蛇婿様 5


********




「すてきだわ!」


一花は、即席産院を見学し

感嘆の言葉を漏らした。


外観は 幻惑によるものであるが

白き壁に、どこかしらの柔らかな雰囲気

“あきこ産科医院” の看板。


受け付けには、薄い桃色の看護師の格好をした

葉桜が座り

看護助手の桃太は、薄い水色のものを身に付け

人の良い優しい顔で会釈する。


「うちはね、見ての通り 狭いけど

貸し切りの産院なのよ」


歳の頃は六十程の ベテラン助産師に化けた

産女の明子あかご 明神が、白衣の腕を組む。


明子明神は、長き髪を頭頂に丸くまとめており

菩薩のごとき顔で微笑んだ。

背後には、うっすらと後光が差して見える。


診察兼分娩室は、客間の畳にタイルシートなどを敷き、どこから盗み出したか 分娩台などもあり


入院する部屋は、庭に面した座敷であったが

寝台ベッドと 赤子用寝台が用意され

何やら、ヒラヒラふわふわとした飾り付けや

手のひらに乗る程の、羽の生えた赤子の像が

あちらこちらに付いておる。


庭の花壇には、水仙やアネモネなどの

冬の花が咲いておった。


「母子共に、気兼ねせず

ゆったりと過ごしていただく方針なのよ。

ご希望であれば、入院中は

ご主人も 一緒に宿泊出来るわ」


「アットホームで素敵ですね。

しかも、貸し切りだなんて... 」


うむ。傾いておるのう。


明子明神が、蒼玉に眼を向けると

蒼玉が迷いながら頷いた。


「今すぐに、お返事をいただく訳にも

いかないと思うけど

あなたの お腹を見る限りでは、早めに決めた方がいいわね。

うちも他に予約が入るかもしれないし。

とりあえず、見学なさって お疲れでしょう?

お茶を運ばせますから、ご夫婦で

少し お話されてみたら どうかしら?」


座敷に、蒼玉と 一花を残し

儂等は奥の寝室へ退散した。




********




「蒼玉は、話せておるかのう?」


「どうであろう。 静かであるが... 」


二人に茶を出した後

葉桜は、寝室の儂等にも茶を出した。


蒼玉が、自身の正体と

人外の姿で赤子が生まれるやもしれぬことを

今、話しておるはずじゃ。

言い出せておれば であるが...


「私が お茶を お出しした時は

お二人は、笑顔で庭をご覧になっていました」


葉桜の言うた様子が、目に浮かぶ。


「... 言えぬかもしれんのう」


桃太が ため息をついて茶を啜る。


「ですが もう、あの様子では

今日明日に生まれても おかしくありません。

蛇児へびごを、人の産院で

生ませる訳にはいきませんよ」


明子明神の言うことも尤もであり

そのための支度ではあるが

あのような、幸せそうな顔を見ると

もし、儂が蒼玉でも言えたものか...


更に、昨夜会うた 祖父母の

安堵しておった顔もチラつく。


「後 10分 待って、何も変わりがないようであれば

こちらから話に入るべきでしょう。

娘のことばかり考えず

生まれてくる子を 第一に考えることです」


... そうじゃ 子はもう、生まれてくる。


座敷には、儂と明子明神が行くことになった。




********




座敷に近づくと、室内からは

楽し気に話す 一花の声がした。


ふむ。やはり、話せてはおらぬのう。


明子明神が襖をノックすると

なかから返事があったので

二人で座敷へ上がった。


「どうかしら? お話は済んだ?」


明子明神が、蒼玉に聞く。


「ええ、こちらに転院しようかと... 」


一花の返事に 明子明神は

「それは良かったです」と、笑顔で頷き

「ちょっと、お腹を診ておきましょうね」と

一花の隣に座り、腹の上に手を置いた。


「赤ちゃんは 男の子だと聞いたけど

蛇児だってことも、わかっているの?

姿によっては、育て方も変わりますよ」


蒼玉が 一花を見たが、一花は

「先生、それは

私の主人が 蛇だからってことですか?」と

笑うて答える。


「そうです。彼の血を継いでいますからね」


一花は「先生まで」と、また笑うが

意味の解らぬ冗談に、少々 困っておるようにも

見える。


「蒼玉。一花さんに、正体を見せていないの?」


儂が言うと、蒼玉は

「いえ... 」と 呟くように答えた。


「ダメでしょう。子のことでもあるのよ。

一花さん。

息子の本来の姿を、初めて見るのなら

驚くかもしれないけど

あなたは 知っておく必要があります」


至極 真面目な調子で言う儂に

一花は「お義母様?」と、顔を向け

また蒼玉の方を向いた。


「今ここで、元の姿に戻りなさい」


蒼玉は、儂の言葉に立ち上がり

一花と眼を合わせると、顔の肌に菫青の鱗を浮かべた。


みるみると顔が平坦になり

口元が ぬらりと前に伸びて 蛇になる。


身体に添わせた腕が 胴と 一体になると

衣類などは消え失せ、とぐろを巻いて座る

菫青の輝く大蛇となった。


一花は、時が止まったかのように

呼吸も忘れて見ておったが


「一花さん。これが息子です」


儂が言うと、震えながら 涙を流し始めた。


蒼玉は 眼を哀しそうに臥せ

「すまない」と また人化けをするが

一花は、隣にしゃがんだ明子明神に しがみつき

眼を閉じてガタガタと震えた。


「一花さん。息子は 人でない者です。

お腹の子にも、その血は宿っております。

あなたは、育てることが出来ましょうか?」


蒼玉が「一花」と、一歩近づくと

一花は、小さく「いや」と言い

なんとか、明子明神の胸に逃げ込もうとする。


そのうちに破水した。


「分娩室に連れて行きます」と

明子明神が、桃太と葉桜を呼ぶ。


「ご主人やお母様は、良いと言うまで

立ち入らぬよう、お願いいたします」


桃太と葉桜に 一花が運ばれると

座敷には、こぼれた羊水を見つめる蒼玉と

掛ける声を失うた儂が残った。




********




蒼玉の背に手を添え、共に奥の寝室へ戻ると

いつもの歳の頃の人化けに戻った 浅黄がおった。


「榊。蒼玉殿」


儂と蒼玉の様子を見て悟った浅黄は

「まずは、座って待とう」と

儂等を座らせ、めずらしく茶の仕度をする。


座敷からは、痛みに唸る声と

“息を吐いて!” という

明子明神の声が聞こえてくる。


「... 落ち着けという方が、無理かもしれぬが」と

浅黄が茶を出し、儂に目配せする。


ふむ...


儂まで、落ち込んでおっても ならぬ。

子が生まれてくるのだ。


「突然であったので、驚かれたのであろう。

子を産み、落ち着けば... 」


いや。その子が、蒼玉のように

変異したら...


「蒼玉殿。明子明神がついておるし

子は無事に生まれようが

生まれるまでは、共に祈ろうではないか。

我等 男には、それしか出来ぬ。

榊、お前も 普段の人化けに戻るが良い」


浅黄に言われ、いつもの容貌に戻る。


「しかし、そわそわするのう... 」


蒼玉が、ぽつりと

「すみません」と謝った。


「このようなことに、お付き合いいただき

あのようなところを お見せして... 」


「謝ることは なかろう?」


儂は急いで言う。

一花だけでなく、蒼玉もまた傷ついておるのだ。


「そうじゃ、蒼玉殿。悪いことなど何も... 」


蒼玉は「ですが」と顔を上げる。

「私は、一花や祖父母を騙したのです。

同じヒトであるような顔をして... 」


それは、騙したのであろうか?


先に見た、ふわふわとした蒼玉は

誠に 一花を好いており

子が出来たことを 喜んでおった。


祖父母も、あれだけ喜んでおったのは

蒼玉が大切に想い、大切にしたからではないのであろうか?


「ならば、一花さんも罪ではないか。

人であるのに、蒼玉殿を好いたのだ」


浅黄が言う。


「... 何を言うておる。

好いたことが、罪であるものか」


儂とて、そう恋などしたことはないが

浅黄ほど 解らぬ訳ではない。


「ならば、蒼玉殿にも罪はない」


「むっ」


やりおる。


さては、スマホンでドラマなどを観て

学習いたしたか...


「このように、永く生きても」


蒼玉が、茶の湯呑みを両手で包む。


「心とは、さして変わらぬものですね。

ならぬと抑えようにも、それもならず」


座敷からは、一際 大きく痛みの声がし

“大丈夫!もう少し!” と、励ます

明子明神の声も続く。


「一花を、好いておりました」


座敷から、産声が響いた。














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