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ベリアルは 消えて、すぐに戻ってきた。


「何して来たんすか?」

「ニナ、どこに居たんすか?」


「宿泊先のホテルのバーだ。ヴィラの向かい。

ボティスと その妻、アコも居た。

呪術医の方は、今夜は自宅に居る。

ニナと会うことはないが、ボティスの妻が心配し

“まだ帰らん” と 言うから、私が 娘に声を掛け

部屋に戻って寝る という、単純な催眠を掛けた。

あと10分程で 娘は部屋に戻り、朝10時まで眠る。

この程度の催眠であれば、呪術医の術には影響しないが、呪術医の術には タクス神の加護があるようだ」


「タクス神?」


朋樹が聞くと「御使いや聖霊に近い」って

シェムハザから ワイングラスを受け取ってる。


「儀式により、神憑りの状態になった者に 神託を授け、呪術医と神々を繋ぎ、術を作用させる神だ」


いろいろ いるよなぁ...

白魔術ホワイトマジックは、訓練で使えるようになっても

黒魔術ブラックマジックは 先天的な素質が必要らしいし

感があって、こういう タクス神とかと繋がれるかどうか ってとこもあるんだろーな。

繋がれなければ、視える人。

繋がれたら 呪術医... って感じで。


「しかし、娘が 真に心を寄せる者になら

自然と解けるよう 導く事が出来る」


ワイン飲んで、大マジメに言ってるけどさぁ...


「そりゃ、ベリアルや皇帝になら... 」

「一時的なやつなら、シェムハザのクギヅケ?」


「いいや。それは、魔力があるからだ。

人間は、悪魔や天使の力で魔術を作用させる。

魔力を持たんからな。

だが、悪魔や天使には 魔力や呪力がある。

魅了でなくても、ミカエルも人を寄せるだろう?

そういったものだ」


「人間には 無いっすよね?」


泰河が「だから、ダメじゃないすか」って

拗ねたツラで言ったら

「強力な術であろうと、所詮はまやかしだ。

人間の想いは、それを凌駕する」って言うし

「そんな、おとぎ話の王子サマ的な... 」つったら

「その通りだ」って、真顔で返された。


「お前達は、人間の情念というものが

どれ程 強力なものか、いまいち分かっていないようだが、憎しみで 他人を死に追いやる程だぞ?

術ではなく、想い でだ」


朋樹の髪から 指を離した ベルゼも言う。


「術を掛けられた者は、どこかであらがうものだ。

切っ掛けがあれば、深層から浮き上がった真実が

まやかしを 打ち破る」


「これは、男女間に限った事でもない。

親子間で例えるとしよう」


コーヒーのお代わりを取り寄せてくれた

シェムハザが話す。


「俺が 朋樹に術を掛け、俺を “父親だ” と信じ込ませる。信じ込ませるだけではない。

良い暮らしをさせ、息子として接する。何年もだ。

朋樹も 疑う余地もなく、俺の息子だと思っているが、本当の父親が朋樹を見つけ、俺から息子を取り戻そうと、“朋樹” と 名を喚ぶ。

それだけで 朋樹の記憶に触れることが出来、

術... まやかしにヒビが入る。

朋樹は 自分の父親に対し、“あの人は誰だ?” と

気にし出し、日に日に 俺に対して疑念が湧く。

“あの人は、父なんじゃないか?” と 気付けば

俺の術は 無効化する」


「それはさぁ、親子だし、血を分けてるから とか

そういう要素もあるんじゃねーの?」って

言ってみたら

「勿論ある。しかし、それだけではない。

血を分けるため、繋いでいくために

結び合う者を探し求めることも、血肉や骨に

また霊に 定められているからだ」って

ベルゼが答えた。


「でも、術を掛けたバリアンに 解かせたら

いいんすよね?」って 泰河が確認すると


「術師に掛けた意識が無ければ

“他の者... タクス神が掛けた術” として扱う。

呪詛祓いに近くなるな。

タクス神なら祓えるが、人間が 祓い切れるかは

定かではない。

自分が術を掛けた という意識があれば

“解除” だ。これなら すんなりと解ける。

解除するために、もう一度 同じ術を掛け

すでに掛かっている術も、自分の術とするが

術の効果も強くなる。

魂に、後遺的な傷が残ってもおかしくない」って

不安になる答えだしさぁ。

思ってたより、簡単じゃないっぽい。


「後遺的な傷 とは?」


「他人や自身に 無関心になる、などだ。

長期的に術に掛かっていた者にも 傷が残る恐れはあるが、こうした場合は 白魔術ホワイトマジックで治療するか

天使に癒やされるか だ」


「いろいろ詳しいっすよね... 異教の事なのに」


朋樹が、ベリアルに感心すると

「天使や堕天使だけでなく、バアルにもなったからな。異教の知り合いも多い」って

ワイングラスをテーブルに置いた。


「だけど ニナは、ジェイドに対する自分の気持ちを、ジェイドに知られたくないんだ。

俺等が ジェイドに話す訳には いかないだろ?」


ミカエルが言ったら、ベリアルと ベルゼが

「何を言っているんだ? そんな場合なのか?」

「自身に無関心になった者は、大罪を選ぶ場合があるだろう」って 呆れてる。


「でも、そういう術で そういう話だろ?」


「それなら、呪術医に呪詛祓いさせろ。

傷が残ったら、ミカエルが癒やせばいい。

私は、“本人に術を破らせる” という

最良の選択肢を示しただけだ」


“時間のムダだった” って顔になった ベリアルに

「ベリアル、有難う御座います」って

四郎が 礼を言うと、気を使ってくれたのか

「いや... 」って ちょっと笑ってる。

たぶん 四郎が、“友が... ” って話したから

わざわざ ニナを見に行って

一番良い方法も 示してくれたんだろうし。


「しかし 私は、ジェイドの眼の記憶から

ニナという娘と 呪術医の術を視た。

ジェイドも、ニナという娘の気持ちは

知っているんじゃないのか?

そうでなければ 相当に鈍いが

ジェイドは、そう鈍くはないだろう?」


ベルゼが 首を傾げてると、ベリアルが

「ささやかなものであれば どうか。

神父は、節制が身についている。

自身の気持ちを鎮めようとしている とすれば

隠そうとしている相手の心になど気付かん」って

気になること言ったけど

「とにかく、あまり時間が経過していると

ジェイドが怪しむ。

ボティス等も、もう戻るだろう」って

この話を終わらせる。


シェムハザが指を鳴らすと、壁の時計の針が 10分戻った。ベルゼは「良い質の黒髪だ」って、また朋樹に髪に触れ出す。


「もう少し飲め」って 言われて

お代わりにもらったアイスコーヒーを 半分くらい飲むと、ベリアルが ジェイドの瞼に触れて

目を覚まさせる。


ベリアルは、ジェイドの眼を覗きながら

「... 最近、ルシファーと くちづけたか?」って

聞いた。


「まぁ... 」


寝てた って意識は 無いっぽい。

悪魔、怖ぇ...


「私が くちづけたら

ルシファーは 知るだろうか?」


ジェイドは、答えれてねーけど

「確実に」って ベルゼが答えた。


「キュベレの話が まだだろ?

ランダは、キュベレに引かれてるみたいだぜ」


ミカエルが言うと、ベリアルは ジェイドの顎から

指を離して、グラスを口に運びながら

「ランダが地上を移動しているのなら、キュベレも 地上にいるのだろう」と ワインを飲んだ。

あんまり食わねーけど、結構 飲むよな。


「キュベレは、眠ったまま 自分が操作出来る者が居る場を 選ぶだろう。

異教神には、天使や悪魔程の影響を与えづらい。

まして、眠った状態で 異教神界などに入れば

自身の身の危険も出てくる。

キュベレは、聖父の肋骨であっても

聖父ではない。

捕らえられれば、利用される恐れや

天との交渉材料に 使われる恐れもある。

事実、私は 交渉を狙っている。

よって、地上や、地界であっても 自分が操作出来る程度の者がいる場を選ぶ確率が高い。

堕天使系悪魔や、キュベレの血筋の者等だ」


ベルゼが話した後に、ベリアルは

「キュベレは、我々にとって 利用価値は薄い。

地上を滅ぼされても、異教神と争う事になっても

何のメリットもないからな。

ルシファーが手に入れた場合でも、父に自分を認めさせるため、天に挑戦することしか考えんだろう」と、ため息をついた。


「魂集めをするなら、地上で、地上棲みの者を使うのが 一番良い。

天や地界、どこの眼にも止まりにくい。

ランダや、他にも移動する者がいれば 注視すべきだが、消えて移動というのは、追うべき時は

非常に厄介だ」


ランダを追えるのは、ヴィシュヌのチャクラムが追うからだもんなぁ。


「人間の各預言者に、キュベレを幻視させて

それぞれの神に 祈りで伝えさせようと考えてる」


ミカエルが言うと、ベリアルが

「しかし それは、預言者の性質や、各神々の加護を受けているかを 考慮する必要がある。

魔女に類するものであれば、自身の神を捨て

キュベレに傾倒する者も出てくるだろう」って

答えた。

「人間は、いとも簡単に堕落する。

また、キュベレなどにそそのかされてみろ」だし。

唆す側が言うと、真実味あるんだぜ。


話してる間に、ボティスたちが帰って来た。

朋樹とジェイドがソファーを立って、場所を空けると「遅くなったな。悪い」って

ボティスとアコが ソファーに座って

榊のことは、ミカエルが オレらの方に呼んだ。


シェムハザが取り寄せたアイスコーヒーのグラスを、テーブルから取っている榊に

「... ニナ、部屋に戻ったんだろ?」って

泰河が 小声で聞くと

「ふむ... 朝までは寝るであろうし、心配無かろう」って、もそもそ言う。


ベリアルが来たことは、オレらにも

言ったらダメ だと思ってるし

眼の反らし具合が かわいいんだぜ。

けど ベリアルが、“ジェイドには言うな” って言ったら、おかしいもんなー。

なんで ジェイドだけ? ってなるし。


ミカエルと四郎は、キュベレ捕獲作戦とか

「ランダとバロンも、バリ島に戻さないと」

「入れ替わりの土地は どうする?」って

話してるけど、榊に

「ニナ、どうだった?」って 聞いてみる。


「心 此処にあらず よ。

しかし、術によるものである故

はたから見ておると、やはり何処どこか 不自然な具合であるのだ」


「シイナに、メッセージで入れといた方が

いいんじゃねぇの?」


「あっ、そうだよなぁ」


“ニナ、ヴィラの近くのホテルに泊まってるぜ。

まだ バリアンとの接触は無し” って

メッセージ入れると、ビデオ通話 掛かってきた。

まだ店にいるらしいけど、バックルームから。

ステージ用の レザー ビスチェだしよー。

南国バリから、急に 現実感出る。


『... 嘘でしょ? 洞窟から?』


「いや、マジで。バリアンに認識されるように

飛行機で来てるしよー」


シイナ、絶句してるし。


「店には、なんて言ってるんだ?

店のヤツに聞いた?」


泰河が 隣から聞いたら

『“用事があって、今週いっぱい休む” って』と

ワイン色の髪の下の 薄くしてる眉しかめた。

グレーで描いちゃいるけどさぁ。


「何とか 術解いて、帰そうと思ってる」

「アコが付くし」


『うん... 』


まぁ、心配だよなぁ。

様子 分からねーと、ヤキモキするだろうし

「ちょくちょく連絡するしよ」

「今日のところは、朝までは安心だと思うぜ。

カフェ彷徨うろついてたけど、部屋に戻ってるしさ」って 言っておく。


芽生メイよ」


榊が オレらの間から顔を出した。


「儂も、しかと 見張る故。

いざとなれば、ニナか術師を 神隠し致す」って

任せとけ宣言すると

シイナは『うん。お願い』って 少し笑った。


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