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ツナギに着替えて 仕事道具入れ巻くと

ヴィラを出る前に、シェムハザが コーヒー入れてくれたタンブラー 持って、バンに乗り込んだ。

この人数だと、車内が やたら広く感じる。


「ミカエル、最近 ゾイ喚ばねーのな」


何となく言ってみたら

「喚ぶ暇が無かっただろ?」って ムクれて

「今日の夜、喚ぼうと思ってたけど... 」って

コーヒー 飲んでる。


「まぁ いつでも 一緒に、世界中どころか

他の惑星でも行けるもんな」って 泰河が言ったら

「うん。あんまり距離は感じない」って

もう笑った。ブロンド睫毛が眩しいんだぜ。


道路は、相変わらず バイク多い。

二人乗りの前のヤツまで スマホ見てたりして

こっちがビビるし。


「アグン山の麓って、バリ ヒンドゥーの総本山があるね。ベサキ寺院?」


ジェイドが楽しそうに言ったけど

「信徒でなければ、入れん場所が多いようだ。

階段は昇れても、境内には入れんかったりなど。

どちらにしろ、入れ替わりの場所は 海側だ」とか

返されちまってる。


「そうなんだ... 」


すげー 残念そう。


「現代的な店もあれば、古い映画で見るような店もあるよな... 」


ふうん... って顔で、朋樹が外 見てる。


「確かに」

「市場は また雰囲気違うしな」


二回くらい信号を曲がると、車が少なくなって

建物も少なくなってきた。

かと思えば、また別の町みたいなとこに出て

道沿いに 家や寺院があったりだし

住宅街っぽいところも通る。


「緑 多くなってきてるけど

道は 舗装されてるんだな」


「そうだよなぁ... 」


洞窟から こっちに来る前に、琉地から読んだ時は

土の地面に チャナンがあったみたいなんだけど、あいつ、どこから持って来たんだろ?


棚田とか 畑も、周りの木が 南国の木ってだけで

日本とは雰囲気が違う。果樹園も多い。


「おっ、なんか 祭?」


花が飾られた寺院から、舞踊系の衣装と化粧の

女の人が出てきた。... けど

「儀式や祭りが多いようだな」って

シェムハザは容赦無く 通り過ぎちまうしぃ。


「ちょっと見たいんだけどー」


「寺院は多い。ひとつひとつ見て行くと、時間が幾らあっても足りん。

車を途中で置いて、森を歩くことになるから

時間に余裕が無ければ いかんだろう」


うん、オレらで移動に時間が掛かるし

尤も なんだけどさぁ...


海側って言ってたけど、海は見えてこねーし。

「あっ、あれ 海じゃね?」って 泰河が言った時に

また 木々で見えなくなった。


家があったり無かったりする道が、だんだん曲がりくねってきて、ながらかな登り坂になる。

もう、山に入ってるよなぁ。

特に駐車場でもねーけど、道から外れた 何もない土の所に、シェムハザがバンを止めた。

ヴィラから走って 二時間弱。昼 越えたとこ。


「マスクを着用しろ」って

シェムハザが 取り寄せて渡してくれた。

ミカエルとシェムハザは 要らねーらしいけどー。

戻ってきたサングラス掛けてる四郎が

かなり怪しい風貌に なってるんだぜ。


「マジで山じゃん」

「けど、登山道じゃねぇだろ?」


この辺りは、木が密集してなくて 土も見えてる。

琉地、この辺から チャナン持って来たのかな?


向かう先には、鬱蒼としたジャングル。

地元の人や 林業の人が使うような獣道が

あるにはあるけど...


「アグン山の麓って、もっと寺院があるんじゃないのか?」


「点在しているが、もう通り過ぎた。

さて、ここから山に入るが

入れ替わりの場所までは そう遠くない」


“山の麓” つってるもんな。

でも、でかい山だ。

バリ ヒンドゥーの 神々がすむ山だし

合掌してから 獣道に足を踏み入れた。


「“火の神がすむ” とも、記事に書いてありました」

「へぇ... アグニかな?」「活火山だもんな」


噴火して、噴煙が何千メートルも ってニュース

観たことある...

けど今は 噴煙も出てねーし、落ち着いてるように見える。


「気持ちいいな」って、ミカエルが

木々の葉の間の空を仰ぐ。

背の高い椰子の木の間に、デイゴやナンヨウザクラ。花がついた低木も多い。


「おお、また 南蛮の蜥蜴です!」


四郎が 木の根のところにいるトカゲを発見した。

サングラスは 頭に載せてる。


「すげー 色してんな... 」


水色に 細かい赤の斑点。

全体的に、ぷくっとした丸っこい形態フォルム

眼が でかめ。


「トッケイヤモリじゃねぇの?」


泰河も しゃがんで見てる。

「出会ったら幸せになれる って聞くぜ」って

聞いて、四郎は 写真撮ってみてる。


「しかし、インドネシアには

コブラの類などもいるだろう?

インドコブラのように、平らな頭ではないが」


シェムハザが ゾッとすること言うし。

毒ヘビはキツいよな... ボティスいねーしさぁ。


「あれは、アミメニシキヘビだな」


獣道の 少し前方を横断してるヘビは

もう 頭は草むらの中だけど、直径15センチはある

でかいヤツだった。毒なくてもキツい。


ジャタも あのくらいのヘビだったし

柘榴や蒼玉も でかい。銀砂に至っては 恐竜だし。

けど、野生の爬虫類だと 言葉通じねーし

こっちが 絞め殺される恐れが出てくる。

あんなの、動物園とか 画像とかでしか見たことねーし...


「ヘビを神使とみる 国や宗教は多いが

インドネシアでも ヘビやトカゲは、そういった役割を担っているようだ。

殺してはならない と聞く」


ヘビが通り過ぎるのを待って、獣道を先に進みながら

「それから、野犬には 近付かん方がいい。

狂犬病の恐れがあるからな」って、今 言うし。


「ホテルとか民家にも、ネズミやヘビが入り込むみてぇだもんな」

「それだけ 自然が豊かなんだろうけどな... 」


「こちらへ入った方が早い」と

獣道から逸れたところに 草分けて入って

枝から垂れ下がる蔓も避ける。

膝や腰の高さに、赤や黄色の ユリの花の形に似たカンゾウや、黄色いキョウチクトウ。


「無人島で 榊も言ってたけど、植物に勢いあるよな」って 話しながら、前を行くシェムハザと朋樹

ジェイドと四郎に続く。

シェムハザが指を鳴らすと、目の前が 砂漠になった。


「ええー... 」

「指 鳴らしたのって、術?」


「お前達が、この入れ替わりの砂漠に入れるよう

ここだけ 区切りを解いた」


そのまま砂漠に入ると、また シェムハザが

指を鳴らす。区切りを閉じたらしい。

砂漠からは、周りのジャングルの木が見えた。

砂漠の範囲は 直径50メートルくらいの円形。


とりあえず着いたし、シェムハザに 水もらって

水分補給しなから、師匠とヴィシュヌを喚ぶ。


「ミカエル、シェムハザ。

みんな、昨日は よく寝た?」


顕れたヴィシュヌは、爽やかな笑顔。

「はい」「寝たっす」って 答えてる間に

師匠が、四郎の頭のサングラスを下ろして 掛けさせて、“似合う” って風に頷いた。


シェムハザが 二人に、青い瓶の水 渡してて

ミカエルが「ランダとバロンは?」って 聞くと

師匠が「ペルシアに居る」って言うし。


「ペルシアって、イランっすか?」


イスラム教国だよな。

名前も、イラン・イスラーム共和国だし。


7世紀にイスラム教化されるまでは

イラン方面に来た アーリア人が教えた多神教だったけど、ザラスシュトラ... 英語名 ゾロアスターが

二元論 及び 終末論を説く、ゾロアスター教を広めていった。


改宗しなかった ゾロアスター教の信徒たちは

南東... パキスタンやインドの方へ 流れていって

今は イラン国内より、インドの方が 信徒数が多い。イランは ほぼ、イスラム教徒。


「そう。ペルシアの森も 中国の森と入れ替わってるけど、ランダは、入れ替わりの森から

外に出た」


ヴィシュヌが言って、ミカエルが

「入れ替わりの場から かよ?」って 聞いたら

「そうなんだ。“ペルシアにある中国の森” から

他の入れ替わりの場所に出ずに、ペルシアの森に出たんだ」って 詳しく言う。


もし ここに、ランダがいるとしたら

砂漠から 他の入れ替わり場所にジャンプせずに

この外... アグン山のジャングルに出た ってこと。


「区切りから 出れたんすか?」って

聞いちまって、「消えて、顕れた」って

師匠に答えられちまった。うん、そーだよなぁ。


けど 今までは、入れ替わりの場所から場所へ

移動してた。


「ペルシアに何かあるのか?」

「キュベレが?」


「どうだろう?」

「森には、ジンが居たが... 」


ジンは、アラビア辺りの精霊で

アラビアンナイトの魔神も これ。

琉地みたいに 煙か蒸気で出て来て、いろんな姿になるし、悪いジンも 善いジンもいる。

イスラム教は、ジンの存在を認めてて

イスラム教の教えに従うと、善いジンになれる。


ランダは、ペルシアの森に出て

また 何かを探してるようだったから

ヴィシュヌと師匠は、チャクラムで追跡しつつ

バロンを呼び止めて、“攻撃せずに尾行を” と

言い付けたらしい。で、ここに喚ばれた。


「まぁ とにかく、扉っていうのは?」


ヴィシュヌが聞くと、シェムハザが

「イゲル」って 喚んだ。

ツーブロックでアップバング。首トライバルの

イゲルが顕れた。耳にプラグピアス。

ボティスの八の軍の司令。

白に赤袖のラグランシャツと ブラックジーンズで

普通の兄ちゃんに見えるし。


イゲルは、こないだの天狗の件で 師匠には 会ってるから「ども」って 会釈してるけど

シェムハザが、ヴィシュヌを紹介すると

「ソロモンに使役された、ボティスの軍の者で

イゲルと申します」って ちゃんと挨拶した。

ヴィシュヌ、大物だもんなー。

「うん、よろしく」って、爽やかな笑顔で

握手してるけどさぁ。


「ここ見てるの、イゲルなのか」


朋樹が言うと

「うん。配下も居るけど。交代制」って 答えて

シェムハザに 水もらってる。


「扉は?」


ミカエルに聞かれて

「あ、そうだった。あっち」って

指差して歩き出した。

「サングラス、カッコいい」って

四郎に借りて 掛けてるし。人気あるんだぜ。


扉がある場所には、悪魔が二人居た。

ジャケット無しのスーツ姿。

ドレッドのヤツは見たことある。


「あと四人は、区切りの外にいる。

扉は 昨日の夜、気が付いたら 顕れてたんだ」


砂漠の この場所... アグン山の麓には

元々、何も棲んでないらしかった。

神々は 山の上の方にいるし、降りて来る時は

たくさんある 寺院に降りる。


イゲルたちは、昼間は毎日 術で砂を巻き上げて

相当な深さまで チェックするらしい。

入れ替わったアタカマ砂漠には、砂の下に棲む

モグラみたいな モンスターが居たから。

帰巣本能が働いて、砂の下に モグラモンスターが移動して来る恐れがある。


でも そんなこともなく、砂ばっかり見てて 退屈だったし、琉地とアンバーを喚んで

琉地と遊んだり、アンバー に ケーキ買って来て

もてなしたりしてた。

もう、オレとかジェイドに 一言断る とかは

まったく無いんだよなー。琉地は 前からだけど。


「アンバーと琉地は?」


ジェイドが聞いたら

「誰かに喚ばれて行った」だしさぁ。


「それで、琉地が 砂 掘りまくってて。

四つ目 掘ろうとした時に、見つけたのが これ」


「おお... 」


四郎が いち早く近付く。あぶねーし。

隣にミカエル。


扉は 真っ黒で、両開き。

高さ5メートル、幅3メートルくらい。

二本の角が生えた 悪魔の顔が浮き彫りになってる。扉が合わさる真ん中の線に、悪魔の鼻... 顔の中心がある。

顔の両隣には、何かを握るように 長く尖った爪を見せる 両手付き。

周囲に みんなで しゃがんで見てみる。


「でかいな... 」「いかにも な感じじゃね?」

「モロに “悪魔です” って 主張してるね」


うん。バリで、世界を表す ブタワンって亀に

アンタボガとバスキって蛇が乗ってるとこ とか

バロン像や師匠の像 見ても、何も知らなければ

“悪魔? 善神?” って風に 見えると思う。

けど これは、あからさまに “悪魔だ” って分かる。


「地界のベルゼに報告して、“中の調査を” って

言われたけど、開かなかったんだ。術も試した」


こっち側には、ドアノブとか 付いてねーし

普通には 開けようがねーもんな。


扉の上に乗ったヴィシュヌが「誰かいる?」って

ノックする。大胆じゃね?


シューニャ


予告なしに 師匠が言ったら、扉 一面から

ゴールドの炎が 揺らめき上がったけど

開かねーし。二人ともさぁ...


「チャクラムは 二つとも使ってるし

インドラに、ヴァジュラで破壊させる?」


ええー... って なってたら

「ヴィシュヌ、ちょっと」って

右手につるぎを握ったミカエルが、ヴィシュヌを

扉から退かせた。

剣の切っ先を 扉の合わさった線につけて

真珠色の炎で炙ってみてる。


「あっ」


今、合わせの線の上に

何か文字みたいのが見えた。


それを言って、ミカエルが 剣を扉から離すと

文字みたいのは 見えなくなる。

炙らねーと見えないっぽい。


「じゃあ 炙ってるから、その文字 なぞれよ」


「おう」つって、扉に乗ったけど

扉がもし 内側に開いたら、オレ 落ちるんじゃねーのかな... ?


「これは、ルカには 見えるのですか?」って聞く

四郎に「うん、見えるぜ」って 答えながら

さっさと なぞることにする。


扉の合わせの上に出た文字? は

縦線と横線、ヒラガナの “く” って字みたいので

構成されてる。“く丨丨” の上に 横線付いてたり。

いろんな組み合わせがあるけど

「古代ペルシア文字」って ミカエルが言った。


「... “アジ=ダハーカ”」


ヴィシュヌが読むと

文字に、右の 白い焔の模様の手で

触れようとしていた 泰河を、師匠が止めた。














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