6 泰河


********





「それでですね、生徒の話を信じるのであれば... 」


あくびを噛み殺すのに必死だった。

話、長いんだよな。


朋樹と 二人で、隣の区の ある高校の校長室にいる。


沙耶ちゃんづての依頼ではなく

朋樹の知り合いの拝み屋から回ってきた話だ。

これで 二件目。


一件目では、海まで行った。

この辺りから その海水浴場までは車で 一時間半。

盆過ぎて、水温下がってきても

そこそこ人はいた。


深夜、海の中に十字架が立つ って話だ。



夜から泳ぎに来てた大学生たちがいたらしく

8人だか9人だか、そのくらいの人数で騒いでたらしいが

その中のひとりが、海に木の十字架が立ったことに気づいた。


やばくね?... とか話してたら、2人くらいがおかしくなった。

ひとりを両脇から捕まえて、海の中の十字架の元へ連れて行こうとする。


その場にいた残りのヤツらで引き止め、無理やり車に乗せて帰ったようだが

朝になっても 2人がおかしいままだった。


お祓いを、と 神社や寺を回ったが

『うちではそうしたものは扱っていない』と

門前払いされ

朋樹の知り合いに話が回ってきたらしい。


そいつが視たところ、古い人霊のようだが

結局 何なのか よくわからずに恐れ

自分には手に負えない... と

そのまま朋樹に投げやがった。


朋樹が視た時には、もう憑いた霊は離れていた。

憑かれた時の感覚が残っている、と

寒気に震えていたので、形式的な祓いをして落ち着かせたが。


その時にはもう、ネットで

海水浴場の十字架は噂になっていた。


場所に何かある、と

オレらは 海に向かった。




********




昼間は 噂を知らない人達が そこそこにいて

普通に凪いだ海を楽しんでいる。


夕方から夜にかけては、ネットの噂を確かめたいヤツらが肝試しに来ていた。

男ばかりの5人グループと、男女4人グループ。


「おあつらえ向きってやつだな」

朋樹は鼻で笑う。

まあな。好奇心は猫を殺す っていうし

こういうヤツらは 憑かれても自業自得だ。


深夜、噂通りに 海の中に十字架が立つ。


「マジで立った!」

「やばくね?」

「どこどこ?!」

「嘘ぉ、何もないじゃん」


見えるか見えないかは人によるようで

当然のようにオレにも見えないが

朋樹が呪を唱えながら オレの肩に手を置くと

海の中に立つ それが見えた。


海からは 頭にまげを結った袴姿の男達が上がってくる。


「出たな。古い霊ってのは当たりらしい」


朋樹が霊の数を数える。15人。


「多いな。これ、ただ働きだよな?」


オレが言うと、朋樹は仕事回してきたヤツに

こっちの料金も請求すると言う。

それなら まぁいいか。

霊 一体につき 1万くらいかな。

団体割適用しても 10万にはなるだろう。


「動いたぜ」


騒いでるヤツらの何人かが憑かれたようだ。


「ちょっと、マジで?!」

「何やってるんだよ、やめろよ!」


聞いていた話の通り、憑かれたヤツらが

他のヤツを海に引き摺って行く。


「止めた方が良くねぇか?」


オレが言うと、朋樹は

「もうちょっと観察してからだな。

やばくなったら止める」と涼しい顔をしている。


そのうちに、袴の霊がひとり

オレらの方に歩いて来た。


そいつは オレの肩を掴むが、そのまま固まった。


「あ、悪いな。オレ、憑かれねぇんだ」


見たところ、古いが強い霊って訳じゃない。

このままオレを海に引き摺りこもうとはしない。

人に憑かないと、それは出来ないようだ。

仮の肉体を得なければ、肉体に干渉出来ないヤツらだ。


それなら憑いて、そのまま海に入ればいいのに、それもしない。


海の中の十字架に連れて行く、という動作に

意味があるらしい。


「話せねぇっぽいな」


朋樹は、オレの肩を掴む霊を観察する。

正面にいるその霊の眼は虚ろで、目の前にいるオレも見ていない。


男の霊は、オレの肩から手を降ろし

少し離れた場所で騒いでいるヤツらの方に顔を向けた。


「待てよ。オレはキリシタンだ」


朋樹が言うと、霊は振り返った。

虚ろな眼に生気が灯り、みるみる血走っていく。

朋樹を掴もうと腕を上げた。


「棄教する。仏教に帰依しよう」


また朋樹が言うと、男は腕を降ろした。


泰河たいが、よく見てみろ」


ん? 朋樹が 一度視線を、男の足元に向けた。


男の両足首には、黒い枷があり

そこから黒い縄が海の中に伸びている。

あの木の十字架まで。


「枷を外す。尊勝陀羅尼を頼む。短呪でいい」


「あ? おう...

オン ボロン ソワカ オン アミリタ アユダディ ソワカ 」


陀羅尼の短呪を唱えると、男の足から枷が消え、伸びていた黒い縄も消滅した。


男は、はっと気づいたように

オレと朋樹を見て、開いた自分の両手を見る。


『これは... 』


頭に直接 声が届く。


「縛られてたな。もう忘れろよ」


オレが言うと、男はオレを見て

背後で騒ぐヤツらを振り返る。


『しかし、同士は... 』


「まず、あなたが行くことだ。

耳を澄ませば、必ず呼ぶ声がする。

眼を開けば 導く光が見える。

永い時間であっても、あなたを待っている人は

必ずいる。

着いたら向こうで、同士のヤツらを導けばいい。

全員送るから心配しないでくれ」


朋樹が祓詞を詠唱すると

男は『かたじけない』と、眼を閉じ

薄れて消えた。


背後では、相変わらず

ぎゃあぎゃあ騒ぐ声がする。


「もう胸まで海に浸かってるぜ」


オレが言うと、朋樹は

「死なれたら寝覚め悪ぃしな」と

歩き出した。

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