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「あれ、サンダルフォンだよな... ?」


朋樹が降ろした神直毘神カミナオビノカミ大直毘神オオナオビノカミ

禍津日神の災厄の直しを

場の浄化は、シェムハザが降ろした天空霊に頼んで、ジェイドの家に戻ってきた。


教会墓地に描いていた天使の召喚円は

サンダルフォンのものだったし

当然、サンダルフォンが降りたんだろうけど

なんかもう、格が違う。


今まで見た天使は、光の球の形だった。

ウリエルもアズリエルというヤツも。

サンダルフォンは、天からの どでかい柱だ。


「サンダルフォンの 力の一部だ」と

ワインを飲みながらシェムハザが言う。


「お前たちに協力する立場でなかったら

俺も あの場で滅されていた。防護円など効かん」


一部 って何だよ...

柱を見た時は、神が降りたんじゃないかと思ったのに、力の 一部 って...


もう まったく逆らう気になれねーし。

ボティスすら無言だ。


ミイラみたいに干からびて塵になった魔人たちは

悪魔の部分のみ身体から滅され

人間部分だけが残った。

今までの年齢分、一気に歳を取ったようだ。


「しかし、矢上とやらは 許せぬ... 」


目の前に料理の皿が並んでるのに

めずらしく榊は、フォークを持ってない。


魔人たちが滅された後、扉が開き

『見ろ』と、月詠が言った。


紅蟲になった魔人が、元の人の形に戻って

折り重なっていて

下の方には、幾人かの 子供の脚が見えた。


『紅蟲になった時に、すでに死んでおる。

だが、こころは呪いに縛られたままだ。

呪いを解くまで 目は覚まさん』


死んでも呪いが解ける訳じゃないらしい。

“一人一人であれば 泰河が解除出来るし

全体なら呪いをかけた術者の血で解除は出来る” と

朋樹は言ってた。

術者に呪い返しをしても、もう発動されてしまっている幽世にいるヤツらの呪いについては、解除にはならない。

つまり、矢上の血で解除するのが 一番いい。


紅蟲にされた子供がいたことについて。


さっき 教会墓地に来たヤツらは

矢上に、人質を取られていたのではないか... と

ボティスが言う。


「混血で、神も降ろせるような奴等だ。

呪いだけなら当然 解除する者もいるだろう。

支配するには、大切なものを奪うのが早い」


ボティスは、紅蟲にされた魔人たちが人質で

墓地に来たやつらは “言う通りにしなければ人質を殺る” と、脅されていたのではないか と

推測している。

墓地に来たヤツらは、焦っていたし

“呪いを解除する” と言っても “無駄だ” と答えていた。弱味が別にあったってことだ。


「平気で同族も子供も殺しやがる。

今、月詠の界に送った紅蟲が

墓地に来た奴等の人質だったとしたら

魔人等が言う通りに動いても、先に紅蟲にして

殺していたということだ。胸クソ悪いがな」


正直、矢上と 黒蟲を殺ることについては

もう まったく迷いはない。

どこにいるかさえ判れば、今すぐ行く。

法が適用されない相手で良かった とさえ思う。


「なんで墓地に来たんだろうな?

ジェイドとルカがいたからか?」


「教会の目と鼻の先だし、大胆だよな。

教会の敷地には入れないからじゃないか?

入れても、矢上が魔人を見張ってるなら

教会の中は覗けないからだろ。

たぶん教会の中なら、紅蟲の呪いも発動出来んぜ。聖域だからな」


それなら、教会の地下にいる魔人は

相当きついはずだ。


妹のリンが、悪魔に憑かれた時のことを思い出す。

リンに憑いた悪魔は、教会に入るのを恐れ

入ってからは、呼吸が荒くなり心拍数も増えていた。

憑かれたまま、二日も三日も教会に置いていたら

リンは体力を消耗して、死んでしまっていたかもしれない。


まだ顔を腫らしたままワインを飲む ボティスに眼をやる。

魔人は 人間より多少 頑丈だって聞いたし

混血なら尚更かもしれねーけど...


「不用意に多数の魔人を送ってきた。

矢上等が 焦っているのは確かなようだな。

何かアクシデントが起きたのかもしれん」


シェムハザが言うと、ボティスが

「焦ってる時は、ヘマをやらかすものだ。

相手の出方の様子を見ることにするが

やはり準備は必要だ」とか言うし。


これは... と、泰河と眼を合わせると

「教会周辺だけでなく、各山に守護を敷くか。

天使召喚円という訳にはいかんが。山神も魔に見なされる」って、シェムハザが頷いたりする。


「だが各山には、山神の結界がある。

我等 狐であれば里であり、白尾のキャンプ場の山であっても、遊歩道近くの川を越えた向こうの森が、結界よって区切られておる。

今は皆、結界のなかにて それぞれの山神を守護しておると思うがのう」


榊が言う。そうだよな。

玄翁が許可してくれてるから

狐の里には、オレらは入れるだけで

史月の山に行けば、トンネルの前で史月を呼ぶし

いきなり結界内には入れない。


「亥神が死したのは、一の山の結界の外であった。

マルコシアスが見回りに来た折り、結界の境近くで話しをし

マルコシアスが去った後、仲間に扮した猪がバラけ蟲となり、亥神が死した時に、新たに広範囲の結界が張られた。

山に、先の墓地の円の仕掛けなどをしても

近くに発動する術者がおらねば、意味はあるまい。

亥神の死の結界のように、自動で張られるものではなかろう?」


また榊が言うと

「まぁ、確かにそうだ。術使いの部下を召喚することも考えたが、軍単位の仕事でなければ

“褒美褒美” と うるさいからな。

魔人など契約対象にもならん。

派手に人間と契約しようとするだろう」と

ボティスが、軽く両手を広げた。


「しかし、また紅蟲になると思うとのう... 」


矢上の血を手に入れるのが

一番いいんだけど、居場所もわかんねーし

本人は出て来ねぇしな...


「紅蟲の呪い受けてる魔人は、“呪い解く” って言っても、教会には入らねぇだろうしなぁ。

入るとこを矢上に監視されてたらマズイだろうしさ。けど、また大勢 寄越しやがんのかな?」


泰河が あくびしながら言うと、ジェイドが

「洞窟ならどうだろう?」って言う。


洞窟って、隠れキリシタンたちが掘った教会か。

教会墓地の先から、史月の五山に繋がっている。


「教会ってだけで来ないだろ?」と言って

泰河たちにも、軽く洞窟教会の説明をした。


「五山に繋がってんなら、また囮作戦は?」と

朋樹が言う。


「洞窟の入り口近くにいて、ヤツらが来たら

洞窟教会まで誘導する。

教会では紅蟲になれないから、とりあえず

そいつらだけでも、ルカと泰河が呪いを解く」


て、ことは

オレらは五山の洞窟前で待機するってこと... ?


それを聞いてみると

「いや。人形ヒトガタで、ルカと泰河を取って

人形に待機させる。

で、洞窟教会に魔人が入ったら

結界で閉じ込める」ってことだ。


「その洞窟教会の真上に穴を開ければ、行き来は楽になる。歴史がある教会のようだが

今回だけでも簡易的な穴を開けておこう」と言う シェムハザに、すげぇ頷く。


待機して誘導するのが人形でも、その後

また何時間もかけて 穴を進むのは

ちょっと遠慮したかったし。


「式鬼 飛ばして、洞窟内を確認しとくか」と

朋樹が立ち上がり

「こちら側の入り口を案内するよ」と

ジェイドも ついていった。


実際に、オレらを人形で取って待機させるのは

明日の昼間からにするらしい。

まぁ、深夜に山ん中に立ってるのって 不自然だもんな。


そろそろ帰って寝とくか ってなったけど

朋樹から『様子が おかしい』と電話があった。


何が おかしいのか聞くと

式鬼の報告では、“人の跡有り” ってことらしい。


誰かが、洞窟教会にいた ってことだろうか?


シェムハザが、朋樹とジェイドのとこに行ったと思ったら、すぐに戻って来て

「朋樹の式鬼とやらに、印を持たせた。

洞窟内の教会で待機させる。穴を開けに行く」ってことになって

オレらは車で、洞窟教会の真上に行くことにした。




********




シェムハザの案内に従って、五山の麓から

ガードレールを越えて森に入る。


まだ全然、山に入ったばっかのとこだし

泰河の車も、近くのコンビニに置いて来たくらいだ。


20分くらい森を歩いて、木々の間でシェムハザが立ち止まる。


「朋樹の式鬼は、この下にいる。

洞窟は割りと広さがあるようだな」


また しばらく歩き

「このあたりにする。退いていろ」と言うので

泰河と一緒に、後ろにいるボティスのところまで下がる。


シェムハザが呪文を唱え、指を鳴らすと

地揺れして、土や石がドッと出て小山になった。


今 開いた穴に オレらが近づこうとすると

「まだだ」と止め、また呪文を唱える。


螺旋状に空けられた穴には、下に段がつき

小山になった石や土で、穴の入り口が囲まれた。

うん。なんか丁寧だ。

前に教会墓地の近くで、穴に詰まった土砂を除けただけのハティとは違うよなー。


「では降りるか」と、シェムハザが先に階段を降りて、懐中電灯 片手にオレらも続く。


なかは外より真っ暗だ。壁に手を当てて進む。

緩やかな螺旋の階段は、洞窟教会の空間に続き

教会の壁に沿って下まで続いていた。


「すげぇな... こんなとこあるんだ... 」と

泰河が、天井を照らしながら

ちょっと感動してるけど

「待て」と、ボティスが止める。


... 湿った土の匂いに混じって

微かに 血の匂いがする。


シェムハザが燭台を取り寄せた。

螺旋階段を降りたのは、壁の十字架の隣だった。

十字架の下のメダイが

燭台の蝋燭の火に照らされて、小さく光る。


懐中電灯で、教会の床を照らすと

奥の方には何人もの人が倒れていた。







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