3-2 「超砲撃」
ガイアは近くに待機させていたマシンを無線で呼び出す。森の瘴気下では通信が阻害されるが、光と音や魔力波を利用した複合信号でなら辛うじて呼べる。それもこの最深部では二十メートル程度に限られるが。
大型のジープ程の幅があるトライクを包み込む重厚な装甲は、戦闘機や戦車に似ている。近くの別の大樹から流動する地面を掻き分け、爆音と共に走ってくる。
涼平もバイクを遠隔操作する。こちらはオフロードバイクをワイヤーを介した有線通信で呼び出す。軟泥のごとく纏わりつく地面を振り払い、軽快に主の下に来る。
マシンが到着するとガイアは跳躍し、涼平は背部へ走った。涼平のバイクの背部には円柱状のユニットが載っている。一般的なドラム缶の丈を半分に詰めたような大きさだ。
ユニットはリボルバーの弾倉に近い形状で、外枠の内側に回転機構が見える。下部に空いた穴に銃を差し込むと、涼平は機構を動かす。銃の持ち手と基部を残して銃口から弾倉までが切り離され、回転音が低く唸る。
この機構は銃を差し込んで番号ボタンを押すことで、自動的にパーツを交換出来る。素手での交換より時間は掛かるが、交換中は手持ちの別の武器を使って両手で戦える。
それに挿入口は広く頑丈にできており、例えば遠くから投げ込んで数字入力は遠隔操作で行う方法もある。
一方のガイアの方には、さらに大きな変化が起きていた。
宙にいるガイアへとトライク上部からジェット噴射で分離上昇した装甲パーツが合体していく。
脚に装着されていくのは戦車を彷彿とさせる重厚な装甲で、下部には履帯らしきものがある。上脚と下脚が一体化しており、膝部分は殆ど曲がらない。装着と同時、マシンを跨いで地面にドシンと沈み込む。
腰から胸の下までは、大口径臼砲じみたユニットが挟み込む。正面の二十センチの大砲は、バレルが伸び縮みし最大で一メートル以上延びる。両腰の十センチ砲は上下へ可動する。両脚と対照的に曲面が多用されたフォルムは、被弾対策と空力制御を兼ねてのものだ
頭部に被さるのは巨大なヘルメット。側頭部には鳥の羽めいた意匠のアンテナ。厚みのあるバイザーは極めて長い。その形状は細身のヘリの正面スクリーンか、嘴の長い鳥を思わせる。その先端は頭頂部から、胸の前方五十センチにまで迫り出している。辛うじて大砲には干渉しない位置だ。
ヘルメットと同時、両腕には巨大な手首を模したパーツが装着される。脚同様に上下の腕が一体になる格好だ。左手は六芒星型のユニットから変形した六本指で、右手は五芒星型が五本指に分かれたものだ。両掌の中央には十五センチ口径の砲門が空いている。肘の後ろからは鋭く長い角が後ろへ伸びる。
最後に、戦闘機めいた巨大な翼のユニットが背中へと激突めいた勢いで合体する。今のガイアなら耐えられるが、普通自動車を粉砕するほどの衝撃だ。ユニットのフォルムはスペースシャトルやジェット機を彷彿とさせる。角ばってはいるが天使の翼のようにも見える。武器として細身のライフルや小型ミサイルがあるが、砲ユニットに比べると補助火力である。
背部から伸びたアーム六本が鎖骨の下と大砲横の上下にネジ止めされる。砲ユニットから伸びた椀状パーツが胸を包み込み、ボヨンと押し上げる。
最後にバイザーが情報へとスライドすると半透明の緑色になり、全身が虹色に発光する。
……ガイア・クレーバーン・フルバーストモード。ガイアが通常は一つか二つづつだけ使うオプションユニットを全て同時装着した状態である。
彼女の「生身」の可動を制限する両腕両脚と巨大なバイザーにより、身長百八十センチのガイアの等身が普段の半分以下に見える。実際には、装甲を含めた身長は二メートル半まで伸びているのだが。
「お待たせ致しました」
「いや、こちらもそうは変わらん」
ガイアは頭を下げようとしたが、首が縦に曲がらないので止めた。彼女は機械ではあるものの人間に近い感覚を持っているので、可動が制限されるこの形態は楽な体制ではない。
ガイアの装着も涼平の武器換装も数秒で終わるが、これは戦闘では大きな隙になる。本人が自由に動ける涼平はともかく、ガイアは事前に装着して出るおくのが必須だ。
「ガイア、いつ突撃できる?」
「はい。作戦の詳細をスパッとご説明しましょう……まず、この説明終了の十秒後にマシンで発進し、更に十秒後に砲撃のチャージを始めます。その三十秒後に足を止めて砲撃するので……」
「チャージ中はお前の護衛をすれば良いんだな」
「はい。砲撃後は私の指示でササッと走って投げて戻って下さい」
「分かった。だが一つ良いか?」
「なんでしょう?」
「砲撃後、お前の周りに妖怪が残っていた場合はどうする?」
「……キラッと大丈夫です。計算上、砲撃の威力にガクッと慄いて寄って来ない筈です」
「そう上手く行くか?」
涼平の問いにガイアの目が泳ぐ。
妖怪が人間を襲うのは、肉だけでなく体に蓄積された魔力が目当てである。
つまり大量の魔力を持つガイアは格好の的ということだ。実際に彼女を食おうとすれば、途中で魔力炉が爆発して妖怪も死ぬだろうが、そんなことは彼らには分からない。チャージを始めれば妖怪たちの注目を集めてしまう。
チャージ中は確かに警戒するだろうが、砲撃後の隙が狙われる可能性は高い。
「あ~……ほらシャキンと大丈夫ですよ、いざとなれば装甲をスパァンとパージしてぶつけて逃げますから。一度やってみたかったんですよ……時間です。あと5・4・3……」
「おい」
会話の途中で急にガイアの声のトーンが変わり、トライクが発進体制に入る。背中のブースターも今にも火を吹こうとしている。予め開始時間を秒単位で定めていたからだろうが、それにしても唐突に過ぎた。
「……分かった。出来るだけ俺が蹴散らしておく。だが危ないと思ったらすぐに……」
「ズッドーン!行きますよおおぉっ……!」
台詞の後半がドップラー効果で小さくなる。涼平も急いで加速し辛うじて距離を保つ。
「いいな!危険だと思ったらいつでも中止だ!分かったか!」
「……はい!」
護衛されるべき立場の筈のガイアは、涼平よりかなり前を走っている。涼平のバイクも時速三百キロは出せるが、トライクは四百キロは出ている。機械の体であるガイアの為に作られたマシンは音速も出せるので、これでも連携のために速度は抑えているのだろうが、それでも見失わないようにするのが精一杯だ。
数秒で砲撃地点が見えると、ガイアは加速を止めた。パラシュートを展開し急停止する。トライクを止めた浮岩がズシンと沈み込むが、対流が弱まり密度が増した地面のお蔭で、数センチ沈むに留まった。事前の見立通りだ。
地面の流動には一定のパターンがあり、地上の植生や岩も水面に浮かぶ浮草の塊の様にある程度まとまって動く。このパターンは数時間から数日で大きく変わることは少ない。
トライクから浮き上がると、その側面に寄り掛かるようにして立つ。パーツを外して物寂しい状態に見える車体だが、これでもなお幹線道路の一車線半を埋める大きさがある。無防備なチャージ中の壁としては多少は役に立つ。だからわざわざ運んできたのだ。
戦車めいた脚部から周囲の岩や樹木にワイヤーやネットを射出して巻き付かせる。地中にもワイヤーとパイルを撃ち込む。根を刺された大樹が比喩でなく悲鳴を上げる。
対流が弱まっていると言っても、体を固定せねば砲撃にブレが生じるし、反動で体が吹き飛ばされる。
周囲を目視確認する。A級以上の妖怪は半径二十メートル圏内は一・二匹しか感知できない。もう少し離れれば数十匹以上の存在を確認できるが、取り敢えず同時に多数が襲ってこないのなら良い。この敵の分布状況も偵察時から大きな変化は無い。
全身の砲門を解放し前面に向ける。この射撃地点からおおよそ一キロ先に大風穴が見える。ここから涼平を走らせるには些か距離があるが、もうすぐまた風穴が拡大する筈だ。砲撃時には距離は五十メートルを切る計算だ。
「ガイア!早いぞ!」
数秒差で追いついた涼平は浮岩に迫る妖怪をバイクで撥ね、鎖で打ち据える。
「すみません。ですがジリリリンと作戦予定時間が迫っていたので……」
ガイアは前を向いたまま謝る。前方を注視する為でもあるが、そもそも今は首だけで後ろを向けない。
ガイアには変に融通の効かない所がある。機械ゆえなのか単に性格の問題なのか、こうと決めた予定はピッタリ守り、覆さない。確かに彼女は大風穴の収縮パターンを把握してはいたが、数秒程度遅れても問題はないのに予定の通りにさっさと行ってしまったのだ。
まあ、そんな性格を分かっていて悠長に会話をしていた自分も悪いのだろう。涼平はそう結論づけた。
「分かった。いい。前方で何かあればすぐに言え」
「了解です」
涼平は、姿勢を起こした妖怪に向き直る。軟泥状の地中で寝ていたS級妖怪のオオムカデだ。ただでさえ頑丈な体表をアルカリ性の粘液が覆っており、これが攻撃の矛先を反らすため防御力が相当高い。その上、鋭い牙や粘液を濃縮した溶解液も侮れない。知性も高く俊敏性まであるが、何より厄介なのは攻撃的な性格だ。
致命傷を負っても、首さえ残っていればなおも獲物を狙う始末だ。
単体の強さとしては、一日半前に片桐たちが戦ったあの新種より更に一回りは強い。 BC級以下の戦士だけで討伐するのなら、三小隊分、約十数名が最低限必要である。
涼平は素早く動いて牙や爪での攻撃を躱し、一方的に鎖で打ち据える。ムカデは業を煮やして溶解液を吐こうと大口を開けた。
その瞬間、涼平は腰のホルスターの機関銃を片手で腰だめのまま上向きに発射した。口内に命中した弾丸が頭を貫き、粉々に吹き飛ばす。
これはオオムカデの最短の攻略法だが、実行は難しい。溶解液を吐くのはオオムカデにとって奥の手である。口内を晒す動作自体はもちろん、溶解液を消費すると体表の防御力が下がるからだ。奥の手を使うほどに苦戦させる必要がある。
ムカデは頭を失ってなお体が動いている。神経節が小さな脳として機能する為だ。だが涼平は止めを刺さず、体を蹴り倒して軟泥に沈め落とすに止めた。感覚器官の大半を失っている以上、近づかなければ発見されることはまず無いからでもあるが、それ以上の理由としては新手が迫っていたからだ。
強い魔力を持つ二人を見た妖怪の反応は、好餌と思って接近するか強敵と見て逃げるか、或いは様子見かに三分される。
有視界距離……ここでは半径百メートル圏内の妖怪のうち迫ってきているのは三割近くといったところだ。問題はその三割だけでも軽く超A級が二十体以上ということだが。
妖怪たちは足の早い順にやって来た。二匹目はヤスデに似た別の多足類型だった。銃撃で牽制し、鎖で絡めとる。
体長五メートル、体重二百キロ超のそれを、絡めとった勢いのままバケネコの集団へ投げつける。集団の半数ほどは余程飢えていたのか毒液を出すヤスデ妖怪を、口の皮膚が焼けるのにも構わず捕食し始めた。
その輪に加わらなかった三匹が飛び掛かってくる。正面から向かってきた個体に投げの勢いが残る鎖で打ち払って仰け反らせ、無防備な腹に銃撃を見舞う。
残りニ匹が両脇から同時に飛び掛かってくるのを、鎖を握りしめた拳と、ゼロ距離射撃で倒す。
ここで機関銃の残弾が尽きた。機銃パーツを放り捨てるとトリガーパーツをバイクの背に投げつけて換装口に挿入する。
リモコンで換装番号を入力しつつ、片手で鎖を長く持って周囲を広く薙ぎ払い、新手の狼型を牽制する。
一体が鎖を跳び越え頭上から噛み付くのを、入力を終えた左手が鋭いアッパーで撃墜する。過酷な環境で肥大化した上下の牙が、狼の脳と顎を突き破る。
武器交換ドラムの回転音が唸る中、涼平は鎖を右腕に巻きつけつつ振り回して牽制を続け、左手は鎖の両端にフックと刃を取り付ける。これを終えると鎖の両側を握り締め、全力で振リ回す。両端の武器が交互に敵を打ち倒していく。
A級妖怪は全て一撃で倒す。これも本来なら一小隊の六人前後を揃えて安全に戦うべき相手だが、無茶をしてでも瞬殺し続けねばならない。一体一体に時間をかければ、様子見の連中まで好機と見て襲ってくるからだ。更に数匹倒すと、ガイアが叫んだ。
「涼平!チャージ完了です!カウント5で撃ちます!衝撃に注意を!」
「分かった!」
涼平はガイアと背中合わせに十メートルの辺りで戦っていたが、濃密な魔力の奔流と放たれる強い光は言われずともチャージが完了したと察した程だ。
……ここに来て、涼平の頭にある懸念が過ぎった。
ガイアが風科に来て数ヶ月、この完全武装形態は話には聞いていても見たのは初めてだが……無事に撃てるのだろうか?
武装一つを付けての砲撃でもガイアは反動で数メートル後方に戻される。反動ダメージを受けたことや、無理に連続使用した試作品が煙を吐いたこともある。
重装甲により、単体使用時より耐久力も上がってはいるのだろうが、今感じる魔力の高まりは想定以上だ。ガイアは耐えられるのか?
「5・4……」
心配ではあるが、今更発射を止めて魔力が暴発して逆に危ない。例えるのなら点火されたミサイルのようなもので、チャージした分はどこかに撃ってしまわねばならない。
涼平は交換の済んだグレネードランチャーを鎖のフックで引き寄せて抱えた。
後戻りはできない。予定通りに行動し、その上で素早くガイアとデータを回収して帰還するだけだ。ガイアが大破したのなら担いででも連れ帰る。
まだ背後から迫ってくる妖怪は残っているが、ガイアを傷つけうるものだけは蹴散らした。自身の回避行動のために背後を振り向く。
光り輝くガイアの向こう、北の空間が歪んでいる。大風穴が拡大する前兆だ!
「ピカッと3……キラッと2……ギューンと1………ファイヤー!!」
大声のセルフ擬音の直後、それを軽くかき消す轟音が森に響いた。
「ズッドオォォォォォォォーンッッ!!!!!!!」
木々がしなり、妖怪たちが身を竦める。涼平は直前で自分のバイクもある隣の浮き石に飛び逃れたが、ガイアの背後に迫っていた妖怪たちは数メートルは吹き飛ばされた。側面や真上は更に強い衝撃が襲っていた。鳥や虫型などの飛行妖怪は、突如巻き起こった乱気流に飲まれて錐揉み回転し散り散りになっていく。
魔力弾・実弾・小型ミサイル、ビームやレーザー、誘導弾、追尾弾、貫通弾、炸裂弾……弾種も速度も性質も様々な大火力の嵐が、拡大して北から津波の如く押し寄せてきた風穴と、その周囲にいた百近いA級超え妖怪たちを襲う。弾幕を放つガイアの前方には、幾層にも折り重なった魔法陣が張り巡らされており、これを背後から通り抜ける度に弾や光線の威力が増し、最終的には初速の倍以上の速度・威力となる。
極超音速の徹甲弾がオオムカデ数匹をまとめて貫き、強化された榴弾が狼妖怪の一団を血風と化す。胸の主砲からの魔力バーストは取り分け凄まじく、直系三メートルの光の円柱が貫いた後には何も残らず、熱で溶けた地面はガラス状に変性する。その威力に風穴すら悲鳴を挙げたかの様に震えて見えた。
砲撃が続く間、涼平は既にバイクに跨り、武器は取り回しやすい拳銃型に換装を始めていた。
やがて砲撃が止んだ。
「涼平!今です……熱にッ……気をつけてシュパーンと行って下さい!」
砲撃を終えて叫んだガイアの声はどこか苦しげに聞こえた。
「分かった。すぐ戻る!」
激しく煙を上げるガイアの横を通り、全速力で砲撃跡を駆け抜ける。彼女の状態を窺う間すら惜しんで走る。涼平が見た所で状態が変わるわけではない。それより急ぐことが肝心だ。ガラス質だけが残った砲撃跡の地面は滑りやすく走りやすい。熱気が酷いがタイヤは耐えられる。体への熱は古竜の頬皮のコートを深く被って耐える。
砲撃を免れた妖怪達も周囲からは逃げ出しているため、ガイアの狙い通り風穴の縁までの道は完全にクリアーされている。風穴の膨張自体も一時的に止まっているが、油断は出来ない。穴の縁まで二十メートルの地点で、測定具を割って、片割れを穴へと投擲する。
可聴域ギリギリの甲高い音が周囲に響く。
測定具が風穴に沈み込むにつれ、音は徐々に聞こえなくなる。
手元に残った方の測定具を見ながら涼平はその場をぐるぐるとウィリー走行気味に回り続ける。あまり距離を取ってはデータが取れない。回りながら三十メートル後ろを見る。ガイア自身は無事に見えるが、武装は大きく損傷している。
砲門や銃口も殆ど崩壊し、主砲に至っては根元付近まで溶けてしまっている。巨大バイザーも上側の二割ほどしか残っていない。おかげでガイアの表情はよく見える。苦しげながらもウインクをして見せているが、それがかえって不安を煽る。内部メカがどうなっているか知れたものではない。
周囲の妖怪たちは警戒しながらも、一部が徐々に彼女に迫っているように見える。
彼らはもうガイアに戦闘力は残っていないと考えながらも、先程の威力を見た後なので、警戒は続けている……というところだろう。
遠巻きの様子見組はもう少し慎重なようだが、彼らも砲撃前よりは前のめりに見える。ガイアの反撃が無いと分かればすぐに襲ってくるだろう。
その様子と測定具を交互に見ながら、涼平は数秒間焦れた。
測定を中断しようという考えさえ、数秒の間に何度も浮かんでは打ち消した。
測定完了の合図のアラームが鳴ると、涼平はアクセルを全開にし一気に最高速まで加速する。
妖怪どころかガイアすら轢き殺さんばかりの猛スピードで来た道を取って返す。
「ガイアアァァッ!」
妖怪たちが仰天して動きを止めるか引き返す中、涼平は鎖を巻いた左腕を大きく広げ、重装のままのガイアをすれ違いざまに掴む。重みでバイクが左に倒れ掛かるのを、ここまで温存していたロケットブーストで持ち直し、背中側から回した鎖をガイアの上体へ巻きつける。常人相手なら五体が挽肉になるほどの乱暴な勢いで、第三者が見たなら殺す気だと誤認してもおかしくはない程だった。
「ドカンと乱暴過ぎます。涼平。一応、キャピッと女の子なんですよ、私」
「暫く我慢しろ……っ!」
僅かにガイアの体に残っていた固定具を引き千切り、片手でガイアを持ち上げる。そして彼女のトライクに叩きつける勢いで載せる。浮石にヒビが入り周囲の地面が飛沫を上げる。これも常人なら赤い飛沫と化す勢いだった。
ガイアが呻きながらも非接触操作でマシンを動かして発進する。
二台のマシンは仰向けのガイアに巻かれた鎖で繋がれたまま、涼平のバイクに押される形で直列して進む。少なくとも流れる地面を抜けるまではこのままだ。
極めてバランスが悪いが、涼平の技術とガイアの無線操作によりなんとか倒れずに済んでいる。
例えるのならバイクの座席の上の一輪車の上でお手玉をするような無茶である。
妖怪たちは追って来ない。ガイアの無力化は確信した一方で、代わりに涼平の勢いに完全に気圧されたようだ。撤退開始後は銃で何匹か射殺しただけで済んでいる。
「データはズバリ取れましたか?」
仰向けのままガイアが問う。
「ああ、感謝する」
取ったデータが何かは言えないし、そもそも上手く取れたのかさえ涼平自身にもまだ分からない。今は感謝だけを伝える。
「鎖、解くか?」
「いえ、そちらのブースターが保つまではこのままでお願いします」
「……まさか装備を外せないのか?」
「はい。グニョンと溶けたり曲がったりしたようです」
まさか、というよりはやはり、だ。
装備は最悪捨てても良いと言われていたのに、ガイアには外そうとする気配が全く無かった。パージすら出来ないそうだ。
「私自身は動けないだけでシャキン!と無事です」
「本当だな?」
「はい」
「そうか……」
涼平は深く息を吐く。レベル4に近づいてきたことで瘴気濃度は薄くなっており、少しは新鮮な冷たい空気が吸えた。頭も落ち着いてくる。
「……頼んでおいてなんだが、こんな無茶はもうしないでくれ」
こうなると知っていれば、今回の大風穴へのデータ採取は断念していた。
「実際、ピカッと無事だったでしょう?涼平こそ最初から私を頼ってくれていれば、フルバーストまで使わずとも、スパーンと用が済んだんですよ」
「……そうだったな。俺も悪かったんだな。すまん」
確かにまだ実弾の在庫があるうちに事情を打ち明けていれば、ビームの比率を下げて代わりに実弾を撃つことで体に貯まる熱が減ったかも知れない。
……ガイアはあったらあっただけ、どの道全て撃ちそうな気もするが、そこは言わないでおく。
「これからはお互い気をつけるとして、まずはシャキンと無事に帰りましょう」
「そうだな」
「取り敢えず、安全な場所に着いたら私をポヨンと脱がせてもらえますか」
「ああ」
あちこち焼け付いた重装は文字通りてこでも入れねば外せそうもない。レベル4からは豪雪の積もる普通の森だ。レベル5とは比べるべくもないが十分に悪路である。
流石に入り口までこのまま帰るのは、この最強コンビでも無茶が過ぎる。
それにこれ以上帰りが遅くなるのは、色々とまずい。
「色々と、佐祐里たちに怒られそうだな」
「生きて怒られに帰りましょう」
「……そうだな」
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