこに居るのは愛らしい桜色の髪の彼女だけだ。


「もう動かないのか?」


 ヴァルキュリア自身の『崩壊有毒物質』により半身が崩れた機械に犯された見た目の死に体に対し吐き捨てる。

破壊の限りを尽くしたつもりであるが、無論、年齢の割には彼女は修羅場を味わい尽くしていた事が、死骸に目を向け言葉を吐く理由になる。

それは経験則から導き出す予想であり、母体なる核が存在するこの領域において、彼女が初めて相見える“そういった特性”というモノを持つ事を期待せざるを得ないのだろう。

ヴァルキュリアは単なる一兵卒である。

だが、その実力はこうして単騎で駆ける事を可能にする程に強く、それを自覚しているならば同胞に降り注ぐ火の粉……いや、火の粉では足りぬ熱さの異物は払うべきだとそれもまた自覚していた。

この状況下、あまり楽しめていないと言えば嘘になる程に、未知なるこの傀儡の軍勢を率いる性能を持つ彼には興味が湧く。

十数人分の機械兵の中から現れた男は、喋れば質の悪いスピーカーの様な聴き取りづらい濁った声を吐き出した。


「確かに、えらく個性的なまでに似通っているとは思ったが……貴様か、脳味噌は」


 ヴァルキュリアの言葉を倒れた欠損した一体が遮る様に攻撃を開始する。

既に崩壊した右上半身の重量を考えれば、先程よりも機動ウイングによる突進速度が速いのは当然であり、ヴァルキュリアは奇っ怪な異能力を行使する。

それは彼女の目前で、毒々しい色のガス状の物質の前に腐り落ちるかの様に失速した。

正確に言えば機械仕掛けを構築する無機物であろう機械兵の、この人型の兵器が腐る筈はなく、彼女の持ち得た神秘は文字通り崩壊させる効果を持つ。

瘴気。 それも大概のモノを崩し破壊する悪性の高い猛毒だ。


「起き上がったのならば、どうせ逃げる事はしないのだろう?」


 その破壊性すらも調節し、崩壊する機械仕掛けの刀剣をした人形の腕を千切ると舐め回す様な視線でそれを眺める。

そして選別だ。 わらわらと湧くように再起動しだす機械兵の機械仕掛けの尖兵の中に、彼女は造り上げ操作を行うを軍勢の主を適当に探した。

機械兵が着込む漆黒のコートはそれこそ、肌は顔ぐらいしか露出されず、特別に夜目が効くわけでもないヴァルキュリアからはどれが頭かは分からない。

だが、彼女は既に再起動後の戦闘準備は完了しており、周囲に垂れ流すかの様に異能力を使うのだ。

炙り出すよりも単純な話、向かい来るのならば全てを迎撃する。

予想通りだが、機械仕掛けの人形の軍勢の初動は唐突であり、規則正しく陣形を取る。

生身の兵士の様な動きだと彼女は感じたが、適切化された動きというものはどうしても機械じみて見えるものだろう。


「……ちょうどいい。 私好みの男だ」


 開始される迎撃攻撃。

特殊能力により発現させる山を割る極大の剣も、巨大建造物を粉微塵にする破壊光線の嵐もヴァルキュリアは使わない。

元よりこの国軍陣営の病棟には彼女以外の同胞も居る事もあるが……隊での序列はもはや無く、一位の肩書きも昔の話だ。

そう、彼女は強過ぎた。 戦況を覆す事が可能な程の破壊性は敵味方問わず強力であるが故に、ヴァルキュリアに下された指示は本気を出すなという抑制だ。

異能力『崩壊有毒物質』。 やろうと思えばそれは垂れ流すだけでは留まらない。

だが、それの規模を抑え込むのは無論、彼女程の地力があれば可能であり、質の高い手加減を可能とする。

本気でなくとも、規模を抑えても常に上質の武装だ。

向かい来る機械人形に対し、ヴァルキュリアは単純に異能力を纏い構える。

主に手足に纏うガス状の物質には重力が無く、枷にはならない……そう、徒手格闘を行うには丁度いいのだ。


「さぁ、囲めよ機械兵。 どうせ私には軽いのだから……!」


 セオリー通りの正拳突き、前蹴り。 距離が詰まれば肘撃ちと膝蹴りが飛ぶ。

明らかに重力物を吹き飛ばす正体はヴァルキュリアの能力による重力と抵抗の破壊、まるで無重力状態を成形した彼女は掴み、そして投げ飛ばす。

一切無駄の無い身体の動きで自身の倍はある機械人形を降りかかる埃を払う様に、一体一体が備えるブレードは擦る事は無い。

先程と同じだ。 その威力は全壊させるには至らないが、異能力を上乗せした当て身と投げ技は確実に半壊に至らしめ、既に半壊の人形共は人間にあたる両手足を破壊されたモノも増える。


(キリがない……が)


 それはとっくに承知しており、彼女の経験則と予想は悪くない。

特に相手取る数はどれだけ破壊しても不動のガラクタと化す数がおかしいのだ。

それが紛れる機械兵の特殊能力だろうが、おそらくは持久戦を行っているつもりだろう。

振り払う最中、確かに視界に捉えたのは欠損した人形同士の連結。

腕が無いモノは足が無いモノと結合し、片手に成形したブレードを無くせば他の人形から奪う。

多勢の人形共が行う効率化の極みだ。

そして、ヴァルキュリアの予想は想定内だが悪い意味で的中し、彼女に対し突撃を掛ける直前の隊列は鈍い鉄色をした筒状の武装を瞬く間に創り出した。

見てわかる。 弾丸を打ち出す銃身は一切の装飾も無く単なる筒だ。

ヴァルキュリアに盾はないが、その代用品は大量に存在しているのだ。


「……」


 軍勢の中、一体は様子見を決め込む様にヴァルキュリアを品定めするかの様に眺める。

彼女の貫手は異能力を帯びており、硬質の材質で整形された人形を容易く貫き、一体を抜き二体の骨格フレームを握りしめる。


「軽いな……威力が足りない」


 発砲音は大きいが、所詮は短時間で機械兵が創り出すモノだ。

捕まえ盾にしたのは二体だが、それを貫通する威力は無く、十体程が張る弾幕は少々充填からの発射が遅く、だからかヴァルキュリアはそのまま前へと突入した。

踏み込む重力抵抗の破壊による突撃は、軽く自重の二倍以上を掴み上げて尚も丸腰で動く様に速い。

達人の域には達していない体術も、異能力と併用すれば絵空事の登場人物の如く超人的な駆動を可能にする。


(これがーー)


 敵対する機械兵の存在もヴァルキュリアからすれば単なる自律人形の一体であるからか、彼以外にも、いや諸共その傷付けばそこから崩壊を起こす刃の標的に含まれた。

踊る様にと言えばあまりにも力強く身体を捻り、巻き起こす毒々しいガス状の異能力は旋風になる。

視覚に捉えられる質量を消し飛ばす質量の本質はまるで消しゴム。

この三次元の世界を喰らい尽くす様な彼女の異能力はこんな量産型には止める事は出来ないのだ。

多勢の人型兵器を埃でも払う様に、再びヴァルキュリアはねじ伏せ、他愛のなさを感じながらも残りの数を目で追い数える。


「……喋らんか、貴様」


 確かにヴァルキュリアの視線はある一体の瞳を捉えた。

破壊したモノに酷似する武装であり、彼女は彼が生身であるという事をその眼を見て直感した。

先程から動かないというのが、彼がこの軍勢の脳であると言っているようなものだ。

そして、ヴァルキュリアは小柄な体躯で腕を組んで堂々と歩みを進める。

今宵の明るい月に照らされる彼女には傷一つ無く、纏う毒々しいガスと桜色の髪色が不気味な色合いに彼の目には写った。


「貴様は逃げんのか? 私は幸い、戦闘狂ではないのだ……貴様達の様な機械兵よりな」


 その小柄な体躯の彼女は近付くにつれ言い表せない程の重圧を放つ。

だが、彼女は未だ殺意を発してはいなかった事を、彼は今感じた。

とうに捨てたと信じ込んでいた感情は彼女の来襲により湧き出る様に思い出し、思い上がりとも表現出来る余裕を彼はまざまざと受け入れる他無い。

歩幅の狭い一歩、そしてまた一歩と接近するヴァルキュリアの視線は値踏みするかの様に、半身が軍服を破き露出した機械仕掛けの身体を眺める。

接触寸前、ヴァルキュリアは見上げ、獣じみた恐ろしい眼光を彼の瞳に突き刺す。

片足を踏み付けるのは挑発行為ではなく、完全に己が立場も実力も上であるという事の驕りの表れだ。


「……知らぬなら何も言うな」


 噂に違わぬ破壊性を見た。 先程の迎撃攻撃も彼女にとっては赤子の手を捻るに及ばず、無理にでも例えるならばそれ以下の存在を踏み付ける程度の造作無い事だ。

戦術兵器とまで呼ばれたコードネーム『ヴァルキュリア』の問う正しき答えは、彼にも分からない。

だからこそ黙る他に行動の余地は無い。


「母胎は何処にある」


 だが、とうに死への恐怖は体験し、その身は人外へと堕とした男はここまでの接近を許容している。


「ーーそうか。 これが答えか……機械兵!!」


 別の棟の外壁にへばり付いた機械兵の放った銃弾を無雑作に掴み、同時に彼女が既に破壊した残骸はまたしても稼働する。

何しろヴァルキュリアが帝国の戦力の一強を担う事はあまりにも知り渡っており、ならば敵対する者達が潰そうと死力を尽くすのは当然だ。

異能力は悪魔的。 だが、ヴァルキュリア自身の反応速度と反射神経は精々、単なる超人的に過ぎない。

訓練と経験が叩き上げた程度、先の命を捨てた連中はそこを狙う。

残骸に紛れた神速の如き速度で接近する機械兵に堕ちた青年は、銃弾の様に速く、ヴァルキュリアを同胞ごと成形した武装で串刺した。

痛みなど忘れたかの様に一撃にびくともせず、刺突に特化した形状の刃を無視して、そしてまた問う。


「生まれは何処だ貴様ら」


 一層。 いやヴァルキュリアの眼はその瞬間脈動する溶岩の様にギラつきを露わにし、先程より完全な別物へと豹変した。

腹部を貫通した新たな機械兵の剣は返しを創り出し、未だ腕を組んでいるヴァルキュリアの小柄で軽い身体を粗暴に投げ飛ばした。

受け身程度は取ってみせるが、確かに人形ではない兵士相手にまた立ち上がり腕を組んでみせた。

もはや、粋がる尊大な態度もここまでくると不屈というものを感じざるを得ない。


「何だ、貴様と先程撃ってきた女は、アイツは部下か何かか?」


 もう一撃は、新たに創り出された鉄塊を伸ばしただけに見える剣が繰り出した。

分厚く確かに刃は両側に存在するが、それすらも不要なまでに潰して斬る程の勢いでヴァルキュリアの身体を叩き飛ばす。

刀身が触れる前、触れた直後、吹き飛ぶ直前と地から足が離れていた最中に鳴った計5発の銃声を鳴らせた女性はその眼に映る壁に叩き付けられたヴァルキュリアを見て、息を呑むのだ。

自らの身体が弾む程に打ち付けられながら出血も擦り傷程度で済む結果は、これまで報告された通り異能力の応用である事は理解したが……。

分厚い特殊合板を撃ち抜く破壊力の狙撃ライフルの弾を真正面から耐えるのは、撃ち込んだ彼女の想定外にも程があった。

化け物などと生易しい言葉では言い表せない事に彼女も気付き、更に武装と装備を身体から生やす。


「1人や2人の増援ではないのだろう? 早く全員出せ」


 彼女は戦いの場と化した丈長過ぎる病棟の廊下、月夜でも確認出来ない程の遥か向こうへ視線をやり、人間の腕の太さもある砲弾3発を無雑作に回避してみせる。

轟く爆音と破壊音、そんな事はどうでも良く、聞こえた事を頼れば、連装の類いでもなければ確実に3人の機械兵を確認する。

単純に長距離砲を思う砲弾の数を考慮しただけだが、自らが的となる目的はこれで達成された。

気が付いた時には既に人型の自律兵器は形を潜め、ガラクタの様に崩れる影からは一体一体……いや、一人一人の機械兵が限界まで武装を展開している。

しかしヴァルキュリアは嘲笑を抑え切る事を出来はしたが、笑う事よりももはや労いすら感じるのだ。

接近特化と遠距離特化、盾役に加え自律人形から成る布陣は出現からの展開が確かに的確であった。

そう、まるで、一般の小隊そのものを機械兵に改造した様に統率が取れている。

相手として見れば、仮にその異能力が例え付け焼き刃だとしても、統率を武器とすれば充分に戦力の増加を実感するだろう。


「貴様等……誰に潰された部隊だ?」


 前後攻撃に留まらず左右上下から挟み潰す様な波状攻撃に対し、ようやくヴァルキュリアは防御壁として異能力を使う。

崩れる音も軋む音も発生させずに、ヒビ割れ腐食した様に壊れる数多ある武装の一つを掴み、腹に開いた風穴を出処とする毒々しい色のガス状の何かを吹き出す。

その見てくれの気味の悪さと、事実上高性能な破壊力こそが彼女の本懐だ。

銃弾は横殴りの豪雨を思わせる数が苛烈に浴びせられ、加えて時折爆風と爆煙を伴う砲弾を浴びてもやはりその防御壁は破られる事は無い。


「貸せよ」


 銃弾による波状攻撃の最中、波状の中にある多少薄くなった弾幕を走り距離を詰める目標は大層な大きさを持つブレード持ちの機械兵であった。

その速度は超人的な瞬発力だが、充分に振り下ろしの迎撃は間に合う。

目掛けて振り下ろすのが脳天だろうが関係無く、ただ、ヴァルキュリアの異能力への対処はこの物量と質量の攻撃法しかないのだ。

どの道砕けるならば尚もその成形行為を上乗せする。

破壊しきれない程の創造でしか、彼女を仕留める事は不可能である。

絶え間ない武装精製。 終わらない攻撃態勢を持って初めて彼女の戦いの場に登れるのだ。

そして、周囲の機械兵は素早い展開で囲い込む。

文字通りの袋叩きが勝機に近付くならば、遠慮無く少女とも思える小柄な彼女を殴り殺し、斬り殺す事を優先する。


(……そうだ。 完全に破壊される前に破壊するしかない)


 ヴァルキュリアに対してその対処は正しく、また正攻法である。

現に、彼女の額からは遂に血が流れる。 それは先程の串刺しを受けてみせた余裕の流血ではなく、紛れもなく戦闘中に防御の末に付いた傷だった。

重量に任せた一刀両断、確かに食い潰す異能力が作用し、減衰した重力級のブレードを頭部で受ける。

だが、所謂機動兵器の大隊を壊滅に追いやった人外の真価はそれではない。

まだ、まだまだ彼等に見せつけていない牙は細く小さな手から姿を表した。


「ーーやはり……弱いな」


 右手一本だろうがその見えるはずの異能力は視認出来ない程に最小限で発動している。

左手は既に機械兵を穿っており、血と油の混じったような色の吐血を浴びるヴァルキュリアは彼から武装を奪う。

ようやく命ある1人を仕留めたヴァルキュリアは、意識せずとも全方位から近付く銃弾の嵐が自身へと抜ける事無く崩し、塵に変える。

奪取したブレードは既に縦に割られ、彼女の手によって歪に曲がり始める。

ヴァルキュリアは武装を好まないが、ある種これは表現方法であった。

時には彼女は仕掛けを伴う武装を持ち、ならばたまにでも使い慣れた形状を好む。

ーー切っ先からは異能力と同じガス状の刃が伸び、それのリーチは長く、彼女が持てばそれは死神の『鎌』に見間違える。

そう、これだ。 彼女は銃は持たず剣は似合わない。

機械兵の編隊の中にもヴァルキュリアが武装を持つならばこの巨鎌と予想していた。


「……まぁ、得物なんて何でもいいだろう」


 先ずは接近戦特化の兵装の機械兵に対し、ヴァルキュリアは掌を上へ向け『さぁ来い』と手招きを行った。

鎌の切っ先は下を向き、誘う。

完全な隙に対して、それも10程の兵がいっぺんに味方斬りも厭わず切り掛る。

死を恐れないのか、それとも本気でヴァルキュリアの斬撃が遅いと思っているのかーー。

たかだか彼等機械兵は改造人間。 それこそ、幾ら兵装を異能力で創り出そうとも、彼女に “流れる血が違う” 。

血はそもそも人間を形作る源である。 ヴァルキュリア含む特異なる帝国兵のそれは機械兵とは違い、初めからその身体に流れているのだ。

ましてや彼女は帝国軍屈指に留まらず、文字通り破壊性能からなる戦果と地力は最高。

ーー身体の造りは未だ改造人間如きに遅れを取ることを許さない。


「ははッ! 遅いな! 修練も忘れたか人形ッ!!」


 鎌の振るい方など、ヴァルキュリア自身も意識せずに扱い、特異点をとうに過ぎた血と肉が、本能の速度での斬撃を可能とする。

倍速の映像の様な速度で巨大な鎌を振るうヴァルキュリアは、目前で横に両断した機械兵の上半身と下半身を叱りつける。

この様に前線に送られた現在だが、元の彼女の役職は上官であったという経緯は、故にヴァルキュリアの視線は何時も他者には上から見下す様な傲慢さを孕む。

傲慢、そして慢心。 しかし彼女のその慢心は、常に地力に裏打ちされた崩壊を許さぬ確実なものである。

相手構わず斬り捨てるのはヴァルキュリアの中では『殺戮』であり、観察し、洞察し、伺う事は破壊性能を思えば過剰なまでに用心深い。

遅い間合いの詰めを払い除け、くらえども致死に至らない狙いの甘い弾丸を急所から外す行為ーー『化物』ではある。 だが、『獣』には堕ちてはいない。

血に飢えず、そして血に飽きた。 故に、『殺戮』は次なる昇華を遂げる。


「斬るとは……こうッ!!」


 一人の機械兵が振るう瞬間に、ヴァルキュリアの鎌は恐ろしく正確に刹那として一閃を繰り出す。

得物は大きく動きは派手だが、超人的な身体能力による身体の運びは、的確で周囲に対し見せ付ける様な技量を表す。


「ーー貴様等、そんな所から当たらぬ弾を撃っても詰まらんだろう? 何の為の改造人間だ……何の為の『機械信号』だ!!」


 ーー機械兵隊集結前にしてヴァルキュリアに何度も太刀を浴びせた青年は、彼女の放つ破壊の閃光が建造物内の銃撃隊を焼き払うのを見て、直感し確定させる。

圧倒的な強さを持ってしても、ヴァルキュリアは人間を辞められない。

『獣』に堕ちる事叶わない……しかしあくまで軍人、あくまで兵士、あくまでーーそう、『戦士』なのだと。


「寄れよッ!! 進軍せよッ!! 這い上がって来た命を差し出さんかッ!!」


 傲慢なヴァルキュリアは遂に敵に対しても命令を叫んでよこす。

やろうと思えば距離を詰めずに不可解で不気味な閃光で放ち殺せるのだ、先程の様に。

であればこの言葉は何だ。 背面から機動ウイングが突き出した狙撃手は撹乱する軌道を進撃し簡易的な変則隊列を作り出した。

見て、笑み。 見据えて、高揚。

面倒を排除したいから遠距離攻撃で対応したのではない。


「こうでなくてはな……闘争はッ!!」


 ヴァルキュリアが一体感を嫌という程に感じるのは彼等が寄せ集めの隊ではない事示す。

皆が壊滅的被害を受け、生き残りが『母胎』から覚醒による生命維持を受け、そしてまた立ち上がりヴァルキュリアの脅威となるべく立ち塞がる。

波状攻撃は終わり連装銃、ガトリング砲による一斉掃射が開始される。

幾百は容易く超え、千、万の弾丸がヴァルキュリアの防御壁を殴り付ける。


「……やれば出来るではないか」


 ヴァルキュリアの異能力の強度は圧倒的だった。

それが数百万に届いた弾丸が消滅しながらも、破壊性を固めた様な毒々しい色をした不定形の防御壁を削り取っていく。

これは下に見ている訳ではなく、ヴァルキュリアは練度を見定めていた。

証拠に、その防御壁は削り取られる速さをよそ風に感じさせる速度で修繕しだす。

そして、別棟外壁からの狙いを澄ませ彼女の頭部あたりの防御壁に触れた弾丸。

瞬間に窓を破壊しヴァルキュリアは裾の長い軍服をはためかせて外へと誘い出す。


 ーー敵だからこそ、その脅威を知り得る。

コードネーム『ヴァルキュリア』と大層な通り名は伊達ではないのだ。

帝国の守護神は国軍の死神。 

堅牢、強靭、神速、異質。 物言わず忠実なる生物兵器であればとっくに国軍は大打撃を受けていた。

それ程に彼女の存在は恐ろしく、改造を施し大軍に成って群がろうとも現に今日まで健在。

戦死した国軍軍師はヴァルキュリア討伐戦において、おおよそ頭の良い印象を自ら塗り潰す発言をした。

『アレは怪獣だ。 未知の血が流れている宇宙怪獣だ』

武装で勝とうと思うな。 鉛玉が通ると思うな。 刃で斬れると思うな。


 ーー降下中のヴァルキュリアを巨岩じみて乱雑に束ねられた鉄骨が激突した。

上から重力に加えて推進力を上乗せし叩き落とす。

外へと飛び降りた彼女の視線が未だ追って迫る隊列を見ていた事が隙となった。

自身達では例え機械兵と成っても殺しきれず、いずれ殺される。

集中砲火では死なぬ事は、今まで苦汁ばかりを飲まされた戦場で知っていた。

何十トンの重力ある鉄骨の塊も彼女は粉微塵に変え、棟と棟の中央に降り立つ。

ようやく頭部からは出血以上の流血。 気性と性格に不釣り会いに可愛らしい桜色の髪色が朱に染まるが、既に再びヴァルキュリアは異能力を発動しており、辺り一帯は先程よりも深く沈んだ色の瘴気が彼女から垂れ流れる。


「……あぁ、貴様等。 殺したいのは私ではないな? 殺意が無いから、こういう事を考え付くのだな」


 確かに耳に届くのは戦闘機の吸気音だ。

それは建造物に仕込まれた爆弾が、解体の真似事の末に彼女を押し潰す爆発音の最中……投下されるのは一時の破壊力を持つ爆撃ではなかった。


(悠長な事だ)


 ヴァルキュリアの視界に映る空を覆う量の膨大な数の鉄骨と巨大なコンクリートの端材は、ほぼ精確に降り注いだ。

これが最良。 彼女の異能力に対抗するならば質量なのだ。

中庭に飛び出したヴァルキュリアを押し潰す為に、前もって起爆装置を仕込まれていた両側の棟。

そして詰将棋の様な神憑り的タイミングで投下された端材の山は、ようやく機械兵が動きを縛った一転攻勢だろう。

足止め。 それすら大きな攻勢へと繋がる。


「各員、退避を」


 機械兵の一隊を率いるのはヴァルキュリアと初めに接触し、自立した人型を操作していた男。

その彼の言葉を受け、十数程から成る集団は武装を解除すること無く次なる相手に備えーー。

いや、ヴァルキュリアと同じく単騎で既に迫っていた。

崩壊し傾く広大な廊下をわざとらしく音を立てて歩く人影に、何度もヴァルキュリアを切り付け薙ぎ払った青年は足場の悪さをものともせずに、迎撃に向かう。

銃撃隊とも連携を取り、厚い装甲を撃ち抜く榴弾を追い風に機械仕掛けの剣は奮い立つ。

その情景は、地層の様に重厚な瓦礫の下のヴァルキュリアの視界には入らないが、やはり彼女は感じる感覚に同胞のどの様な人間が現れたのか確信し、ほくそ笑む。


『おい叢雲。 多分、こいつらは貴様が本命ではないぞ』


 ヴァルキュリアからの無線通信はその人影へと渡り、そして彼はヴァルキュリアとは違い完全に一刀を止めてみせた。

硬い硬い半透明な壁は崩壊した際の瓦礫とチリを大量に含み不純で汚らしい。

そして冷気が溢れ、吹雪いていないが、身体半身機械仕掛けの彼らに冷たさを容赦なく突き刺す。

異質。 だが、その存在はとうに知られている。

髪色は銀というよりは、もはや色が抜け落ちた白髪であり、それ以上に目を引くのは彼の目だ。

抉られた様に凹んだ右眼を走る稲妻の様な傷痕は、おどろおどろしい腐った肉の色をしている。

光がある左目の視線は、斬りかかって来た青年を値踏みする様な目付きで蠢き、それはいやらしく女体を舐め回す視線が丁度いい表現だ。

幾数の斬撃が半透明の防護を破り、幾十数の銃弾もその壁を通らない過剰なまでの防衛を張りながらも、無線の声に彼は返答した。


「大隊長さんよ。 そのまま地中に潜って帰る準備でもしろ」


 斬り掛る青年の胸倉を、それもかなり無駄無く切り落とされる前に掴み、目前まで引き寄せる。

彼の血走った瞳を真っ向で受け止めると、敵対者に対してとは思えない程に業務的に淡々と言う。


「したいのだろ? 復讐。 だったら満足して帰る事だ」


 そのセリフはヴァルキュリアが状況を察するに十分すぎた。

元より彼女等の目的が敵陣営の殲滅ではなく、目標を破壊する事が任務であるのは、投入された人員を見れば明らかであった。

その報告に対して遅いとはほんの少しだけ苛立ちながらも、それは表情を僅かとて変える必要は無い。

叢雲が名の男も、何も戦闘狂という訳でもなく、本質は無駄ならばそれこそ負傷兵を前に撤退すら選ぶ合理主義である……これは攻勢に転じようとしない現状をみれば容易く想像出来るであろう。


「一度潰され、尚も身を機械兵に堕とした気概は賞賛するが……都合の良い駒のままで尚も此方を攻撃するならばーー」


「……黙って、連れて来いよ、ランク3」


 叢雲天地は笑みを零す。

もはや冷静さを欠き、反吐を吐きかけてきた格下の跳ねっ返りを良しとする程には彼の度量は大きい。

吐きかけられた唾は直ぐ様冷気で顔面に凍り付き、ヴァルキュリアと比較しても遜色の無い様な不遜なる態度で見下した。


「……気に入ったぞガラクタ。 名を名乗れッ!!」


 よくよく思い出せば、この青年は恐れを周囲の機械兵と比べ忘れている様にも思えた。

真っ先にヴァルキュリアに斬りかかり、そして敵陣営にも知られるランクの上位者にも恐れを見せない。

そのやりとりを無線機越しにヴァルキュリアは大人しく傍聴していた。

そう、ようやく彼女は彼等をこんな異形に変えさせた人物に矢がたった。

数を見れば小隊。 動きを見れば烏合の衆ではない。

殺さず、しかし身に核を埋め込み機械仕掛けにならねばならぬ程度には苛烈に加虐されたのだろう。

一方的な暴力を受けた人間は、それこそ兎の様に大人しくなるか……猛獣の様に苛烈に反撃を誓うかのどちらかだ。


「国軍第25歩兵部隊……レオン・グリード!」


「知っているだろう……俺の事くらいは無論!!」


 背面から生える機械仕掛けの陳腐な見た目の機動ウイングが唸り単に強い握力を容易く振りほどき、加えて赤熱化させたブレードは起動装置と直結されている。

付け焼き刃にしては剣の達人を超えるレベルに達している正体は、速度からなる強烈な破壊性。

重力と推進力……そして多量の放熱は強烈な一撃を放ち、それはランク3の半透明の防御壁に大きく長く深い亀裂を走らせた。

ヴァルキュリアと同じくこの白髪と潰れた右眼の男、叢天地ムラクモアマチは流石に上から序列3位だけあり、相手方には特異なそれもとっくに知られている。

対抗するならば『熱』。 それも己の身すら焼き付ける程のーー。

鼓膜を劈く様な機械音が鳴り響き、レオンは機械兵へと身を堕とし初の最大駆動を行う。

機械仕掛けのブレードの動力部は規則性の無い位置に埋め込まれており、だが、それらが一度に一斉に一層に刃を振動し、段違いに仕込まれた二枚の刀が赤く赤熱化する。


「……相手は、俺でイイんだな?」


 至近距離にてレオンの身の丈程もあるブレードは熱にうなされ異臭を放ち出す。

右腕に絡み付き切っ先は下がったまま、爆音を轟かせ、その斬撃の速度は仕込まれた加速装置によりとても並の肉眼では視認出来ない……はずだった。

僅かな刹那、極僅かに、超至近距離ーー吹き飛ばされる身体と物理的衝撃を受けた意識が何をされたのか理解し、それは恥の上塗りであった。


「雲林に嬲り尽され、挙句その格下にまで殴り倒される……そうだな、俺が相手で丁度イイのかもしれん」


 天地の構えはとても神秘的な何か不可思議を扱った様には見えず、だが確かに見えるのだ。

重心が下がり右半身に軸を置き、そして握られた拳が。


「〜〜〜ッ!!!」


 兵士を超えた兵器に堕ちたと確信していた。

言わば、道徳的には敗者であろうとも、自らが進み手に入れた人外的破壊性を過信するなという忠告は、意味を成さないだろう。

そしてまた、天地の目が、未だに光を写すことが出来る左眼が動き、その瞳が見下す。

哀れむ様な慈愛が僅かに感じられるが、それ以外は全て落胆の眼差しだった。

単なる訓練された拳に一度でも膝を付いた事実は、レオンの血塗られた敗北の過去を美化する前に蹂躙し、嘲り嘲笑う。


「その剣は何だ機械兵ッ!!」


 並の達人では及ばない領域の機械仕掛けの機械じみた加速だったが、天地の闘争本能は微動だにさせる事は叶わない。

踏んだ修羅場の違い、屠ってきた手練の違いは恐ろしいまでに顕著に表れる。

頭を狙った突きが、もしも仮に的中したならば確かにレオンは偉大な戦果を上げるはずだ。

天地が彼の血に滾った殺意を容易く受け流し、容易に頭を逸らせただけで回避した瞬間に、彼は過ちに気付く。

天地の前に構えた左手はレオンの引き抜いた拳銃をあまりにも無駄のない速度で掴み、容易く顔面に打ち込まれる2撃目の正拳突き。

それを受け、揺れたレオンの視界へ迫る追撃の正拳は、丸腰の天地から彼が回避を取るという屈辱を舐めさせた。

特別に天地が格闘術に秀でている理由ではない。

ただ単純な理由、レオンの殺意も覇気も彼を怖気させる程のものではないのだ。

レオンの一挙一動が顔面を打たれる程に遅いのではないが、波立たない心境で放つ拳が外れる道理は無い。


「舐め……やがって……」


「地獄から這い上がって来た連中など知れた事……地獄から逃げ出した挙句がお前の今だろう?」


 それこそ、人の身を捨てた末に敵わないと悟ってか、逆上に全てを任せた一撃は機械兵へと覚醒してから最高の一撃を放った。

振り下ろす。 ただ強く。 ただ速く。 生身に抜けば両断し、装甲車だとしても地面まで引き裂く、まさに力任せ感情任せの怒りの一撃。

ーーひび割れ亀裂が迸る虚空は白濁し天地の表情を彼から隠す。


「臆病者の壁すら壊せない。 ……なぁ、お前」


 半透明の壁の白い亀裂の走る端を掴み、そしてレオンの機械仕掛けと化した右腕を挟み拘束する正体は、全て同じ異能力が要因である。

拳を解き、不意に不用意にも接近する天地から、ここにきてようやく帝国軍特殊兵部隊上位に食い込む人間の、殺気とも取れる意志を受ける事になる。

「ブチブチ」と気色の悪い音の正体は天地が潰れ、皮同士が張り付いた右眼を開眼させたそれであった。

目を見て話せ。 そんな子供に教える様なつまらない教訓を思い出させる程に、彼の右眼は彼を見下している。


「死ぬ為に機械仕掛けになった訳でもないだろう……さもないと、また来るぞ」


「さっさと……あいつを呼べよ」


 少々面を食らった顔をし、だが直ぐに天地の口角は不気味にせり上がり、そのセリフを嘲笑、そして感心する。

もはやレオンの身体は元に戻らない。 それだけでなく、レオンにはもう時間が無い。

死が迫るという事は、それだけ生の終わりに対しては勘が働くというのだろう。

人の身体に肉では無いモノを埋め込んだ挙句に人を超えた結末は、蝕む『核』に命を喰い荒らされるのだ。


「お前の相手は……後でしてやる」


 身を堕とした事で得た直感が、何とも形容し難い不快な感覚を無いはずの右腕に走らせる。

痛み……いや、これは痒みだ。

痛みを超えた痒みが、あるはずも無い切り落とされた右腕が食い破られる程の痒みが蠢く。

居る。 近い。 この戦場に必ず居る彼の復讐の対象の存在を感じ、だから、当然の様に格上であるはずの名の知れた敵兵すらもどうでも良い。


「呼べよッ! 何の為の俺のこの体だッッ!!」


「……はは。 汚ぇ声出しやがって」


 まるで喉から出る声が、肉声ではなく音声と呼べる程に濁った時が彼等『機械兵』がより深く自身を強化させる予兆である。

 天地の異能力をもって創造された氷の拘束が弾けた時、レオンは彼に斬りかからず、背面の加速装置をより大型へと瞬時に作り直す。

それは“彼女”の速度領域へと踏み込む為だ。

噴出口を反転する機動ウイング、多量の排熱を受けて尚も天地の氷壁は多少しか溶けず、更に凍てつき厚さを増す。

だが、皆目それはどうでも良い。

もはや、レオンが軍人たる所以は無く、ただ単純に力を求め力を手に入れたモルモットでしかないのだという天地の見解は正しい。

派手に距離を取ってからの一撃は、純粋にそれは獣の思想。

比喩、揶揄……機械仕掛けのという叡智を埋め込まれながらも所詮は人の考えつく域を逸脱しないからこそ『獣』だと感じるのだ。

けたたましく響く轟音と、轟音ばりに叫ぶ慟哭を放ち、機械仕掛けの右腕へと全てを集約する。


「……どうした。 誰の真似をしている」


 推進力から成る突進力にモノを言わせたはずである。

だからこそ、天地が確認した武装の形状は片刃の緩やかに反る刀身は、復讐心が合理性を踏み潰したレオンの意思だ。

わざわざ『刀』。 そう、味方全てを片端カタワに変えた、あの戦闘にて自分の右腕を落とした凶器なのだから、その強さを疑う余地は無いのだ。

もやは嘲笑。 同情すらも付け入る隙が無い程に哀れ。

得物すらも自力で効率を考え選択出来ないのだろう。

まともではなく、それこそ埋め込まれた『核』の存在に酔っている。

機動兵器顔負けの排熱量は推進力の表れであり、その刀の形状へと上書きされたのならば、想定外であろうとも想像通りの一手を繰り出す。

やはり、斬るのだ。


「どうだ? 届くと思うか、お前の復讐の刃……!」


 半透明の分厚い氷壁に刃が食い込む。

だがビキビキという硬い音は、確実にその壁を侵食し刃を捻じ込ませていく。

所詮は格上。 加えて敵対者。 畏怖と敬意の念は弱者の方であろうとも、その様な雑念が入り込む余地は皆無。

いよいよもってレオンは自壊の予兆を感じるが、その運命から逃れるとは思わず、むしろ逆行していた自身の選択を否定する感情は無かった。


『人間は血と骨で出来ている』


 異能力とはある種の神秘である。

人の身で到達するならば、それは形を模した何か別の存在なのだと、これまでに手を施した異能力者の存在がそう感じさせる。

だが、彼等帝国所属の特殊兵は完全なる原種……純血はそのままで神とも思える神秘を持つ。

だからこそ “血が同じではない” のだろうし、ならば唯一その位置へと個人が到達するならばどうするのかーーレオンを含め、一度に死の淵へと落とされ人体へと至った正論がある。


“人間を超えろ、人を失う程に”


 人ではない何かと対峙する時、人は変革を求める。

だがそれで到達出来ないのであれば、諦める他ないのか……違うだろう。

高みは堕落。 情けない進化の体現者。 一歩進む度に二歩も三歩も原人の方面へと後退する。

機械仕掛けという叡智は、時に目的により使用者も開発者も欲深い猿へと変えてしまう。

噴き出す熱量、重さで崩れる骨格、装甲で覆われる生肌……血は燃料へ、骨も燃料へ。

感情は失わずに戦闘時はシステムへと豹変する。


「オオォォォォォッ!!」


 力任せだが、任せるその力は人間のモノではなく、レオンが異能力により発動させたカラクリ機構の叩き出す馬力である。

暴れ狂う己の機械式のブレードが、確かに高強度の氷壁を破り捨てた時に、その鉄塊じみた鉄拳は放たれた。

氷壁を纏わせた拳を元に加えた無駄の無い正拳突き。

腰を落とし、体幹を捻り込み、基本に忠実な一撃はそのままでも強くレオンの頭部の一部を叩き折る。

鮮血に染まる左眼の視界に映るのは、返り血を浴びた天地の怪異な氷を纏う拳である。

体制は無論崩れ、片脚の膝が落ち始めた矢先……ぐしゃりと潰された頭部から剥がれる皮膚と柔らかな何かが出た瞬間に、兆しは内から脈動した。


「届くぞ」


 天地の発言は挑発以外何者でもなく、防御壁は既に崩れ落ちた。

だが余りにも相手が無防備であり、隙は見逃す道理は無い。

殺し合うために生きている。 その為の『血』と『核』。

無慈悲に加虐し、彼の行う攻撃は苛烈である。

死を迎えれば人間として死ねるがーー。


「……やるじゃないか。 才能が有る」


 先程の拳による裂傷を指で突き刺し、指先に精製した図太い氷の棘は前頭葉に突き刺さる。

賞賛すべきは彼の腕を生身の左手で掴み、確かに踏ん張る事を辞める事が無い足腰、そして瞳も死なず視線は攻撃的な意思を放つ眼だ。

脳へと物理的直接攻撃が尋常ではない効果を持つ事を知らぬ天地ではなく、だからこそ、相手の地力を伺い洞察するとしたら彼にとっては最適化された一撃なのだ。

『機械兵』の耐久力は既に改造人間という例えを超えている。

瞬く間にその傷を覆う金属片は、これ以上脳漿を垂れ流さず、触れる敵軍上位の実力者を捕らえる二重の意味合いを持つ。


「……時期に、良くなる」


 ただ無言で、強引に捕縛され侵食される前に手を引き抜く。

言わば彼等の異能力は宿主とは切れぬ関係性にあり、適応する為にその『核』は力をもたらし、共存の為に侵食する。

内から喰い荒らされる恐怖よりも、満ち溢れる事が確定した強者としての異能はマイナス的感情を食い潰していく。

これこそ真の意味で『覚醒』。 目覚めは強烈な痛みを伴うが、痛みなどでもはや立ち止まる気配は無いのだ。

そして相対する天地は心境が泡立つのを感じる。

波立つ程ではないが、初に目に見るモノではないが、やはり強さの段階が上がっていく彼等はおぞましい。

弛緩し一気に脱力した瞬間からの速度……機械仕掛けの身体の加速装置は全開にされ、それは全壊に及ぶ自傷になるはずであったが、既に人の身ではないからこそ、過剰な負担にも耐えうる。

体捌きなど関係無い。 脳内の片隅にある剣術を訓練した記憶は、塗り固められた殺意に簡単に食い潰された。


『助けが欲しいなら遠慮はするなよ』


 嘲笑するヴァルキュリアの声が無線機から漏れ、そして彼の耳には背後から生の彼女の声が届く。

戦闘狂でないからこその傍観者になる。

親が子を見守るというには苛烈な状況だが、あまり彼女自身が妙には過保護にならないという理由がある。

敵組織に名も異能も知られてしまう程の男を、信頼しているからだ。


「生きて立っていれば、貴様が恋患う雲林も寄ってくるからな……まぁ、頑張ってみろ」


 直後、横に薙ぐ一閃を紙一重で交わし、胸を流血する天地を貫く様にレオンの腕は伸ばされる。

槍である。 完全にそれは槍だと分かるが、武装と化した腕全体が硬直し、そして伸びた。

天地も大きく身を捩らないのは、攻撃の性質が点であるから。

確かに速く、そして強靭であるが……だが、より深く『核』に侵食された機械兵は単なる武装を成形するだけに留まらない。

武装を形成し行使する……それはまだ人間の真似の域を出ておらず、『機械仕掛け』に至るまでに及んでいないだろう。

だからこそ、“仕掛ける”。


(違う……これでは抜かれてしまう)


 レオンの脳内は、より根底で神秘を嘲笑う叡智と溶け合うような邂逅が行われる。

精神が自壊する程の勢いで流れる戦術の情報。 まるで自らの脳味噌が分裂し増殖でもしているかのような……機械化の大きなアドバンテージについてを確信する。

これだ。 確実にこれである。 肉体の耐久力? 単純に破壊性能? 超人的加速と恩恵を受けるが、この堕ちなければ知る事の無い程の苛烈な情報処理能力が、更なる進化を戦闘のさなかに促す。 

欠点は克服しなければならず、汎用性よりも時には正常を超えて異常に成る事が優位に働く事態がある。

それこそ一時的な進化であり、ならばレオンの異能力は更なる変化ーーつまり変形と増築を行う。

 機械化された右腕全体が一斉に分割し、節を幾多も現れる。

強度は落ちたが、天地を縛り上げ囲う様に展開したその仕様と形状……薄く、だが硬い氷壁に刃を食い込ませ、鞭として変形し捕らえる。

こうも纏まり付かれ締め上げられては、さしもの実力者も派手には動かない。

逃げるよりも耐える。 耐えうる防御の性能を持つからこそ、最良だと天地の判断は下される。


「ほぉ……」


 同胞が捕縛され、相手側の左腕もいよいよもって崩れ落ちたのを見たヴァルキュリアは、瞬時に虚空だった場所に大型の武装を成形した事にある種の感動を覚え声を漏らした。

無骨の極みの様な図太い砲身は、ヴァルキュリアの小柄な身体がすっぽりと入り込める程に大きく、そこから打ち出すとなる砲弾の破壊力ーー想像するに容易い。

至近距離、そして高火力。 元々が射撃武装であり、人一人の距離しかない立ち位置で、そして爆撃が行われた。


「捕まえたッ!!」


 衝撃により大きく割れた瓦礫が飛散し、建造物内でのこの威力は一帯を砕いた埃で覆い尽くす。

建造物の崩壊すら招きかねない強力で、対人戦ならば余りにも無慈悲がすぎる超武装。

それの衝撃は自壊を伴い、レオンの両腕は吹き飛ぶがそれでも次なる武装を形成しだす。


「……おい。 まだ舐めてかかるか」


 ようやく砂塵を思わせる瓦礫と埃の合間に、ヴァルキュリアは思わず溜息が混じりそうに吐き出すが、彼の地力を鑑み寸前の状況を思えば容易く現状が正面からわざわざ観察しなくとも分かるというものだ。


「……バカを言うな」


 しかし帝国所属特殊兵部隊ランク3位叢雲天地、自身の氷壁を汚す血を吹き出そうとも膝すら付かず。

指を鳴らし、負傷の具合からは想像出来ない程の余裕を放つ。

腹部、及び胸部の正面は濃い青系の軍服を焼き払い、天地の皮膚を焼き、爛れさせる。

だが、これは何も隠蔽する程の事ではなく、出血したならば止血する様に単純なその場しのぎの治療を彼の異能力は可能にする。

さながら鎧と呼ぶには頼りないが、止血目的ならば充分だろう。


「堕ちて、それが精一杯か?」


 左腕の大砲は未だ半壊であり、全壊状態からここまで修復出来た事は確かに瞠目に値するがーーそれでは攻撃性能の密度が圧倒的に不足である。

抵抗を破壊し物体を崩壊させるヴァルキュリアの異能力もそれは防戦に転じるが、天地の場合は防御性能に極振りされた文字通りの壁。

ならば想像しなければならない。 ならば創造し、そしてやはり、どう足掻こうが考えを巡らせようが一点へと至り、左腕の重火器は再生を伴い更に進化を遂げた。

巡る策略はとても“策”とは言えず、より強き牙を求めるならば、萎縮した脳の閃きこそが最大の起点となる。

 より強く。 より大きく。 より速く。

もはやその考えが本能だと錯覚してしまう程に肥大化した瞬間、敵対組織上位ランカーの天地が地面を踏み込むのを察知したレオンはこれが殺戮ではなく闘争だと、『核』を通し全ての身体細胞が警鐘を鳴らし、異能力による金属細胞が傲慢を引き裂き “逃げる” 。


「驚くなよ。 お前の仇よりは大した事ないんだからな」


 骨を歪め、皮膚を突き破り、血を流し……自壊へと進む意志は本来の目的を、叢雲天地が創り出した一段上の光景に踏み止まった。

止まるに留まらず、彼は後方へと機動ウイングを反転させ全てのスラスターを爆発的に点火する。

 『母胎』より与えられた叡智なる『核』を持ってして、最大限で後退する……それは危機感でもあるが、そこに戦術的な考えは何も無かった。

ただ、ただただ、潰れている右目から血を吹き出し、傷を血に塗れた氷で覆う恐ろしげな形相の天地と、その背後の幻想的であるが現実味を帯びる冷気を放つ光景が彼の恐怖心にも似る感情を煽る。

だが、既に武装形成を終え、機動ウイングは地面に突き刺されストッパーとして機能させるのだ。

そして機関銃を連想させる三つのその砲身、ヴァルキュリアは確かに意志の強さを感じ、現状これを相手取る天地は引かず掌を下へ向け迎撃の体制を取る。

 この力。 機械仕掛けのこの叡智。 望むならば、望み差し出すならば、その智慧は既存を書き換え進化も退化も促す劇薬となる。

レオンの感情が弾け、一度向けた銃口は撃ち尽くすまで下りない様に、三連装のカノン砲が狂気じみた威力の砲弾を放つ。


「確かに。 思い浮かべたそれなら、強いはずだ」


 背後に顕現した城塞の様に巨大な氷塊は、天地の鳴らした指に反応した様にヒビ割れ、崩れ、盾として展開を開始した。

三連装のカノン砲の露見する欠点に彼は勘付き、レオンの余裕の無さを考慮すれば確実に自身を照準に捉えると確信出来た。

思い超重量級の砲身が三連連なるのだ。 重く、であれば必然的に遅い。

だが盲信し、とてつもなく分厚い防御壁となる氷塊諸共吹き飛ばす……着弾に伴う苛烈な衝撃と爆風と熱量は、生身の隊列に向けたならば一体どれだけの死人と負傷者が出るのか、想像すら容易い。

しかし天地の防護は模範的な鉄板を伸ばした盾ではなく。その異能力によって創り出された氷塊は形状を寸前まで、増長させる事により変形させる。

天地の読み通りに爆撃を生じさせる砲弾は案の定、氷壁を削り落としたが着弾地点は逸れてしまっている。

不安定で不規則な面を撃つのだ、貫通力が足りない事に加え、水量にすれば途方も無い量を圧縮したそれには、火薬と爆発による熱など弱点ですらなかった。

 その爆炎の中、彼は平然と歩を進める。

表面は融解し、だがこの一帯を包む冷気に加えて、使用者の放つそれが遥か下回る冷気を垂れ流し凍てついた。

砕けようが不条理に理を無視した法則で増長する盾は、二撃目が再び着弾する頃には一発目よりも更に大きく広がる。


「ーー違う!!」


 確かに叢雲天地は聞いていた通りに強く、何よりも想定以上に強固であった。

装甲車どころか、現に建造物を破壊に至るまでの破壊力を受け平然と歩く姿は、ヴァルキュリアの迎撃のよりも恐怖を覚える防戦である。

だが……そう、レオンの求める敵はそんな亀の様な行為をしない。

奴ならば躱すはずだ。 奴ならば砲弾を切り落とすはずだ。 奴ならばーー。


「そうだ! お前の方が弱いッ!!」


 何しろ、こうして留まる事は死を意味するのだ。

同じ領域に踏み込む為に生成した機動ウイングは地面から抜き出され、バッと炎を吹かした瞬間に、右の機械腕の片刃の刀を模したブレードは融解し溶け出す程の熱を帯びる。

塊の様な氷の盾に刃が食い込み、無論立ち上る水蒸気の量は多く、食い込む範囲が増す程に煙幕じみて多量に立ち上る。

その攻撃法に伴う発熱は人体に耐えられるレベルを超えており、だが耐えるのはここまで純度を高く『核』に犯された選ばれた者の証明か。

立ち込める蒸気に蒸される天地の顔は濡れに濡れ、無造作だった髪型の白髪は額に目元に張り付く。


「あまり比べるなよ」


 ーーまず、想定した相手が違っている。

たかが3位では到達していない場所を目指さねばならない。

捉える速さが必要であり、仕留める強さが必要である。

ぶり返すような痛みを伴う痒みに似た感覚が近付く度、レオンの身体は人間を辞めてゆく。

体内に増築される骨格フレームは強度を増す事ばかりを、身体に沿うように外装の様に張り付くそれもあまりにも機械人形らしくしている。


「悲しい事だな……どうもお前は、声を掛けて貰わないと分からんようだ」


 だがーーだが、まだ足りないのだ。

屈強な機械仕掛けの身体でも到達する事が叶わず、重火器に匹敵する牙は持てばいいだけの話だろう。

感覚器官が未だ人間のままであるのは……彼の背後から何かがぶつかった瞬間に欠点として存在している。

融解した氷が再び結露し凍結を始めると、最早それは抜く事や切り落とす事よりも、己で機械仕掛けの腕の駆動部分を断裂させ手放す方が賢明であり、彼は遂に序列3位から目を離した。


「……趣味の悪い事だ」


 転がる頭部が誰の物か。 見覚えのある髪色は誰の物か。 断末魔さえ上げる暇なく殺害された彼女は誰なのか。


「貴方達が悪い」


 見覚えがある……否、それだけでは済まない。

目を閉じれば恋人よりも先に記憶を踏み躙り現れるのが彼女であった。

見間違える訳がない。

容姿や顔や背丈や口癖や……彼女の投げ付けてきた同胞の頭部、その切り口はあまりにも汚く無理矢理切り落とした様に見える。

それは、無造作に垂れた右腕に持つ得物が想像させるに容易い傷口なのだ。

その刀に鞘は無く、当然の如くならばその彼女の持つ得物は刀の真似をした別物の凶器……長い刀身の峰に不規則に生えるノコギリの様な刃は、完全には癒える事の無い傷跡を与える。

分かるだろう? 痛みを超えた痒み、それは不意に古傷が痛むのと同じ理屈で彼を蝕む。

切り落した元凶を前に、耐え難いその感覚に、武装成形を後に回してまで彼は突撃を行った。


「第25歩兵部隊。 一人を除いて壊滅しました」


 こういう所で、彼女の趣味の悪さは露呈する。

頭部を斬り落とされた女性のその手が離れない無線機は、最後に助けを同胞に求めたと容易に想像がつく。

声の届く先、話す帝国軍の彼女こそ、レオンの本命。

交戦中であったはずの同胞である天地を無視し、弱者を狩り襲い掛かるのは何の理屈でも太刀打ち出来ない非道。

そしてレオンは最大に駆動し反転を行い、推進力は天地の超重量級の盾を彼ごと吹き飛ばし、吹き飛ばされて彼は異能力の展開を解き氷壁を自身で砕く。

念じて創造したソレが使用者の手により容易く砕けるあたりが、もはや神秘でしか片付かない。 

見れば分かる標的の変更を確信するヴァルキュリアは彼女の体格からすれば、重く大きい天地を受け止めながら、幾ら敵対する兵とはいえども、無線機ごとしがみつく手を上から剛力で握り潰す元の部下の品性を憂う。


「ーー叢、撮れたな?」


 天地は出血を伴う自身の右目を取り出す。

ただの義眼ではなく、手渡された黒目にあたるの部位を押し込むと小さな音を立てて撮影は終了される。

特別に割り振られた武装は彼には無いが、撮影機材を持ち込んで戦闘を行う事を考えれば、ある場合は銃よりも役立つのだ。

もっとも、それを決めるのは一介の兵士である2人ではないが。

 そして既にレオン以外、彼が気付く間も無く彼の籍を置く部隊全員を殺害し、文字通り壊滅に追い込んだ彼女こそ、レオン・グリードの真の意味での仇。

もはや同胞の弔いを超えた領域へと踏み込み、それは既に存在意義の証明に他ならない。

未だ融解した刀身が完全には修復していないが、その腕は重く質量は大きく、ただ単純に相手に向って振り下ろす。

だが序列2位の地力は3位を引き離す攻撃性。

守りに入る事は無く、様子見の牽制は彼女の経験則が不要だと判断し、ほぼ相手方を意に介さない様な苛烈なカウンターを放つ。

特殊合金により悪魔じみた強度と軽量を得た刀は、一刀の元にレオンの武装を生成している金属的物質を分断する。


「……あんなのとやり合っても、つまらない……もんね?」


 そのセリフにレオンは何の返答も返さずに胸を文字通り、物理的に開けた。

彼女を倒す為、倒すだけでは気が収まらないから完全に殺しに掛かる……その純粋な殺意が、ただ防御に性能を極振りした戦法をとってばかりの叢雲天地を相手に取るのとは別の改善を促す。

苛烈な加虐を与えられた末、狂気の真価は発揮されるというものだーー。

弾け飛んだ鉛の雨は破壊性を見れば人間しか破壊出来ない脆弱な代物であるが、理性を破壊されて更に純化された殺人を見出す感情は、それを駆け引きの一手として、布石として放ったのだ。


「ーーそう。 せめて戦って、せめて強いままで……」


 ーー散弾が消し炭と化した正体は、彼女における代名詞の異能力の作用。

熱を伴うそれは炎や光量の仕業ではなく、閃光が瞬いた一瞬、その刹那の光が雷光である。

漏れ出す紫電は体内から発電され、この理屈で感電死に至るはずはなく、だからこそ既に分類学上の『人間』ではない。

神秘を冒涜するのが叡智ならば、叡智を蹂躙するのは神秘なのだ。


「 勝 て る 」


「そう。 兵隊さんじゃない……貴方はもう」


 1対1の状況へと持ち込みながらも、それが理由か昂らねば、昂るなら驕らねば……身の程を知らずとも傲慢さと過信は奇跡を最大限に引き出す場合があるだろう。

月明かりよりも強烈な稲光は断続的に発せられ、蒼白いそれに照らされる顔面は、レオンの目にはやはりあの時と同じく何も考えていない様に感情の起伏が読み取れない。

しかし、あの時と決定的な差がある

先ずは負傷を治療するに伴って行われた『核』の移植。

そして、序列2位は静寂に牙を……異能力を剥き出しにしている。


「奏愛(カナエ)……なるべく長引かせろ」


 ヴァルキュリアの上下感を無視した発言は、天地が再び入れ込んだ義眼でまだレオン・グリードを値踏みする価値があるという意味だ。

それに返す言葉は、これくらいしか奏愛には思い付かなかった。


「この人に言いなよ」


 迫っていたレオンに雷の様に雷撃と瞬速を秘めた貫手で向かい打ち、体内の急所を既に掴んでいた。

握る『核』はやはり硬く、手に伝わる大きさはおそらくは拳よりも少し大きい。

そして、奏愛は体躯からは想像も出来ない威力の拳を体幹の捻りだけで繰り出し、レオンを吹き飛ばす。

腫瘍……いや、命を縮めるこれはまさしく癌細胞であり、互いに既に共依存している。

そして、脅かされる危機感は当然の如く進化を促す。

この様に引き抜かれようが、ましてや破壊されようが一部分でも体内に留まるならば、その進化の正体は分裂に他ならない。


「おめでとう」


「死ねッ!!」


 地面を穿つ程の斬撃を動くか動かないかの度合いで躱し、慟哭にも似た轟音を口から吐き出すレオンに奏愛はそう告げる。

それは自分達の様な人外的領域へと踏み込んだ事への祝福であり、ここまで簡潔に単純な言葉なら届くかもしれないという期待があった。

 真の意味での “機械仕掛けの兵士” は、絶命こそが救済である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る