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「... うっ」


吐き気がし、反射的に ミカエルの手を振り払って

身体を折ったが、離したミカエルの手が 背中に宛てられ、悪寒と吐き気が鎮まっていく。


「今、喋ったぞ」


ヘルメスは、ソゾンの影人が重なり立ったケリュケイオンを 凝視して言った。


影人の言葉は、オレだけでなく

ヘルメスや ミカエルにも聞こえたようだ。


 “何故、お前が そこに居る”...


あの言葉は、白い森で聞いた言葉だ。

何か恐ろしいものが居た。いや、思い出すな。


なんで ソゾンが...


「泰河、大丈夫か?」


ミカエルの声で、自分のなかに籠もりかけた意識が

外と繋がった気がした。


返事を返そうとしたが、喉が痛み、声が掠れる。

開きかけた口を閉じて 頷いて返し、冷や汗で背中や胸、手のひらや脇も冷たくなっていることに気付く。


「声は、ソゾンだったけど

ソゾンの半魂は 奈落で消滅しただろ?

明確な意思は失われたはずなのに... っていうか

泰河、本当に大丈夫?!」


ケリュケイオンから オレに顔を向けたヘルメスにも

頷いたが

「顔、真っ白だよ。ムリさせちゃったよね」と

心配そうに ケリュケイオンの前から立ち上がり

人差し指と中指で オレの額に触れた。

くらっ と 目眩がし、瞬きをした... と思ったが

ジェイドとアコが居る。


「おお?!」と、でかい声 出しちまったが

「ちょっとは ラクになった?」と ヘルメスが聞く。

「5分くらい寝せて、ミカエルに癒やしてもらってさ」らしく、視界がクリアになり、気分の悪さも すっかり無くなっていた。


「アンバーを喚べ って?」


ヘルメスやミカエルを見て言う ジェイドは不安げだ。今回 アンバーは、痛くて怖い思いしてるもんな。


「オーロがケリュケイオンの中に居るんなら、アンバーが

糸を伸ばしても同じじゃないのか?

糸がケリュケイオンに巻き付くだけ とか... 」


「うん」

「そうかも」


ミカエルと ヘルメスが答え、皆 無言だ。

ハッとした ヘルメスが

「じゃあ、何?

やっぱり 向こうが痺れを切らせて動くまで

見張ってるだけ ってこと?」と 文句を言うが

どうすることもな...


「イヴァンの治療が終わったら、沙耶さんに

イヴァンを視てもらう予定ではあるよ。

朋樹が やる って言ったけど、ボティスが止めて

シェムハザが寝せてる」


朋樹じゃ きついよな。

イヴァンの半魂の方なら 夢現ゆめうつつっぽいけど

身体に残った魂の方を視ると、四肢切断まで追体験することになる。


「ソゾンの影人が出た っていうのは、何なんだ?

泰河が蔓に触れて 出たのか?」


ジェイドは、ただ聞いた という風だったが

あの悪寒が ぶり返す。

背中に ミカエルが手を宛て、ヘルメスが

「そう。ソゾンに見えたんだけど、泰河に負担がかかっちゃうからさ」と 話を止めた。


けど 本当なら、話し合うべきなんだよな。

ソゾンの影人の言葉は ミカエルたちにも聞こえたし、こんなことは今までなかった。

あれは、あの白い森で言われた言葉だ と...


「それなら、泰河は 朋樹に視てもらうとして

この蔓の先か... 」


またケリュケイオンに向いた ジェイドに「あのさ」と

ソゾンの影人の言葉について話そうとしたが

「いや、あんまり泰河が蔓に触れると

“蔓に巻いているのは イヴァンじゃない” と

向こう側に気づかれるかもしれない」と

ジェイドの方が話を止める。


また ひどい顔色になってたのかもな... と過ぎらせていると、ジェイドは そのままケリュケイオンに触れて

「オーロ」と呼んだ。


「あっ」


オーロだ。

ケリュケイオンは、上の方に開いた翼があって

その下に 螺旋に絡んだ 二匹の蛇が向き合っている

という形の杖だが、向き合う二匹の蛇の真ん中に

オーロが顔を出した。

丸い目で ジェイドを見つめている。


「呼べば出てくるんだ」と

独り言を言った ジェイドは、とりあえず

「ずっと イヴァンと居て、えらかったね」と

オーロをねぎらった。

オーロは表情を変えず、割れた舌を出してみせたが、なんとなく喜んでいるようにも見える。


「キュベレが居るところは わかる?

この黒い蔓は 誰が伸ばしてるの?」


ジェイドの質問に、オーロは首を傾げた。

「わからないか... 」と言うと、また傾げているが

「答えられないだけじゃないのか?

喋れないから」と ミカエルが言った。


「そうかも。出るとわかってれば、ルカも連れて来たんだけど」


ルカは、思念 読めるもんな。

実は それ、ちょっと羨ましいんだよな...

“おやつくれ” とか “遊べ” っていう意思表示以上に

動物が思ってることが解ったりさ。


「ちゃんと食べてたのか?」


アコだ。オーロが項垂うなだれた。

イヴァンや ソゾンの身体の食事がなかったとは

思えないが、オーロは食べていなかったようだ。

話はズレてきているが、アコが

「卵 もらってきてやるよ」と 消えた。


すぐに戻った アコは、ステンレスのボウルを持っていた。中には卵が 十個くらい入っている。


「俺、やってみたいな」


ボウルから 一つ取った ヘルメスが

「はい」と 差し出すと、オーロは卵に口の先を

つん と 付けた。

グリーンの眼を丸くした ヘルメスが

「わっ! 軽くなった!」とか言う。


「もう食べたのか?」

「本当に?」


ボウルの端で卵を打ち、パカッと割っているが

中身が空だ。


「すごい!」「俺もやってみたい」と

アコも ミカエルもやって、空になった卵に喜んでいる。ジェイドの後に、オレもやってみよう。


「あっ、ルカだ」


ジェイドが卵をやっている間に、校舎に向いた

ヘルメスが言った。

「うん、卵のついでに呼んでみたんだ」と

アコが言い、オレの順を抜かして

またミカエルが 卵をやっている。


「オーロ ごはんー?」と、でかい声で聞きながら

歩いて来るルカに

アコが「うん、すごいんだ」と、一瞬で空になる

卵の説明をすると「えっ、オレもやるし!」と

やっぱり やりたがる。


「ミカエル、もう 二個やっただろ?」と

ミカエルの手から 卵を取り、オーロに差し出すと

本当に 一瞬で、ふっと軽くなった。すげぇ...


「殻の中に 何か入れられたらいいのにな」

「出来そうじゃないか? シェムハザとかが」


「あっ、もう 一個しかねーじゃん!」


到着した ルカが、ボウルから卵を取り

「よう、オーロ。久しぶりぃ」と、差し出すと

オーロは 何故か、卵を殻ごと丸飲みした。


「えっ... 」「オーロ?」

「オレさぁ、見ながら来たんだけど

今までと違くね?」


「でも、普通 蛇は こうだよね。

後で 殻だけ出したりするじゃない」


ヘルメスが言ってみているが、なら 今までは

何だったんだよ...

そして オーロは喉を膨らませ、開いた口から

卵の殻を見せた。


「割れてないぞ。食ってないのか?」

「これ、“受け取れ” ってこと?」


「ルカが あげたんだから」と ジェイドに言われ

「あ、おう... 」と、ルカが手を差し出すと

オーロは卵を吐き出した。

うわぁ... 別に 濡れたりとかはしてねぇけどさ...


「軽くは ないんだけど」


暗い顔になった ルカが、卵を割ろうしたが

杖に巻く黒蔓が伸び、その手首に絡む。


「何これ? どーいうこと?

オレ、捕まってんじゃん」


すっかり気分を害した ルカは、ケンカ腰で オーロに詰め寄っているが、これは やばくないのか?

ミカエルが真面目な顔で ルカと手を繋いだ。


「オーロを読んでみたら?」と ジェイドに勧められ、“あ、そっか” という顔になって

左手の指で オーロの額に触れてみている。


「... え?」


次は真顔になって オーロを見つめているが

こいつ、顔 忙しいよな。


「これ、イヴァンの血?」


血... ? オレらも真顔になるぜ。

「卵の中身が?」と 眉をひそめるジェイドに

「たぶん」と 頷いたルカは

「オーロ、イヴァンから吸血してるし」と言った。


「イヴァンが 腕を落とされてからだ。

“鍵を取り、預言者 及び 境界者との交換を” っていうめいを聞いて、イヴァンの中から牙を立てて

血を飲んでる」


「なんで そんなことしたんだよ?」


ミカエルが 説教の顔をオーロに向けると

オーロは、ルカの指の下で顔を背けた。


「命じたのは誰なんだ? キュベレ?」


アコは、ルカに聞いている。


「命じたのは ソゾンだろうけど、近くに居る誰かに言ってるんじゃなくて、離れている アバドンや 復讐者アラストールに、影人か何かを通じて命じた って感じ。

全員に影人が重なってれば、意思は届くんだろうし。

で、イヴァンの身体は、“物” と見做して移動術をかけられて、ここに運ばれた。

半魂は、儀式の場で 十字架に磔られてる。

オーロは、イヴァンの身代わりになれないか と考えて、イヴァンの血を飲んでおいたみたいだぜ」


「えらい」

「素晴らしいよ、オーロ」


コロッと笑顔になった ミカエルと ジェイドが褒めた。血は、自分を よりイヴァンだと思わせるために飲んだのか。

けど、キュベレに通用するのか... ?


「イヴァンの半魂を十字架に磔にしたのは

この蔓を伸ばしてる奴?」


ルカは ヘルメスに頷いたが、疑問の顔になり

「ソゾンなんだけど」と、自分の言葉に 首を傾げた。


「はぁ?」


わかんねぇよ。何 言ってんだ?... を込めて

言ってやると

「いや、まず、“預言者や境界者と交換” ってめいを出した時も、オレらが知ってる あのソゾンとは

言い方が違うんだけどさぁ」と言い出した。


「そのめいを出した時、ソゾンの半魂は

道化ニバスに憑依してたんじゃないのか?」


「そうなんだよな」


ルカの答えに、ジェイドもイラッとしたようだが

「身体に残った方のソゾン?」と

ミカエルが聞いた。


「うん。この蔓は、ソゾンの身体の足から伸びてんだよ。オーロが見てる。

でも、意思は 消滅した半魂の方 にあるんだろ?」


「わかった!」と、アコだ。注目する。


「ソゾンの身体に残った魂には、夜国の神が融合したんだ。だから、意思があるし 喋る。

アバドンや復讐者アラストールに 言葉で命じてたのも

夜国ソゾンだ」


「ああ、なるほど」と、ヘルメスが納得したが

オレも、さっきの影人が ソゾンの影で出たことが 腑に落ちた。


「消滅した半魂ソゾンも、地獄ゲエンナの支配者を取ってこい って使われてたよな?

“妻が鍵を” とか言ってたのに、その 夜国の神に命じられて ってことかよ?」


「夜国の神に命じているのが キュベレ なんじゃないか?

ソゾンは、ミロンの首から出てた。

ベリアルの術が解けるのは、キュベレくらいだろう。首からの解放を餌に使われたか

夜国の神が融合していようと、気にせず 身体に戻るつもりだったか... じゃないのか?」


ミカエルに話している ジェイドに

「“気にせず”って... 」と、突っ込むと

「夜国の神が 身体の魂に融合したことによって

“新しい力を手に入れた” くらいに考えたんじゃないか?」と 返ってきた。


いや そんな... と引いたが

「うん、有り得るかも。キュベレに捨てられないために。アジ=ダハーカなんか 簡単に捨てられたんだろ? 使えなくなった奴はダメだ。

“子供を産ませた” ってだけじゃ、何も確実じゃないしな」と アコが頷いている。


そうか、それは あるかもな...

キュベレの方は 利用価値があるかどうかってだけで、ソゾンを何とも思ってねぇんだろうけど

ソゾンの方は どっぷりだもんな。

ミロンの首に 半魂を結ばれちまった時も

“何でもする、頼む” と、キュベレに助けを乞うていた。その点だけは切ないぜ。


「それでさぁ」


ルカが オーロから指を離し、右手に持っていた

イヴァンの血液入り卵の殻を オーロに差し出すと

オーロは卵を飲み込み、空っぽの殻だけ出した。

ルカの手首に巻き付いていた蔓が解けると、ケリュケイオンに戻って 巻き付いていく。


「四郎とロキの血を オーロが飲めば

蔓は、ソゾンの元に戻ろうとするかも」


「血で “四郎とロキを渡した” って思わせて

蔓を伸ばしているソゾンを騙す ってこと?」


ヘルメスが確認すると、ルカは「そ」と頷いた。


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