30


「お前、アサギが好きなのか?」


なんだとっ?!


言ったのは、ミカエルだ。ゾイに。


ルカが 椅子を立ちかけるが、鼻 弾いて座らせる。

抑えろ、落ち着くんだ...

オレが オレにも言い聞かせていると

「ミカエル、何 言ってるんだよ?」と、朋樹が笑う。


「浅黄は男だぜ?」


オレは、朋樹に裏拳を お見舞いした。

ごふっ て言いやがったが、うるせぇ。

しゅっとしとけ。


「あ...  好きは、好きですけど... 」


困ってるっ!! ゾイ困ってるぜ!!

思わず 身体ごと振り向いて見る。


「ふうん... 」


その、“ふうん... ” は、何だよミカエル?!

表情が読めねぇ!

いつも丸出しなのに なんだ?!


浅黄が「う... む?」と

ミカエルとゾイ見比べて そわそわし出した。


ルカが オレの鳩尾みぞおち殴って

“どうすんだよ?!” と 怒った眼を向けてきた。

そんな おまえ...

朋樹の向こうのジェイドを見てみると

何かフォローしようか、いや 言わない方がいいか?... と、ぐるぐる迷ってる様子が手に取れた。


「こいつ、“皆 素敵だから大好き” なんだぜ。

なあ、ゾイ。榊も沙耶ちゃんもな」


お? 朋樹だ。


やるじゃねぇか って見たら、朋樹も身体ごと テーブルに向いて、やたらにミカエル観察してやがる。なんだ?


「お待たせ」と 沙耶ちゃんが持ってきた唐揚げを

「おっ! ありがとー、沙耶さん!」と ルカが

ハシッ と受け取って テーブルに置き、ついでに 一個 食いやがった。


ボティスはフォークで唐揚げ刺しながら、浅黄に

「食え」って言うが

「うむ... 」と、浅黄は落ち着かず

下を向いて もそもそ食っている。


「あの、何か飲み物を... 」


ゾイが立とうとすると

「炭酸水でいいかしら? ライムよね?」と

沙耶ちゃんがガラスの冷蔵庫から 炭酸水を出す。


「ライム切ってくるわね」と言う

沙耶ちゃんから、炭酸水 二本と栓抜き受け取って

テーブルで開けようとしたら

「泰河、いいよ」と、ゾイが栓抜きを取った。


「バラキエル。お前、なんで この前

こいつのこと抱っこしたんだよ?」


ミカエルの言葉に、ぴた っとゾイが止まったが

「さぁな。同じ状況で お前が動かなければ

またやるが。それが何だ?」と、唐揚げ食って

ゾイから炭酸水を受け取っている。


「状況?」


ミカエルは さっぱり って感じで

ブロンドの眉をしかめた。


沙耶ちゃんが切ってきた櫛形ライムを渡そうとしたら、ボティスが炭酸水の瓶の口を こっちに向けるので、一個 突っ込んでやる。


お? ボティス

今、横 向いて、呪みたいの言いやがった。


「あ... 」


浅黄の分の炭酸水の栓を抜こうとしたゾイは、蓋で指を切った。

いや 普通、蓋で切らねーよな?

今のボティスの呪か?


「ん? 切ったのか?」


ミカエルがゾイに聞くと、ゾイが答える前に

「そのくらい、お前が止血 出来るだろ?

一応 天使だからな」と ボティスが炭酸水を飲む。


「一応 って何だよ? 切り傷くらい治せるぜ?

お前、ちょっとこっち来いよ!」


カチン ときたらしいミカエルは、立ち上がり気味になって、ゾイの頭を ぐいっと自分の方に引き寄せると、額にキスした。


「ほらな、治っただろ?」


ジェイドが立ち上がったと同時に、ボティスが瓶を持ったままの腕を真横に出し

「悪い」と、浅黄の視界をさえぎる。


「状況だ。ミカエル」


ゾイの髪の色が変わり始めたのを見て、ミカエルは 咄嗟とっさに片翼を拡げ、まだ片腕に引き寄せたままのゾイを すっぽりと その片翼で包んだ。

オレらから見えるのは、ゾイの足元だけだ。


「何... 」


朋樹が ぼんやり聞くが

ミカエル本人も、“んん?” って感じだ。


「どうしたんだ?」


片翼の中のゾイに向いて聞くと

「いえ、あ... 」と、女の子の声がした。


おおおっ!! と、ルカと眼を合わせていると

「え?」と 朋樹が椅子を立つ。


これさ、もう何が起こってるかは、朋樹にも わかってるよな...


「良し。黒蝗クロイナゴが見えるという者に連絡を取れ。

捕獲に行く。そいつには報酬を払う」

「うむ、行こう!」


ボティスが立つと、状況を察したらしい浅黄も

勢い良く椅子を立ち

「沙耶夏、また榊とも参る故」と、さっさとドアの方に行く。


ボティスは、オレとルカに「お前等は要らん」と

言い、ミカエルに眼をやる。

「連れて帰っとけ」


ミカエルは、じっ と片翼の中のゾイを見ていて

「なんでずっと下 向いてるんだよ?

なんか かわいいな」とか言った。


「あ?」


... 朋樹だ。


「来い、露。ジェイド、朋樹。バスを出せ。

沙耶夏。唐揚げ美味かった。明日 珈琲」


「朋樹、行こう」


露 抱いたボティスが ドアに向かっても

ジェイドが声を掛けても、まだ朋樹は動かない。


「朋樹! 俺は助手席に乗る故、お前が 運転するが良い。操縦を教えよ」


浅黄が腕を掴み、強引に引っ張り出して 店を出て行った。




********




それでさ


オレら、どうする... ?


「えっと... コーヒー、淹れるわね」


沙耶ちゃんが、オレらの影に隠れるように

サイフォンをセットする。


オレとルカは、カウンターからまっすぐ前を向くが、背後のテーブルが気になって仕方ない。


「なんで、中身の姿になってるんだ?」


ミカエルが モロに言いやがった。


「ミカエル... 」


前を向いたまま、ルカが仕方なく声を掛ける。

「それを、誰にも知られたくないんだぜ」と。


「そうか。でも俺、もう見てるぜ?

戻らなくても、触れれば見えるしな」


いや

元の姿を見られることがイヤなんじゃなくてさ

“元の姿に戻っちまう” ってことを知られたくないんだよな...


まあ、だから

戻った姿を見られたくない ってなるけどさ。


「あの...  あなたは、きっと いいのよ。

だって、同じ天使だから。

天使ではない方には... って、ことだと思うの」


沙耶ちゃんが そっと説明する。


「天使以外にか...  でも、なんで?」


ゾイは 何も答えない。答えれねぇよな...

天使以外に、イコール ミカエル以外に... と、なんで 気付かねぇんだ...

けど、“お前だけの時ならいいんだぜ” とは言えねぇしさ。

“なんで?” って聞かれたら

“好きだから” ってなるもんな。


「ほら、あれだよ。なんだ?

そう。地上じゃ ゾイの姿だからさ

元の姿になると、なんか 裸になったような気分になっちまうんだよ。こころが」


「うん、そう。知らない人に見られたくないじゃん。もう天に帰れねーんだし。

地上に降りた時は、もう悪魔ゾイの姿だったから

オレらも、直に元の姿は見たことないしさぁ。

悪魔ゾイの姿は 地上での鎧みたいなもんなんだよ」


「ふうん... 」


ミカエルは、わかったような わからないような

返事だ。

そうだよな。間接的過ぎて、言ってるオレらも よくわかんねぇしさ。


こぽこぽと鳴るサイフォンのアルコールランプの火を、沙耶ちゃんが消した。

まだカップは用意してない。

ミカエルに、どう納得してもらおうかと考えまくっているようだ。


「元の姿になると」と、ミカエルが口を開く。

「天を思い出して、寂しくなる ってことか?」


「そうなの! それもあると思うの。

こうして 天使あなたがいる時は、独りじゃないけど... 」


「沙耶ちゃん、カップ」と 言うと

「ああ! そうだわ」と カップを出して、コーヒーを注ぎ分ける。


「そうか...  地上に降りて まだ間もないもんな。

でもな、俺も こうして降りた時

お前がいると、ちょっと嬉しいんだぜ?

使命なく降りてる天使は俺等だけだろ?」


隣で ルカが、“うーん... ” と考えている。

うん、仲間意識 って感じの言い方だしさ。


「それで、なんで 元の姿に戻るんだ?」


うっ それだよな...


「ええ... それが、理由は わからないの」と

沙耶ちゃんが、オレらの間からテーブルを見て

カップを 二つ運び

「だけど、あの... 私がカウンターに戻ったら

そろそろ翼と腕は、かれたらいかがかしら?

コーヒーを飲んで、落ち着いたら 男性ゾイの姿に戻ると思うし」と そっと言った。

まだくるんでたのか...


「えっ、そうなのかよ?!

落ち着くまで こうしとこうと思ってたぜ」


それでいいよな ってツラして、ルカが ほわっとなる。

オレの指もヒゲにあったが、今はゾイに戻った方が

ゾイのためにいいだろう。


「ごめんな」と、翼と腕は解いたようだが

「でも、原因がわからないって 困ったな」と

ため息をついている。


ため息とかつくなよ... って

「うん、あのさ。たぶんだけどさ、ゾイが 自分を意識した時に、天使の姿になるんじゃねぇかな? って... 」と 言ってみる。


ちら と、ルカを見ると

「そ! そうそう、地上に降りたからさぁ

なんていうの? 善悪を知った っていうか... 」と

歯切れ悪く言って、コーヒーの湯気を吹く。


「つまりね」と、沙耶ちゃんが言いづらそうに

「自分が、本当は女性だと気付く時だと思うの。

私の前では、戻ったことがないから。

男性の前で 戻りやすい気がするのよ」と、かなり直接的な説明をした。


「ふうん。男の前、なのかよ」


だから。おまえが男 ってことじゃねぇかよ。

何、機嫌悪ぃ声 出してんだよ。


「あの... 」


ゾイだ。まだファシエルの声。


クールな色の眼からは 想像つかんような、静かで柔らかい、雨音のような声だ。

天使の声だな と思う。落ち着く声。


「ごめんなさい。迷惑を掛けたりして... 」


あ?! 泣いてる?!


「えっ? 今度は何だよ?!」


ゾイは「... 恥ずかしく なっちゃって」と

すん と、小さく鼻を鳴らした。


“かわいくねぇ?” と、ルカと 沙耶ちゃんと

お互いを見る。


「何 言ってるの?! 迷惑なんて!」

「いいんだぜ ゾイ!」

「気にするなって!!」


ミカエルは無言だ。


どうする?! と、また 三人で 顔を見合わせる。


まだ無言だ...


ルカが立ち上がりかけた。ヤバい。

“どうすんだよ?!” “ダメよ ルカくん!” と、沙耶ちゃんと止める。こいつ、何かする。


「うーん...  あのさ」


ミカエルの困ったような声に、つい振り向いちまう。

ブロンドの柔らかそうな髪の女の子の細い背中が見えた。ゾイより 一回り小さい。


サリエルが成り代わった姿や、メジエルって天使が その遺体に入ったのも見てるのに、雰囲気は そのどっちとも別人だ。


ミカエルは テーブルに片手で頬杖をついて

俯くゾイ... ファシエルの顔を見てた。


「俺にだったら、見られても大丈夫なのか?」


ファシエルは答え切れず、ますます俯いて 両手に顔を覆ったが、ミカエルは、頷いたものと取ったのか「じゃあ俺が、護ってやるよ」と 言った。





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