22


「さっきの人な、リラちゃんと仲良かったみたいなんだよな」


バスに 榊と朋樹が戻ってきて、霊視結果を話してる。泰河とジェイドが前の席に回った。


朋樹が視たのは、さっきの人の結婚式に出席したリラと 彼女が仲良くなって

外や家でも笑って話をするリラ だったようだ。


彼女が出産した時、赤ちゃんを怖々と抱いたり

少し大きくなると ヨーグルトとか食べさせてみたりと、かわいがってたみたいだった... と。


赤ちゃんの髪色が変化してくると、リラは

その子を抱き締めることが増えたようだ。


「リラちゃんが亡くなった時、あの人は取り乱した。“理由もなく 急にどうして?” と、泣きながら旦那に聞いて、その時に旦那が話してる」


旦那さんは、“先祖の罪のようだ” と

自分も話を聞いたばかりで、詳しくは教えてもらえなかったことを断って

“たぶん、この子を救うために... ” と、自分の子を抱いて泣いた。


「“何を言ってるの? 何をバカなことを... ” と

呆れて、ひどく泣いてる。

そのバカなことのために、リラちゃんが自死を選んじまってるからな」


“じゃあ、この子も いつか、それを選ぶの?”


彼女が言うと、旦那さんは首を横に振って

“そんなことはさせない。

この子には何も話さなければいい。

そんなことをしても、何も変わらない” と言い


“俺も今まで知らなかった。

リラだって知らなかったはずなのに、どうして... ”


そう言ったらしい。


「誰かが、“犠牲になれば あの子は救われる” と

話したってことなのか?」


前の座席からジェイドが言うと、ボティスが

「その旦那もだが、リラの世代... 孫世代は

祖母のジャンヌは事故だった と、思っていたはずだ。

だが リラの父など、ジャンヌの子供たちは

その時に、これの原因となる “先祖の罪” とやらの話を聞いている恐れはある。

“リラの叔母を護るためだった” と」と 言う。


「なんで?」と、泰河が聞くのに

「リラの父さんが、知ってたからじゃねーの?」と、オレが答えた。


リラの父さんは、亡くなった叔母さんを支えながら、リラを見て

“何も変わらない、迷信だ” って言ってた。

叔母さんが自死を選んだ理由を 知ってたからだ。


「じゃあ、リラちゃんも知ってた恐れがあるのか?」


朋樹が聞くと、榊が「どうであろうか?」と

疑問に思っているような言い方で

「尚更、子には話さぬのではなかろうか?

“迷信” と 分かっておることなどを話して、子に死なれては堪らぬ。

また、“お前を救うため” などと話したとあれば

生涯 気に病ませる と、分かろうものよ」と 続けた。


「それなら、リラの父さんたちが知ってるのも

おかしくねぇか?

ジャンヌばあちゃんだけでなく、じいちゃんも

一緒に亡くなってるのにさ」


泰河が言うと、榊が「ふむ... 」と頷くけど

「だが、実際にリラの父親は知っていた」と

ボティスがピアスをはじいた。


リラの父さんは、知ってたけど

リラが知っていたかどうかは 分からない。

“リラも知らなかったはずだ” と

さっきの人の旦那... リラの従兄弟も言ってる。


「待て。誰が、その旦那に話をした?」と

ボティスが朋樹に確認をする。


「旦那の方を視ねぇと 分からねぇんだよ。

でも、リラちゃんの家族じゃ... 」


朋樹が答えている途中で、ジェイドが

「いや、その人の子が “ブロンド” って分かってて

話さないんじゃないのか?」と 口を挟んだ。


その話をすれば、“お前の子を護るために”

自死を選んだ... って なるもんな。


だったら つまり、“先祖の罪” と 話したヤツが

自死に導いてるヤツ... ってことになるのか?


「まだ分からんことが多い。

夜、シェムハザやミカエルの話も総合して考えることにするが、取り敢えずは情報を集める」


ボティスが言うと

「そうだな。次に行って来る」と

朋樹が、皮紙からスマホに住所入力して

榊とバスを降りた。


「さっきの女の旦那や、リラの父親にも話を聞くべきだな」

「そうだね。“先祖の罪” という理由を

誰に聞いたかが 分かればいいけど... 」


泰河が運転席のドア開けながら「ルカ」と

オレにも、バスを降りるように誘う。


「なんだよ?」って降りたら

「いや、疲れてねぇかと思ってさ」って

顎ヒゲに指やって言った。気ぃ使ったっぽい。


「おう... 」


コンビニの駐車場だし、あんまり遠くにも行けねーから、やっぱりコンビニに入る。


ジェイドがバスから電話してきて

『コーヒー以外で何か 二本 頼む』って 言うし

炭酸水と「榊に買っとくか」って 和菓子もカゴに入れた。


レジで、フライドチキンとかも頼んで

外に出て 食いながら、泰河が

「大丈夫か?」って、涼しげな眼を向ける。


「ん、まあ。

なんかさぁ、リラだけにとどまらねぇ話だし」


写真で見た、まだ七歳だ っていう 女の子のこともあるし、意識は そっちにも動く。

長く続いてる何かがあるなら、今 絶ちたいし。


「それに、選んだ理由がさぁ... 」


上手く言えねーし、残りのチキン口に突っ込んだら

「おう」って 泰河が、空になったチキンの包み紙を くしゃっとやって

「優しいよな。リラちゃんも、叔母さんもさ」と

切なそうに ちょっと笑った。


リラは、何かに誘導されて それを選んだのかもしれないし

今 生きてりゃ、何をしてでも止める。

正しいとか間違ってるとか、そういうんじゃなくて、生きて欲しいから。


けど、そういう理由だった ってことに

少し救われたような気分になった。


リラは、自分が犠牲になってるっていう意識はなかった。

“いかなくちゃ” って、使命感のような強い意志で

それに臨んだ。


無駄だとしても、どうしても

小さな子を 護りたかったんだよな。


何かが、ひどくつらくて... って 理由だったら

もっと砂を噛むような気分になったかもしれねーし。

まだ出会ってもなかったクセに

“支えられたんじゃないか?” とか

傲慢なことも 考えたんじゃないかと思う。

やっぱり 上手く言えねーんだけど。


「自己犠牲 って、キライなんだよ。オレ」


手の中の くしゃっとした紙を見ながら

泰河が言う。


「かなしいじゃねぇか。

きっと、もっと他の方法があるはずだしさ」


そう わかってる


「けど、それを選んじまった人のことは

尊く感じる」


くそ...  空を仰ぐ。雲ってやがるし。


「もう 一個 食おうかな。

お前も食うだろ?」って 聞いてくるけど

答えらんねーし。


泰河は オレの返事は聞かずに

「やっぱ、ホットドッグにするか」って

コンビニに入って行った。




********




「朋樹から電話だ」と、ジェイドに呼ばれて

バスに戻った。


「気が利くな」って、ホットドッグを 二人に取られながら、スマホのビデオ通話の画面を見ると

会社の会議室みたいなところで

オレらの父さんくらいの歳の人が映ってた。

リラの叔母さんの、元旦那さんだ。


『亡くなった、元妻のことよ』


男に質問をする 榊の姿は映っていない。

「神隠しかけて会社に侵入したんだろ」ってことらしい。

幻惑を掛けて、無人の会議室らしき部屋に招いて

質問してるようだ。


『... 良い妻でした。

犠牲になど、なる必要はなかった』


『“先祖の罪” とは、如何なるものであろうか?』


『... 分かりません。

どれだけ命を犠牲にしても、払えないのなら

贖罪ではなく、呪いなのでしょうけど』


『そのことは、誰に いつ聞きましたか?』と

朋樹が聞くと

『... 元妻の、弟一家が フランスから帰国して

すぐだったように思います』と 答えたけど

『誰に、聞きましたか?』と

また朋樹が聞き返しても、男は答えず

『... 誰だったでしょうか?』と、聞き返した。


「忘れさせられているのか?」

「術が使える奴のようだな」


榊が質問を変えて

『どのように聞いたのであろうか?

相手は、何と申した?』と 聞くと


『... “定められたひとりが犠牲になれば、次の者は救われる。天使様が救いの印を下さる” と』と

さっきの女の人と、同じことを答えた。


『... ですが、印は与えられませんでした。

黒く変わるはずの リラちゃんの髪は、そのままでしたから。彼女は、無駄死にしてしまった』


『すまぬ... 』と、話を切り上げようとした榊を

朋樹が遮る。まだ霊視を続けているようだ。


『... 私は、あんなことは彼女で終わって欲しかった。全くに意味がない。

印は与えられないと、知っているのに

なのに何故、リラちゃんまで...

彼女がしたことは、本当に何だったのか と... 』



ビデオ通話が切れて、しばらくすると

榊と朋樹が戻って来た。


「肝心なことを話したヤツが視えなかった。

けど、記憶を削除してるんじゃなくて

そいつが、自分の存在を 外に隠してる感じだ。

記憶を削除されていたら、何を話したのかも忘れるからな」


そうだよな。預言者を使ったザドキエルみたいに

記憶を削除したら、何を言われたかまで忘れる。


「だとすれば、リラの父親や

父親の他の兄弟に聞いても、そいつのことは

分からん恐れがある。

そいつが掛けた術を解ければ 別だが」


ふん と、鼻 鳴らして言ったボティスに

「解けねーの?」って聞いたら

「術の種類が分かれば解けるが、別の措置を講じていた場合が厄介となる」とか言う。


なんだよそれ って眼で見たら

「無理に術を解いたとする。

だが それを掛けた術師は、自分の存在を隠したい訳だ。“術が解かれた場合” を見越して

“解かれた時は死ぬ” という呪詛を別に掛ければ

自分の存在は隠し通せる」だし。却下。


「しかし、“先祖の罪” とは 何であろうのう?

何故、どのような罪かは知らぬのであろうか?」


団子を食いながら榊が言った。

「内容も知らず、身内が犠牲になることなど

納得 出来ようものであろうか?

遺された者等の方が “何故?” と、必死に内容を知ろうとしても、おかしゅうないように思うが... 」


「探しても分からなかったんじゃねぇの?」


泰河が言ってみると

「いや... そういや、今の人からも

罪の内容を探した過去とかは視えなかった」と

朋樹が答え

「視えたこと自体、少なかったんだよな」と

ため息をつく。


「叔母さん... 奥さんとは、恋愛結婚で 普通に幸せだったみたいだぜ。

奥さんが亡くなった時は、病院でも葬儀でも

奥さんの方の親族とも話してるけど

最初は、奥さんの自死の理由を

“先祖の罪” だとは思ってなかったみたいなんだよな。

“自分が何か至らなかったんじゃないか?

苦しんでいることに気付いてあげられなかった” って、頭 下げたりもしててな」


「彼の立場なら、そう考えるかもしれないね」と

ジェイドが睫毛を臥せる。


「“違う、自分を責めないでくれ” って

リラちゃんの方の兄弟が泣きながら言ってて...

いや... 」


朋樹は、一度 言葉を止めると

「葬儀は、自宅で行われてた。仏式だった」と

言った。


「そりゃ、叔母さんは嫁いでるんだから

その旦那さんの方が仏教だった ってことだろ?」


泰河が眉間に軽くシワを寄せて言うと

「リラちゃんは、教会だった。

だから、先に会った 七歳の子の母親に話を聞いた時は、引っ掛かってなかったんだけど... 」と

朋樹が説明し出した時に、何が引っ掛かったのかが 分かった。


「“天使様”?」


オレが言うと、朋樹が頷く。


「そう。言葉上の疑問もある。

“天使が” と言わずに “天使様が” って言うのは

誰かが、そう話して聞かせたから ってことだろ?

しかも仏教のはずなのに

霊視中に、ステンドグラスと 十字架が視えた」


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