2-6「桐葉①」
――約四十分前。一時半頃。
『生きてたらこっちで助けるから安心しな……っと見えてきたぜ。後でな』
本来なら後続集団とまとめて他の隊と包囲殲滅の予定だったが、後続は佐祐里隊がやむを得ず殲滅してしまった。予定は狂ったが、あとは目の前の先行集団だけ倒せば良い。
警戒する桐葉は宙に舞う赤いリボンを見た。片桐のクワガタだ。バケグモの第一陣の身体に張り付くなどして潜伏していたものだ。ハサミに赤い蛍光リボンを引っ掛けて跳んでいる。赤リボンは危険を知らせるサインだ。佐祐里たちから直接報告を受けた桐葉たちには然程意味はないが、他の隊にとっては重要な先触れになる。
桐葉は厚い布の中にクワガタたちを入れてやり樹の上に置いた。
既に両翼の部隊はドローンと信号弾で連絡を受け、中央の桐葉隊の元へ集まりつつある。交戦には間に合うまいが、撃ち漏らしを仕留めて貰うことは出来る。
佐祐里から報告の有った敵の数は親グモと思われる大型が5で小型が17。中型はいない。構成は異なるが、佐祐里隊が倒した大3・中6・小型20と同程度の戦力である。問題はこちらの戦力が佐祐里隊の四人より低いということだ。
桐葉隊は六名。人数・経験は佐祐里たちに勝るがスタミナや魔力量、耐魔力の面で劣る。しかも佐祐里隊には、一人で圧倒的な手数を持つ片桐春夏がいる。彼がいるだけで頭数が実質二・三人増えるも同然だ。つまり人数でも彼らに負けていると言っても過言ではない。
本来なら射撃で牽制しつつ後退し、左右の援軍を待ってから安全確実に倒すのが上策だろう。だが今は佐祐里隊との合流を急ぎたい。山小屋で待つ要救助者もいる。
『あと五十メートルを切りました』
樹上から通信をしてきたのは、
「数は?」
『報告より少なそうですね。取り敢えず大型3と小型8は確認できます。残りは少し横に行ったかも知れませんね』
このレベル2の奥寄りのエリアの場合、汎用レーダーでは百メートルも離れると敵の正確な補足は難しくなる。それだけ瘴気というものは厄介なのだ。だが本来はこれ程の大群が突然出ることは稀なので、これでも充分ではあった。
森の外の探知レーダー群の照準をここに集中してもらいデータリンクすれば、楽進盤を軽く上回る精度が出るが、それは奥の手だ。一時的にせよ北東の謎の反応は勿論、森全体への警戒が疎かになってしまう。
『カラスちゃんも戻ってきたけど、数は合ってるみたいだよ』
地上で物陰に潜む副通信手・
「そうか。全部蹴散らしちまうつもりだったが、残りは横に任せるか」
『こっちにしたら好都合でしょ?』
保葉は、ガシャンと音を鳴らしショットガンの具合を確認する。
「まあ、そうだけどよ……折角あたしらで全滅してやる気になってたのにな…」
桐葉は小さく舌打ちしながら双剣を軽く打ち合わせる。
『もう、桐葉ちゃんってば』
「『ちゃん』はよせ……」
保葉は桐葉より若い二十一歳だが、幼馴染なので気安く話し掛けてくる。僚勇会は地元の顔見知りばかりなので、全体にそういう空気はある。それでも二十三にもなって年下にちゃん呼びされるのは流石に辛い。何度言っても止めないので桐葉は辟易していた。
『そろそろ、通信機切る?』
先程の佐祐里たちと同様、敵から隠れる為の処置である。バケグモは特に電波に敏感でもないが、奇襲するなら通信を切っておくに越したことはない。少なくとも音は減らせる。どの道、今は他の隊と共闘は出来ない。それに通信をせずとも仲間と初撃を合わす程度は容易だ。
『俺は配置いいぜ、桐葉ちゃん』
『俺もOKだ。桐葉ちゃん』
最年長の四十歳、副隊長の
斧を持つ三十五歳、
ふー、と桐葉はインカムに入らないように溜息を吐く。周りの年上がことごとく「ちゃん」呼びだから保葉も止めないのだ。
「よし、通信機オフだ。あたしか熊切の兄ちゃんの攻撃で戦闘開始。後はいつもの流れで。霜夜は適当なところで通信機再起動だ」
『あの、適当なところというのは……』
最年少十九歳の訓練生、高柳
「あたしらが二・三匹片付けたら、だな。繭の中身を助けるのに連携しなきゃなんねぇし」
『はい!分かりました』
「声が大きい」
『す、すいません!……スイッチ切ります』
霜夜は慌て気味に通信機を切る。そそくさと除雪機を木陰に運び、その影に隠れる。霜夜は片桐よりは年上だが、彼より経験は浅く能力も低い。可能な限り戦闘を避けるよう厳命されている。武装も最小限だ。彼に限らず、スサノオ隊の通信手は半ば荷物持ちで、経験が浅く能力値も低い者や足の遅い者が担当する場合が多い。通信機や物資もろとも弱点を一箇所に集めて守りやすくする為でもある。
戦闘員も兼務する片桐のほうが少数派なのだ。
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敵が二十メートル先まで迫る。保葉はドローンでここまでの情報を両翼へ送ってからショットガンを構え直す。一分とせず交戦となるだろう。
進軍を見送って敵集団の背後から奇襲するのも良いが、南側へ逃げられては困る。取り逃がした個体が帰り道に巣でも張ったら面倒極まりない。といって包囲するには人数が足りない。正面から真っ向勝負だ。
北から来るバケグモに対し、東側に桐葉と将雄、西側に残り4人が息を潜める。
前から見ると桐葉は東の樹上、幸市は西の大樹の木陰で武器を構えて潜んでいる。
義奥は幸市の十メートル南の岩陰、高柳姉弟は彼の更に十メートル後ろの草陰に隠れる。
一番後ろの将雄は東南、桐葉の三十メートル後ろの樹上でライフルを構える。
バケグモのうち小グモ8匹は然程脅威ではない。注意すべき親グモは3匹。
2匹は平均的な体高1メートル級だが、1匹は例の繭を背負っている。そして残る1匹は体高1・5メートル級。先程映像で見た、片桐たちが苦戦した個体と同等の頑強さを持つように見える。
この3匹は通常個体が南、大型が東、繭持ちが北、の「逆くの字型」に並んでいる。小グモは繭持ちを守るかのように中央から西側にいる。
最初に肉眼で確認した時とほぼ同じ陣形だ。情報を元に配置した桐葉達には好都合だ。小グモの配置が無防備なのは奇妙だが、繭という異物があるからだろうか?
……蟲の思考を推測しても仕方がない。桐葉は思考を切り替え、タイミングを図る。
敵が十メートルまで近付いたところで、桐葉は動いた。潜んでいた木の枝を大きくしならせて跳ぶと、樹を二本連続で蹴って移動し、先頭の個体に真横から飛び掛かった!
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