14


バスの外が静かになっても、オレらは

一時間くらい 外へ出なかった。


車内エアコンの静かな音がしているだけだ。

クーラーからビール出して、開けて

なんとなく、口先だけ缶につけて。


榊は 少し落ち着いたようだが

なんか、三人で うまくは話せていない。


バスのドアが開いて、ジェイドが顔を覗かせる。


「朋樹、呪詛の対策を」と、それだけ言ったが

バスのドアは開けっぱなしだ。


いつまでも座ってても、しょうがねぇよな。


オレが先にバスを出ると

「榊」と、榊を連れて、朋樹も出た。


バスの外には、血の跡も何もない。


ルカの顎や喉の血も消えていたし

カーリも猟犬もいない。


ハティとアコもおらず

ビールを飲む シェムハザとボティス。


ジェイドは「コーヒーを買って来た」と

オレらに カップを配り

ルカは、砂の上に座り込んで

アイスが乗った青いソーダを飲んでいる。


「フロートー」と、榊に言うと

榊は、ルカの隣に座った。


「あー、しんどかったぜー」


榊にグラスを渡し

「もう夕方になっちまうしさぁ。

城作りは明日だな」と、いつもの調子で話す。


榊も、どうにか普通にしようとしてるようだが

まだ うまくいかないみたいだ。


こういう時、オレ何も言えねぇんだよな

気の利いたことが 何か言えりゃあいいのにさ


「オレまだ、胸ちょっと痛ぇんだよー」


「む... 」


榊が、手に持ったフロートから

ルカに心配気な眼を向けた。


「赤襦袢になってくれよ、榊ぃ」


はたと、榊は気を取り戻し

「何を言うておるのじゃ?」と

呆れた顔をする。


「何ってなんだよ? ご褒美じゃん」


ルカは 榊の手を掴むと、ストローからソーダを飲み、“おまえが何言ってんの?” みたいな顔で

軽く逆ギレし出した。


「オレ頑張ったし。かっこ良かっただろ?

けど、ビキニは寄り付かねぇしさぁ。

夏だぜ? ちょっとドキドキしてぇんだよー」


「赤襦袢?」と、シェムハザが聞き

「そう、こいつは俺を誘惑しようとしたが

俺は誘惑に打ち勝った」と、ボティスが自慢している。


「何?」と、ちょっと焦ったように

榊が ボティスに顔を向ける。

シェムハザにバラされたのは、恥ずかしかったようだ。


「見てみよう。やってみろ、榊」


シェムハザのグリーンの眼から、榊は 眼を逸し

「お前の妻が聞いたら、どのような心持ちになるか... 」と、ふんふん怒ってるが

すげぇ... シェムハザには 榊も照れんのか...


「俺が見られるのでない。見るだけだ。

それはまだ、妻は気にしたことがない。

俺は普段、妻しか見ないからな」


えぇ...  そんな無邪気な顔で言っても

ダメだぜ シェムハザ...


「オレは、正月 やばかったぜ。

あと少しだったけど、泰河がジャマした」


あ! あの座敷の時か...


オレ、榊の気に当てられて廊下に転がったんだよな。あれは 榊、本気だった。


「朋樹、おまえには感心しないが

あれじゃあ、仕方ないな」と

ジェイドが 悪そうな顔を榊に向ける。


「あの姿で来られたら、精が尽きてもいいよ。

どうせ神父だしね。本気だ。今夜がいい」


「うるせぇ」と、ボティスがジェイドを蹴り

「赤襦袢で膝枕しろよー」と ルカが言うと

「生意気じゃ」と、榊は やっと少し笑った。




********




さぁかきぃー、狐の時もかわいいんだけどさぁ... 」


ホテルの部屋では、朋樹とジェイド

シェムハザとボティスが、ワイン片手に

呪詛返しの話しをしているが


今日もオレらが風呂に行っていた間に

狐姿で、ジェイドに背中を流してもらった榊と

呪詛返しには何の役にも立たない オレとルカ、

すっかり海が気にいった琉地は

星空の下、テラスのジャグジーから 海とか眺めて

ビール片手に寛いでいる。


榊は「開けよ」と、オレに開けさせたビールを

器用に前足に挟んで飲み

狐の時も、相変わらず でかいゲップを出す。


「なんで赤襦袢はオアズケなんだよー」


まだ言ってんのかよ、ルカ...


「何やら、しつこいのう」


榊は、面倒臭がるというよりは

ルカが “赤襦袢赤襦袢” というのが

不思議なようだ。

いくら榊でも、ルカが榊を そういう眼で見てないことは、わかっている。

オレも ちょっと引っ掛かる。

ルカ、やたら言ってる気がするんだよな。


「えー... まぁ大人しく

オアズケは くらっとくけどさぁ

榊、自分が女の子だって わかってんのかよ?

今さぁ、男二人と 風呂 入ってんだぜ。

水着だけどー」


女の子...  狐じゃねぇか。

オレは、ビキニとじゃなく

ルカと、狐とコヨーテと風呂にいる。

そうでしかない状況だ。残念でならんぜ。


「男二人 とは言うてものう... 」


榊は しらっとビールを飲む。

オレ、なんか今

沙耶ちゃんの気持ちが ちょっとわかった気がする。


「オレらには、そんなかよー。

じゃあ、誰なら意識すんの?」


ルカは、風呂の側に置いたクーラーから

新しいビールを開けて、まっすぐ榊を見る。


「む? 意識?」


「そ。男として ってこと」


あっ。そういうことか... やめろよルカ。

オレあんまり聞きたくねぇよ。


榊は、話を躱すかと思いきや

「ふむ... 」と、少し考えている。

おまえも 考えなくていいんだよ。

何故か言えんけど...


「オレ、妹いるんだけどさぁ

あいつ、男いるんだよー。

遠距離なんだけど、この夏もうちに来やがってさぁ。

まあ、大切にしてやがるからいいんだけどー」


ああ、ルカって だいぶシスコンらしいんだよな。

10個 歳 離れた妹 って聞くし

『半分 娘みてーなんだぜ!』って言うから

なんとなく わからんでもないけどさ。


「オレは 榊が心配なんだよ。

おまえ、かわいいしさぁ。

けど、こっち側にいる訳じゃん。

オレの妹みたいに、安全な場所にいるんじゃないんだし。

サリエルは脱走して、下級天使 送り込みやがるしよー」


「む... 」と、榊がルカを見るが

派手に言い返したりはしない。


「あいつに “護られろ” とは言わないけどさぁ

言うことは聞かないとダメなんだぜ。

里の狐たちの命運も、榊に かかってるんだし」


ボティスの言葉か。


「下手に動くと、大切なヤツらまで

簡単に巻き込んじまうぜ。

ひどいことでもさ、やらなきゃいけないこともあるんだよな。

今は、サリエルとか 泰河狙いで来るヤツら以外の

余計なヤツに構ってる暇ねーからさぁ。

相手に来させないようにしねーとダメなんだ。

でも今日は、昼間つらかったよな。

ごめんな、榊」


「おまえが謝ることでは... 」と

榊が長い鼻を上げて、ルカを見る。


ボティスのとこに、女が来たりするのは

天使の時も堕天した後も、派手に遊んでたせいもあるようだが

ボティスが人間になったから... ってせいも

あるんじゃないか と思う。


相手にされてなかったヤツらも

悪魔じゃなくなった人間のボティスになら

脅威になれるし、無視はされない。


それは女だけじゃない。

ボティスは、60の軍の司令官だ。

やり方見てても思うが、ボティスは慕われるだけじゃなく、恨まれることもあるだろう。

人間になったのを好機と見て

そういうヤツらに押し寄せられても困るしな。


「ただ... 」


榊は、湯面に次々に現れては消える泡に

視線を落とし

「儂は、偽りを言うたのかもしれぬ」と

ぽつりと言った。


琉地が あくびする隣で

オレとルカは、眼を合わせる。


「ん? いつわり?」


ふむ と、榊は小さく頷くが

「わからぬのじゃ」と

長い鼻を上げて、星空を仰いだ。


ルカが「昼間?」と聞くと

榊は「ふむ... 」と 消え入りそうな声で答えた。


昼間って、カーリの時だよな... ?


「みるぜ。いい?」


ルカの言葉に、榊は返事の代わりに眼を閉じる。

狐姿なのに、綺麗だと思った。


首に巻く紅いライン。

ルカが榊の胸に、ふわりと手を当てる。


「... ふう」と、榊は 小さく息を吐き

顔を空へ向けたまま、眼を開けた。


榊の胸から手を離したルカは

「いいんだよ、榊」と、榊の頭を撫でている。


「そういうもんなんだぜ」


オレは、何か わからないが

今、いつもみたいに “教えろよ” と

騒ぐ気にもならず

「のぼせた故... 」と、テラスに上がり

ルカにタオルで拭かれる榊から眼を逸し

静かな海に眼を向けた。


榊が部屋へ入ると

「おう、榊。サーモン食えよ」と 朋樹が

シェムハザが取り寄せた食事を勧めている。


ルカは、クーラーから ビール 二本取って

一本をオレに渡した。


なんで、黙ってるんだよ。


「よう」


オレが言うと「ん?」と、見る。


「偽った って、何だよ?」


なんで聞かせんだよ...

ルカに ちょっと腹が立った。


「カーリの処刑ん時

榊は、カーリが かわいそうになったのも確かだ。

優しいだろ? あいつ。

ボティスの あーいうとこも初めて見て

びっくりした ってのもある」


処刑 という言葉を使ったルカの顔を見直す。

そうだけど、はっきり言葉にするとキツイ。


ルカは、聞きたいのかよ って顔で

オレを見返した。


「けど、妬きもした。カーリに」


オレは、やっぱり何も言えなかった。





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