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それは 圧倒的だった。


教会中が白く照らされ、質量の無いものに

下へ下へと押し付けられる。


起き上がろうと ついていた両手の肘が

がくんと折れて、這いつくばった。


かろうじて、教会の中の光源に眼を向けると

教会の中央に

それ自体が 光を凝縮したような白い球体があり、直視出来ない程の光を放つ。


光の向こう側には、横たわるライオンと

その傍に膝をつく ジェイドが見えた。


肘と肘の間に頭を垂れそうになる。


「... ウリエル、だと?」


ハーゲンティの手が 圧力に抗いながらも

サリエルを離れ

身体に巻いて締め付けていたボティスも

地面に落ちた。


白い光の中、サリエルの眼がオレに向く。


「小僧、よくも... 」


首からは まだどくどくと血が溢れ出ていた。


「呪い傷をつけたな... 」


幾重にも纏った天衣は、右半分が足元まで赤く染まっている。


サリエルが片手を肩まで上げると、その手に大鎌が顕現した。


後ろからシャツを引かれ

「泰河、下がれ」とルカの声を聞く。


燭台を持ったまま、朋樹が立ち上がった。


サリエルが オレから眼を上げ、朋樹に視線を移すと、朋樹は

「ハーゲンティ、ボティス! 避けてくれ」と

左手の燭台に 右手の人差し指と中指を当て

蝋燭の炎に、ふうっと長い息をかけた。


炎は長い尾を持つ鳥の形になり

サリエルの胸に追突した。

背後から また、一度消えた その鳥が戻り

サリエルに向かう。


また朋樹が長い息を炎に吹くと、何十匹もの炎の蝶が 蝋燭の先から サリエルに衝突していく。


サリエルは 胸を手で押さえ、荒い息をし

「何故だ?」と 朋樹に問う。


「オレの神じゃない」


朋樹が簡潔に答えた。


「清廉潔白であるなら、効かないはずだ」


炎の鳥は 三度 サリエルの胸に追突し

蝶と 一緒に 夜気に溶けた。


サリエルが 胸を押さえて激しく咳き込む。


「悪いな。寝せられたり死にかけたりで

ストレス溜まってんだ」


朋樹は しゃがんで燭台を置くと

右の手のひらを床に付け、短い呪を唱えた。


「縛、解せよ!」


身体が 圧力から解放される。


それは、ルカも同じだったようで

はぁ と、息をつくと

背後で ルカが立ち上がる気配がした。


起き上がりながら振り向くと、ルカは 白い球体の元へ歩き出していた。


教会の扉の向こうでは、地面に膝を付きかけていた ハーゲンティが立ち上がり、ボティスが ぞろりと鎌首を上げた。


「ハーゲンティ。喰えるぜ、今なら。

魂を欲する理由など、もう どうでもいい。

こいつが消えれば、理由ごと消滅する」


「首の呪い傷が、我らが思うよりも効いているようだな。

ウリエルは手に負えぬとしても、サリエル。

お前は違うようだ。この場で細切れになるがよい。... 天も与り知らぬことよ」


サリエルの眼が、ボティスと ハーゲンティに向く


「喰う、だと? 卑しい悪魔どもめ...

この血をもって、内側から燃やし尽くしてくれるわ」


ボティスが威嚇の音を出し、ハーゲンティが

朋樹と眼を合わせた。


「... 高天の原に 神留まります

皇が睦 神漏岐、神漏美の命以ちて

八百万の神等を 神集へに集へに給ひ... 」


朋樹が祝詞を唱え出す。大祓詞だ。


「... 何を、言っている?」


一歩 教会の床を踏んだサリエルの 大鎌の腕を

ハーゲンティが掴み、まだ外にある足に ボティスが巻き付く。


オレは 立ち上がり、サリエルの前に出た。

朋樹の邪魔をさせる訳にはいかない。


サリエルの眼が オレの眼を捉えると

身体の中の血液が ふつふつと熱を帯び出した。

オレの血じゃない... さっき飲んだ サリエルの...


白い光に照らされた赤い血が艶めき、今はもう乾いたオレの顔や胸についた血と同じ匂いが、生々しく嗅覚を刺激する。


サリエルは オレを睨み付け、掴まれていない方の手を伸ばしてくる。


身体が熱い。胸の中で鼓動が強くなりだした。

耳鳴りがする。


耐えろ。もうすぐ 祝詞は終わる。


「... 斯く流離ひ失ひてば 罪という罪はあらじと

祓へ給ひ清め給ふことを 天つ神、国つ神

八百万の神たち 共に聞きこし召せと白す」


祝詞が終わると、がくんとオレの膝が折れ

胃を焼く何かに耐えきれず、サリエルが伸ばす手の下に沈む。


ガバッ と、口から 黒い液体... サリエルの血を吐き出した。



「まだ終わらんぜ。さあ、何が来るか... 」


朋樹が 腕を組み、教会の天井を見上げると

オレらと 球体の間に

でかい槍のような矢が射られた。


矢が落ちた場所には

長い黒髪を 一つに束ね、薄く白い狩衣に似た形のものを身に付けた男がいる。


神御衣かんみそ、か... ?


「おい、それに触るなよ」


男は、球体に手を伸ばしたルカを止め

こちらを振り向いた。


朋樹は 床に正座すると

両手の指をつき、深く礼をする。


ハーゲンティと ボティスが

人の姿に変異し、一歩下がった。


オレらより10くらいガキのように見える男は

白い袖の中で腕を組み、歩み寄ってくる。


形の良い、りりしい眉の下の 奥二重の眼で

サリエルを見た。


「ここにおったか。

こそこそと何をしておる?」


「... ツクヨミ」


「言えぬことらしいな」


月詠... ?


日本神話の神だ。


「まあ、良い。

あれは お前の半身だな?」


月詠が 背後の球体を親指で指すが

サリエルは黙って 月詠を睨み付ける。


半身? サリエルの 一部か?

いや、こいつの方が あれの 一部か... ?

あの光の球体、ウリエルという天使の。


「ともかく、俺の国で

勝手なことは やめてもらうぞ」


サリエルの人形のような顔に、険しいシワが浮かんだ。


「... そうか。聞けぬか」


月読が踵を返し、球体の方へ向かうと


「神のしもべよ! そいつを滅せよ!」と

サリエルが叫ぶ。


どうやら、ジェイドに言ったらしい。

... 今さら 聞いて呆れる。


アリエルの傍らに膝をつき

祈りを捧げ続けていたジェイドが

サリエルに眼を向けた。


「立ち上がり、天の使いを

その悪魔から守護せよ!」


御使い...


待てよ。ジェイドが信仰しているのは...


「 知ったことか」


だが、ジェイドは言い捨てて立ち上がり

白い球体に向かう。


「アリエルを そそのかしたな」


そうか、天で アリエルに助言をしたのは

このウリエルってやつか...

その助言に惑わされ、アリエルは 天災を起こし

サリエルにより堕天した。


最初から 仕組んでたのか


白い球体に向けられた ルカの手に、窓から入る

煙のようなものが集まってきている。


ルカが手を握ると、煙が風のように球体を取り巻きだし、白い球体の光が少し弱まった。

どうやら 何かの精霊を呼んだようだ。


「御使いだと? 笑わせるな。

彼なら こう言うだろう。“サタンよ、去れ!”」


ジェイドが ロザリオを持った手を白い球体に差し入れると、球体は拍動を始め、明滅し出した。


サリエルの手の大鎌が消滅する。


「天におられるわたしたちの父よ

名が聖とされますように

御国が来ますように

御こころが天に行われるとおり

地にも行われますように... 」


これは、オレも聞いたことがある。

主の祈りだ。


イエスが『こう祈りなさい』と

直々に 弟子たちに伝えたものらしい。


ジェイドの詠唱に、足を止めた 月詠が振り返る。


「どうする? あれが、聖子に召されれば

お前も堕ちよう」


サリエルが ギリギリと歯軋りの音を立てた。


「... と なれば、月は俺のもので

俺は 一向に構わんが」


サリエルは 一度咳き込み、血が溢れている

喉の傷に手を宛てる。


「... わたしたちを誘惑に陥らせず

悪からお救いください アーメン」


ジェイドの祈りが終わると共に


「... ウリエルよ、天に戻れ」と


サリエルが 白く拍動する球体に命じ

教会は また暗闇に包まれた。

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