30


「不安か?」


ほけーっとしちまってるゾイに

ブロンド睫毛の碧眼を向けて、ミカエルが聞く。


「あっ、いえ! 大丈夫です!」


向かいに座るボティスが、コーヒーカップを運んで 口元を隠した。


「地界の軍として、このトーガを見る時は

ゾッとするものだが... 」


シェムハザが 向こう側でため息をついてる。


オレらは、テーブルの 一辺と

ミカエルたちの後ろにチェア置いて座って

「孔雀の尾羽根の翼、見てみてーよなぁ... 」

「見るときは、とんでもなく危険な状況なんだろうけどね... 」と、こそこそ言ってた。


今から、ゾイとミカエルが海ん中で シュガールが出るのを待って、出てきたら、“海の中から 海を割る” って言うんだけど、その後もミカエルが話をする って言う。


“お前が か?” って ボティスが聞いたら


“もうちょっとしたら、ザドキエルもエデンから降りる。天を留守にする ってことを、今、聖母に伝えに行ってる” ってことで

オレらは、ちょっとホッとした。


ザドキエルは、サンダルフォンのことだけでなく

預言者のことも聖母に打ち明けてる。

預言者たちの下級天使への転生許可を内密に出してくれたのは、聖母のようだ。


「ゾイ、お前はいつ

ミカエルのトーガ姿を見たんだ?」


シェムハザが不思議そうに聞くと

「聖子が、春の式典で

楽園にいらっしゃった時です」と 答えた。


春の式典、といっても

楽園は年中春なのに、どの季節の果樹も実を付けてるらしい。里みたいだよなー。


地上時間で何年かに 一度の その式典には

聖子が 第七天アラボトから楽園マコノムに降りて

第三天シェハキム南の、聖人の領地から

アブラハムやノア、モーセ 他

聖子の弟子たちだった聖人たちも楽園に上がる。

地上の実りを祝う式典が行われて

ミカエルは、聖子の護衛につく。


「地上の実り?」

「人間の魂の深まり」


うん、よくわかんねー。


天使たちは 誰でも参加が出来るけど

もう、すっげー 集まるし

下級天使たちは、遠くから辛うじて 聖子やミカエルが見えれば 幸運な方らしい。

そりゃ、隣でそれを見れたら感動するよなぁ。


「上級の者でも、大半はミカエルに近付けんからな。数が数だということもあるが、相手が畏縮する。こいつ自身は何も考えていないがな」


ゾイがますます緊張すると、ミカエルは

「そんなの、天にいた頃の お前等だって

ガブリエルやラファエルだって同じだろ?」と

つまんなそーに言った。


「ゾイ、お前は 天にる時

友などはあったのであろうか?」


“寂しいのではないか?” っていうような

心配そうな顔で、榊が聞く。


「うん。同じシェハキム... 持ち場の、別の領地に

一緒にパンを食べたり、話をして過ごす人はいたよ」


ミカエルが、つまんなそーなままの眼を向けて

ゾイに「男型?」って聞くし

オレと泰河だけでなく、ジェイドも俯いて笑う。


「いえ、女性型です... 」


ゾイ、見返せねーの。膝の上で指 組んでやがる。

「ふうん」って ミカエルが笑うし

オレらも また口元が緩む。もうゴキゲンかよ。


「なんて奴?」


「マリエルです。

持ち場は、シェハキム南の領地です」


「ふうん... 」


ミカエル、知らねーんだろうなー。

マリエルって天使は、ゾイと同じ下級天使なんだろうし、聞かなくても良かったんじゃね?


「同じ名前の奴が 第六天ゼブルにもいるな」

「確か、第四天マコノムにも居ただろう?」


ボティスとシェムハザが話してるけど

ミカエルは、どのマリエルも知らねーっぽい。


ジェイドが気を使って

「どんな人だった?」って聞くと

「明るい子だよ。ちょっと沙耶夏に似てる」と

嬉しそうな顔で答えた。


「ブラウンの髪と眼で

長い髪は、いつも 一つに束ねてて... 」


隣からミカエルが見てるのに気付いて

ゾイの声が止まってる。

「聞いてるぜ?」って 珈琲 飲んでるけど

ゾイは、なんか恥ずかしくなったみたいだ。


「あの... 第二天ラキアに、マリエルとパンを食べに行った時に、あなたがいたことがあります」


その時、ミカエルは他の天使とも 一緒にいて

ラファエルを待っていたらしい。


「うん、そうか」


「むう。覚えておらぬのであろうか?」と

榊が切れ長の眼を向けると

「こいつの周りには、いつも人集ひとたかりが出来るからな。見えなかったんだろ」と ボティスが言う。


「マリエルが、あなたに気付いて

少し 声が聞こえました... 」


“少し声が” って、すげー 距離なんじゃね?

ミカエル、結構 声でかいしさぁ。


「あなたに憧れてて」


おおう?! 泰河と眼が合うけど

朋樹が “ん?” って、引っ掛かる顔になった。


「すごく、いい子なんです。優しくて... 」


あれ? ... これ、マリエルって天使の話?

ミカエルが ゾイに眼を向け直す。


「もし、シェハキムへ行くことがあったら... 」


「お前、俺に言ってんのか?」


うおっ 真顔だ...  やべーし...

何なんだよ、ゾイ!

“え?” ってツラになってるけどさぁ...


「天にいる友の話をしただけだろ?」

「男型の天使でも、お前には そんな感じじゃないか。近くで見てみたい、と... 」


ボティスと シェムハザが言うけど

ミカエルは、ふいっと前向くと

コーヒーを飲み干して

「行って来る」と チェアを立った。


ミカエルが、なんで急に不機嫌になったのかが

分かんねー って感じのゾイは

青くなって、そわそわし出してる。


「行くぜ?」って、いつもっぽく言うけど

顔は真顔のままだしよー...


「うん! 気ぃ付けてな!」

「海 割れたら、状況 見て 行くからさ」


オレらも立つけど、ゾイは戸惑ったままだ。


翼の下に 赤いトーガを揺らして、ミカエルが

テントの入口の方に歩いて行くと

シェムハザが ゾイの背中に手を添えて、入口へ連れて行く。

とりあえず オレらも後に続く。


ちょうど、エデンのゲートから

翼背負った ザドキエルが降りてきた。


「やあ」って オレらに言って

「今から?」と、ミカエルに聞いてる。


「うん。行って来る」


ミカエルが、エデンのゲートに左腕を伸ばすと

艶のないゴールドの鎖... 奈落でモレクを繋いでいた、大いなる鎖が 腕に巻き付いて

天衣のような白い布が手に収まった。


「遺骨は?」と、ゾイに ザドキエルが言ってて

「あっ」って、オレが ゾイに渡す。

まだ 手に持ってたままだったぜー。


「任せていいのか?」


おお? 朋樹が ミカエルに聞いた。


ミカエルは、振り返ると

「お前も俺に言ってんのかよ?」って笑って

「ファシエル」と、ゾイを呼ぶ。


シェムハザに背を押された ゾイは、首に細いチェーンのペンダントを掛けて、おずおずと ミカエルの傍へ行った。


「あの...  よろしく お願いします... 」


オレらからは、海に向いてるミカエルの白い翼とトーガで見えねーけど、ミカエルは、隣に来たゾイに 右手を差し出したっぽい。

手を取れ ってことだ。


「ゾイ?」と、ジェイドが言うと

ゾイは、そろそろと 自分の左手を載せた。

途端に ぐい っと引っ張られて、ゾイは ミカエルの翼で ほとんど見えなくなった。


「あ」って 泰河が言う。

ゾイの髪の色が変わったらしい。

シェムハザが天空の霊を喚び、空を覆わせる。


ミカエルが、鎖が巻いている腕を上げたようで

翼の下に見えてた 白い天衣っぽいものが見えなくなった。

砂の上に、ゾイが着ていた服や 靴が落ちる。

ゾイを 着替えさせた ってことか?


「海 割っても、俺が呼ぶまでは邪魔すんなよ」


「勿論」「充分 心得ている」


ザドキエルとボティスが答えると

ミカエルは ゾイを抱き上げて、海の上を羽ばたいた。翼の下にトーガがひるがえる。


リラが繋げられていた、目印の狐火まで飛ぶと

そのまま海に沈んで消えた。


「むう... 大丈夫なのであろうか?」


榊が遠くの狐火の下を見つめてる。


「ミカエルだからな」

「どちらも無傷で帰る。心配は要らん」


シェムハザもボティスも 何も心配してねーし

ザドキエルは「マドレーヌはある?」だし。

さっきも食いたかったみたいだけど、召喚円に入ってたからなー。

「海が割れるまで、テントにいよう」だしさぁ。


「いやいや... 」

「テントにいて、割れたかどうか分かるのか?」


「シェムハザ、スクリーンはある?」


シェムハザが スクリーンを取り寄せると

ザドキエルが 短い呪を唱えて「ミカエル」と言った。


「おっ?」「あっ、ヤバいんじゃね?」


スクリーンには、海の中が映し出された。

「暗いね」って、明るさ調節してるし。


ブロンドの髪と 赤いトーガが揺らめく。

ミカエルは、後ろから ゾイ... ファシエルに片腕を回してた。背の白い翼が燐光を放ってる。


ファシエルは、白いドレスのような天衣を着てる。やっぱり着替えさせたのかぁ。

ホルターで長い丈。ゴールドのベルト。


ブロンドのファシエルの髪は、緩いウェーブで

長さはたぶん、鎖骨くらいだろうと思う。

ゾイと同じくらいだ。


柔らかい頬の輪郭に、高過ぎず 通った鼻。

ゾイとは違う 優しげな 二重瞼。

女の子のくちびるの形。きれいな子だよな...


「ほう... 美しくある... 」


榊が、うっとりした ため息をついた。


「動く絵画みたいだ」

「綺麗よな。天使二人だもんな」


ジェイドも朋樹も、海の中の二人に見惚れてる。


「“目立たないけど きれいな子”... って感じだよな」って 泰河が言うのに

「あっ! すげーわかる!」って全力で同意した。


「見かける度に “きれいだ” って 思うけど、なんか、声は掛けられねぇんだよな」

「触れちゃいけない気がする子だね。

他みたいに 軽くいけない子だ」

「そう! 声 掛けたら、他のヤツも “きれい” ってことに気付いちまうかもだし!」

「秘密にしときてぇんだけど、実は 結構な数のヤツが 同じこと思ってんだよな」


これ。学校とかだと、卒業して何年か経ってから

“あの子、きれいじゃなかったか?”

“あっ、オレも思ってたし”... みたいなやつ。

彼女とかいても、“あの子、きれいだよな” って

思ったりする。

どうかなりたい って訳じゃないんだよな。

相手がオレじゃ、オレが納得 出来ねーし。

相応しいヤロウで納得したい。


朋樹やジェイドも分かるけど、ボティスやシェムハザは分からねーっぽい。へっ。

ザドキエルには “ミカエルと下級天使” にしか見えねーみたいだし。

天にいりゃ天使だらけだもんなー。


スクリーンの中で、ミカエルのくちびるが動いた。

短く何か言ったみたいだけど、声は聞こえない。


ファシエルは、少し笑って

“はい... ”って くちびるを動かすと

ミカエルが回してる腕に 自分の手を添えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る