97 泰河


背に、質感を伴った 温度の無い闇を感じ

闇は オレのピストルの腕を 取り巻いていく。


いつもの 死神だ。


「こいつから、邪神を抜け」


背後にいる死神に、ミカエルがめいを出す。

「聞けば、聖子イース第六天ゼブルには 黙っててやる」


死神が、オレに 引き金を引かせる瞬間に

ルカが「琉地」と 呼んだ。


引き金を引き、発射の衝撃が余韻に変わる時に

背後から 死神が消える。


ルカとオレの間に 白い煙が凝り、琉地になると

「よし!」と、ルカが琉地の顔を 両手で ワシワシと撫でる。琉地、よかった...


天狗の胸から 顔が消え、頬や胸、腕を走っていた

赤く発光する文字も消えた。

撃たれた衝撃で、ゾイからも 手が外れていて

天狗の手首は、浅黄が握っている。


凶神マガツビは?!」


浅黄が聞き、天狗の背後から 眼を動かしたミカエルが、ゾイを連れたまま オレらの前に立ち

オレを片手で 引いて、前に倒した。


琉地が、ルカの背後を見上げて 唸る。


髪のない 白い男が立っていた。

頬や胸、腕や脚、肌に 朱墨の文字が並んでいる。

そいつが 上げている右肘の先を見て、ギクっとした。右手の指が ルカの背中に埋まっている。

入る気なのか... ?


ミカエルが、右手に握った剣の刃先を

凶神の顎の下に付けた。


「ルカ!」


トーガの影から、ブロンドの髪を覗かせたゾイが

「やめて!」と 凶神の腕を両手で握る。


ミカエルが「離せよ」と 凶神に言い

刃先を顎の下から 挿し込もうとすると

地面の枯れた草が、ずぶずぶと音を立て

黒く腐っていく。

ルカが、シャツの胸を握って 噎せ始めた。


「ルカ!」


起き上がり、ルカの両肩を取って引くが

凶神の手は外れない。

ミカエルが、刃先を 一気に挿し込んだが

凶神は 変わらず立っていて

縦に開いた額の眼を、ミカエルに向けた。


琉地が 心配そうに、クウ と鼻を鳴らし

ルカを見上げる。


ゾイが 強い調子で「離して!」と 凶神に言うと

ルカの手の下で、胸が光り

ゾイの手の下からは、煙が上がり出した。

胸の光を見て、リラだ... と 直感で感じた。


急に 抵抗が無くなり、ルカの肩を引くオレの上に

ルカが倒れ掛かってくる。

ゾイの手の先から、燃やし切られた 凶神の手が落ち、地面で灰になって崩れた。


ゴッ と、圧力を感じ

ミカエルが 凶神の顎の下から、剣を抜いた。

ゾイと 二人で、オレとルカを支え起こすと

その場から 離れさせる。


圧力の主は、スサさんだ。

凶神の背後に立っている。


枯れ葉や枯れ草が 吹き飛ばされて舞う。

眼に見えない 神気、というものは

肌には感じ、腹の底に 畏れを詰め込まれていく。


「もう少し 下がった方が... 」と ゾイが言うが

身体が動かない。


凶神が 振り返った時に、羽々斬はばきりが しなり

肩の上から 首が落とされた。


逆手に返した羽々斬の 欠けた切っ先を

落ちた凶神の 額の眼に突き切ると

朱墨の文字が 薄れて消え、頭部も身体も

干乾びて炭化し、赤く燻った後に 灰になった。


忘れていた震えが、手や膝に起こり

ゾイの癒やしの手が 背中に触れる。

隣では ミカエルが、ルカの胸と背を両手で挟み

「うん、中に異常は無いな」と

ブロンドの睫毛に縁取られた 碧眼を緩めた。

ミカエルが手を離すと、琉地がルカに飛び付いて

少し ほっとする。


「スサ、凶神は?」


ミカエルが聞くと、スサさんは「うむ」と 頷き

満足げに、羽々斬の欠けた切っ先を見て

鋭い眼を 緩めている。


「スサって、半分しか答えないよな」と 言いながら、ミカエルが ゾイのトーガを引っ張り

顔を見えづらくする。

さっき、ちょっと 見えちまったけどさ。


史月の遠吠えが聞こえ、法螺貝のが響いた。

“おおおーーっ!!” と、勝鬨も空気を揺らす。

残っていた羅刹や羅刹女は、地面でバラバラになって 落ちていた。


枯れ草が疎らに残る 河川敷の 一角が

ゴールドに光った。

朋樹の蔓と ハティの地界の鎖に巻かれた 羅刹天の額に、師匠が、金剛杵ヴァジュラの柄の剣の 刃先を付け

ゴールドの炎を注ぎ込んでいる。


「眼を開け」と、剣の刃先を離すと

羅刹天の額に、縦の眼が開き

「... ガルダ? アスラも おるではないか」と

二人に眼を向け、赤いドレッドの頭を

阿修羅にはたかれた。


「天狗は?」


スサさんの声に、天狗を振り向くと

天狗が居た場所には、薙刀を抱くように 腕を組む浅黄の隣に、シェムハザが居て

オレらに「ソファーへ」と 言い

二人で歩いて行く。


天狗は 皇帝によって、ソファーの前に

戻されていた。


「よう」「凶神は片付いたみたいだね」と

朋樹とジェイドが来て

「須佐之男尊」と、酒呑と茨木が

スサさんの後に付き、鬼たちも従う。


ゾイのトーガの背に 手を回したミカエルが

ボティスを振り向き「戻るぜ」と 言うと

人型に戻って、ボティスと話していたハティが

ゾイとミカエルの後ろ姿を見て、口元を緩めた。


ソファーには、皇帝と四郎が座り

背後のテーブルには、榊たちとリフェルが居たので、オレらも そっちに回った。

朱緒が 狼姿の史月をハグし、鼻先にキスをする。

心配だったろうし、無事で良かったよな。


四郎が「兄様方、皆も無事で... 」と

ソファーを立って 振り返ったが

「シロウ」と、皇帝に フローズンシェイクの

グラスを渡され、大人しく座り直した。


さっき アコたちに しがみついていた人たちは

凶神が灰になると、気を失ったようで

河辺に寝かされている。


ソファーの右隣に立つ 月夜見の隣に、スサさんが並び、周囲に 酒呑が率いる鬼たちが控えた。

ボティスの八の軍は、オレらの背後にいるイゲルの後ろ。

ソファーの左側に、羅刹天を連れた 師匠と阿修羅

その配下たちが 控える。


ソファーの前に 立たされている天狗は

巻かれている鎖とは別に

広げさせられた灰色の両翼と、両足の甲を

赤黒い鎖に 貫かれていた。


シェムハザから、オレンジフレーバーの 青い水の瓶を受け取って、ゾイに渡すミカエルが

「お前が 移動させたのか?」と 皇帝に聞くと

「友が 一人で居た」と

月夜見とスサさんの背後に控える 浅黄を指す。

隣に ボティスも居るけどさ。


「俺の鎖だ。好きに出来る。

特に魅力の無かった 胸の顔が消えた。

よく働いた。誉めてやろう」


天狗を泳がせていたのは、わざとか...


「お前の “参戦” は、鎖かよ」と 聞くミカエルに

「出るまでも無かっただろう?

ミカエル。妻と座れ」と、眠気を誘う声で言い

サイドテーブルから、自分のフローズンシェイクを取った。

当然のように、皇帝が ボスっぽくなってるよな...


断っても 面倒くさいことになりそうな気がしたのか、四郎に「さんみげる... 」と ヘルプの眼を向けられたからか、ミカエルが ゾイを連れて

四郎の隣に座った。

天狗の眼が、まだ ゾイに向く。


ミカエルがいると、ボティスやシェムハザは 楽そうだ。シェムハザが 取り寄せたワインを

アコやイゲルが、スサさんや師匠たちに渡し、

鬼や悪魔、阿修羅の配下たちにも振る舞われた。

まだ 天狗がいるのに。


皇帝は、フローズンシェイクのストローを口にし

灰色の翼から 血を流している天狗に

黒く整った睫毛の 碧い眼を向け

「なかなか 美しい」と 言っているが

月夜見キミ、スサ。どうするんだよ?」と

ミカエルが 話を進める。


「... けど、男前じゃあるよな」と

アイスコーヒー回してきた 朋樹に頷いた。


天狗は、姫様から生まれたとは思えないような

顔立ちをしていた。

色気ある美形の月夜見キミサマと、刺々しく鋭い印象のスサさんの 間くらいの印象だ。

適度に クールで色気がある。男前家系だぜ。


「高天原で会議となるが、連れては行けぬ。

処遇が決まるまでは、幽世か根国にて 繋いでおくことに なろうのう」


「姫様は?」と 口を挟んだ ミカエルに

「すぐに放逐は出来んが、今は鏡」と 答え

「とりあえずは 我が幽世か。

白尾。木檻の支度を」と、月夜見が

幽世の扉の中から 白い蔓を伸ばして

天狗に絡めていると

「さて、これだけ 守備を固められ

使っていた者等も 殺られる中

何故、タイガを狙った?」と、皇帝が聞いた。

名前を出されたオレが ドキっとする。


「アバドンに 献上か?」


「... 蝗は?」と、ジェイドに聞かれて

ルカと 眼を合わせた。天狗から 抜いてねぇな...


けど その方が、皇帝は すんなり

アバドンのめいだと納得するだろう。

話が キュベレまで及ぶ前に、ハティやミカエルが

誤魔化すハズだ。


「最近、アバドンは 目に余る。

牢から モレクを出し、再び タイガを狙った。

こいつ等は、ボティスの女。

まとめて俺の物 だということだ。

あまり しつこいようであれば、奈落の門を叩くより、正式に第七天アラボトに昇り、問題を提起することとなるが... 」


「だから、もう 俺が乗り出してるだろ?」


四郎越しに ミカエルが言うと、皇帝も ミカエルに眼を向け、間で 四郎が縮こまる。

まぁ、ミカエルが出て来てりゃ

天が出て来てるのと 同じことだよな...


「アバドンは、地上で 好きにしている。

魂が減ると、地界の者等も困る。

天使は 人間の魂を獲ってはならない、という

禁を破り、俺の所有物を狙っている。

何故、父から アバドンへの制裁がない?」


「父には まだ言ってないからだ。悩むだろ?

聖子は、泰河のことも アバドンのことも

知ってる。

人間の魂のことには、正直 目を瞑ってるところがある。奈落で罪人をみるのは、大変だからな」


「しかし、シロウを蘇らせたのも

アバドンの手の者だろう?」


なんで 知ってるんだ... ?


ミカエルも虚を突かれ、四郎が

「私は、気付いたら 現世に目覚めており

天主様に祈ったところ、さんみげるが 降りられたと... 」と、皇帝に説明したであろうことを

繰り返すが

「奈落の天使を知っていたな?」と

四郎に 眼を向けた。


「いえ、そのようなことは... 」


四郎が言うが

「お前が、リフェルとやらに向けた眼は

知った者を見る眼だった」と 言われて黙った。


「そう。アバドンが使っていた者が

シロウを蘇らせたけど、

天は、アバドンから シロウを取って

正式な預言者とした。アバドンの牽制はしてるし

泰河の血には、聖子も注意を払ってる。

でもアバドンは、天に歯向かった訳じゃないだろ? 聖人と認定されるべきシロウを蘇らせた。

罰せられない」


「内輪のことは、後で良かろう」


師匠が言い

「泰河は、俺の弟子でもあるのだ。

地上にあるべき者よ」と、眉間にシワを寄せる。


「どこに取られた訳でもない。

同じ勢力で 争うべきでもなかろう。

それより、まだ お前の妻を見ておることが

気に掛かるが... 」


師匠は、天狗を 眼で示した。


「マジじゃん。しつこくね?」と

ルカが ムッとしたが、ミカエルは

鎖の下に、だいぶ白蔓を巻かれた天狗に

「わざわざ ファシエルを狙うのは

どうしてなんだ?」と、不思議そうに聞く。


そうだよな。一回 やられ掛けて

ミカエルに敵わないのは 分かってるはずだ。

そのミカエルに、睨まれるのにさ。


「... 母が、“妻に取れ” と」


天狗は、抑揚のない 静かな声で言った。

母 って、姫様だよな?

歓喜仏にしようとしてたもんな...


「この状況で、タイガを狙ったのは?」


皇帝が聞くと

「その男を取れば、母が誉められて 喜ぶ。

地下水脈の道は覚えた」と 静かに答える。


「河から、この囲いの外に 連れ出て

蝗の主の使いを 喚べれば良かった」


「ミカエルの光に焼かれるだろう?」と 聞かれても、“分かっている” と いう風に、普通に頷く。


「すべて、逆毎ザコのために?」


スサさんの質問に「母だから」と 答えた。


「姫様が、この事を ちゃんと解かれば

もう、寂しくはないんじゃないか?」


ジェイドが小声で言う。


「寂しかったから、アバドンの言うことを聞いて、息子を使ってたんだろう?

天魔雄神は、姫様の手を離れてしまったけど

天狗は、姫様を大切に思ってる。

下級天使や師匠、阿修羅の気の残滓も吸収して

生まれているから」


「そうか、能力だけじゃねぇもんな」

「呪骨と凶神も抜けたしさぁ... 」


オレらが こそこそ話していると

「操りに合うておられたようなものよのう」

「アバドンとやらが元凶であろう?」と

山神たちも 話し出した。


逆毎ザコは、俺の娘よ。

お前も 悪いようにはせぬ」


スサさんが言うと

天狗は「母と 離れる?」と 聞いた。


「お前が みれるのであれば、落ち着く先で

共におれば良かろう」と 月夜見が言い

皇帝のサイドテーブルから 封鏡を手に取る。


「しかし、お前の処遇が決まるまでは

鏡から出してはならん」


天狗が 月夜見に頷くと

「蝗を」と スサさんに言われ

ルカと一緒に、天狗の前に出る。


ルカが、天狗の胸から出した “天” の逆さ文字を

模様の右手で消すと、天狗は 横を向いて

藍色蝗を 口から出し、オレが踏み潰した。


「母の髪を編んだのは?」と 聞かれて

ジェイドを指すと「嬉しそうだった」と

自分が嬉しかったような顔で、ジェイドを見た。

初めて 表情らしい表情を見た気がする。


「良いか?」


月夜見とスサさんが 近くに来ると

皇帝が 息を吹いて、鎖を解き始めた。

翼や 足の甲を貫いている鎖を抜くのは

痛ぇんじゃねぇか? と、心配だったが

貫いている部分の鎖が 割れて外れた。

ずるずると 引き抜かれる訳じゃなかったので

ホッとした。


「防護円を!」


リフェルが叫んだ。

狐火が浮く 空中を見ている。


シェムハザが ルーシーで防護円を敷き

全員が入るように拡げ、周囲に青白い文字を浮かせた。


リフェルの視線の先に 巨大な石の門が顕れる。


「榊、神隠し」


ボティスに言われ、榊が リフェルを隠した。


閉じた石の両開きの扉の 一面に書かれた文字が

扉の中央から 文字が光り出し、周囲に広がっていく。文字が広がり切ると、門の中の扉が消失した。奈落の扉だ。


門の中に、アバドンが立った。










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