115


丘を降りると、白樺の木々を抜けて

白い町の外れ。

氷石の城の向こうから、青いレヴォントゥレットが、空に 吹き上がっているように見える。


『とりあえず、中央の広場へ向かうぜ?』


少し先に見える、中央へ向かう道を指して

ミカエルが言う。


『町なんだけどさ... 』

『うん... 』


こうして降りてみると、街路樹の白樺が多い。

丘の上から見た時は、そう気にならなかったのに。... いや、そう多くもねーのかな?

城壁がある城や 館の他にも、充分な広さの敷地を持つ家ばっかりなんだけど、お互いの生活が 気にならねーように、上手く植えてある って感じ。

塀のない 家の中の窓から、道は見えても

他の家の様子は 見えねーと思う。

けど別に、閉鎖的な雰囲気はない。


『これは、道じゃなくて 水路だな』


狐榊を降ろしながら、ボティスが言う。


『水路?』

『あっ、マジじゃん!』


丘の上から見て、道だと思ってたところには

水が流れてた。

白い石で造った広い溝は、透明のガラスか氷石みたいので 覆われてる。


『細い道が、家や城にも続いている』


この道... 水路は、中央の広場に繋がってるんだよな。じゃあ そこに水源があんのかな?


『家の中から、明かりが洩れてるね』


通り掛かった家の窓を見た ジェイドが言う。


『本当だ』

『明るいな』


ロキとヘルメスが 覗きに行ってるし。

神隠ししてると、大胆だよなぁ。


『シャンデリアが黄金だ』

『見ろよ、床や天井もだ。これが反射してるんだな』


『えっ... すげーけど、趣味 悪くね?』って

つい言ったら

トールが『何故?』って、キョトンとしてる。


『ヴァナヘイムは、どこよりも黄金が豊富だ。

なのに、誇示していない』


『そうか、それでも 黄金で家を建てたりしてないんだから... って なんのか』


眼鏡朋樹が『感覚が違うんだよな。

“金持ち” じゃなくて、“神” なんだし』って 納得してる。

泰河は『床が黄金 って、誇示してねぇの?』って

もー 分からん... って ツラになってて

何でも 錬金で黄金に出来るハティは、肩 竦めてるけどー。


『人を見ないね』

『そうだ。気になっていた』


ヴィシュヌとベルゼが話してて

『おかしくないか?』って、美眉を潜めたシェムハザに、ロキが

『だけど アースガルズなら、神殿に集まって過ごすこともある。男はグラズヘイムに、女はヴィーンゴールヴに』って 答えた。


『虫で様子を見るか... 』


ベルゼが、ステッキで 白い地面を突くと

空に 薄い水色の陽炎が降りる。

水色のはねを持つ 透明の身体の水蜻蛉みずとんぼ

あいつら、きれいなんだよなぁ。


『整然とした 綺麗な町ですが、物音も無く

何か落ち着きませんね』


『鳥獣の類も おらんな』


四郎や師匠も、周囲を見回してて

『庭の草なども、今し方 刈ったかのように

葉先が揃っておるからのう。まぁ、神国である故』って、狐榊も 人ん家の庭の芝生を嗅いでる。


ふらふら 町を見ながら歩いて

でかい館の近くも通る。

塀はないけど、細氷ダイヤモンドダストが舞ってて

その光が 目晦ましになってた。

窓からは やっぱり、ゴールドの明かりが洩れてるんだけどさぁ。


『珈琲は?』って、シェムハザが タンブラー

配ってくれて、飲みながら歩く。

相変わらず 気が利くんだぜ。

タンブラーの飲み口から上がる コーヒーの湯気と匂いに ほっとする。


中央の広場に着いたけど、ここにも 人はいない。

広場の周りの花壇には、青いパンジーやビオラ。

花壇から建物までの間隔は、かなり広くて

所々に植えられた白樺の木の下には 白いベンチがある。


『これは 何なんだ?』


レヴォントゥレットの光を吸収したような

円形の広場は、直径 30メートルくらい。

ここも、ガラスか氷石なのかは分からない 透明のレンズのような蓋で覆われてて、下から水が湧き出してるように見える。

これが、広場から放射状に広がる 水路を通ってるみたいだ。


『泉... ?』


極寒ニヴルヘイムの フェルゲルミルの泉の水が

地下を通って 湧き出してるのかもな』


レンズみたいなやつに乗って、トールが水を見てる。トールが乗っても 何ともねーし。


『ヴァナヘイムにも、グラズヘイムや

ヴィーンゴールヴのような宮殿はあるのかな?』


泉? の 周辺 見ながら、ロキが言ってるけど

バカでかい建物が 四つ。

水蜻蛉が 一匹戻って来て、ベルゼが くちびるから離したタンブラーの縁に止まった。


『... 女神等の居場所は分かった。その宮殿だ。

窓辺に女が居たようだ』


ベルゼは、円形の泉を挟んで 正面の建物を指差した。縦並びの窓の数は三つ。三階建てで

横に でかい。両サイドの塔は 五階建て。

細氷がキラキラしてて、ここからは 窓の中は見えなかった。


他の建物と同じような 真っ白な宮殿。

泉を回って、近くから見ると

不透明の白いガラスのような素材で造られてて

“フェナカイト” っていう石らしい。


『フェナカイト? すげぇ希少石じゃねぇのか?』

『グレーっぽいのとか、石が混ざったようなやつなら、見たことあるけど... 』


朋樹とジェイドが、半ば呆れたような表情で

宮殿を見上げてる。


『ここに、これだけ使われちまってるから

地上に 少ないんじゃねぇの?』っていう

泰河の言葉は 聞いてないんだぜ。


『おっ。今 二階の窓に、女が見えたぜ』

『うん。声は聞こえないけど、人の気配はするね』


『催眠で、何人かに 話しが聞けると良いが... 』

『侵入するしても、正面からか?』


月夜見キミサマが、宮殿に 白蔓を伸ばして

中の様子を調べてくれる。


『一階の 玄関ホールのような場所は、無人のようだが...  殆どの者が、二階におるな。

集まって話す場に大多数と、幾人かが別室だ』


『では、入るか』


泉の広場から、白い石の通路を歩く。

通路の両端の花壇には、水色のルピナスが並ぶ。


重たそうに見えた 白い石の扉を、ヴィシュヌがノックする前に ミカエルが引くと、えぇっ? ってくらい 簡単に開いた。

女神たちが集まる場所らしいし、重くても困るだろーけどー。


二階分の高さがある 玄関ホールは

天井と 二階へ続くサーキュラー階段が黄金。

中央の でかい蝋燭シャンデリアを見た ベリアルが

『水晶だな』って言ってる。


左側の通路に伸びる階段を上がると

二階は、玄関ホールをコの字に囲む回廊。

玄関に対面する二階の壁は ガラスになっていて、

日差しとレヴォントゥレットの光が ふんだんに入り、水晶のシャンデリアにも反射する。

窓のすぐ側に、白樺の夏の緑。


『右手が 多数集まっておる広間。

左手には個室があり、幾人かが煙を浴びておる』


『煙の方は、たぶん セイズだ。

どこかへ 魂を飛ばしてる』


ロキが、顔をしかめて言った。

セイズ呪術は、性的な恍惚感を伴って 忘我状態になるとか、実際に性行為に及ぶこともあった っていうし、生理的な嫌悪感があるっほい。

特に “男が” ってのが、イヤみてーなんだよなぁ。

オーディンには、それで暴言吐いてるし。

この辺りが なんとなく、両性って気ぃする。

まぁ、想像したくは ねーけどさぁ。


『催眠で?』

『セイズを行ってる者には、無理じゃないのか?

魂が 抜け出て行ってるんだろう?』


『いや、抜け出ているのは “自由な魂” だ。

肉体にも 半分 魂は残ってる』


『催眠が使えるのは、ベリアル、シェムハザ、

ハゲニトだな。榊も 幻惑が可能だか』


催眠で情報集めの、部屋割の話になってるけど

『他の部屋は何だ? 琉地、来いよ』

『三階を見て来る。神隠し効くんだよね?』って

右側にも サーキュラー階段を見つけた ロキとヘルメスが、琉地連れて 遊びに行っちまう。


『待って。何かあったら... 』


ヴィシュヌが止めても、聞いてねーし。

師匠が三階に向かってくれた。

宮殿の中 見たかったんだろーけどー。


『キッチンは 一階だよな?』って言うトールに

『いや、一階で食事にしよう。シロウも』って

ヴィシュヌが連れて行く。

性的なやつとか、シロウに見せられねーもんなぁ。女神たちは大人だろうし、下手すりゃ心傷トラウマになるしさぁ。


『ベリアルとシェムハザで 足りるかと... 』


おっ、ハティ。何か イヤがってんな。


『しかし、女神等が集まっている広間の方ならば

居るだけで 何らかの話が聞けるかもしれん』


ベルゼが言うと

『では、我は広間を』つってるんだぜ。


『しかし、まだ 男神たちが見つかっていない。

短時間で済ませるべきだ。幾人か 纏めて話を... 』


結局、セイズの方は ベリアルひとり。

広間は、シェムハザとハティと榊で、ボティスが付き添い、神隠しに女神を入れるために、月夜見キミサマも呼ばれてる。


『じゃあ、俺等も 一階で見張りしてるぜ?』って

言う ミカエルと、階段を降りて

トールとヴィシュヌ、四郎が居る

サーキュラー階段の下へ行く。

オレら、階段昇った意味 皆無だしぃ。


皿に山盛りのルンダンやサテ、ロントンに

ナシゴレンと、海老と卵のサラダ食って

『アジ=ダハーカや キュベレは、城や宮殿の

どれかに隠してるのかな?』

『ソゾンの城は、どれなんだ?』って

話になってるんだけど、

オレらは、光輝くっていう ヴァン神族が

どんなものか 見てみたかった。


『ソゾンは、確かに美形だったよな... 』

『けど 人じゃなくて、“神” なんだぜ?

なんでも美形で当たり前 なんじゃね?』

『問題はさ... 』

地上勢力うちのシェミーと比べて... ってことだね』


『シェムハザ以上の存在など、天が許すと?』


フォークに刺した海老を 口に運ぶ前に

ベルゼが 鼻で笑ってるんだけどさぁ。


『広間、覗いてみねぇ?』

『おっ、行ってみよーぜ!』って 泰河と立つと

『バラけるなよ』って、ミカエルも立つ。

朋樹とジェイドも立ったけど

『女神の方々を覗き行くなど... 』って

四郎は 自主的に、トールとヴィシュヌ、ベルゼと

留守番なんだぜ。


『硬すぎると硬すぎるで 心配だよな... 』とか

勝手な心配しながら、サーキュラー階段を昇って

一面 窓の通路を歩き、広間の扉を そろそろ開けてみた。


『おおう?!』『シェミー?!』


水晶の蝋燭シャンデリアの下

奥の窓辺に シェムハザ。仕事着なのに

天衣みてーなやつ着た 女神たちが群がってるし。

ハーレムってやつじゃね?


人間世界ミズガルズのどこで暮らしてるの?」

「隣、代わってよ」

「どうしたら、あなたの妻になれる?」

「イヤだわ。あなたには、巨人の愛人もいるじゃない。人間とも寝てるでしょ?」

「それが何か関係ある? あなたは、私の兄とも寝てるくせに」


シェムハザが微笑って、両腕に腕を絡ませていた女神から するっと離れる。

言い合いしそうになっていた二人の近くに行くと

二人とも シェムハザに見惚れて、眼を潤ませた。


『何かあったのか?』


『おっ』『ボティス』

『いや、見学だぜ?』


居たの気付かなかったぜー。

よく見たら、シェムハザに見惚れる女神たちの隣に立った ハティと榊が

『何故 集まっている?』

『ソゾンという者についてであるが... 』って

聞いて回ってる。


女神たちは、シェムハザ見ながら

『セイズのためよ』

『ソゾン? 良い人よ。目立たないけど』って

夢現ゆめウツツで 答えてるし。


『シェムハザ、神隠し解いたのか?』と

朋樹が聞くと

『その方が早かろう。聞くだけ聞いた後

ハティが 記憶を削除すると言うからな』って

入口の隣の壁際で コーヒー飲みながら

月夜見キミサマが言った。

オレ、月夜見キミサマにも 気付かなかったぜー。

シェミーしか 眼に入らなかったしさぁ。


『みんな綺麗だけど、圧勝だね』


ジェイドが 満足げに言うし、視界から 何とか

シェムハザを避けながら、女神たちを見てみる。

うん、すっげー 美麗。

それだけでなく、“さすが” っていうような

色気あるし。

胸元の白い肌の質感、薄い生地の下の腰のライン。くちびるの端とか、指先とか。

全身、内側から それが匂い立ってもいるけど、

“いいのよ” 感も すげー。

これ イケるんじゃね? って 気にさせる。

けど、安っぽくない。女神なんだぜ。


『これを 別性で上回るんだもんな... 』

『ファシエルの方が かわいい』

『分かってるって』


女神たちは、何とか シェムハザを

自分の方に向かせたいけど、いざ 明るいグリーンの眼を向けられると、息 止めるくらいが 精々せーぜー


「しかし、美しい場所だ。

つい 迷い込んでしまったが... 」


高めのハスキーな声で シェムハザが言うと

くちびるの動きに、女神たちが ため息をつく。

かなり満足して、広間を後にした。


階段に向かおうとしてたら

『ベリアルが呼んでおるようだ』って

月夜見も出て来た。


『何で? 魂 飛ばしてるんだろ?』

ミカエルが 不思議そうに聞くけど

月夜見も『分からん』だし

『ちょっと寄って行くぜ?』って なった。


窓の通路を歩いていると、白い煙が凝って 琉地が顕れた。ロキとヘルメスも 階段を降りて来る。


『図書室と浴場と、客室みたいな個室だった。

もう、飯 食ったのか?』

『左右の塔は、占いするための場所みたいだった。そういう道具が いっぱいあったから』


大したものは無かったらしく、本 持ってる師匠も

『おまけに無人だった。食事にしよう』って

一階へ 降りて行ってる。

オレも、降りたら コーヒー 貰お。


一階への階段を通り過ぎて、個室のドアが並ぶ

通路に入ると

『セイズって、個室でやってるんだよな?』って

言った 朋樹が立ち止まった。


なんだよ って聞こうとしたけど、幾つかの部屋のドアが開いてる。


『ベリアル?』


ミカエルが呼ぶと、別のドアが開いて

『来てくれ』って ベリアルが顔を見せた。


部屋の中央には、でかい鳥の巣を 斜めに傾けたようなハンモックチェアに、青いクッション。

背中を預けた 女神が、はだけた裾から 長い脚を投げ出して、ゆったりと座ってる。


白い円柱のサイドテーブルに置いた 香炉から出ている、甘いミントのような匂いの煙が

瞼を閉じた 女神の方へ漂って、身体に纏わっていく。


『忘我状態にならねば 魂は抜けん。早める』


ベリアルが、女神の下腹部... っていうか

恥丘の少し上に、人差し指と中指の先を着けた。

香炉の煙が凝り出し、足首から螺旋を描いて

白い裾の中へ入っていく。


「... ぁあっ んっ 」


女神は 身を捩らせると、両足を突っ張り

腰を浮かせた。 これ さぁ...

どーいう気分になればいーのか、分からねーんだけどー。


ハンモックチェアが揺れる程 痙攣し、ふっ と

脱力した女神から、女神のかたちの煙が浮いて 抜け出ていく。


「... レイファ」


『あ?』『何だ?』


男の声だ。


『ソゾンだ』と、ベリアルが言う。

レイファっていうのは、この女神の名前らしい。


「... おいで 君は もっと、美しいものになる」


女神の煙が 天井まで昇ると、白い炎に変化して消えた。

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