23 琉加


「読了した。返却を頼む」


リビングのソファーで転がっていると、ハティがテーブルに本を置いた。

ジェイドのとこから借りてた 前神父の本。


「ワインでも」とか言うし

仕方なく ソファーを降りる。


グラス 二つに水を注いで戻ると、やっぱりソファーは ハティが陣取ってるし。


テーブルにグラスを置いて、床に座ると

ハティが 水をワインに変えた。


「これを飲んだら、契約に行く」


「契約って、魂の?」


ハティは軽く頷き、グラスを取った。

契約とかって マジでやってるのか...


「相手、日本人?」


なんとなく聞くと

「スペインだ」と答えた。


ふと、どうやって移動するのか気になって聞いてみると「場所を思い描く」らしい。

すげぇ便利!... と思ったけど、誰かを 一緒に連れて行くとかは無理 なんだってさぁ。


「ふーん」


つまんね。


「やけに大人しいな」


「悪いかよ」


テーブルのワインを飲む。


教会の地下から出て、その日は ジェイドん家で寝て。なんかさ、やっぱり いろいろ考えたりもするんだよな。


最近、これで良かったのか と

後になっても長く残るものが多い。

前神父を頼ったこと。あの霊のこと。

取り返しは どれもつかないけれど。


「そうして魂を磨いていく」


ハティは まだオレを見てた。


「なんだよ、いきなり。

もしかして 頭ん中 読んだりとかした?」


「今までを見ておれば、お前が考えておることなど容易くわかる。

何かが胸に残るのが、何故いかんのだ?

人の寿命など短い。残るものくらい抱いたまま

生きればよい。

それは、他の者の魂の証でもあるのだ」


くそ。

なんか ちょっときた。


黙ってるのもなんだし、話を変えてみる。


「あのさぁ、こないだの金貨

いつものと違ったんだけど、なんで?」


眼を背けていても、ハティがちょっと笑ってる気配がわかる。


「最近、食欲が増してはおらぬか?」


はっ と、思わずグラスから顔を上げた。


「我が共におるからな。多少エネルギーの消費量が上がる」


「何ぃ?! なんか他に影響とかは... 」


「特にない。憑いておらぬからな」


本当かよ。


「お前は ジェイドとおるのだ。我も下手なことはせぬ」


まぁなぁ...


「そういやさ、ジェイドを見てるヤツって

なんなのか見当つかねーの?」


「今のところは。しばらく見張ることになるが、配下を置く訳にもいかん」


そうだよなぁ。

グラムみたいなのが教会の近くをウロウロしてたら、間違いなくジェイドが祓うしな。


「さて」


ハティが空になったグラスをテーブルに置く。


「そろそろ出るが、戻ったら映画を観るとしよう。リストのメモはそこにある」


テーブルには、いつの間にかメモが置いてあった。普通の映画 二本と...


「これって、大河ドラマじゃねーの?

すげぇ長いぜ。映画じゃなかったのかよ?」


「大きな差はない」


ハティは握った手から金貨をオレに渡して消えた。


まったくよー。

よくニュースも観てるし、オレより日本に詳しくなりそうだよな。


繁ったままの庭のミントに眼をやる。

これ、冬も このままなのかな?


まだ 18時越えたとこだけど、少し日が短くなって、もう外は薄暗くなってきた。

街路樹とか公園とかの木々も色づいて

やっと秋になった気がする。


ハティがいると めんどくさいけど

ひとりになると暇なんだよな。気分によるけど。


腹減ってきたけど 作るのもめんどいし

また ジェイドん家に行こ。

ちょっと食材買って持っていくかな。

あいつ 割りとマメに料理するし、うまいしな。


ハティが返却した本持って 家を出た。




********




「琉地」


教会の近くで琉地を呼ぶと、眼の前に煙が凝って琉地になる。


「おまえ、また遊びに行ってたのか?

本当に楽しいんだな」


琉地は あくびして、しっぽを振った。


「これさ、朱緒んとこの子に渡しといて」


今買ってきたサッカーボールを渡すと、琉地はボールを包む網を咥えて、またしっぽを振って駆けて行く。


最近 オレのことは、ほったらかしだよなー。


それに コヨーテって、野生のはたぶん

こんなじゃないんだろうな...


「ルカ」


バイクのサイドのバッグから本出してたら

名前を呼ばれた。


「ヒポナ...? なんでここに... 」


ヒポナ というのは、アリゾナにいる

オレの精霊の師みたいなものだ。

オレは ヒポナの元で、みえるものを正しく見ることと、精霊と語る方法を学んだ。


日に焼けたシワの多い顔、オニキスのような黒い眼。


... いや、違う。

ヒポナじゃない。


そいつは近くまで来て、茶髪の若い男になった。


「何なんだ、おまえ」


キャンプ場の方から降りて来たのか?

教会墓地の方から?


男は オレの眼の前に立ち止まる。


「出会う。じきに」


「は?... なに」


男の腕に、手首から肘の内側にかけて

深い傷が浮く。

内側から光を発すると、灰になって崩れ落ちた。

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