16


目が覚めると、テーブルには 空のグラスがあって

向かいのソファーでは、朋樹とルカが

座ったまま 寝ている。


スマホで時間を見ると、14時過ぎだった。

結構 寝た。シャワー、済ましとくかな。

こいつらも浴びるだろうし、混む前に。


カウンターに ワイングラスとワインを置くと

シャワールームで、ランドリーバッグに 脱いだ物を入れて、ザッとシャワーを浴びる。

シャンプー、いい匂いするんだよな。

アコが買って来てくれた 海外製のやつだから

何の匂いかは よく分からねぇけど。


ジェイドは、機嫌直ったんだろうか?

けど あいつ、何で あんなに怒ったんだ?

皇帝が怒らなくて、オレは ホッとしたのに。


皇帝が顕れて、女が リリトだって気付いた時

オレは、生きた心地がしなかった。

いくら ジェイドでも、皇帝に殺られるんじゃねぇか? と思ったし、オレらもヤバいと思った。

皇帝、すぐ妬くしさ。


皇帝とリリトの やり取りを聞いてて

お互いが 他の誰かと寝ることとか、そう大した事じゃねぇんだろう って気はした。

リリトは、それで マーキングする... っていうか

何らかの手段にしてもいるしな。


ジェイドは、リリトだって分かっても

まったく焦ってなかった。


屋敷で 皇帝に背中向かれて、ショックだった んだよな? 拒絶されたように感じたんだろうか?

それで いっそ、皇帝を怒らせようとしたのか?

皇帝とジェイドにしか分からねぇ何か が

あるのは分かる。けどさ。


... もし、オレが ヒスイと寝て

朋樹が怒らずに、ヒスイに “どうだった?” と

聞いたら


あぁ、これか。腹立つな。

この場合 オレは朋樹と、男として対等に見られてねぇよな。ガキ っていうか、ハナクソ扱いだ。

ハナから、オレに ヒスイは取られねぇ と

分かってるんだ。


皇帝とリリトは、朋樹とヒスイとは 違うけど、

ジェイドは、遊ばれてる感が イヤだったんだろう。無視されて ハナクソ扱いだもんな。


身体も顔も洗い終わったので

棚からタオル出して、新しい下着も出しながら

アコに何か お礼してぇな... と 考える。

いつも これだけやってもらってんだし、仕事でも

マジで もっとまともに役に立たねぇと。


で、さっきの続きだ。

寝室に居たジェイドが、皇帝が 謝ったのを

聞いてりゃいいんだけど。


やっと ジゴロの呪詛が抜けた ニナも

何かが すっぽり抜け落ちちまって、あの調子だし

つらいよな。

ジェイドと すんなり上手くいくと思ってたぜ。


正直、今のニナは、以前程 かわいく見えねぇ。

内面は 外側に出る。気がする。

話しやすくて 明るいのは、変わらねぇけどさ。


オレが、話しやすい子だと感じた理由は

今更 分かる。そして、この “話しやすい” も

以前の それとは違うことも。


ニナに対して、そういう印象を持ったのは

四郎の時だ。あの 十字架の下。

オレが リョウジのことで 感情的になった後だった。

ボティスに 銃口を向けて、不可抗力であっても

ニナのことも撃っちまってて、

エマを使って 終わろう... とも した後。


“もう、泣き止んだ?”


ニナは オレに、そう言った。

本当に何気ない調子で。

少し話して、話しやすい子だと感じたけど

オレは あの時、あんな風に話しかけてくれて

嬉しかったんだ... と、冷静になった 今 分かる。


あの場に居て、ニナも すげぇ怖かっただろう。

シイナも イッちまってたしさ。

それでも、相手に気付かせないように 気を使えるのは、ニナが 優しいからだ。


根が そうなんだろうけど、そう出来るようになるまで、ツラい想いも たくさんしてきたんじゃねぇかな? 女の子になりたかった男子だったしな。

そうじゃねぇと、他人ひとの気持ち... っていうか

こころは 分からねぇし。


オレらが、ニナは かわいい... 何かいい と 感じたのは、そういうところが 雰囲気に出ていたからだろう。

触れ過ぎて来ねぇけど、相手が望むような関わり方をする。与えることが出来る人だ。

アコが、順の それきりじゃなく 友になることにしたのも、ニナが そういう子だからじゃねぇかな?

何千年も 女 見てきてるんだし、最初の印象だけでも、だいたい どんな子か 分かるだろうしな。


今は、印象が違う。ただ明るいから 話しやすい。

いい子だ、じゃなくて、楽しい子。

いや、上手く言えねぇな...

一緒に居て楽しい ってのは 大切だ。

けど、好きだから楽しい って部分も でかいと思う。もっと軽い楽しい なんだよな。

今のニナは、飲む時とかに呼びたい... って風だ。


ヒゲも揃え終わったので、冷蔵庫から 酒用の

トニックウォーターを取っていると、朋樹が起きた。

テーブルに置いたままだった 水を飲みながら

オレを見て

「あっ、オレも シャワー済まそうかな」と

シャワールームへ向かう。


オレは寝室だ。クローゼットに着換えを取りに。

ルカは まだ寝てるけどさ。


寝室のドアを開けると、左奥のベッドに転んでいた ジェイドが、オレのトニックウォーターを見て

手を伸ばした。

仕方ねぇから 渡して、クローゼットを開ける。

服、増えてんな。アコは マメだ。


何 着ようかな?

形選びや サイズは、アコは間違いない。

オレらの好みも熟知している。

色で決めるか。下は カーキだな。オレ多いけど。

これで シャツを赤にしたら、いつもっぽいな...


「水色。薄いやつ」


ベッドに起き上がりながら、ジェイドが言う。

聞いとくか。「おう」と 答えて、それを着る。


「ルシファーは、帰ったのか?」


いやいや、分かるだろ。けど

「おう、オレらも寝てる間にな」と 返す。

膝下丈のカーゴも履き、話したそうなので

ルカが告解していた 右奥のベッドに座ると

「悪かった」と、謝ってきた。


「いや、いいけどさ... 」


話、続かねぇ。

オレ、いいって返したけど、何についての

“悪かった” なんだ? リリトのこと だよな?

何 言やいいんだ? とりあえず...


「おまえさ、皇帝が謝ったの 聞いた?」


「聞こえたよ」


トニックウォーター 飲んで、ため息ついてるけど

それについて、悪い気は してねぇようだ。

ちょっと落ち着いたようにも見える。


「あの女が、さ... 」


「ああ。見て すぐ分かった。

悪魔だ と 思ったし、“リリ” だからね」


分かってて、あれか...  恐ろしいぜ。


「普段 遊ぶ時も、あんななのか?」


流れで 何気なく聞いちまったが

「な訳ないだろう? 僕は 何なんだ?」と

逆に ビビられちまった。

本人は「母国イタリア式だ。女性には優しく が当然。

出来る限り褒めるし。驚くよ」と 言っているが

その場限りで遊ぶのは、そもそも だろう。

その上 優しいのは、罪じゃねぇのか?

アコとも 何か違うしさ。


「僕を利用するために、堂々と顕れたからね。

くちびるを噛んで、“ルシファーが怖い?” と

聞いたんだ」


挑発の仕方 わかってるよな...

ジェイドは、悪魔が挑むと 乗りやすい。

ついでに 朋樹は、何でも やってみるが...


「いろいろと続いた上に... ってこともあるけど

まぁ、言い訳だね」


触れねぇ方がいい とも思ったけど

「ニナ さ... 」と 言ってみた。

答えが返らなければ、“シャワーしとけよ” と

逃げるつもりだったが

「うん。“呪詛が抜けたからだ” って 頭では分かるけど、変わったね。

それでも 実際のニナを知ってるから、まだ... 」と

にがい顔で微笑う。


「シイナに言われて、一度は 何かスッキリしたんだ。そうだな と 思ったし」


“バッカじゃないの?”... か。

ためて言いやがったしな。


「でも、望まれてない」


う...

呪詛が抜けて、ニナは 自分でも よく分からずに

ふわふわしてるんだろうけど

オレが ジェイドでも、諦める方向に向く。


「呪詛が言わせた言葉だとしても... 」


“あなたじゃない”

あれは、関係ねぇオレも キツかった。


「今は、そんな時でもないし」


「いや、それはさ

ルカの時にも 話したじゃねぇか。

アリエルとか ヒスイ、今は朱里も だけどさ

全体で護れば... 」


ジェイドは、しんどいはずだ。

神父... 信仰心と 皇帝の間に立って

教会に出て、オレらとも仕事して。


「僕の問題なんだ。

神父をやめようか というところまで

考えてしまう」


「えっ?... 妻帯が ダメだから?」


交際もダメなんだろうけど、バレねぇだろ?

口には 出さねぇけど。


「迷いが生じれば、祈りがジェズに届かない と

思ってしまうんだ」


「けどさ、そんなことねぇんじゃねぇの?

宗派が違えば、妻帯可のとこもあるじゃねぇか。

聖子も、マリアを... 」


ジェイドは 頷いたけど

「だから、僕の問題なんだ」と 言った。

心の ってことか... どこか 真面目なんだよな。

司祭 という立場もあるんだろうけど。

秘跡の儀式... 洗礼、聖体、ゆるし、病人の塗油を 執り行う。


「それに、抜けたくない。

仕事を続けたいとも、本当に思う。

泰河とも、ルカや朋樹とも、四郎とも。

ミカエルたちや、ボティスたちとも」


迷って、聖子に祈りが届かない と

自分で思い込んでしまえば、祓魔の仕事にも

支障は出る。そこが取っ払えればな...


「別に 悩むこともないんだけどね。

彼女と居られたら... って、僕が 一方的に望んでるだけだし。もう少し時間が立てば、気持ちも落ち着くと思う」


なんかなぁ...

何とも言えねぇんだけどさ。


「聞いてくれて、ありがとう」


「あ? いや、オレ 何もさ... 」


「“言えなかった” だけでも、

聞いて欲しいだけの時もある。助かったよ」


頷くくらいしか 出来ねぇんだよな。

「シャワー空いたら、入っとけよ」とか

関係ねぇことで 話 逸したりしちまって。


「そうだね。影が無い ようだし。

本当に無いけど。僕も気付いてなかった。

最近、動かしてなかったしね」


おっ、それも聞いてたのか。


「おう、何なんだろうな?

意味ねぇ気もするんだけど... 」


「おっ前等ァ!」と、ドアが派手に開いた。

ロキだ。もう戻ったのか。笑っちまうけど。


「ジャタんとこ行くぞ!会議だ!」


「珈琲を頂いておりますよ」と

四郎も顔を覗かせると「あっ、四郎」と

ジェイドが呼び止めた。


「夢の女は、出てないだろうな?」


うガッ...  ギョッとして、開いたドアに向くと

ロキしか見えなかったが

「また 被害者が出たのですか?」と

警戒するような声で返してきた。

大丈夫そうだな...

天から降りてるし、ミカエルと同じ括りなのかもしれん。または イマイチ考えづらいが、リリトに良識があるか...

それは それで、キュベレ対策が要るけど

やられちまうより いい気はする。


「いいから早く、シャワーを浴びたら どうだ?」


ロキは、ジェイドに変身して言った。

忙しいよな。


「今、ルカが浴びてるけど... 」と、眼を見開き

眼だけ虹色に戻った。


「お前... 」と 言いながら

寝室に入ると、四郎の鼻先で ドアを閉じ

「やりやがったな?」と、ジェイドの隣に座って

肩に腕を掛ける。読んだのか? やめろ...


ジーパンのケツポケットから グミの袋を出して

同じ顔で ジェイドに渡し

「見直した。大したタマだ」と

真面目な顔で言って「... すげぇな、お前!」と

ケラケラ笑い出した。

ジェイドのツラでも ジェイドと思えねぇ。


ハラハラしたが、笑い飛ばされたのが かえって

良かったのか、ジェイドは 肩を竦めながらも

グミの袋を開けた。

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