30 泰河


おばさんや お手伝さんに

「人には良くない 妖怪みたいなものが憑いていたようです。ですが、すっかり祓えました」と

説明し、ボティスが 目眩めくらましのパイモンを喚んで

蝗を渡した。


「ご自身の頭髪を 飲み込まれているようなので

病院に連れて行かれてみてください」と 勧めて

分厚い謝礼の封筒を 受け取り掛けたけど

ボティスが「マタイ 10章8節」と

オレに ルカの聖書を渡す。

ページを繰り、声に出して 読んだ。


「... “病人をいやし、死人をよみがえらせ、

らい病人をきよめ、悪霊を追い出せ。

ただで受けたのだから、ただで与えるがよい”... 」


これは、イエスが弟子たちに与えた “権威” の話だ。神の力によって 人々を癒やす。

“ただで 権威を受けたのだから、

ただで 人に与えるがよい”...


「料金は規定の額を、如月に お願いします」と

おばさんに分厚い封筒を収めてもらうと

「“共に食事を”。日毎の糧の分だけでいです」と、ルカが 頷きながら言った。


「まあ... 」と 感心した おばさんは

病院に連絡が済んだ お手伝さんに、

高い酒とか高級ツマミとかを 紙袋に入れさせて

「榊さんに」と 土産として渡して来た。


「彼女に お会いしたかったんですのよ」と

残念そうに言われて、ボティスも

「伝えておいてやる」と それは受け取ったけど

オレ、前に ここに来た時

しっかり謝礼は受け取って、浮かれてたんだよな。“いい顧客が出来た” ってさ。


考えたら、ハティの板とか シェムハザの食事に

外食は ボティスの奢り。もう、何も困ってない。

しかも、かねカネ って考えずに仕事するようになってから、困らなくなった気がする。


カジノでルーレットやった時も、小銭稼ぎしてた時と 同じ “賭け” だし、

ハティが用意した金とインゴットだったけど

“稼いでやる” っていうのとは違った。

仕事なんだし、当たり前なんだけどさ。

“ボティスを取り返す。絶対に”... それだけだった。


朋樹に “仕事終わった” と 連絡を入れると

“歩いて来れるだろ?” とか 返って来て、

ルカが地図アプリを開いて、朋樹たちがいる家の住所を入れる。確かに ここから近い。


ボティスに差し出された 土産の紙袋を持って 歩く間に、仕事と金のことを 続けて考えてみた。

依頼主は “困ってる人” だ。

無償にした方が いいんじゃないのか?


「なぁ、あのさ... 」


それを 二人に話してみると

「けどさぁ、そしたら 依頼主に

“恩を売る” みたくもなるぜ?」と ルカが言い


ボティスも「適正な報酬は受け取れ。

父に与えられた 権威じゃあない。

依頼主に 教えを説き、信仰に導くために

“私に従って行きなさい” という訳では ないからな。

“神と人”... 父や救主キリストの縦並びではなく

“人と人”... 兄弟姉妹という横並びとして やっている。

恐れ うやまわれる必要は無い。

それじゃあ、偽善者や偽預言者となる。

依頼主も “料金は払った” と 安心し

“助けてもらった” と 自分を下に置くことはない」

と 言う。


依頼主の立場になれば、無償で助けてもらうと、

助けてくれた相手に 感謝をするだけでなく

“立派な人だ”、“助けてくれた” と

崇める対象に なり兼ねない。

信仰に導く訳ではないので、高い位置に置かれる必要はない。

料金を支払えば、それは相手の “仕事” となって

“助かった、良かった” と、感謝するのも

支払いした相手でなく、神とか そういう何かが

対象になるだろう。


「感謝とかも 誰にもせずに

“タダで得した、また使おう”... って いうような

さもしい人も いるだろうしさぁ。

それはそれで、こっちも “使われてる感” 出てくんじゃん?

けど 料金の支払いがあれば、“仕事だからな” ってなるし、お互いの割り切りのためにも

幾らかは 受け取った方がいいよな」


そうか。どっち側にしても... って ことか。


「その上で、聖ルカ 23章12節だ」


... “だれでも 自分を高くする者は 低くされ、

自分を低くする者は 高くされるであろう”...


“助けてやった” とか “使ってやろう” とか

まぁ、他にも “教えてやった” とかじゃなく

謙虚であれ ってことだよな。

誰も、誰かの上にいる訳じゃねぇんだし。

何をしても、誰かを見下ろす立場にはならない。

これも、“気高く生きる” ことだと思う。


浅黄を通した 焔魔天の教え。

“罪の業火に焼かれながら、気高く生きろ”


この先、生きることが つらいのは

当然のことだ。

そうして業火に焼かれながらも 生きること。

けど、もう 自分の心に囚われないこと。

復讐は、誰かのためじゃない。

オレ自身のためだった。


リョウジは、自分が人の血を吸った ってことを

気に病んでいても、

自分を 吸血首にした相手のことを

“殺してくれ” とは 思ってなかったと思う。


皆、そういう目に合わせた相手を 恨まず

自分を “死なせてくれ” と 言っていた。

家族や大切な誰かを 傷つけてしまう恐れがある

... ということの方を 恐れていた。

心が気高い人たちだ。


「首尾は 如何どうですか?」

「俺等は上々だぜ?」


四郎とミカエルが顕れた。

首抜けにされた、あの気高い人たちは

四郎と HLAが適合する。

遺伝子が似ている ということだ。


アコが、沙耶ちゃんに報告に行っているらしく

榊は 月夜見キミサマに、高天原へ 使いに出されたようだった。


「こっちも とりあえず上々」

「何が出たんだ?」


「榊が言うには、“風の神”」


風の神は、出会う人に黄色い風を吹き付けて

病気にする 厄神だ。


依頼があった人は、家にいると40度の高熱、

病院へ行くと36度台に下がり、血液検査の結果も正常... と いうのを 三回繰り返して

おかしいと思った ということだ。


「まず、病を癒やしまして... 」と 言う四郎に

「どうやって?」と 聞くと

「聖みげるに、肩に手を置いていただき

ゼズ様の 御力に依りまして、“きよくなれ” と」と

答えた。


「それで治るのかよ?!」と、ルカもビビると

「ウイルスや細菌による病気じゃあない。

“悪魔憑き” と見做して、祓ったということだ」と

ボティスが説明した。

普通の病気だと 無理なようだ。


「蝗系も無理だぜ? 天属性だからな」


蝗を使ってる大元は、天使のアバドンだもんな...

でも、限定的でも 病気を取り除けるのは すごい。

中に本体が憑依してるのとは、また違うんだしな。風の神は 日本のヤツだしさ。


「その後、依頼主の職場とか

よく行く店までのルートで 風の神を探したら

人間には見えていない、杖持った じいさんが居たんだ。人に 黄色い息を吹き付けてたから、

俺とシロウで 被害者の癒やし。

アコが鎖で捕まえて、榊が オキョウ読んで

蝗を吐き出させてから、風の神は月夜見キミに渡して

蝗はパイモンに渡した」


被害者は、他にも いるかもしれないが

月夜見キミサマ伊弉諾尊いざなぎのみことに話して、穢れとして

一斉に禊いでくれるらしい。

そのためと、天逆毎あまのざこ対策会議をするために

榊が使いに出たみたいだ。


「ボティス」


アコも来たけど、仕事終了の報告だけして

「守護天使が 地上で、奈落の天使を捕らえてくれることを 話して来る」と、地界へ消えた。


「ジェイドたちは?」

「今 向かっているだろ? 別の仕事だ」


「相手が手強いのでしょうか?」


四郎が不思議そうに言うけど

「ポルターガイストだからな」と

ボティスが答えた。

「ふうん、初めて見るな」と、ミカエルも言う。


普段は あまり地上に降りなかったミカエルは分かるけど、ボティスも無いのか... と 聞いてみると

「近付くと、気配でゴーストが逃げていた」ってことだ。“ヤバイの来た” って なってたのか。


「じゃあ、ミカエルが近付いても

逃げるんじゃねーのー?」


「いや、この国の奴なら限らないだろ?

俺のこと よく知らなかったりするし。

ガルダやアスラの方が逃げられるんじゃないか?

あと、キミとスサ」


「“天草四郎” は?」って、四郎を見ると

切支丹きりしたんで御座いますので。

聖みげる や、ジェイドと同じ括りになると思います」と、オレを見上げた。


「住所だと、ここなんだけどー」


着いたのは、四階建ての でかい洋館だ。

外塀の高さは 二メートル以上ある。


「南蛮の城でしょうか?」「すげぇよな」

「同じ街で、こんな暮らしの人も

いるんだよなー」


ルカがインターフォンを押す間に

朋樹に “着いた” と メッセージを送った。


“まだ何も起こってない” らしいが

執事さんっぽい 白髪混じりオールバックの

品のいい オッサンが、また自動で開いた鉄柵の門の 向こう側から出て来た。60代くらいか?


「初めまして。貝沢と申します。

御足労いただきまして、ありがとうございます。

雨宮様とヴィタリーニ様に 伺っております」と

丁寧な挨拶をされて、オレらも名字を名乗る。


「... 氷咲様も、ヴィタリーニ家の方だと

伺っておりますが」


「あ、まぁ。母が... 」


ヴィタリーニ家、裏で有名だよな。


「後で、ベルグランドという者も

来るかもしれん」


ボティスが 何気なく言ってみると

「プロヴァンスの方でしょうか?

フランスの... 」と 貝沢さんの眼が向いた。


「そうだ。親日家だからな。

しょっちゅう来ている」


貝沢さんは「どうぞ」と オレらを

にこやかに 邸宅へ案内した。

シェミー、すげぇよな。容姿が容姿だしさ。


植物パターンの 優雅な自由曲線。

アールヌーヴォー様式の玄関ホールに入った時に

「あの、何故このような お仕事を... ?

ヴィタリーニ様は “神父” だと おっしゃっていましたが」と、ルカが 遠慮がちに聞かれて

「趣味です」と、あっさり答えた。


「ベルグランド様も... ?」

「こいつ等の お守りだ」


ボティスが言うと、何か納得するようだ。


まず、玄関ホールから

一階 左手にある、応接室に通された。

中には、貝沢オッサンより 少し若いかな... くらいの オッサンが ひとり座っていた。


「当家の主人、大蔵です」


貝沢さんに 紹介されたオッサンは

ソファーから立ち上がり

「初めまして。この度は どうも」と 挨拶して

名刺を配り出した。

オレらに ソファーに座るよう勧めると

ジェイドや朋樹にも話したであろう ポルターガイストと思われる現象を話し出した。


「現象が始まったのは、二日前です。

まず、物や家具が動きます。

これは 家中、至る所で起こります。

夜間から頻発するのですが... 」


後は、笑い声や叫び声

何を言っているかは分からない囁き声がし、

誰かが歩き回る足音に、誰かが居る気配。

モロな感じのやつだ。

シェムハザ喚んで、家中にカメラ仕込んだ方が

いいかもな。


「上に 大学生の息子が居りますが

これは、遠方の大学の近くで暮らしております。

特に 異常などは無いそうです。

高校生の娘は、現象が起こり出して すぐに

非常に怖がりましたので、ホテルに妻と置いておりましたが、妻が 必要な物を取りに来た際に

階段から突き落とされました」


「えっ?!」「マジすか?!」


奥さんは、腕の骨折と足首の捻挫で済んだようだが、殺意あるじゃねぇか...

娘さんは、今 学校らしいけど

大蔵さんも 状況が落ち着くまで、ホテルに滞在するようだ。それがいいよな。


「他の者にも 暇を出しておりますが

何か必要な物がありましたら、この貝沢に... 」と

コーヒー出してくれてる貝沢さんを指して

大蔵さんは言うけど、心配そうだ。


「いや、出来たら 貝沢さんも出ていただいた方が

いいと思いますよ。何かあっても困りますし」


ルカが言うと

「ですが皆さんも、息子と そう変わらない歳ですよね? 私は、お坊さんだとか 神主さんが

いらっしゃると思っていたんです。

もし、あなた方に 何かあったら... 」と

不信感半分、心配半分といった感じだ。


ルカに視線を向けたから

ヴィタリーニ家のヤツに何かあったら... ってのも

あるっぽいな。なんか面倒くさい。

ルカも そういうツラだ。


「何故、キサラギの店に連絡をした?」


ボティスが聞く。

そうだよな。だったら、寺とか神社に頼むよな。

一応、資格がある 朋樹とかジェイドがいるけどさ。

けど、もう お祓いはして貰った後らしかった。

その後も 現象は続いた。


「如月さんの連絡先は、知り合いの方に教えていただきまして。

ご近所にお住まいの方なんですが... 」


聞いたのは、さっきの おばさんだったが、

貝沢さんが おばさん家のお手伝さんに聞いたようだ。


「... 大蔵様、お客様のようです」


貝沢さんが、ジャケットの内ポケットから

スマホを出した。

外で インターフォンが鳴ったようで

応対に出た。


「お客さんが いらっしゃるなら

外していただいて大丈夫ですよ」


ルカが言うと「来客の予定はないのですが... 」と

大蔵さんが 首を傾げる。


暇になったミカエルと四郎が、応接間の窓から

外を見出して

「あっ、シェムハザだぜ?」と 言った。


ボティスが「ベルグランド家の者だ」と

大蔵さんに教えると

「えっ?」っと、顔が緊張し出す。


輝きながら応接間に登場した シェムハザは

「ベルグランドだ」と、大蔵さんに名刺を渡し

「何があっても、俺が責任を持とう」と

握手しながら また輝いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る