16


「さっきさぁ、沙耶さんの店で

ジェイドが 何も悪いことはしていない、とか

言ってたじゃん」


沙耶ちゃんの店から 教会へ戻ったが

またその教会を出て、石畳を歩きながらルカが言う。


「ああ、オレが

謝れば? って言った時か?」


ルカは、そうそうと頷き

「ジェイドさぁ、本当は

謝ろうかどうしようか葛藤してたんだぜ」と

また笑った。


「聖職者って立場上、出来なかったみたいだけみたいだけど、ジェイド自身としては 一言 謝りたかったんだろうな。

そこで先に、泰河に言われたもんだから

尚更言えなくなっちまって。

まぁ、よく葛藤するけど。あいつ。

聖職者と自分の間で」


なるほどなぁ...

葛藤して、結局 謝れないところが

なんか かわいくもあるが。


ん? オレが口を挟まなきゃ

謝ってたのか?


「じゃあ、オレ

余計なこと言ったんじゃねぇの?」


気になって聞いてみると


「いや、どっちにしろ謝れなかったと思うぜ。

悪魔に謝ったりとかしたら信仰的にまずいしさぁ。素直じゃねぇとこあるし」

ハティも わかってるし、と付け加えた。


そうだ。ハーゲンティも

「退屈しのぎ」とか 言い訳みたいに言って

ちょっと笑ってたように見えたな。

あれは、ジェイドに気を使って言ったのか。



外塀の鉄柵の門を開けると、夜の静まった道路に出る。


教会の門を背に立つオレと ルカの眼前に

ハーゲンティが立った。


「よう、ハティ」


ルカが言うと

「客を呼ぶ」とハーゲンティが短く言い

「ボティス」と、呼んだ。


目の前で何かが渦巻いたように見えたが

それは、巨大な蛇だった。


「ハーゲンティ」


巨大な黒い大蛇は、ハーゲンティを認めると

人の形に変異する。


ただし、頭には 二本の角が生え

口の両端からは 長い牙が覗く。


ライトブラウンのショートへア。

切れ長の赤い眼。

耳には いくつもピアスを付けている。

ハーゲンティより派手な好みのようだ。

けど、なんで悪魔は スーツを好むんだろう...


ボティス と 呼ばれた蛇の悪魔は

白いシャツに、黒のタイトなベストと同じく

黒くタイトなスラックスを穿いている。

なんか、こいつは ハーゲンティと違って

バーテンぽく見えるな。


ボティスは オレらに眼をやると

「契約か?」と、ハーゲンティに聞いた。


それからまた ルカとオレに眼をやり

「だが、どちらも額には お前の刻印がある」と

つり上がった眉をしかめる。


刻印?


そういや 沙耶ちゃんの店で、初めてハーゲンティに会った時、額に指を置かれた。


「ハティは、自分が気に入ると勝手に自分の印を付けるんだ。

これで、たいていの悪魔は手が出せない」


ルカの説明を聞いて、思わず自分の額を触る。


「契約相手は ここにいる」


ハーゲンティの言葉に

ボティスは「お前が?」と聞き返す。


「今日 契約した 資産家の魂をやろう」

ハーゲンティが言うと


「期限は?」と、ボティスが聞いた。


「五十年後」


長っ。


ボティスは腕組みし、少し考え

「いいだろう」と承諾した。


いいのかよ。


「お前、何か勘違いをしているな」


ボティスは 突然、オレを見て言う。


「えっ、何?」


「確かに、下級の者の中には人間を からかう者や騙す者もいる。まあ、そうした者が大半だ。

こうした契約を人間と交わせないからな。

惑わす程が精々 といった者たちだ。

人間の魂には図り知れん価値がある。

だが焦る必要などない。死後 手に入れれば良い」


「あ、おう」


生返事をする オレに、ボティスは

「わかったか?」と重ねて問う。


「ボティスは、過去から未来に至るまでを

見通せるのだ。

大っぴらに何かを考えても、こうなる」


ハーゲンティが、ボティスの口を閉じさせるかのように 口を挟んだ。


さっきの「五十年」に対して

オレが「長っ」て思ったことか...


「わかったのか?」


ボティスは 赤い眼をオレに向けたまま

また眉をしかめたが、素直に「わかった」と

答えると、ルカが隣で笑った。


「何が おかしい?

だいたい、お前等人間の数と我々では どちらが多いと思ってる?

人間にも優れたものなど僅かしか... 」


話し続けるボティスに、ハーゲンティが

じきに女が来る」と

話の方向を本来の方へ戻した。


「ふん。その女は?」


「堕天し、試練が与えられた。何者かに」


「試練だと?

おもしろい。視てやる」


話は決まったようだ。


いつも通りなら、もうすぐここに アリエルが立つ。


ルカは ここ、門の前で

ハーゲンティとボティスと共に 周囲を見る。


石畳の先の教会の扉は開けてあり

今日は、ステンドグラスだけでなく

扉からの灯りも石畳を照らす。


ジェイドと朋樹は 教会の中にいて

ジェイドは アリエルが試練に打ち勝てるよう

神に祈りを捧げている。


オレは 朋樹から、人型の形紙を渡されていた。


人形ひとがたでアリエルに触れ、アリエルの気を移して、身代わりにするためだ。


気が移れば、教会の中にいる朋樹にも

それがわかるらしく、朋樹が人形を動かす。


うまくいけば、身代わりの人形が溶け出し

その間に アリエル本人は

教会に辿り着くことが出来るはずだ。


何も無いなりに、オレらが立てた策だった。



「来たぞ。ん? あれは... 」


「アリエルだ」


ボティスとハーゲンティの言葉に

オレとルカは、背後の教会を振り向いた。


目の前に、オレら... 教会の門を背にして

もう 教会に向き合うアリエルがいる。

時間になると、いきなり出現するようだ。


オレは、人形をアリエルの背につけた。


すると 人形は燐光を放ち

アリエルの姿になった。


「待て、アリエル」


ルカが アリエルに声をかけると、自分の名前に

反応したのか、こっちを振り返る。


その間も、人形は

教会に向かって石畳を歩いて行く。


一歩 一歩、身体を溶かしながら。


... うまくいったのか?


実物のアリエルが、オレらから教会に顔を向け

歩き出した時に

晴れた夜空から雷が落ち、人形ひとがたが塵になった


「バレたな」


ボティスが呟き、ハーゲンティが空を仰いだ。


雲のない夜空に、ずいぶん薄くなった下弦の月と、瞬く星々。


「おい、混血」


ボティスが ルカに言う。


「いや、お前じゃない。そっちだ」


いや、ボティスは オレを見ていた。

混血? ハーフなのは ルカだ。


「小細工したのは、お前の友人だな?」


人形のことか... と 頷く。


たばかったことがバレた。

このままだと死ぬぞ、すぐに」


「あ?何?! どういう... 」


ルカが ボティスの言葉を確認するかのように

ハーゲンティを見る。


ハーゲンティは スーツの内側から小瓶を出し

「これを飲ませろ」と、ルカに渡した。

赤い粉のような物が入っている。


小瓶を受け取った ルカと、教会へ走り出そうとした時に

「アリエルを連れて行け」と ボティスが言った。


「あ?! 」


悪いが 今もう それどころじゃねーんだよ!

朋樹が...


「いいから、連れて行け。

指先くらいは中に入れるかもしれん。

加勢してやる」


見ると、アリエルは

両足を膝の上まで溶かしたところだった。


「泰河!」


ルカに呼ばれて 石畳を走る。


空が より暗くなったらしく、教会の灯りが浮かんで見えた。


アリエルを抱き抱えると、目の前に稲妻が走る。


走りながら空を見上げると、厚い黒雲が空を覆い隠していく。


「泰河、来い!」


ルカは もう、教会の扉の中へ入るところだった。


腕の中で アリエルは胸から上しかなく、教会の扉に入る時に また頭部も溶けた。


クソ!

見てみろ、何も残らねぇじゃねぇか!


教会の奥。磔のキリスト像の下で、倒れている

朋樹の上半身をジェイドが支え

ルカが、小瓶の中身を 朋樹の口に無理やり押し入れている。


朋樹!


走り寄ろうとした時に、教会の扉のすぐ前に雷が落ちた。


とっさに振り向くと

石畳に 大鎌を持ったヤツが立っている。


鎌の柄は、そいつの背丈より長く

カーブした刃は 1メートル近くはある。


なんだ? あいつ、まさか...


朋樹の絶叫が響いた。

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