59 ルカ


下りの途中の道で途切れていた霊道の 一本は

そのまま 麓から街に続いてたけど

隣の山の方に続く もう 一本の方は

森の中で 途切れてる。


「行くしかねぇよな... 」


もう、だいぶ麓に近くて

コンビニがあったから、駐車場に車 入れて

ぞろぞろと ガードレールを越える。


「オレら、見るからに怪しいだろうな」

「男9人だもんな。ゾイ以外、黒ツナギだしさ」

「今、何時?」「もうすぐ2時」


通報されねーかな?って、思ったけど

シェムハザが 人避けしてるらしい。


「四郎は そろそろ、身体を休めた方がいいね」

「ですが、睡眠の必要は... 」


「明日 っていうか今日、体力測定だろ?」って

朋樹にも言われてるけど、四郎は 一緒に居たそうだった。作業仕事なのにさぁ。


「兄様方は、眠たくないのですか?」


「眠てーよー。

けどオレら、昼間寝れるからさぁ」

「なんか出るのって、夜が多いしな」


「森ん中って、暗いよな」

「スコープが無いと無理だね。

最近、やたら暗い気もするけど」


「地図では、この辺りだ」と

木々の間で シェムハザが立ち止まって

朋樹が地面に 手のひらを着ける。


「あった... けどよ」


「ん?」「何だよ?」


蔓を伸ばした朋樹は、少し前の方に

スコープの視線を向けてた。


「腕?」


白い片腕が 地面から生えてる。女の腕だ。

腕の先の手は、手招きを始めてる。


「シュール」

「こんなとこで やったってなぁ... 」


何も無い森の中なんか、人 いねーのにさぁ。


けまくもしこき伊邪那岐大神いざなぎのおおかみ

筑紫つくし日向ひゅうがたちばな小戸おど阿波岐原あわぎはらに... 」


朋樹が 祓詞を始めた時に、四郎が振り返る。

ガサガサと足音がして、男が歩いて来た。


ワイシャツの袖を折り返してて、下は スラックス。革靴を履いている。酒臭い。


「おい... 」


男は、オレらの間を縫って

地面から生えた腕に 引き寄せられるように

フラフラと歩いて行く。


腕の前に 座り込むと、腕の周囲の土を掘り出した。すぐ隣に ボティスがしゃがみ込んでも

まったく気付いていない。


地面の手が、男の首を掴んだ。


移動したミカエルが、男を掴む手を外すと

男は 意識を失って倒れちまったけど

手を掴んだままの ミカエルは、「ん?」って

妙な顔をした。


「手は、抜けられないぜ? 出て来いよ」


白い腕が細くなって 獣毛に被われていく。


グルル... と 唸りながら、土の中から現れたのは

狐だった。


「えっ?」「化かしてた ってこと?」


鼻の上にシワを寄せて、牙を剥く狐の額に

ミカエルが「落ち着けよ」と、指を乗せる。


「三の山の?」「違うんじゃないか?」

「けど 里には、あっちこっちから 狐を呼び集めてるだろ? 普通の狐も霊獣もさ」

「この辺りの野狐も、玄翁や榊は把握してるはずだよな?」


“玄翁” と 聞いて、狐は耳の先を ピクリと動かした。倒れた男の様子をみている シェムハザが

「蝗の有無は?」と 聞くので、印を探してみた。


「印って、あるのか?」

「猩々のトビトにはあったぜ。

“天” の 逆さ文字が、胸に」


でも、文字は無かった。蝗はいない。


「無い? それなら、自分の意志で

人間を誘い込み、首を掴んだ... と いうことか?」


低い声で唸りながらも、少し大人しくなった狐に

「喋れるよな?」と、朋樹が声をかける。


「おまえを掴んでいるのは、伴天連どころか

天使あんじょだ。聞くことに、正直に答えろよ。

玄翁は知ってるよな?」


ミカエルの手の下で、狐は小さく頷いた。


「三の山の野狐か? この山か?」


『... 隣山だ』


おっ マジで喋った。

三の山の里の存在は 知ってるけど

ひとり気ままに暮らしてるっぽい。


「なんで人に 危害を加えようとした?

単なる化かしじゃなかっただろ?」


『人間が、増え過ぎているからだ』


んん? なんか ピンと こねーし。

オレだけじゃなくて、みんな そんな感じの顔になった。


「人が増えたことで、おまえに何か 不都合が出たのか?」

「住処を脅かされた とか?」


『... 憎いんだよ』


隣で 泰河が「あ?」って、スコープ外して

眉をしかめた。「“憎い”?」と 狐に聞き返す。

「何故 憎いんだ?」って ジェイドも聞いてるし。


『知るか。理由が無いとならんのか?

人間も人神も、見下しやがって... 』


「いつ そう思った?

普段、人間と関わることなど 無いだろ?」


ボティスが聞くと、狐は 少し考えるように黙った。“憎い” って理由も ぼんやりしてるし

本当に 自分で分かってないんじゃないか?って気がする。

何かに操作されてる訳でも なさそうだけど。


「移動は いつも、地中の霊道を通るのか?」と

朋樹が 質問を変える。


『いや... 』


落ち着いてきた狐の額から、ミカエルが指を離すと、額に何かの文字が浮かぶ。


「ん?」って、筆出してなぞったら

狐は また唸ったけど、ミカエルが背中を撫でた。

狐の額に出た文字は “瞋” だ。 “ドヴェーシャ”... ?


迦楼羅が “シューニャ” と 解いた、煩悩の三毒の ひとつ。

瞋恚... 怒り。

けど、スサさんやジェイド、トビトには

文字は無かった。


ミカエルが、狐の背中に手のひらを当てている内に、泰河が 白い焔が浮き出した右手で “瞋” の文字に触れると、文字は 闇色の靄になって 地中に染み込んだ。 これ、闇靄かな?


狐は、二 三度 頭を左右に振ってから

朋樹の質問に答え出した。


『地中に道が通っていることは、知らなかった。人里で 酒を盗ろうと、巣穴を出た時に

地面から 黒い靄が上がっていて、知らぬ間に 近付いていた。それで、地中の道に気付いて... 』




********




「つまりさぁ、霊獣や妖したちが

靄に誘われて 霊道に引き込まれてる... って

こと?」


「みたいだよな。まだ月夜見キミサマが管理してない靄を使って、“憎む” ってことを植え付けてんだろ」


車に乗る前に、コンビニでコーヒー買って

駐車場の隅で 話してるとこ。


さっきの 狐には

“もう 靄には近寄らず、霊道は通らないこと” って

約束して、ミカエルが抱いて飛び、三の山の里に 連れて行った。

天空霊に囲まれて、ミカエルの 戻り待ちしてる。


首を掴まれた男は、飲んだ帰りだったらしくて

目を覚ましても まだ酔ってたけど

見たとこ、何も異常は無さそうだったし、

自宅も近くだっていうから、タクシー 呼んで

帰ってもらった。


狐の額からは、“瞋” って文字が出た。

天狗魔像が取り込んだ、呪骨じゅこつによるものだと思う。

天狗魔像の肌に浮かんだ 赤く光る黒い文字...

呪骨は更に、凶神マガツビも取り込んでるんだよな。

人や、神の気まで荒立てる 邪神だっていう。


「瞋恚という煩悩により、魔道に堕としているのでしょうね」

「けと、闇靄 使えるってさ... 」

「月夜見と同等 ということだろ」


じわじわ 事態は拡大してた。

天逆毎の子は、悪鬼やら妖しやら束ねるんだもんな... マジで地上大合戦になっちまう気ぃする。


話してる間に、ミカエルが顕れたから

シェムハザが 天空霊を解除して

泰河が、ミカエルのコーヒーを買いに行く。


「里の狐も、何人か 帰って来てないらしい」


「えっ?」「里を出てから ってことか?」


ミカエルが 玄翁に聞いて来た話では、

天狗魔像に取り込まれる心配が薄い、そう力が無い 狐たちが、蝗防止のシルバー蜘蛛を付けて

他の山への伝達や、人里にいる妖しに 注意を促すために 出てたみたいだ。

その狐たちの 幾らかが、戻って来てない。


「三の山に限らないようだけど。

五の山の犬たちや、六の山の狸たちも」


「地中に居る ってことになるのか?」

「多分な。さっきの狐みたいに」


「地中の霊道は 閉じちまった方が... 」

「閉じて、引き込まれた者等は 大丈夫なのか?」

「光の炙りは良くないな。焼いちまう」

「でも 通れる範囲は、狭めていくべきだよな」


「戻らない者を捜すために、他の者も出ようとしてたから、今は 止めて来た」


泰河から コーヒーを受け取ったミカエルは

「霊道を閉じるにしろ、地図に出して

まず 把握する。ファシエル」と、ゾイを連れて

泰河の車の 後部座席に乗り込んだ。


狐がいた場所... 森の中の霊道も

道の途中で出した霊道とは 別ルートで

街の方に伸びてた。


オレと泰河も、前の座席に乗って

「次は?」って 聞いたら

「隣の山だったろ?」って 言うし。

今日明日は、帰れねーんだろうな。

仕方ないけどさぁ。


ジェイドに電話して

「地図、そっちだろ?」って 言って

次の霊道の途切れた場所まで 先導してもらう。


今度は、オレが運転。また山道を走りながら

「向こう側の山だったら、師匠に会った山なんだよな」って 泰河が言う。

さっきまでいた、モレク儀式の山を挟んだ 山だ。


「へぇ... 地図では、向こう側の山の上には

霊道 通って無かったもんなぁ」


「神域みたいになってるとこには

通ってねぇのかもだよな」


後部座席では、ミカエルが

「ファシエル、疲れてる? 大丈夫?」とか

優しく聞いてる。ゾイ、大人しいし。


「あっ、大丈夫です。ただ... 」


ゾイは、各山の里に 戻っていない霊獣たちや

柘榴が心配らしかった。


「うん。心配だけど、靄で引き込まれた霊獣たちが、危害を加えられてる訳じゃないぜ?」


まぁ、そうなんだよな。

人間や神を憎ませられて、危害を与える側にされちまうけど...


「“瞋” っていう 文字を出して消せば、靄も消える。霊道の把握をしたら、端の方から 守護天使に

霊獣やアヤカシが居ないかを 点検させて

少しずつ 霊道を閉じて行く」


「守護天使たちは、大丈夫なのでしょうか?」


「点検に入る者たちには、俺が加護を与えるし

天狗魔像が 何かを取り込む気なら、自分と相容れない 天使は狙わず、もっと強大な者で

同じような邪神や魔神、この国の神を狙う... と

推測してる」


うーん... 狙うなら、スサさんが打って付け だよなぁ。実際に 神気は抜かれてるしさぁ。

鬼里とかに居て、本当に大丈夫なのかよ?


「霊道ってさ、今回 閉じたら

もうずっと 閉じっぱなし?」って 泰河が聞くと

「いや、それじゃ困る奴もいるだろ?

事態が収まれば 元に戻すぜ?」らしい。


「魔像は、大いなる鎖からも 抜けられるんですよね... ? 柘榴を 取り込んでいるから」


「そう。水竜巻になれるからな。

天狗魔像が見つかったら、天空霊と 地中の炙りで閉じ込める。

それから どうにか、柘榴を救出する」


どうにか っていうのが、まだハッキリしねーし

准胝じゅんてい観音が降りてくれるのが 一番いいんだけどさぁ。


ジェイドのバスが、山道の中腹にある 空き地みたいな場所に入って停まった。


「車で入れない道なんだ」って、細い脇道を指差す。ここから少し 歩きらしい。


「あれ? 四郎は?」


降りて来ねーなって思ったら、

シェムハザが 術で寝せたから、天空霊で囲って

一緒に待っとくみたいだ。


「すぐそこなんだろ?」って

ボティスも行かないっぽい。


地図持った朋樹とジェイドが、先を歩いて

オレと泰河も後に続く。後ろに ミカエルとゾイ。


「これが終わったら、そろそろ戻りますね。

お弁当作ります」って 言ってて

ミカエルは「うん」って 返事してるけど

声に覇気ねーし。

寂しくなって しょげてんだろーなぁ。


「あの、ミカエル」って、ゾイが言ってる。


「仕事の時に、なるべく

一緒に居ても いいですか... ?」とか 聞いてるから

泰河が「こふっ」つってるんだぜ。




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