A Dustland Fairytale ~ゴミ溜めからの逃走~

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1.ナイトシフト

Gonna be some sweet sounds coming down on the nightshift

今夜ナイトシフトに スウィートサウンドが降りてくる



またこの笑顔だ、と彼女は思う。

好意の笑顔。

そして、ありがとうと言うだろう。

ほら、言った。

彼女は心で一人毒づく。

どんなに気持ちのいい人を相手にしたって、腹が立って仕方がないときはあるものなのに、ましてやこれではね。

でも、ここで何を言うのが最も正しいのかはよくわかっている。

「いいのよ、気にしないで」

そして、こちらもニッコリと微笑む。

これでいいのだ。

適切な応対の仕方というものがある。

物事のあるべき姿というもの。

「じゃあお疲れ様。明日も頑張りましょう」




些細なイジワル。

どんな日でも、着替え終わってこの部屋を出て行くときには、必ずこの言葉を言うことにしている。

もちろん、微笑みながら。何も乱さない範囲というものをわきまえている。

「ええ、頑張りましょう。気をつけて帰ってね、サラ」

好意の笑顔。

友人モードの人なつっこい笑顔。

これが店の客を相手にすると

「お気をつけてお帰りくださいね」

になり、笑顔ももっと輝かしいものになる。

「あなたもね、ステイシー」と返してドアを出る。

いつか、この笑顔と返答が変わる日は来るのだろうか、と思う。

聞いた話では、彼女たちも常に変わり続けているということだけれど。







建物の脇に付いた裏口を開けて、裏通りに出る。

この街にはメインストリートと呼ばれるものがないけれど、ここは間違いなく裏通りだろう。

ゴミを放り込むためのフタつきの缶があって、何に使うのかわからない梯子が建物にへばりついていて、街灯は無く、空は縦長に狭くて、たまには猫がいる。

サラはこの通りが好きだ。

ポケットに手を突っ込んでこの通りを歩いていると、古い映画の登場人物になったような気分になれる。

男たちは金と見栄のために向こう見ずになり、女たちはうだつの上がらない男をののしりながらベッドに横たわる。

そこでは絶望さえも人生を彩るロマンの一つに他ならない。

画面に映るもの、役者たちが話す言葉。

憧れを呼び起こさないものはそこには無い。

エンドロールが流れた後には、私も一人の役者として、このドラマに満ちた人生を美しく演じていくことが出来るのだ。

そう信じることができた。

水を飲む動作一つでも軽率に振る舞いはしまい、という気持ちになったものだ。

この通りを歩いていると、そんな気持ちを思い出す。




とても短いその通りを抜けて、店の建物の裏側に出ると、そこには池がある。

サラがここを歩くのは夜の帰り道だけだ。

特に今夜みたいに、月が明るい夜は素晴らしい。

池は銀色に光る。

その銀色が何であるかは考えない。

ただ、月が映るから銀色に輝くのだ。

それでいい。

店を出てから、部屋に帰って眠りにつくまで、彼女は店のことも、これからの生活のことも考えないようにしている。

生まれてこの世にあることを祝福しよう、

感謝にあふれた良い気分で過ごそう、と心がけている。

そして眠りにつくときにはただ、私は一人きりなのだ、と自分に言い聞かせる。

一人きりで、月と水の間に浮かんで、眠りにつくのだ、と。

そして朝が来れば、私はあるべき場所にいるだろう。







「名前を聞いたらわかるんじゃないか?」

客たちが騒いでいる。年齢と身なりから見て、まず間違いなく学生だろう。

物見遊山程度の気持ちで、この街を訪れる若者は多い。

「私はサラ」

彼女は応える。

「私はステイシー」「私はブリトニー」「私はスーザン」。

全員が応える。

「わかった! Sから始まる名前が3人もいるってことは、そっちがヒューマノイドだろ?」

「さて、どうでしょう」

スーザンが応える。

それを聞きながら、サラは学生たちのグラスに酒を足していく。

「絶対そうだよ! 俺が製作者だったら絶対、名前に統一感を持たせたいと思うだろうな」

「でもSから始まる名前なんて、限界があるんじゃないか?」

「別にこの店の中で同じ名前が重ならなければいいわけだからさ、それぐらいはあるだろう。セリーナとか、ステファニーとか」




客の方で勝手に話が盛り上がってくれている間はラクだ。

ユニーたちは、あいづちを打つのがとても上手い。

サラはその間にカクテルを作ることに専念できる。

しかし、サラだけがこの作業をやっていては目立つ。

たまにはユニーたちに氷を注ぎ足させたりもする。

ユニーたちは酒を適量に注ぎ足すのは苦手だが、氷は簡単に入れられる。

世の中ではユニファイド・ヒューマノイドの略称として「ユニー」と呼ばれているが、この店ではユニファイド・レイディーズと呼んでいる。

結局はユニーと呼ぶのだから同じことなのかもしれないけれど、でもオーナーは彼女たちへの気遣いは無意味ではないはずだと力説する。

尊重する気持ちがあることは、誰にも伝わらなくても無駄ではないはずだと、サラも感じる。




当てっこに夢中な学生たちに適当なあいづちを打ちながら彼女は思う。

だいたい、流行っているからといって、日本のクラブ方式でやるのが無茶だ。

ユニーにしろ、ヒューマンにしろ、気を配る範囲が広がりすぎてボロが出やすくなる。

しかもこの店は、テーブルにヒューマンを2人以下しか置かない。

それでさりげなくユニーたちの統率をしながら、接客もしろというのは負担が大きすぎる。

ましてや、サラぐらいのベテランになると1人で任されることもしばしばだ。

「サラのお気に入りの食べ物はなんだい?」

「レタスをたっぷり挟んだホットドッグか、卵をたっぷり添えたベイクドチキンね」

「たっぷりってのがミソだ。そういうところは人間くさいよ」「ステイシーだってワサビは抜いて、とかなんとか言ってたじゃないか」

「じゃあステイシーも人間ってことだ」




そういう質問で身を明かそうというのは、まず無理。

そのような基本情報はかなりきちんと網羅されているし、統一感と個性のバランスもよく考えられている。

結局、ヒューマンとユニーたちを区別できるのは、そういった論理ではない。

数時間ほど会話をつづけて、帰るまでに見分けがつくようになる客は半分ぐらい。

それも、なんとなくそんな気がする、という曖昧な判断にとどまる。

論理で組み上げられたものを、論理で解きほぐそうというのは難しい試みのようだ。

たまにユニーたちが突き崩されるのは、たいていは突拍子もない会話の中でのこと。




以前、「ステフとスージーは、どちらのほうが僕のことを好きだい?」という質問を受けて、二人とも演算処理能力を超えたらしい。

解答を求めてネットにアクセスしたために、一瞬フリーズしたことがある。

従来はフリーズ用の表情と会話があるからそれでしのげるはず。

その機能も処理落ちするほどの負荷だったらしい。

接客というカテゴリーでの非常に微妙な問題をはらむ質問だっただけに、そうなったのだろう。




学生たちは閉店まで4時間も居座った。

景気のいいこと。

一人あたりで、サラの給料の3日分を払っていった。

彼女の給料だって悪いほうじゃない。

世の中には、サラよりももっとずっと上手くやってる者もいる、ということだ。

それを考えるのが最も憂鬱なので、すぐに頭の中をそれから逸らす。

風を感じる。

この街に来た当初は、この風の中で暮らしていけるとはとても思えなかった。

慣れるというのは驚くべきことだ。

今はこの風を、夏の終わりを告げる爽やかで寂しい風として受け取れる。

その寂しさにつられて、夏の向こう、さらに冬の向こう、遠くのことを考えてしまいそうになる。

こんな風の吹く夜なら、それもいいかもしれない。

そんな胸の痛みもドラマとして楽しめるかも。

でも、きっと無理。

数字が彼女を叩きのめすから。

そして、彼女は銀色の池に足を向ける。







時間帯からして、その日の最後の客になるはずだ。

冴えない男。

シャツはくたびれているけれど、顔のつくりはたぶん割りとハンサムなほう。

サラがそういう目で男を見定めることがなくなって、ずいぶんになる。

サラが見るのは、客としての質だ。

おそらく、ユニーたちと遊びに来たというよりは、単に酒を飲みに来たという感じ、と彼女は見きわめる。

「遅くまでどちらに?」

この街で、しかもこのユニー・チャームみたいな店に来る客は、たいていはよそ者だ。

しかしそれにしては服装が軽すぎる。

はき古しのジーンズにくたびれたシャツというのは、この街の奥に住む男たちの一般的な服装だ。

めずらしく彼女の興味をそそる。

「ん、まぁ仕事みたいなもんだね。毎日遅くまで作業しているんだ」

この街の人間が店に来たのは、いつ以来だろう。

彼女が次の質問を考えていると、男が先に口を開く。

「このテーブルではヒューマンは君だけのようだね」

「どうしてそう思うの?」

心臓が一気に跳ね上がったが、言葉が勝手に口をついて出てくれる。

こういうところはヒューマンもユニーも変わらない。

よく訓練されていれば、やるべきでないこと、とるべきでない態度はとらなくてすむ。




「ユニーはヒューマンにイニシアティブをとってもらったときに、最もその性能を発揮する、というのは一般的に知られている。俺が席についてから、まず酒を作って話題を出したのが君だったからね。」

「あら、そんなのたまたまよ。でも確かにステイシーよりはあたしのほうが、よく話すかもしれないわ。ねぇステイシー?」

話をふりながら、この人の判断の理由はそれだけじゃないだろう、と考える。

確信を抱くほどの強さで、サラがそう思うのはなぜだろう。

「ごめんよ、ステイシー、君はとても魅力的で、きっとお話し上手なことだろうと思うが、俺にはわかるよ。このフロア全体で言っても、ヒューマンはこちらの、サラと言ったっけ? 君と、あと1人だけか。時間も遅いからかな? ヒューマンがこんなに少なくっちゃあ、やりくりも大変だろうに。」




そのあたりで、サラは自分がどうして先ほどの確信を抱いていたのかに気づく。

このテーブルには3人の女の子がいるのに、ヒューマンが私“だけ”ということにすぐに気づいた。

私がヒューマンだということがわかっても、他の2人についての判断材料はなかったはずなのに。

ましてや会話も交わしていない他のテーブルのことまでお見通しとあれば、これは決定的だろう。

「ずいぶんと、ユニーについて詳しいのね」

このまま、あと二言三言ほど会話を続ければ、ユニーたちも会話の流れが変わったことに気づくはず。

ユニーたちにとってはそれだけのこと。

お客様がユニーを「発見」した後の会話のモードに入るだけ。

でもサラにとっては、もう一つ別の事実がバイアスをかける。

この人は、ヒューマンとユニーをいつでも“即座に”見分ける人だ。




裏口を出て、池のほうへと歩きはじめる。

「こんばんは」

「ちょっと! びっくりさせないで」

予期しないタイミングで声をかけられたので、サラは心底驚いた。

暗闇を透かして見ると、先ほどの客。

正面入り口と裏口の両方が見える位置で、待っていたらしい。

「すまない。驚かすつもりはなかった。なぜ湖のほうへ向かうんだい? あっちは物騒なのに」

「ご心配なく。護衛手段はうってあるし、あの辺りの人たちとは顔なじみなのよ」

サラの持っているボタン型の単純きわまりない端末は、店の警備室とLANでつながっている。

今だって声をかけて来た相手がすぐに確認できなければ、ボタンを押しているところだった。

店にとって、サラはなかなか貴重な人材なのだ。

「で、なにかご用? 一応、出待ちは禁止ってことになってるんだけど」

「君みたいな人に会いたくてこの店に来たんだけどね、店の中じゃできない会話ってあるだろ?」

「ユニーたちのお店でも出すつもり? あなたなら出来そうね」

「とりあえず、あっちの明るい通りを歩かないかい?」




男が選んだ店は、この街の住人だけが集まるような目立たないバーだった。

人もまばらな店内。

バーカウンターの赤い光だけで薄暗く照らされたテーブル席に、二人は座る。

男はダグと名乗る。

「やっぱりこの街の人なんでしょう? どのあたり?」

原料にコーンを含んだ安いウィスキーをなめながら、サラが聞く。

「ずいぶん奥のほうさ。“どんづまり”と呼ばれる中でも奥のほうだ。」

「ということは、あの“丘”に用のある人ってわけね。狙いはなに? レアメタルなんかケチに集めてるわけじゃないんでしょう? それともアンティーク系?」

「いや、“どんづまり”で技術屋みたいなことをやっている。いろんな機械や工具を使うやつらが多いけど、なにしろあの環境だからね、すぐにぶっ壊れるし、直せるやつも少ない。」

「それだけの理由であんなところにいるわけでもないでしょうに」

「まぁね」

ダグは何かを含んだような笑みを浮かべる。

いたずらめいた表情を浮かべると、ずいぶん若く見える。

「そういうのはやめて。わかるでしょ」

サラはピシャリと言う。

「おっと、そうだったね。君はただの女の子じゃないんだ」

「ただの女の子よ。誰だって、それぞれに詳しい分野は持っているわ。そういうこと、あなたもわかっているんでしょう?」

「そうだね。だから君と話をしたかった」



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