12



リンが倒れてから 三日後。

特に身体に異常も見当たらず、退院してきた。


一週間後に また診察に行く。

入院中は、食事も残さずに食べて

「退屈」と 雑誌を読んで過ごし

見た目にも元気で、父さんも母さんも安心していた。


「あーあ。なんか

何もしてないのに 疲れちゃった」


リンは リビングのソファーにドサッと座る。


「病院だと、したいことも何も出来ないしね」


テレビのリモコンでチャンネルを回しながら

「お母さーん、チョコかなんかないー?」と

キッチンにいる母さんに聞く。


オレは、いつもは父さんが座る一人掛けのソファーに座った。


... リンには、いつもと変わった様子はない。


観たい番組はなかったらしく、リモコンをテーブルに置いて自分のスマホを触り出す。


母さんが チョコやクッキーを載せた皿と

コーヒーを持って来て、リンの隣に座った。


オレの前にカップを置き

リンの前にもひとつ。


母さんは自分のカップを口に運びながら、なんとなくリンのスマホ画面に眼を止め、表情と動きを固めた。


オレは無言で、リンの手からスマホを取る。

父さんに宛てたメールだ。


『142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857... 』


数字が画面を塗りつぶしていた。


「Gesu Cristo... 」


母さんが呟くと、リンはテーブルを蹴り跳ばし、母さんの首を両手で掴みながら、ソファーに押し倒した。

リンの手を外そうと、後ろから細い腕を取ったが、異常な力だ。


「離せ! リン、やめろ!」


このままじゃ、母さんが死ぬ。


片腕を後ろから リンの首に回す。

絞め落とすしかない。


頸動脈を圧迫しようと力を込めた時

リンが母さんから手を離し

「うあああーっ!」と、男の声で叫んだ。


オレが羽交い締めにすると

狂ったように暴れ、悪態を吐く。


「俺に触るなあっ! ウジ虫共め!

地を這え、俺の足を舐めろ!」


母さんが喉を押さえ、咳き込みながら

起き上がろうとしている。


「死ねぇっ、腐ったアバズレがぁっ!!」


「やめろ! ... 琉地!」


白い煙が床を蹴ると、リンの腹に飛び付いて

コヨーテの容貌になる。


「離れろクソ犬っ! 俺を誰だと」


首に回した腕に力を込めると

リンは床に崩れ落ちた。




********




さっき退院した病院にいる。

内科を経由して、精神科に。


「あなた... 」


父さんが病院に到着した。


「リアーナ。ルカ。

どういうことだ? リンは... 」


母さんは 自分の両手に顔を埋めた。


「今は、薬で寝てるよ」


オレが父さんに、数字が羅列したリンのスマホの画面を見せると、同じ文字列の黒い画面を見て、父さんは絶句した。


「退院して、帰ってからだよ。

母さんの首を絞めて暴れた」


「... ふ ... ぅくっ... 」


母さんは 泣き出してしまった。


リンの病室に、オレらは入れてもらえなかった。


一度診察室で医者に家でのリンのことを説明すると、病院の診療時間も終った薄暗い待合室で

また呼ばれるのを待っている。


父さんがリンのスマホをスーツのポケットにしまい、母さんの背に手を添えた。


「リアーナ、座ろう」


待合室の茶色いベンチソファーに 父さんと母さんが座り、隣に並んだベンチに オレも座る。


「ルカ、おまえ何か見えたりは... 」


オレは 首を横に振った。


「今のところは...

でも、何かがいる可能性はある」


「そうか」


父さんは長く息を吐き、母さんの背中をゆっくりと さする。


看護士が、医師が話しをするので

診察室へ来てほしい と 呼びにきた。


父さんと母さんが診察室に入り、オレはこのまま待合室で待つことにした。


... リンは、琉地が飛び付いても焦ったりしていなかった。

もし、何かがリンの中にいるとしても

それは 狐ではない ってことだ。


最初に入院した時。

病室で、おかしなことを言い始めた時は

オレは冷静ではなくて、中に何がいるか見極めようとはしてない。


さっき... 家では、リンは 母さんの方を向き

オレに 背中を向けていた。

こっちを向いていたとしても、やっぱり冷静に視ることは出来なかったかもしれねーけど。


もし、病気だったとしたら

治療や投薬で良くなっていくんだろうけど

違ったら オレがなんとかしねーと...


リンは、男の声を出した。

憑依されると、本人以外の声を出すのは

ないことではない。


琉地が唸ったことや、匂いのこともある。

まるで、卵が腐ったような匂いだった。


憑依を見抜くのは あまり得意じゃない。

相手が中に潜んでいると、わからないこともある。

オレの場合は、それを見極めるために

眼を見ることや、触れること、相手と話すことが必要だ。


今度は、ちゃんとやってみよう。

また暴れ出したりしても。



父さんと母さんが、看護士と 一緒に戻って来た。


「今日は、帰ろう。

何かあったら、病院から連絡がくる」


病院を出て、車に乗ると

運転する父さんの説明を聞く。


「内科と連携して診断していくそうだ。

見舞いも、リンが目覚めてから様子を見次第になる。今のところ 身体には異常ないらしい」


母さんは、もう泣いては いなかったけど

黙って助手席から車の窓の外を見ていた。


「ルカ、おまえ

しばらく家にいてくれないか?」


「ああ、いいよ」


オレもそのつもりだった。

昼間、母さんを 一人にしたくなかった。


「車も置いとくから。

父さんが仕事の時に病院から呼ばれたら

母さんと 一緒に行ってくれ」


「わかった」


家に着いて車を降りると、母さんが星を見上げて「Gesu Cristo」と、呟く。


ジェズ クリスト


イエス 救世主キリスト····聖子の名だ。


リンが暴れる前に、母さんは そう言った。


前の時... てんかんの発作を起こす前に

絶叫した時も、母さんは祈ってた。


悪魔 か?


でも...  日本ここで····?



家に帰ると、リンの部屋へ入り

リンのバッグを開けて ひっくり返した。

中身が床にバラバラに落ちる。


化粧ポーチ、財布、携帯ボトルのガム

ハンドクリーム、携帯ミラー

ヘアピン、ペンとメモ、家とチャリの鍵


なにかないか...


化粧ポーチもひっくり返し、財布の中身も全部出す。

小さなメモ用紙には走り書きで、学校の宿題のことや友達のアドレス、落書きくらいで

特に気になるものはない。


バッグの中に、物を小分けに収納するための

内ポケットが四つあった。

開いていたファスナー付きの部分には何もなく、普段はスマホを入れるような大きさだ。


他のポケットにも手を突っ込むと、紙に指が触れた。

取り出してみると、ノートくらいのサイズの無地の紙が折り畳んで入れてあり

その紙を開くと、二重の円の中に図形と文字で作られた 記号のようなものが描いてあった。

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