ボティスが部屋を出て間もなく、ジェイドが

新しいペットボトルの水を持って戻ってきた。


赤い女を避けながら、おっさんに水 渡すジェイドに「ボティスは?」は聞くと

ダイニングで食事を貰って、そのまま

まだダイニングにいるらしい。


「おまえ達も交代で いただいて来たら?

今 おばさんが、おじさんの分のサンドイッチを作っている。出来上がったら運んでくれ」


ジェイドも もう食ってきたようだ。

「しかし痛々しいね」と

しげしげと 赤い女の頭部を見ている。

朋樹と女の子は 朝、まず御神酒を飲んで

大祓しないと、普通に食事は出来ない。


「先に行って来ていいぜ。

オレ、後で ゆっくりいただくしー」と

ルカが言うので「おう」と部屋を出て

ダイニングへ お邪魔する。


この家に上がった時に思ったままの間取りだったので、迷わず すぐ着いた。

ドアの隣にジェイドが描いた守護精霊の円があって、白く光る人型の精霊が 円に立っている。


よく客が来る家なのか、おばさんは

「どうぞ、座ってください」と

もうテーブルに、水とサラダを出しながら

椅子を勧めてくれた。

「すみません、食事まで」と会釈して

ボティスの隣に座る。


ボティスは、ジェイドと食事を済ませたようだが

なんと、日本酒を出してもらって 飲んでいた。

“酒はあるか?” とか聞いたらしい。

氷まで用意してもらってるし、おまえ... と思いながら「いや すみません。本当に」と

もう 一回 謝っておく。


「いえいえ、本当に心強いです。

娘だけでなく、主人まで... 」


ルカとジェイドが、状況の説明は したみたいだ。

多少 感がある人らしいので、部屋には朝まで来ないようにと、ジェイドに止められたという。

そうだよな。あれは見ない方がいい。


おばさんは、カップのスープやら生春巻やら

サーモンフライやら、どんどん出してくれる。

オレの前に 白飯の茶碗を置く時に

ボティスにも「どうぞ」と、胡瓜や大根の浅漬けの小鉢とか、今 揚げていた唐揚げを置く。


ボティスは「悪いな」と 軽く言って

酒 飲みながら、テレビの映画 観てやがる。

オレらが客なんじゃなくて、この家の人達が

オレらの客なのによ...


「だけど、呪いなんて 本当にあるんですね」と

おばさんが遠慮がちに言った。

「幽霊のようなものを見たり、金縛りにあったことはあるんですけど、こんな恐ろしいこと... 」


普通は遠いもんな。呪詛とか憑依とかさ。


「そうだ。その原因になった五代前の当主が

女を裏切るか捨てるか したんだろ。

そういうものが出ていた。

だが、お前の娘を抱いてる奴は腕がいい。

俺が認めるくらいだからな。安心しろ」


オレに酒 注がせながら、つり上がったゴールドの眼を おばさんに ちらっと向けて言うが、オレは

もう喋るなよ ボティス。と ため息が出る。

けど、おばさんは 余計ホッとしたように見えた。


まあ気持ちはわかる。こんなんなのにさ

なんか こいつに言われると、大丈夫なんだ って気になるんだよな。不思議だけど。


「それからだ、こいつらの飯が済んだら

朝まで身体は休めろよ。眠れなくてもだ。

お前が起きていても何もならん。

洗い物は こいつらがする。酒と珈琲だけ置いておけ。守護精霊を寝室前に移させる」


お前 って言うなって...

注意しても どうにもならんことは分かってるけどさ。どこに行っても誰にでも これだし。


おばさんは、迷ったようにオレを見たが

「あの、飯うまいです。朝飯も楽しみなんで

ちゃんと休んでください」って頷くと

おばさんも ちょっと笑って頷いた。



食後のコーヒーももらって、ボティス置いたまま

おっさんのサンドイッチ持って 部屋に戻って、

ルカと交代する。


「おばさんからです。飯、すごい美味かったっす。ごちそうさまです」と

赤い女を避けながら、おっさんにサンドイッチ渡すと、おっさんは照れていた。いい人達だよな。


朋樹らと おっさんの間くらいに座って

ジェイドと話してたら、ルカが戻って来て

テーブルにコーヒーのポットとカップを置く。

ジェイドが 守護精霊を寝室前に移しに行った。


「あの...  なんか... 」


おっさんが遠慮がちに口を開いたので、眼を向けると、赤い女が ぐるぐると移動するのを

眼で追っているように見える。


「もしかして、見え出したりとかしてます?」


ルカが聞くと

「何か、赤いものが... 」って答えた。やばい。


「嫌っ」と、女の子の声がした。

こっちは、朋樹に だいぶ呪詛が転移 出来てきて

ぼんやりしてきた意識が、はっきりしてきたらしく、自分の状況にも驚いているが、視線が赤い女に向いている。


困ったよな...  ルカと眼を合わせて

とりあえず、ルカが女の子の前に移動して

赤い女が見えないようにしながら状況を説明する。

オレは、おっさんの近くに立つ。


「円に入っていれば、これが手を出してくることはないです。でも なるべく見ない方がいいっすよ」


おっさんは頷くけど、気になるよな、そりゃ。


女の子は、自分の父親が同じ部屋にいることに

安心したようだが「ママは?」と聞いている。

「休んでもらってるよ。他にも仕事仲間がいるから大丈夫!」と、ルカが答えるが

赤い女が立ち止まり、ルカの方を見た。

いや、女の子の声に反応したようだ。


「声は聞かせない方がいいかも」と オレが言って

朋樹が後ろから、手で軽く口を塞ぐ。

「出来る?」と ルカが聞くと、女の子は頷いたので、朋樹が塞いだ手を離した。


「朝日が出るまでのガマンだし、オレらもいるからさ。眠たくなったら寝るといいよ。

お父さんも 一緒にいるから大丈夫だよ」


ボティスと、酒やら氷やらが乗ったトレイ持ったジェイドが戻って来たので、依頼主の 二人に

赤い女が見え出したことを話したら

「朝まで視力を奪うこと以外には対処 出来ん」と言う。二人に どうするか聞いてみると

それはそれで不安になりそうだ と断られた。


「それなら、見えて嫌な時は、自発的に眼を閉じられてください。

僕らの誰かは、必ず お二人の傍にいますので」


ジェイドが言った。これしかないんだよな。

二人とも頷くけど、怖くて震えている。


シェムハザやハティと新しいビジネスの話をしてくる と、ボティスが酒のグラス持ったまま

布団を用意してもらった隣の部屋へ入って行った。「オレもー」とかって、ルカも行く。


ジェイドが、朋樹らに 水 飲ませて

オレも おっさんに水飲ませたりして

やっと深夜近くの時間にはなってきたけど

時間は じりじりとしか進まない。


「あっ」て、つい声が出る。


赤い女の顔の皮が、ちょっと弛んで下がり出した...  なんでなんだよ...


「見ない方がいいです」と

ジェイドが おっさんに言って

女の子に背を向けて座って、視界を遮る。


「うおっ... 」

「ふん、さっきより見映えするな」


ルカとボティスが戻って来た時、赤い女の皮膚は

下瞼辺りまで ずり落ちて溜まっていた。

瞼を失ったせいで、目玉が剥き出しだ。


「もう、これ どういうことなんだよ?

下がり続けんの?」


「いや、わかんねぇけどさ... 」


ルカがオレと代わって、おっさんの近くに立つ。

オレは「酒」ってボティスに言われて

テーブルで酒入れて、オレらと おっさんの分の

コーヒーもカップに注いだ。


「呪詛が朋樹に移り出して、本人の念に綻びが出て来たんだろ。呪詛掛けした血縁の者に掛かっていない訳だからな」


酒 飲みながら簡単に言うけど、勘弁しろよ。

絶対、女の子には見せられねぇよな...


おっさんにコーヒーを渡してみたが

カップの中身が波立つくらいに震えていたので

やっぱりコーヒーは引き取る。

はっきり見え出してるみたいだ。


「眼を瞑られるか、ご自分の足などに

視線を落とされといてください」と 勧めるが

なかなか うまくいかないようで、女が前を通る度に緊張している。


じりじり だいぶ夜も更けて

ボティスが「寝てくる」とか あくびしながら

隣の部屋へ行く。呑気ノンキだ。


ジェイドが朋樹と女の子に水を飲ませようと

動いた時に、女の子が「ヒッ」と声を詰まらせた。


赤い女の剥き出しの眼が向き

朋樹が女の子の眼を塞ぐ。


「うん!大丈夫大丈夫!」


ルカが、女の子の目の前に座り

ジェイドもテーブルから、女の子の近くへ戻ろうとした時に、赤い女が 女の子の方へ向かい出した。


「うわっ、ちょっとー... 」


女は、ルカの上から 背伸びした身体の背中を丸くして女の子を覗き込み

思わず、半身を後ろに引くルカの背中が、女の子の眼を覆っている朋樹の手に付く。


キツいな これは... まだ3時だ。

いや、朝まで何もしちゃいけないんだよな?

右手じゃなくても、こいつ自身に触れるのも

良くなさそうだし。


女が、ルカの上から 両手を伸ばそうとした時に

ぐいっと引かれるように、後ろに仰け反った。


ジェイドだ。

影の手で、女の影の背中を掴んでいる。

やるじゃねぇか、と 思った時に

女の眼が 何故かオレに向いた。マジかよ...


「いやいや、待てって」


女は影を掴まれたまま、身体もオレに向けた。


ルカは身体を戻せたが

「泰河、まずい。彼女は強い」と

ジェイドが言う。強いのは見りゃわかんだよ!

って 思ってたら、影で影 掴まれながら

ぐぐっとオレに近づいて来ようとする。

オトリには なれそうだ。でもイヤだ。


「頑張ってくれよ、ジェイド!」

「ルカ、精霊は?」

「あっ、そうじゃん! 地!」


女の足が止まった。

でもすぐに「うわ痛てぇ!」って

ルカが胡座の膝を立てて、自分のすねを擦る。


「いや ルカ、精霊は退け!」


ちょっと逃げ腰になりながらも言って

おっさんからも離れてみる。

女の剥き出しの眼は、まだオレに向いたままだ。

朋樹の呪の蔓がありゃ早いのによ...


女は じりじりとオレに向かって来る。

これはテーブルを回って、朝まで逃げ続けるしかないのか?


「あっ」と、ジェイドが自分の影を見て言う。

影の手が離れてやがる...


「おい、ちょっ... 」

女はテーブルを乗り越えて向かって来る。

いや回れよ!

横に逸れて逃げたが、捕まるのは時間の問題って気がする。右手で触るのはヤバい。


「ジェイド、も 一回っかい影!」

「わかっているが、彼女は照明の真下だ!

影が... 」


「うるせぇな」


ボティスだ。すげぇ不機嫌な顔で 部屋の状況見て、何故か防護円を消した。


「おい!」

「なんでだよ!」


女の剥き出しの眼が おっさんに向き

無表情に向かって行く。

声も出せずに、後ろに両手を着いた おっさんに

女が迫り、四つん這いの形で覆い被さる。


「ジェイド、手首」と言われ

ジェイドが女の影の両手首を 影で掴み

後ろ手に回させた。


「ルカ、ジェイドの影の方の手を

地に拘束させろ」


「あっ、そっかぁ。そしたらジェイドも

ずっと 影 意識してないで いいもんなー」


ルカが地の精霊を呼び、ジェイドの影の手を固定する。

影の手首を掴まれている女の方は 本体も動けないが、これでジェイド自身は自由に動ける。


「おじさんは?」と、ジェイドが聞くと

「そのまま寝せておけ」と ボティスが答えた。

おっさんは、女の下で気絶していた。

うん、無理ないよな。


「もう朝飯まで騒ぐなよ」と、不機嫌な顔のまま

ボティスは隣の部屋へ戻って行った。



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