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「グルヴェイグだわ... 間違いない」


へ... ? 女子ロキのままだが、硬い声だ。

高いけどさ。動揺してるように見える。


「だって、グルヴェイグの心臓と結び付いたんだろう?」


レンガステーキ皿の 長テーブルの向かいから

ジェイドが言うが

「あの心臓そのものよ。グルヴェイグの心臓も

黄金色だったわ」と、ロキは フォークを置いた。


「そりゃ、似るんじゃねーの?」

「うん、人間なら珍しくないぜ。

体質も似るし、髪とか肌とか 眼の色とかも」


「あの女、戻って来る気よ」


お... 急に妊婦さんに戻って、ナーバスになってるのか?


「考え過ぎだって。

もし そうなら、心臓の色を知らなくても

“この子は グルヴェイグだ” って解ったんじゃねぇか? 孕んで すぐの時点で解っただろうしよ。

グルヴェイグに会ってて、知ってるんだからさ」


朋樹も宥め、話し合いから外れて ジェイドの隣に来たトールも

「アース神族の中にも まれに、黄金の心臓や血液を持つ者はいるだろう?」と、レンガステーキを摘んだ。さっき、タラフク食ってたのにな。


「お前は、オージンと血を交しただろう?

アース神族の遺伝じゃないのか?」


「そうだったわ... 」と、ロキは フォークを持ち直したが「でも どうして、ヴァン神族のグルヴェイグの心臓が ゴールドだったのかしら?」と 今さら言った。食った時に思えよ...


「ヴァン神族の中にも、ゴールドの心臓や血液を持ってる人がいる とか?」


ルカが言うと

「そうなのかしら? 聞いたコト無いわよ」と

肉にフォークを刺したので、冷静にはなったようだ。


「しかも 子は、男児ではなかろうかのう?」


長テーブルの下から 狐榊の声だ。


「えっ、わかるのか?」


テーブルの下を覗くと、まだロキの腹に 横顔を

宛てていた 狐榊が

「ふむ。このように張り付いておると

何とは無しに、“男児では無かろうか?” といった

感触があるのよ」と、床を払うように 三つ尾を振った。


「... そのようだな」


透過タブレットの微調整が済んだ シェムハザが

優しい顔で言う。

じゃあ、付いてる ってことか!


「おっ、ちょっと見せてくれよ」

「見たい見たい!」


オレより先に 朋樹とルカが、ロキの両側から

長テーブルを回ったが、大人しく並ぶことにする。


タブレットを通して 赤ちゃんを見る 朋樹とルカは

ふや っと 顔の力が抜けたが

「おおー、本当だ! 男の子じゃねぇか!」

「なんだよ、“グルヴェイグがー”... ってよー!」と、明るい表情だ。

テーブルのレンガステーキの上に乗り出して見る

ジェイドも「髪は ブロンドみたいだ」と 笑顔だ。


「あっ、口 動かさなかったか?」

「マジで? オレ、シェムハザ越しだからさぁ...

赤ちゃん、夢 見てんのかなぁ?」

「生まれる前って、どんな夢を見てるんだろうね?」


痺れを切らし「もう代われよ」と

朋樹を追いやった。

ルカも シェムハザに「ゾイと代わってやれ」と

言われてやがる。

ゾイは「沙耶夏たち、癒やしてきたよ」と

持って戻った オレらのコーヒーを 別の長テーブルに置き、ミカエルに マシュマロコーヒーを渡したところだった。


「おっ... !」


これ、どうなってるんだ... ?

赤ちゃんは ロキの腹に背中を向けているのに

ロキの背骨側から見た 赤ちゃん... 逆さで前を向いて、身体を丸くしているところが見える。

狐榊も映っていない。すげぇ...


赤ちゃんは、瞼を閉じて 眠っているようだ。

頭皮を覆う 細く柔らかそうな髪は、ジェイドが言ったように ブロンドだ。色までわかるのが すげぇよな。

お腹の真ん中から出ている へその緒が

ロキの胎盤に繋がっている。

何だろう... 上手く言えねぇけど、近い言葉で表すなら、圧倒される。初めて感じる種類の感動だ。


あっ...!

本当に 赤ちゃんが、むにゃむにゃと 口を動かした...  すげぇ... マジで すげぇ...


「かわいい... 」


シェムハザと代わって 透過タブレットを持った ゾイが、赤ちゃんを見て グレーの眼を輝かせている。悪魔ゾイで男姿でも、雰囲気は女の子だな。


そのまま顔を上げて「ね、かわいいね」と

ジェイドや オレにも聞いた。つい微笑っちまう。

トールが頷いた。


すっかり落ち着き、少し誇らしげな顔で 肉を食い続けている ロキに、ゾイが

「ロキ、ありがとう」と 礼を言っている。

「赤ちゃんのことも、お母さんのロキのことも

嬉しい」


「“おめでとう” じゃないの?」と、ジェイドが

微笑って聞いているが

「だって、嬉しいから」と言う ゾイに、狐榊も

「ふむ。このような心持ちとなる事など、う然う あろうか?」と 続く。


「そうだよなぁ。妹が生まれた時とも

ちょっと違うしさぁ」


コーヒーカップを取って言った ルカに、ロキは

何も答えなかったが、トールに「良かったな」と

言われて、明るく微笑った。


『シェムハザ』


蔓ワニから ボティスの声がした。

『すまん、こちらの用だ』と、赦しの木で繋がっている先に 謝っている。

「何かあれば喚べ」と、シェムハザが視聴覚室へ

消える。


ナイフで切った肉を 狐榊に食わせる ロキを見ながら「イヴァン、大丈夫かな?」と 言ってみると

「そうだわ... 取り返せた って言ってたわね?」と

ロキが ベッドを立った。


「あっ、ゆっくり立てよ!」

「イヴァンは まだ治療中だと思うよ」


「それで、女子化したのかしら?」


うん?


ケシュムで女子化し、腹が膨らみ出した ロキを

思い出す。

イヴァンが きっかけで、グルヴェイグの心臓と

結び付いたけど、今回の女子化も なのか... ?


「それなら、お前の腹の子のことに関しては

イヴァンが近くに居るだけで キュベレの力を上回る... ってことになるぞ」


「それは 考え難いと思うよ。

キュベレが やり方を変えたんじゃないのか?」


「うん、イヴァンは 呪術セイズや催眠みたいなことが

多少 出来ても、呪力は そこまでない と思うぜ。

見張りの悪魔と印象を比べてみて って話だけどよ」


答えは出ないが、イヴァンは ソゾンの息子で

ソゾンの姉が グルヴェイグだ。血の繋がりはあるんだよな。

けど、イヴァンが キュベレの術を解く というのは

無理だろう と オレも思う。


ルカが ジェイドにコーヒーを渡している。

冷め切る前に もらおうかな。


「赤ちゃんが解いたんだったら?」


近づいたオレにも コーヒーを渡しながら

ルカが言い、誰も答えない内から

「ほら、“混血は優れて強い” って聞くじゃん」と

言い訳のように付け加えた。


「巨人と ヴァン神族の子だし、ヴァン神族は

天使に通用するような術も いくらか使えるしさぁ」


「赤子が解いたとしたら、生まれようと思って

の ことか?」と、皿の最後の肉を食う トールに

「それは わかんねーけど、生まれるのが自然だし

生きる って本能も備わってるんだし。

ロキが女子化 出来なかったら、生まれられねー 訳じゃん?

イヴァンが近くに来て、自分と近い血に反応したのかも... とか思ったんだけどー」と返した。

けど、自信は無さげだ。


イヴァンが来たから か...

ケシュムの後も、一度 半魂で 学校に来た。

宗教施設や学校には 影人が出ないのかどうかを

確認した時だ。

あの時は、ロキは女子化しなかった。


催眠状態で 視聴覚室に来た時... ついさっき

両腕と ソゾンの半魂が結ばれていた ミロンの頭部が 送り付けられた時も、ロキは女子化してない。

眠らされてたけどさ。


イヴァンが来ても、女子化した時と しなかった時があるんだよな。

やっぱり、赤ちゃんじゃなくて

キュベレが解いたんじゃねぇのかな?


... いや、待てよ。


ケシュムの時は、儀式の後、麦酒の瓶の回収に

ミロンの首の中の ソゾンも来ていた。


さっき、半魂は奈落で消滅したけど

グラウンドで、影人から ソゾンの声はした。


赤ちゃんが、ソゾンに反応したんだとしたら... ?

いや、ソゾンは 道化ニバスにも憑依してたんだよな。


道化ニバスに憑依していた時は、誰も気づかなかった。

ソゾンが潜んでいたから 赤ちゃんも反応しなかったのか? 有り得る気がするが、わからん...

“ソゾンに反応” って、気分的にイヤだしさ。


「赤ちゃんがさ」


朋樹が 言い出し難そうに

「キュベレの ってか、ソゾンの居場所が

わかるかも って話 してたよな?」と 切り出したが

「まぁ でも、イヴァンを霊視すりゃあ

何か わかるかもな。

オーロが持ってる イヴァンの血と、四郎と ロキの血を交換してみようともしてるんだし」と

言い直した。

なんとなく 朋樹も、ソゾンやキュベレから

赤ちゃんを遠ざからせてぇのかな? って気がする。


「贄を増やしたのだったら?」


トールだ。


「アバドンが消滅したことは、キュベレもわかっているだろう。

アバドンは、キュベレに 直々に使われていた。

奈落の城の地下牢から救い出したのは、キュベレだしな。

だが、アバドンが復讐者アラストールを使って、ロキに復讐しようとしていたことは知らんだろう」


地獄ゲエンナ七層の鍵を狙っているのは キュベレでも

地獄ゲエンナに降りたのは、アバドンだもんな。

ソゾンの半魂も 道化ニバスに憑依していたが、アバドンが 一層から三層の支配者を従わせたことで

五層の復讐者アラストールのことも、七層の鍵目的で従わせている... と 考えるだろう。


「つまり キュベレは、アバドンが ロキに復讐しようと目論んで、復讐者アラストール地獄ゲエンナから出したことは 知らんのじゃないか?」


ルカが「えっ? じゃあ、キュベレや ソゾンは

審判者ユーデクスとか恩寵グラティアみたいに、“地獄ゲエンナから復讐者アラストールが逃げた。だから アバドンが追っていたけど、アバドンが殺られちまった”... って判断してんの?」と 聞いた。


「推測だが」と頷いた トールに

「なら、“贄を増やした” って... 」と

朋樹が口籠る。


キュベレは、術を解いて ロキを女子化させた。

増やした贄は、お腹の赤ちゃん ってことなのか... ?


「でも、キュベレ側からすると

赤ちゃんが産まれることが 何か不都合なんだろう?

だから ロキに女子化させなかったんだし」


コーヒーを飲み干して ジェイドが聞くと

「それなら、贄にする訳ではなく

不都合ではなくなった か、“確実に赤子を殺る” と

考えたかだ」と 返した。

ロキに眼を向けると、ゾイが ロキの片手を

両手で包んだところだ。


「案じぬで良い。儂や これらが、子も お前も

護る故」と言う 狐榊に、オレらも頷いたが

ロキは「ええ。私、産むわ」と ゾイの手を握り返した。

なんとなく 場の気が抜けたのに

「あら? あんた達を信頼してる ってコトよ」と

ウインクまでしやがった。護るけどさ...


「... 何かあれば、また報告する」


ミカエルが 仕事の声で蔓ワニに言い、蔓ワニからも 様々な声で 返事が返る。

ワニの顔が解け、蔓は しゅるしゅると

朋樹の足の下に戻っていった。


「俺も 赤ちゃん見たい!」


振り向いたミカエルは キュートな笑顔だ。

ゾイが ぽーっとしているが、オレらも眩しいぜ。


長テーブルを回った ミカエルは、ゾイに 透過を

翳してもらい「うん、男の子だな」と ロキの腹に手を宛て「眠ってる。元気だ。加護を与える」と

丸い腹に 真珠色の十字クロスを光らせた。

ロキの顔が安堵し、明るくなった。

ああいう時は かわいいけど、ロキなんだよな...


「あれ?」


ジェイドが廊下に向いた。

「声 しなかった?」と 言った時に

「まーだーかーよー」と、ヘルメスの声がした。

何も変化がないらしく、オーロとケリュケイオンの見張りに飽きちまってる。


「そうだ。もう、四郎とロキの血を

オーロに持って行くぜ?」


ゾイに「珈琲 ありがとう。また戻る」と 微笑い

ミカエルが視聴覚室に消えた。

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