15


とりあえず、森の木々の裏に しゃがみ込んで隠れ

様子を伺うことにする。


ミカエルが、異教神避けの結界に人が入ったことを感知したらしく、その姿が見えるまでは しばらく時間があった。


「何人かいるな」


小鬼の式鬼を偵察に向かわせた朋樹が

報告を聞いている。


「動物の遺体を運び込んでるみたいだぜ」


「贄?」


でも、会合は まだ先だよな?


朋樹が、自分のスマホを小鬼に持たせ

「シェムハザに渡せ」と 命じる。


小鬼が消えると、焦りながらスマホをマナーモードに設定する。

すぐに、ジェイドのスマホに着信が入った。

今 小鬼に持たせた、朋樹のスマホからだ。


ジェイドが小声で応答している時に

背中に でかいリュックを背負った人や

二~三人掛かりで台車を牽いた人が 広場に入って来だした。


通話を終えたジェイドが

「全部で六人程らしいが、まだ増えるかもしれない、ってことだ。

アコによると、今度の会合の参加者とは

また別らしい」と言う。


「なんで、別だってわかるんだ?」


「参加者として招待されている者ではない って

ことだろ。軍が調べた者共の中にはいない。

参加予定者はリスト化してあるからな。

モレクのいなごに憑かれ、参加者を募り出した者の幾人かも わかっている」


ボティスの説明には納得したが

「なら、こいつらって 何者だよ?」と

また 聞いてみると

「今から調べることになるだろ?」と 朋樹が答え

ボティスが “知らねぇっつってるだろ” って 眼を

オレに向ける。そりゃそうだな。


広場に入った人たちは、モレクの祭壇の前に

リュックを下ろし始めた。


「待てよ、じゃあ リュックの中身って... 」


焦って言ったが

『人じゃない。赤ん坊や子供もいない』と

ミカエルが言う。


少し遅れて入った人の二人が、手に握れるくらいの太さの竹の棒を何本か持って来た。

先には、白い布が入れ込んである。


「トーチだな。松明タイマツ


台車には、灯油の缶も乗っているので

そうかもしれない。他にも、麻袋に入った何か。


「儀式をするつもりか?」


「そう見えるな」


「どうするんだよ... 」


モレク... 浅黄が、来るんじゃないのか?


『とにかく、近くで見てみる』


露ミカエルが、木の裏から そっと出て行ったが

祭壇の前にいる人たちは、誰も気にしていないようだ。


「天使で行けばいいのに」と、ルカが言うと

「モレクが来たら、ミカエルの気配に気付きやがるからな。露に入っていれば、そうバレん」と

ボティスが説明した。


祭壇の左右にある、松明を立てる鉄籠がついた柱に、竹の松明を四本ずつ立て、残りは祭壇の左右に置いた。

別の人が、麻袋から何かの動物の遺体を出して

祭壇の平らな台に寝かせている。

中型の犬くらいの大きさだ。


他の人がリュックから出したのも動物の遺体だった。

重たそうな紙製で 上部を閉じた大きい紙袋も

祭壇に置かれている。


「小麦粉だろうね。供物は 人以外に

小麦粉と、雉鳩... ヤマバトとも呼ばれるけど。

それと、牡羊、牡山羊、仔牛、牡牛らしいから」


「牡牛って... 」


「だが、これでは “生贄” にはならん。

死んでいるものを持ってきているからな。

モレク崇拝の場合、祭壇の上で首を斬り、モレク像の中の棚に供えて火で燃やす。

また 人間以外の供えを像の棚に置き、火を点けた後、赤子や子供を、生きたままモレク像の手に捧げることもあるが、いずれにしろ肉だけでなく

生命ごと捧げるのが生贄だ」


あ...  うん...


集まったヤツらは、祭壇トフェトの前で何か話し合っている。

遠目だが、そう若いヤツも歳のヤツもいない感じだ。30代~40代くらい。全員 男。九人いる。


露ミカエルが戻ってきて 伸びをし、座ると

『変なヤツらだぜ』と、首を傾げた。


『供えられた動物は、仔羊と猪だ。

どこかで買ったみたいだな。

あと、カワラ鳩。よく見るやつ。

粘土で作った人の頭骨もあった』


「いろいろ混ざってないか?」と

朋樹が、祭壇の前で なごやかに談笑している人たちに眼を向ける。

その人たちからは、半分やりきったような清々すがすがしい空気が漂っていた。


しばらく談笑した後、集まった人たちが

元来た方向へ歩き出す。

帰って行くようだったので、朋樹が小鬼に追わせた。


また しばらく待つと、シェムハザから着信が入り

異教神避けの結界からは出て、山を下って行ったという。

アコが軍のヤツらに追わせるようなので

オレらは、祭壇前に出てみた。


露ミカエルが言った通り、仔羊と猪、公園なんかで よく見かける種類の鳩、業務用のように見える 小麦粉の大袋と、粘土で作って白く色を付け、ニスを塗った頭蓋が祭壇に置かれていた。

祭壇の松明台の隣には灯油缶。


仔羊は、耳の端が切られてきた。

家畜として飼育されていたものなら、個体識別のための札が付いていたのを それごと切り取ったのかもしれない。

猪には、足を挟んだような傷が付いていた。

仕掛けられた罠で捕まったようだ。

鳩もだが、仔羊も猪も首を切られ、血抜き処理をされている。


朋樹が、小鬼の報告を聞いて

「深夜また集まるらしい。午前1時からだ」と

言った。


「どうする?」


「今のところ 生贄とは限らんが、何らかの儀式はする予定なんだろ。

帰る訳には行かなくなったな」


ボティスが竹の松明を持って

中の布を引っ張ってみながら言う。


朋樹が小鬼四体を広場に仕掛けると

オレらは 深夜まで、一度 山を降りて、貸し別荘で待機することにした。




********




「粘土細工の頭骨?」


「そうだ。後は、竹の松明。

小麦粉と、鳩、仔羊、猪の遺体だ」


ハティも呼んで、リビングテーブルで会議だ。


アコは、昨日ここを予約した時に

チェックアウトの時間が午前10時だと聞き

二日連泊で宿泊を取っていたらしい。

起きねぇからな、オレら。


また新たに宿泊を入れに行くと、クリスマスまでは予約が入っていないらしく、問題なく連泊が取れた。

来週末の会合にも使うだろうから... と、その辺りまで貸し切る予定だ。


「仕事分だし、費用は払うぜ」と、朋樹が言うと

「要らない。ボティスが出してるし

仕事に掛かる諸費用を請求する 依頼人もいないだろ?」と アコが答えている。


「浅黄を取り返すためだ。

皇帝が、ボティスとシェムハザ、ハティに

“望むものを与える” って 言ってる。

相手はモレクだからな。

ボティス達もだけど、お前達も今回の雇い主は

皇帝だってことだ。

これに掛かる諸費用の心配はしなくていい」


そうか。皇帝は、浅黄も取り返すけど

モレクも滅する気なんだよな。

オレらならモレクに触れる って言ってたし。


「様子を見ることになるが... 」


「異教神避けは、この国の結界らしいが

悪魔と天使に作用する。

通過してしまえば、中には入れる」


『そうだ。露から出ても留まれたからな。

ケーキないのかよ?』


「わかった。ディル、ケーキを。

だが、露に何人も 繰り返し降りるのもな... 」


大変だよな。

皇帝やベルゼが降りても大丈夫なのか

ちょっと心配だしさ。


シェムハザがケーキを取り寄せると、ミカエルは

『ケーキ係!』と、前足でオレを指すが

「露の負担を考えて、一度 出ろ」と ボティスに言われてて、また庭にエデンのゲートが顕れて そこから出てきた。


露には アコが、刺身の盛り合わせを買って来て

日本酒も 一緒に貰っている。


負担っていうけど、露には負担 掛かってるように

見えないんだよな。

むしろ、毛艶が良くなったようにも見えるぜ。


「皇帝達には?」


「儀式が行われるとして、必要があれば

喚ぶことになるが... 」


「微妙だよな。生贄もないし

何の儀式かも はっきりしないしな」


朋樹が言うと「この国の儀式でもなさそうなのか?」と、ジェイドが聞く。


「ずいぶん昔は、人身御供とか動物の生贄もやってたようだけど、祭壇に供えられたものを見ても

何の儀式かは検討が付かんからな」


「頭骨が人骨の形なら、密教系じゃねぇの?」と

口を挟むと

「立川流か? でも、動物とか小麦粉を供えたりしねぇだろ?

“山海の幸” と捉えれば、羊や猪は供えても

おかしくねぇけど... 」と、朋樹は首を傾げた。


立川流... 真言密教の 一派だ。


真言宗には、経典の中に “理趣経” というものがあるが、これは、

“生けるものは、元々 穢れなき清浄なものであるから、その行為によっても穢れない”... という教えのようだが、平たく言えば 生命の神秘の前提、男女の性行為を肯定する内容なので、よく誤解を受けているらしい。


立川流は これに類した儀式をする流派だったが、

実際に邪法を行ったと弾圧されて、現在は存在しない。


邪法というのは、“髑髏本尊” といって

高貴な人や親、または狐の頭骨を使い、これに

和合水... 性行為によって排出される男女の体液を塗りつけ、金箔や銀箔を貼ったり曼荼羅を描いて

最終的に 人の顔の形にして、舌なども付け

それにダキニ天を降ろして、神託を賜ったり

願いを叶えてもらう といったものだ。


1270年... 文永ぶんえい7年に、鎌倉時代中期の僧

誓願房正定せいがんぼうせいじょう” が 書いたと伝えられる

受法用心集じゅほうようじんしゅう” には


の故に 吒天だてんの行者は

此の天等の好むところの魚鳥の肉類、

人身の黄燕おうえんを以て 常に供養すれば

此の本尊 歓喜納受かんぎのうじゅして

行者の所望を成就することすみやかなり。

人頭じんとう 狐頭ことう 等を 壇上に置て

此の種々の供物くもつそなえて行ずれば

吒枳尼天だきにてん 此の頭骨の中に入住にゅうじゅして

三魂七魄さんこんしちはくを使者として

種々の神変しんぺんを現じ、無数の法術をほどこす。”


... とあり、髑髏本尊の作成法も書かれているが

立川流の儀式が問題となるのは、実際の人骨を使うといったところや、周囲で真言を唱えながら 性行為を繰り返す というところだろうと思う。


粘土の頭骨があった、って ことで

オレと朋樹は、ついこれが 思い浮かんだが

この髑髏本尊に供え物をするのは

儀式後に出来上がって、もう祀る時で


“山海の珍物ちんぶつ 魚 鳥 兎 鹿の供具きょうぐそなへて

反魂香はんごんこうを焼き... ” とあるので

鳩も羊も猪も該当しないし、小麦粉は謎だ。

日本では、米や餅は 供えても、小麦粉を供えるところは 少ないんじゃないか? と思うしな。


「新しい宗教ってことー?」


ルカが適当に言うけど、それもあるかもしれん。

または、前からあったけど 知られてない宗教だとかさ。


「この国でも、過去にモレク崇拝があったということは?」と ハティに聞かれたが


オレは聞いたことはないし、朋樹は

「降霊やるみたいに、悪魔信仰のようなことをするヤツらは いるかもな。そういうヤツらが人知れず崇拝している可能性はある」と答えていた。


「ともかく、今夜の様子を見るしかないがな」と

食後の毛繕いが済んだ露を、ボティスが膝に乗せ

「奈落にあるモレクの身体についてだが... 」と

話が移る。


「泰河」


ルカがソファーを立ち、ダイニングテーブルの方へ向かったので、オレもソファーを立った。









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