シロとアオ
坂昇
プロローグ:シロとアオ
「またこの場所か」
西の空に沈みかけた夕日が、先程まで透き通った青色の空を茜色に染まるある日の夕暮れ。
滑り台や鉄棒、ブランコ。開発途中の住宅街にひっそりと存在する小さな公園には、元気な子供たちの無邪気な笑い声や楽しそうな叫び声は少なくなっている。
その場所に白坂裕翔は、ただ一人立ち尽くしていた。
夕暮れ時の夕日が彼の背後を照らし、長く真っ直ぐに伸びた影がもう一人の自分を作り出しているかのように彼には思えた。
そして、その影は何かを差し示すかのように、ある場所に真っ直ぐに向けられていた。
向けられた先は、白いコンクリートで正方形に囲われた小さな砂場であった。
その砂場で遊ぶ一人の少年と一人の少女が彼の視界に映る。
少年は、着ている白いTシャツを泥んこにしながら、泥団子を作っていた。
水を含ませた砂をギュッと水分を絞り出すように丸くこね、ある程度形が整ったら水の含んでいないサラサラの砂で回りをコーティングし、綺麗な球体へと仕上げていく。
作業がひとしきり終わり納得のいく泥団子を作り上げた少年は、誇らしげな表情をして少女の目の前に泥団子を突き出した。
「アオちゃん見て見て!この泥団子、爆弾みたいでかっこいいだろ?」
少年の言葉に、少女は首を傾げながら泥団子を見つめ、少年に告げる。
「アオ、爆弾見たことないから分かんないよー」
「ちぇっ!何だよ、つまないなー」
「ごめんね。あっ!シロくん、お鼻に泥がついてるよ」
そう言うと、少女は、着ている水色のワンピースのポケットから、水色のハンカチを取り出すと、少年の鼻っ柱についた泥を拭きとった。
一方の少年は、照れくさそうに鼻を擦りながら、少女に「ありがとう」と告げた。
「どういたしまして」
少女は、満面の笑みで少年を見つめると、少年は、恥ずかしいのか、彼女から顔を逸らし、泥団子を丁寧に丸める。
そんな少年の姿に、少女は少しの間、首を傾げ不思議そうな表情で少年を見つめるが、すぐさま笑みを浮かべ、少年に話しかける。
「ねえねえ、シロくん!見て見てーお姫様のお城!」
少女が両手で指し示す方向に、少年が視線を向けると、お城とは言い難いが、山の形をした砂でできた建物が作り上げられていた。
「こんなのお城じゃないよ。ただの山じゃん」
「山じゃない!お城なの!もうシロくんのいじわる」
少女は、ふくれっ面をして少年を見つめる。
そんな少女の怒った様子に、少年は焦ったのか、慌てて「ごめんなさい」と謝る。
少年の謝りの言葉に、少女は再び笑顔になると、嬉しそうに少年に告げる。
「アオはねー、将来お姫様になってこんなお城に住むんだー!だから、シロくんは、アオの王子様になってね」
「えーっ。シロは、ヒーローになりたいんだけど……」
「ダーメ!シロくんは、アオの王子様なの!いいでしょ?」
少女は、笑みを浮かべたまま、少年の顔を覗きこむ。
少年は、少女との距離がグッと縮まり、少女の愛らしい笑顔が目の前にある事に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にさせる。
そして、少女の言われるがまま、コクリと頷く。
少女は、「やったー!」と嬉しそうに叫びながら、その場でウサギのように飛び跳ねる。
そして、満足いくまで飛び跳ねると、少女は小さな右手の小指を、少年の前に突き出した。
「絶対だよ!だから、指切りしよ!」
「やだよー。恥ずかしいよー」
「指切りするの!ほら、早く!」
少女は、少年から泥団子を取り上げると、無理やり指切りをし始めた。
少年は、恥ずかしそうに顔を逸らしながら、少女の指切りに応じる。
そして、指切りが終わると少女は、少し黙り込んだ後、笑顔のまま少年に告げる。
「ずーっと、アオの王子様だよ……」
しかし、少女の目は、どこか寂しげなものであった。
少年と少女のやり取りを見ていた裕翔。
なぜか、彼の頬を涙がつたっていた。
そして、少女の最後の言葉で、目の前の光景は、白い霧に包まれていくように彼の視界から遠退いていく。
彼は、必死でその光景を掴み取ろうとするが、追いつくことができない。
そして、その光景は、彼の目の前から完全に消え去っていった。
夕日は落ち、彼の周りは暗闇のような夜に包まれる。
そして、彼の体、心を冷たい風が吹き抜けていった。
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